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斎藤の作戦

沖田を狙った間者は一体。

困っている沖田を前に、斎藤が動き出し……?

 八木邸を後にして、壬生寺へやって来ると、私はぐっと背伸びをした。もうすっかりと陽が暮れた。行燈も持ってきていない為、斎藤さんがどのような顔をしているのかも、月明かりでしか、見て取れないほど、暗くなっていた。

「斎藤さん? それで、私に何用でしょうか」

すると、斎藤さんは足を止め腕組みをした。腰には脇差が携えられている。

「一度、死んでみるか?」

「え?」

その刹那。私は背後からの殺気を感じて、身を左に振った。そこへ刀の切っ先が弧を描いて空を切った。私は瞬時に刀を抜くと、目を光らせ相手の刃渡りから間合いを計り、一気に踏み込み喉仏狙って突きに出ようとした……が、その動きを一声で止められた。

「沖田さん、やめておけ」

私は足を止め、突きを止めて咄嗟に左から右へと刀を振った。すると、逃げようとしていたのだろう。相手の正面ではなく、背中に一撃を与えることになった。

「なぜ、止めるのですか。斎藤さん」

私の一撃を受け、倒れこんだ刺客の顔は、暗くて確認できない。浅く斬った為、絶命はしていない。刀の切っ先を刺客に向けたまま、私は斎藤さんに問いかけた。

「……その者が、きっと首謀者だ」

「……!?」

反応したのは、私だけではなかった。切っ先に僅かに触れている刺客の背中が震えた。

「……名乗りなさい。それとも、顔を見せますか? このまま斬られますか?」

私は、普段では想像のつかないほどの低く、鋭い声で相手を脅した。鬼の一番隊組長の姿だ。その声を聞いて、より一層震え上がった刺客は、死から逃れようと見苦しくばたついた。

「ち、違う! 俺じゃない! 俺は頼まれただけで……っ!」

「そうですか。では、誰に頼まれたのか言いなさい」

「……っ」

私はふっと笑みを浮かべた。不適な笑みだ。刺客の声には、聞き覚えがあった。隊士だ。

 一番隊ではなかったことに、私は心の片隅で、ほっとした。しかし、隊内に不穏な動きを見せるものが居るということは、問題だ。しかも、この者は首謀者ではないという。この怯えようを見る限り、それは本当のことだと私は思った。こんな小心者が、私を本気で殺そうなんてことを、企てたりはしない。誰かの手下なのだろう。

 なかなか口を割らない相手を前に、私はふと、先ほどから黙ったままである斎藤さんのことが気になり視線を向けた。

「斎藤さん……?」

「外れたか」

「は?」

思わず間の抜けた声を上げた私の横を、何事も無かったかのように通り過ぎて行こうとするものだから、私は何のことやら、ひとり置いていかれた気がして慌てて斎藤さんの腕を掴んだ。

「どういうことですか?」

「後で説明する。今は、その刺客をどうにかしたらどうだ」

確かに、首謀者ではなかったにしても、刺客であることに違いは無い。そういうと、斉藤さんは組下を呼びに行ったのか。壬生寺境内を後にした。

 さて、この男。私個人を狙ってきたのか、それとも……斎藤さんも居たのだ。新撰組幹部を狙ってのことなのか。そこのところも、はっきりさせる必要があった。

 斎藤さんの「どうにかしたら」という言葉を聞いて、刺客は命乞いをした。この場で殺されると思ったのだろう。実に見苦しい。誠の武士ではないとはいえ、刀を持つものならば男らしく、この場で切腹してもいいものだと私は思うのだけれども……武士道というものが違えば、このようにもなるものなのだろう。

「こ、殺さないでください! 沖田先生!」

私は一瞬黙った。私ならば、見逃すとでも思ったのだろうか。私はそこまで、甘い幹部だと思われているのだろうか。確かに、甘味は好きだけれども、命令あらば誰であっても斬る覚悟はある。無論、切腹の命が下れば、私は自害をも辞さない。

「私が殺さなくとも、土方さんが容赦はしませんよ。私に刀を向けたことを、後悔するのですね……香川さん」

八番隊、試衛館の食客だった藤堂さんの隊の組下の者だった。藤堂さんが仕掛けてくるはずがないから、藤堂さんも、知らないところで誰かが動いているのだろう。

「もう、遅いんですよ。観念することですね」

「くっ…………俺は騙されただけだ!」

内心、「誰に?」と思ったけれども、それをここで言うとも思えなかった為、私は斎藤さんが呼んできたのであろう、三番隊の隊士にこの男を受け渡した。後から再びやってきた斎藤さんに、私は改めて聞いてみた。

「斎藤さん、どうして刺客が来ると思ったのですか?」

刀を鞘に収め腰に差してから、首を傾げてみた。すると、斎藤さんは眉を寄せて辺りに人が居なくなったことを確認してから、半ば面倒臭そうに応えた。

「首謀者も、焦っているはずだからな」

「何にです?」

「手下、つまり昨晩の賊が捕まったことにより、自らの情報が漏れること。そして、危機が及ぶことを恐れているはず」

「なるほど」

そこまで考えてはいなかった私は、ぽかんと口をあけて、尊敬の眼差しを斎藤さんに向けた。

「それで、隙あらば私を……ということですね?」

そのとき、私はふと頭に浮かんだことがあった。斎藤さんは、私が付け狙われていることを知っておきながら、こうして人気のなくなった境内へと誘い込んだのだ。もしかして、これは……。

「斎藤さん……?」

「……鈍感な沖田さんでも、気づいたか」

「やっぱり、私を餌にしたんですか!?」

斎藤さんは、再び面倒臭そうな顔をすると軽く溜息を吐き、腕を組んだ。

「首謀者が動くと思ったのだがな。この期に及んでも、まだ手下を寄越してくるとは……よほど慎重なのか大雑把なのか、分からない輩だな」

「大雑把……? そ、そうではなく、何故私を餌に!」

「適任適所。隠密には向かないあんたに代わって、俺がちょっと手を貸しただけだ。余計な世話だったならば、もう加担はせん」

私は、目をぱちくりとさせると、にんまりと微笑んだ。そして、嫌がることを承知で、斎藤さんの背後から抱きつく形で体重をかけた。

 案の定、嫌がった斎藤さんは、鬱陶しそうに私を引き離そうとしたけれども、私がしぶとく引っ付くものなので、抵抗することのほうが面倒だと思ったのか。嘆息して目を閉じた。

「私を助けてくださっていたんですね! ありがとうございます。ですが私、背後からばっさり来られましたよ? もし、斬られていたらどうするおつもりだったんですか?」

すると、斎藤さんは首を少しだけ私の方に向けると、細い目を開け私の目を見て言った。

「あんな手下に斬られるようなものが、副長助勤筆頭、一番隊組長であったならば、新撰組は危うい存在だな」

これは、褒められているのだ。私なら、避けてしのぐと信頼を置かれているのだ。思わず嬉しくなって、より一層強く、斎藤さんに抱きついた。

「今後とも、よろしくお願いします!」

「俺は、子どもの子守は好かん」

「同い年じゃないですかぁ」

ぷーっと頬を膨らませてみたところで、私はけらけらと笑い出した。しかし、斎藤さんは眉をぴくりと上げただけで、笑い声を上げたりはしなかった。


 翌日、香川さんの首が飛んだことは言うまでも無い。


 香川さんの介錯を勤めたのは、組長の藤堂さんだった。


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