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第捌話「ロリババア、友を紹介す。」

 瑟が戻ってきた頃にはゴブリンたちはすっかりできあがっていた。

 彼女が戻るやいなや、漆の盃に白濁の酒が次から次へと注がれ、瑟はそれを全て飲み干す。


「どうして異世界の戦士を殺さなかったリン?」

 褐色の頬を紅潮させている瑟は彼らの質問に上機嫌で答えている。

「そうじゃのう。なにか、殺してしまうのは惜しい気がしてな。久々に儂を興奮させてくれた相手じゃしの」


 瑟は楽しそうに言うがゴブリンたちにはよくわからなかった。


「初めて見たときから気になっていたけど、その鎖と体の模様はなんだリン? なんか格好いいリン」

「これか? これは封印の証じゃ」


 瑟の細い首に巻き付いている長い鎖と、褐色の体に刻み込まれている白い線は、強力な封印の証である。一見するとただの古びた鎖で、簡単に取れそうだが、昔の瑟がいくら力を込めても引きちぎるどころか取り外すことさえ出来なかったのだ。

 この封印によって彼女の力の大部分が抑え込まれているのだが、それでもしつの強さは天下無双と言っても差し支えないほどだった。


「それほど強い貴女に封印をかけたのは誰なのですかリン?」

「聞きたいかや? 儂の主様じゃ」


 やたらと嬉しそうに喋り始めるので、三角帽子は少々嫌な予感がした。その予感は的中し、長々と惚気のろけて喋り続ける瑟の話を要約すると次のようになる。


 その昔、まだしつという名を持っていない黒い妖狐は各地で暴れ回っていた。その強さは、どれほど鍛え上げた猛者でも敵わず、その土地の妖怪たちが束になっても勝てず、黒い妖狐に挑んだ者は全て喰われていった。

 ある時、その化け狐を退治するために一人の男が戦いを挑む。いつものように軽く喰ってやろうと思っていた妖狐だが、その男は不思議な術を使い、かつてないほど瑟を追いつめる。そして、激闘の末に勝利したのは男の方であった。

 男は、化け狐がもう二度と悪さをする事のないように特殊な鎖で封印を施す。封印と同時に黒い妖狐は、何故か狐の耳と尻尾の残る褐色幼女の姿へと変わってしまった。

 男は、激怒する元妖狐の褐色幼女に『倉稲うかのしつ』という名を与え、共に暮らし、人としての生活を教えたという。


「ま、もう死んでしまったがな。やはり人間の寿命は桜の花のように儚く短いものじゃ」

 最後は鎖をいじりながらしんみりとした声で、瑟は主様(・・)との出会いを語りきった。妖怪と人間の寿命の違いは悲しくなるほどに大きい。妖怪である彼女は、これまで幾度も人の死を看取ってきた。だが、それが人と妖怪のつき合いなのだと瑟は考えている。


「……力を封じられているのにあれほどの強さを持っているのですかリン」

「以前は腕っ節一本だけでやってきたがの、人間の姿にされてからは武器や道具を使うようになった。まあ、自力以外を頼るのは趣味ではないが、便利ではあるし、月光や桜花、他の道具たちに出会えたのは良いことだと思っておる。主様の言葉を借りるならば、えにしがあったというところじゃろう」

「貴女は様々な喋る道具をお持ちのようですが、その黒い棒は喋らないのですかリン?」

「ああ、月光のことかや。棒では無いぞ、刀じゃ。こいつは少々無口でな。あんまり喋らんのじゃ。しかしな、挨拶ぐらいはしておくべきじゃろうな、月光よ」


 しつが漆黒の鞘を軽く叩くと、月光は銀色の光を発して形を変えていく。一度光の球になったかと思うと、次の瞬間には少女の姿になっていた。その少女の幻想的な佇まいに、ゴブリンたちは一斉に息をのむ。


 瑟と同じぐらいの小さな少女だが、肌は妖しいぐらい艶やかで病的に白く、光を吸い込む漆黒の髪は地面に届くほどに長く伸びている。さらに、黒髪の左側の三分の一程が光り輝く銀髪になっており、月明かりのカーテンの様に風に揺れた。

 身にまとう漆黒のワンピースから覗く肢体は華奢で、指は細く長い。丸顔の頬は柔らかそうで、形の良い鼻も口も小さい。眠そうに半分ほど開いた大きな目から見える漆黒の瞳には、月の満ち欠けのように、三日月形の銀色の光を湛えている。


「これは……」

 こちらの世界では月は二つあるが、月を美しいと思う心は変わらないようだ。まさに月光という名に相応しい少女を彼らは食い入るように見つめている。


 半ば放心状態で月光の少女を見つめるゴブリンたちに、瑟は大声で笑いかける。

「どうじゃ。ビックリするほど可愛いじゃろう。ほれ、月光。挨拶じゃ」


 月光は眠そうな目のまま周囲のゴブリンたちを見渡し、ペコリと頭を下げる。


「……こんばんは」

 短くそれだけ言うと、月光は瑟の横に座り、瑟にもたれ掛かる。眠そうに目をしばたたかせる月光の月の髪を瑟は優しく撫でる。


「本当に挨拶だけじゃなお前は」

 そうしていると、まるで姉妹のようである。外見も中身も正反対の姉妹であるが。


「……彼女ほど、美しい人は見たことがありませんリン」

「おうおう、おぬしらも月光の可愛さが分かるか。この頬の所なんかプニプニでな」


 抱きしめて頬摺りをするしつを月光は鬱陶しそうな顔で引き剥がそうとする。しかし瑟の方が力が強いらしく、中々引き剥がせないでいた。そのうち、疲れたのか諦めたのか、ただされるがままになっている。


「人の姿になれるのはこの月光と、あとは桜花だけじゃな。物が人の姿をとれるようになるのは時間がかかるからのう」

オウカ(・・・)ってなんだリン?」

「桜という木に咲く花の名前じゃ。とても美しい淡い桃色の花弁を持っていて……ああ、ほれ、ここに刻まれているじゃろう」


 瑟は月光に頬摺りするのを止めて巫女装束の袖から桜の装飾が入った鉄扇を取り出して見せる。

 瑟が示す所には、五枚の桜色の花弁を持つ花が刻まれていた。小さくも可愛らしい、どこか儚いような印象の花は、ゴブリンたちの期待を膨らませる。


「とすると、その桜花も可愛いのかリン?」

「あー、花の方は美しくもあるが、こいつは……」


 期待に目を輝かすゴブリンたちと裏腹に瑟は視線を泳がせながら黒髪の頭を掻く。


『そんじゃあ、ご期待に応えて俺もお披露目と行くぜ!』

「おい、馬鹿。止め――」


 しつの止める声も聞かず、月光の時と同じように桜色の光を放つと、鉄扇は形を人に変えていく。

 しかし、期待するゴブリンたちの前に現れたのは、いかにもガチムチで、日に焼けた筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)なおやじである。力に溢れた精悍な顔立ちに、ワイルドな白髪と逞しい白髭を持ち、自慢の筋肉を見せびらかすようにポーズを取ると、やたらと力強い桜色の瞳と白い歯がキラリと光る。なお、全裸である。

 ゴブリンたちは先ほどと同じ格好で固まっており、目からは期待の光が失われている。


「ええい、暑苦しい見苦しい。そもそもなんで全裸なんじゃ」

「いや、あねご、ちゃんと股間は隠しているぞ」

「……お花」

「そんなところに桜の花を付けるでないわ! ――せめて回転させるのを止めろ! 月光も触ろうとするな! けがれる!」


 漆の盃に入った酒を一気に飲み干して桜花に渡す。


「仕方ない、これで隠せ。間違っても酒を入れる側を当てるでないぞ」

「すまねえな、あねご

『うわぁ……。最悪ですよ、恨みますよご主人様……。これ僕が掘られてるみたいじゃないですか……』


 漆の盃が心底嫌そうな声を上げる。しかし、桜花はそんなことを気にせず杯で股間を隠す。


「はみ出るな」

「そのようじゃな」


 瑟がコンと叩くと盃の大きさが倍に広がって完全に隠せるようになった。


「よし。なあ、オークたちよ。あねごの時みたいに俺とも力比べしてくれねえか。あねごにはかなわねえが、力には自信があるんだぜ」

 そういって半ば無理矢理にオークたちを連れて行き、呆気にとられるゴブリンたちから離れていく。


「あー、その、まあ、あんな奴じゃが戦いでは役に立つ」

 誤魔化すように蛇のようなものの丸焼きにかぶりつく。

「しかし、昼の戦いは惜しかったのう。あやつの上位防御結界である桜花結界が四枚も割られたのは本当に久しぶりじゃった」

「……あの子、ちょっと強い」

 月光も眠そうに虚空を見つめたままつぶやく。

「……でも、しつの方がずっと強い」

「当然じゃ。あんな年齢二桁の子供に千年を生きた儂が負けるものか」

 カカカと瑟が笑うと月光も少し笑みをこぼす。


「……また、会うのかな」

「なに、えにしがあれば嫌でも会うことになるじゃろうて」

 先ほどから聞き慣れぬ言葉に三角帽子が反応する。


えにし(・・・)とはなんですリン?」

「うむ。世の中は奇妙なものでな。会いたい会いたくないに関わらず、人と人は出会い、関わりを持っていくものじゃ。そのような不思議な出会いをえにしという。儂らの出会いもそうじゃ。本来ならば別の世界で暮らすもの同士、会うことなど夢にも思わないじゃろう。じゃが儂らは出会った。縁によってな。この世は縁と縁で繋がっておる。生死と縁だけは、儂にもどうすることもできん」


 キウイのような格好の赤い果実にかぶりつき、甘酸っぱい汁を飲む。さかづきが行ってしまったので、さかなを一旦止めているのだ。そうしていると、残っていたオークがしつに酒を壷ごと渡してくる。


「杯が無いのでな。後で飲ませてもらおう」

 しかし巨躯なオークは首を振り、壷をつまみ上げて一気に飲み干す。空になった酒壷をショットグラスのように振って笑ってみせると、瑟も大口を開けて笑い始める。


「たしかに、酒を飲むのに器などいらんな! そういう豪気な奴は大好きじゃぞ」

「こいつはオークの中でも一番の大酒呑みリン。こいつに飲み比べで勝った奴は誰もいないリン」

「そもそも図体がデカいからオレたちにゃ勝ち目がないリン」


 脇に座るゴブリンがオークの酒の強さを語ると、瑟は途端に嬉しそうな顔になる。


「カカカ、面白い。ならば儂が最初の勝者となってやろう。飲み比べじゃ!」

 瑟は、自身の身長程もある酒壷を持ち上げ、縁に小さな口を当てて白濁とした酒を一気に飲み干す。明らかに自分の体積以上あった酒を全て体の中に収め、酒臭い息を吐き、褐色の頬をさらに紅潮させて愉快そうに笑い出す。


「どうじゃ! うわばみの瑟と呼ばれた儂じゃぞ。まだまだこんなものではないわ!」


 もう一つの酒壷を持ち上げ、オークが摘んでいる新たな酒壷と乾杯するように打ち合わせて、再び一気に飲み干す。呆気にとられていたゴブリンたちも、二杯目も飲み干して笑い合う二人につられて笑い出し、酒を飲み交わし、肩を組んで二人の対決を応援し合った。


 騒々しくも賑やかな勝利の宴が終わったのは、翌日の昼頃であった。

16/01/15 タイトルに謎のスペースがあったので修正。

17/03/31 文章微修正(大筋に変更なし)

17/04/05 文章微修正(大筋に変更なし)

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