表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/20

第漆話「ロリババア、冷める。」

「出てくるな……邪竜……!」

 必死に力を抑え込もうとしている少年に対して瑟は抗議の声をあげる。

「何をしておる小僧! 力を弱めるでないわ!」


 しつの桜花結界の最後の五枚目にもひびが入り、いつ邪竜に食われてもおかしくはないのに、この妖狐は力を弱めるなと言う。だが、少年の頑張りがあってか、しつの希望とは逆に邪竜の力が弱まり、彼の体の中に戻っていく。


『あーあ、もう終わりかよ』


 邪竜が完全に少年の中に戻ると、辺りには木々のざわめきや心地よい風の音が戻ってきた。もっとも、彼女らの周囲の木々や草花は吹き飛んでしまっていたが。瑟が桜花と呼ぶ鉄扇を畳んで袖にしまうと、最期に残った五枚目の結界も桜の花びらとなって散っていく。


 にらむように少年を見るが、彼は意識を失って倒れていた。今なら簡単に殺せるだろう。

 だが瑟は彼に手を出さず背を向ける。

「……興がさめた。引き上げるとしよう」


 瑟が後方にいるゴブリンたちに呼びかけると、残った森から観戦していたゴブリンたちがおずおずと出てくる。

「私たちは、勝ったのですかリン?」

「そうじゃ。勝ちも勝ち。大勝じゃ」

 瑟としては煮え切らない物があったが、ゴブリンたちの自衛としては成功しているのだ。これは立派に勝利であろう。


「でもオレたち、瑟に任せっきりだったリン……」

 自分たちは何もしていないと肩を落とすゴブリンたちに瑟は優しく微笑みかける。

「何を言うか。確かに異世界の戦士とやらを退けたのは儂じゃ。だがな、その儂を味方に引き入れたのは誰じゃ? あやつの正面に立たせる気にしたのは誰じゃ? 見ず知らずの儂に酒と飯を振る舞ってくれたのは誰じゃ?」

 諭させるように言う瑟の声には母性が宿っていた。こんなお子様ななりだが、これでも二児の母なのだ。


「強さはなにも武力だけではない。他人を気遣う心もまた強さじゃ」

 優しげな黄玉の瞳でゴブリンたちの肩を軽く叩く。

「さあ、帰ったら酒盛りじゃ。昨日とは違う勝利の宴じゃぞ。豪勢な食事が必要じゃ。おぬしらは先に戻って準備をしておいてくりゃれ」


 凱旋がいせんする彼らを見送ると、しつは剣を持ったまま気絶している少年の襟首を片手で雑に掴み上げ、引きずりながら浜へ向かっていく。


               〜・〜・〜


「隊長……。さっきの黒い竜はなんだったんですかね……」

「知るか。それよりもあのクソガキはまだ戻ってこないのか。『俺一人に任せろ』とか大口を叩いていたが、森の中でくたばっているんじゃねえのか」


 そんなことを言いながら浜で待機していた五百人は、森の中から現れた見慣れぬ格好の褐色幼女とそれに引きずられる少年を見てひどく驚いた。


「儂は倉稲うかのしつという妖狐じゃ。此奴こやつは儂と戦って敗れた。貴様らは此奴を持ってさっさと帰れ。そして、貴様らの主に伝えよ。二度とこの島に近寄るなとな」


 混乱している兵士たちに向かって乱暴に少年を投げ渡し、踵を返す瑟を呼び止めるものがいた。


「待ちな」

 しつの足が止まる。

「お前がこのクソガキを倒しただと? クソガキより子供ガキのお前がか?」

 野太い男の声に、瑟は面倒くさそうに振り向く。


「そうじゃ。なんじゃおぬし、不服なのかや」

「ああ、不服だな」

「隊長、止めましょうよ……。そうやってあいつにも負けたじゃないですか。それにさっきの黒い竜みたいな化け物が出てきたら……」

「黙ってろ!」

 部下を殴りつけて黙らせると、瑟の方へ大股で近づいてくる。


「儂の住んでいる国にはこのようなことわざがあってな、おぬしのような奴を独活うどの大木というのじゃ。図体ばかりでかくて何の役にも立たんという意味じゃ」


 その言葉に激怒した男は剣を抜き放ち、瑟に切りかかる。先ほどの少年より圧倒的に鈍い剣だ。目を瞑っても当たるはずもない。避けるのも面倒なので手刀で剣を叩き折る。


「儂が好きなのは強者との戦いじゃ。雑魚に興味はない。いいから早う帰れ」

 しっしっと手を振って瑟は背を向けてゴブリンたちの待つ宴の会場へと足を進める。


 するとその時。後ろから鉤爪の付いた縄が飛んできて瑟の小さな体を雁字搦がんじがらめに縛り上げた。


「お?」


 そのまま引っ張り上げられ、身動きが取れぬまま空中に放り投げられる。


「調子こいてんじゃねえぞ! アースクラフト・アックス!」

 男が魔法で地面の土を巨大な斧の形に錬成すると、引き寄せた瑟に向かって思いっきり振り抜く。しかし、およそ体を切断したとは思えない、まるで大岩でも切断しようとして失敗したかのような衝突の音が鳴り響く。


 信じられない光景に彼らは目を見張る。それもそのはずだ。切断されるはずの褐色幼女が、白い八重歯が覗く小さな口を開けて土の斧に噛みついて止めているのだから。


ふふい(ぬるい)


 しつは土の斧を噛み砕き、自身を縛る縄を力任せに引きちぎる。着地したかと思うと即座に飛びかかり、男の兜を蹴り飛ばし、勢いを殺さぬまま空中で回転して返す足で男のあごも蹴り抜く。彼の脳は激しくシェイクされ、一言も発せずに砂浜に倒れ込む。


「まずは内面から磨くことじゃな。相手の力量も測れぬようでは話にならん」


 浜の太陽に似合う褐色肌の幼女は、固まったままの兵士たちを一瞥いちべつする。


「帰れ。二度と近づくな」

「は、ハイ!」

 瑟の命令に素直に従って彼らは異世界の戦士と隊長らしき男を大きな帆船に乗せて海へと逃げていった。


 帰る場所、か。

 そう呟いて瑟は浜を踏み締めて森の中へ戻っていく。


「というか、儂はいつになったら帰れるのじゃ?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ