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沖田の作戦

長州の間者を見つけ出さなければならない沖田。

斎藤をつかまえれば「私を殺して欲しい」などとお願い申しでる。

その真意とは、一体……?

「ま、待ってください! 本当に斬られたら死にます、私!」

斎藤さんは眉の端をぴくっとひきつらせると、再び溜息を零した。そして、語学力の無い私の問いかけに対して、明らかに嫌気を感じられているようだった。斎藤さんは、穏やか……とまではいかないかもしれないけれども、短気な方ではない。

「沖田さん。俺に何を望んでいる。やりあいたいのならば、道場へ。私闘は法度に触れる」

冷たい声質が風を切って私の耳に届く。私は目をぱちぱちとさせると、斎藤さんの手を思わず握り、片手で「しっ」と人差し指を立てて口を瞑るように合図した。

「死にたいわけじゃないんです。斎藤さんと殺りあいたいわけでもないんです」

「それなら…………なるほど」

斎藤さんは一瞬目を大きく開けると、すぐに渋い顔をして見せ刀を鞘に収めた。そして私に背を向けた。何をしようとしているのかを察知した私も、周囲を見渡した。ふたりで、私たち以外誰もこの場に居ないことを再三確認すると、再び元の態勢に戻り、斎藤さんは目を細めて言葉の後を続けた。

「沖田さんが死んだ……と噂が立ち、喜ぶ動作を見せたものが首謀者という訳だな?」

私は大きく頷くと、斎藤さんは視線を逸らし顎に手を当て考え込んだ。その様子を、私は黙っては見ていなかった。

「思いついた策はこれくらいなんです。というか、これしかないんです。斎藤さん、どうでしょうか……上手くいきますか?」

斎藤さんは、難しそうな顔をした。そろそろ夕餉の支度も出来ている頃。芹沢先生のところにも顔を見せないと、機嫌を損ねさせてしまうだろう。私は、日が落ち赤く染まる空を見つめながら斎藤さんの応えを待った。

「死体はどう用意する? それとも実際に斬られてみるのか、沖田さん。死体がないのであれば、沖田さんが死んだという信憑性は欠ける。果たしてそのような状態で、噂だけで首謀者は顔を出すだろうか」

私は、確かに……と肩を落とした。さらにそこへ追い討ちをかけるように斎藤さんの言葉が重く私にのしかかった。

「それに、新撰組の一番隊組長が死んだという噂が万一、会津にまで耳に入ったら? 取り返しはつくのか? 演技でしたという報告では済まされまい」

私は言葉を失った。そんな先のところまで、私は考えてもみなかった。ただ単に、私はここだけの話で終わらせるつもりだったのに、斎藤さんはもっと先のことまで考えていた。同じ年月だけ生きてきているというのに、どうしてこうも頭に差がついたのか。私は自分の能力の無さに呆れると同時に嘆いた。

 こんな私は、芹沢先生の一件には加わらない方がいいのかもしれない。もしかしたら、土方さんは私を遠ざけるためにこの任務を課した可能性が出てきた。あのときの土方さんは、どうみてもいつも以上に冷たかった。土方さんは「鬼」と呼ばれているけれども、実は熱くて男気あるひとだ。それなのに、私を完全に邪険していた。

「そう、しょげるな。見苦しい」

「はぃ……」

私はすっかり意気消沈し、溜息ばかりを漏らしていた。

「他の隊士にそのような姿を見せるつもりか。俺はもう行くぞ」

「あ、私も……顔洗ってから、そちらに行きますと皆に告げてください」

斎藤さんは、短く答えると足早にこの場から去ってしまった。取り残された私は、沈みきった太陽を追いかけるように、空をぼんやりと見上げ、顔を洗いに井戸へ向かった。今の私はどんな顔をしているのだろうか。情けない顔をしているんだろうなぁ……と、足取りは重い。

「沖田先生、どうかされましたか?」

平隊士のひとりとすれ違ったらしい。私は、通り過ぎてから後ろに気配を感じ振り返った。ひとり道場で居残り稽古でもしていたのだろうか。その隊士は稽古着姿だった。

「いえ、ちょっとお腹の具合が悪くて……手水にこもっていたんです」

他隊士に動揺なんて見せられない。私はいつもの私で居なくてはいけないと自分に言い聞かせると、顔をぱしぱしと手で叩いた。何事かと、平隊士は目を丸くした。

「沖田先生?」

「いけませんねぇ。これから夕餉というのに、お腹を壊していては食べ損ねてしまいます」

私はえへっと笑うと、いつもと変わらない能天気な顔で隊士を見た。隊士は、何かが変だと勘付いているものの、私がそれには触れて欲しくないという対応を取っているので、これ以上言及はしてこなかった。正直ありがたかった私は、これ以上墓穴を掘らないうちに顔を洗って芹沢先生の下へ行こうと足早にその場を去った。

 井戸の水は、ひんやりとしていて、桶に汲んだ水に微かに浮かぶ己の顔を見ると、やっぱり平目顔だとひとり笑った。賊を放った首謀者を捕まえることを、諦めたわけではないけれども、やっぱり私には無理なんじゃないかと思うと、今度は溜息ではなく笑いがこみ上げてきたのだ。ただ、また賊が襲ってこないとも限らない状況。いつも以上に周りに神経を使っていなければならない。こんな風に笑ってもいられまい。

 それでも笑いがこみ上げてくるのは、決して私が壊れたわけではない。人間、不向きというものもあるものだ。斎藤さんに言われるとおり、私に隠密行動というものは取れっこないし、芹沢先生を斬るという任務だって、私が居たら足手まといになるかもしれない。それなら、今私が出来ることをしようと思ったのだ。私が出来ることといえば、芹沢先生のご機嫌取りだ。

「大丈夫。私にはまだ、居場所がある」

私は自分自身にそう言い聞かせると、顔をぱしゃぱしゃと洗った。思いのほかすっきりした。私は布で濡れた顔を拭うと、芹沢先生の下へと出向いた。足取りは、重くは無い。

「芹沢先生、お待たせしました」

「おう、総司か。遅かったじゃないか」

上機嫌で芹沢先生は私を迎えた。すでに、平間さんと平山さんは食事を済ませ、芹沢先生のお酌をされていた。私は別に、芹沢一派だからどうとか、近藤一派だからどうとか……という思想はないけれども、芹沢一派の平間さんと平山さんからは、明らかに私は嫌われていた。近藤先生の腹心である私が、芹沢先生に可愛がられていることが気に入らない様子だ。私が顔を見せるなり、眉を吊り上げ見るからに嫌そうな顔をする。その気持ちが分からないでもないので、私はお二人に会釈をすると、まずはお腹も空いたことだし、自分の夕餉を食することにした。新撰組は貧しい。それでも、こうして食事をとれるということがありがたかった。炊き出しは、幹部など関係なく、皆で交代して作っている。

「ちょっと、お腹の調子が悪くて……それで、手水にこもっておりました」

「沖田! 芹沢局長が食事中だぞ。場に合った話をしろ」

芹沢先生の後ろで控えていた平間さんから怒声が響いた。食事中に手水とは、確かにせっかくの夕餉がまずくなるかもしれない。試衛館の仲間内なら、そんなこと、気にも留めずに笑いあって食事していたため、私は内心、そこが育ちが違うものだと感じた。

「すみません。私って、気が利かなくって。芹沢先生、今宵は私のお酌は必要ありませんか?」

にこりと微笑んで向いたところには、お梅さんの姿があった。お梅さんや、平間さんたちが居るのだから、私は特別にここに居る必要も無いような気がしたのだ。何事にも、必要性があるからこそ誰しもは存在している。今、私に課せられていることは、昨晩私を襲ってきた下手人、首謀者を捕まえること。でも、私が思った出来ることとはここに居る、芹沢先生のご機嫌取りだと思ったからこそ、ここへ来たのだ。しかし、それすらも必要が無いというのならば、私はこの部屋を立ち去ろうと思った。

「あはは。芹沢先生、昨日の今日で私、どうかしているのかもしれませんね。平間さんの仰る通りだ。失言、申し訳ありません」

「何を言う、総司。お前の失言は、十八番芸だろう」

それを聞いて、私はにこりと笑った。確かに、今更こんなことを気にしていても、私の性格が変わる訳でもないし、十八番芸とまで言ってもらえるのならば、あえてそれを大切にしてもいいのではないかと思ったのだ。

「ありがとうございます、芹沢先生。でも、今夜はお暇したいと思います。実は、あまり眠れて居ないんですよ。今日は、早番でしたから。それからも、稽古場へ立ち寄ったりしていたもので……」

稽古場へ出ていた訳ではない。ちょっと気にはなったけれども、身体は動かしていない。しかし、ここで土方さんからの命令……否、近藤先生からの命令を口にするのもどうかと思った私は、上手く誤魔化し、この場を去ろうとした。

「休めていないのはいかん。いつ、また賊に襲われても可笑しくないからなぁ」

平山さんだ。厭味なんだろうけれども、私は、こういうものには疎い方だった。首を傾げてにこりと微笑むと、「そうですね」とだけ応えた。斎藤さんが、昨夜のことは周知のことだと言っていた。もう一人の局長、芹沢先生や、その傘下である平山さん、平間さんが、知らないはずはなかった。賊の取調べにも、立ち会っているのかもしれない。私としては、私の失態なのだから、近藤一派である土方さんが筆頭になり、芹沢先生たちの立ち会いはご遠慮させていただいているのではないかと、都合よく踏んでいる。

「ご心配、ありがとうございます。そういうわけですから、今から眠りたいと思います。お梅さん。芹沢先生のこと、お願いしますね」

そういうと、お梅さんは小さな声で応えると、照れた笑みを見せてくれた。それを確認してから私は、腰を上げて足早に局長の間を後にした。

「上手く逃げたものだ」

柱の物陰から姿を現したのは、斎藤さんだった。私は、いきなり現れた斎藤さんの存在に半歩後ずさって驚くと、すぐさま頭を掻いて笑った。

「なんだ、斎藤さんじゃないですか。こんな処で会うなんて、珍しいですね」

斎藤さんは、どちらかといえば近藤一派の人間だった。試衛館の人間ではないけれども、近藤先生のことをお慕いしてくださっているようでしたし、一度、江戸でお会いしたことがありました。何かと縁はあるようです。

「沖田さん、あんたを待っていた」

「私を……ですか?」

斎藤さんは、声を出さずに縦に頷くと、すぐにこの場から去るよう歩き出した。それを見て、私も稽古着から寝巻きへと着替えている斎藤さんの後を追うように、すたすたと歩き出した。


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