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第肆話「ロリババア、瑟を弾く。」

 妖狐の瑟が楽器の瑟を弾き始めると、洞窟内に嚠喨りゅうりょうとした音が響いた。音はそのまま風となり、ゴブリンたちの耳に届く。

 すると、彼らは一様に大切な人の顔を思い出していた。妻や子供の顔、老いた父母の顔、散っていった親友の顔、愛する人々の顔が次々に思い浮かび、気づけば皆が涙していた。しかし失意の冷たい涙ではない。猛る熱い涙だ。大切な人を守る。瑟の演奏を聞き、彼らはその決意を確固たる物にした。


「絶対に負けられないリン!」

「そうだリン! オレたちがここで踏ん張らなくてどうするリン!」

 失意の沼に沈み込んでいた彼らの戦意が一気に昂揚した。洞窟内はやにわに騒がしくなる。

「よーし、やってやるリン!」

「人間どもなんてぶっ倒して丸めて転がしてやるリン!」

「それは俺の役目リン! 腰抜けはすっこんろリン!」

「なんだとリン!?」

「ああ!? やるかリン!?」


 騒がしくなるというより、乱闘騒ぎに発展してきた。オークたちもウガウガ言いながら暴れ始めて座っているしつが揺れている。


「……ちとやりすぎたか」

 手抜かりの無い演奏であった。しかし、やはりきんがおらぬと調整が難しいのう。


「お前たち! 落ち着くリン!」


 三角帽子が一喝すると、騒いでいたゴブリンもオークも大人しくなる。さすがはリーダーと言ったところか。


「よし、同じ妖怪のよしみじゃ。儂が明日の戦に手を貸してやろう。ぬしらは大船に乗ったつもりでいるがよいぞ」

「それはまことにありがたい申し出ですが、相手は異世界の戦士、とても危険ですリン」


 心配そうな三角帽子に瑟は白い歯をむき出して笑う。


「案ずるな。儂は強いぞ。こんななりでも千年を生き抜いている。信用できんのならば、一つ力比べといこうかの」

『ご主人様も好きですね……』

 瑟は、呆れ声の漆のさかずきで白濁の酒を掬ってからゆっくりと立ち上がると、洞窟の壁際まで歩いていき、その小さな頭の上に酒の入った杯を慎重に乗せると、ゴブリンたちに向き直って左手を広げて突き出す。


「オークたちよ。儂を押して酒を一滴でもこぼせるか試してみよ」


 彼らは一瞬理解できなかった。ゴブリンとさほど変わらぬ小柄な体格で、巨躯きょくのオークと力比べをしようと言っているのだ。しかも頭に乗せた不安定な杯から酒をこぼしてみろとも言う。

 呆気にとられるゴブリンとオークだが、三角帽子が試してみるように言うと、先ほど瑟の隣に座っていたオークが瑟の小さな左手に自分の無骨な右手を合わせる。手どころか彼女の体全体すら握りつぶせてしまいそうだ。


「ほれ。どうした。遠慮はいらぬぞ」


 迷っている感じのオークが恐る恐るしつを押してみる。しかし、つついただけで転がっていきそうな白耳の少女はビクともせず、不敵に微笑んでいる。


「でかい図体してそれで全力か。これでは人間共に負けるのも道理じゃな」


 挑発に乗ったオークは激昂して全力の力を瑟にぶつける。誰もがしつが壁に押しつぶされると慌てたが、黒髪の彼女は一ミリも動いていない。


「ほれほれ。一人では足らんぞ。まとめてかかってこい」


 黒毛におおわれた先端だけ白い尻尾を優雅に揺らす。座っていたオークたちも次々と立ち上がり、先頭のオークの後ろに並んで皆で瑟一人を押す。総勢十人の緑色のオークが、どれだけ力を込めても、瑟が動く気配はなく、酒も全くこぼれない。大岩などという生やさしいものではない。まるで山そのものを動かそうとしているように、瑟に押し勝つことなど不可能な事だという感覚がオークたちに走る。


「ほいっ!」


 逆に瑟が押し返そうと力を込めると、オークたちはドミノのように後ろに倒れてしまう。信じられない光景に、三角帽子を含めてすべてのゴブリンは言葉を失う。


「どうじゃ。まさに百人力というところじゃろう」


 巫女装束の袖をまくって白い紋の走る褐色の細腕を見せつけて頭の上の杯を取って飲み込む。

 見た目からは想像もできないような力がその華奢な体に宿っていると、そしてその力は異世界の戦士にも引けをとらないであろうと彼らは確信した。


「や、やはりあなたは……」


 同時に、三角帽子が瑟を初めて見たときから感じていた疑惑が確信に変わる。


「やはり気づいておったのか。そうじゃ。儂も異世界から連れてこられた者である。じゃが安心せい、おぬしたちを討伐するために来たのではない。無理矢理連れてこられただけじゃ」


 まだ固い表情の三角帽子に童子どうじのように微笑みかける。


「おぬしらは見ず知らずの儂に料理と酒を振る舞ってくれた。しかも敵の異世界の戦士かも知れぬと思いながらもな。妖怪は礼を忘れぬ。その礼はきっちりと返させてもらおう。嫌とは言わせぬぞ」


 嘘偽りの無い黄玉の瞳で瑟は語りかける。


 もしかしたら、この褐色の少女は、自分たちの救世主なのではないだろうか。ゴブリンたちは崇敬すうけいの念すら持ってしつを仰ぐ。


「おぬしら、これは最期の酒ではないぞ。明日は勝利の美酒を飲ませてやろう」

17/04/06 文章微修正(大筋に変更なし)

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