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第参話「ロリババア、ゴブリンと出会う。」

だぁ!」


 毛先だけ白い黒尾を巻き込みながら地面に尻をぶつけたしつは痛みにもだえる。


「こらぁ! もっと丁寧に扱わんか!」


 しかし叫んだ先に桃色の髪の女はいなかった。もちろん光の玉もいない。それどころか、周りは暗く、背の高い木々に囲まれている。それになんだか妙に暖かい。とても秋の夜の気温ではない。さらに、先程まで太陽が見えていたはずなのに今は月が浮かんでいる。それも、二つの月が。


「……まさか、本当に異世界に来てしもうたのか!? いやじゃー! 家へ帰りたいのじゃー!」


 しかし巫女装束の幼女の悲痛な叫びは暖かな夜の空に吸い込まれていった。聞き覚えのない虫の声だけが辺りに響いている。


「あいつらに最後に出してやったのが具無し味噌汁のみとは母親失格じゃのう……。すまぬ子供らよ、母は異界の地で果てるやもしれん……」


 悲しみに暮れるしつの白耳が近くで草を踏む音を聞いてピクリと動く。涙目で振り返ると、そこにはゲーム画面の中で見たような角の生えた灰色の小さな鬼がいる。


「今度はなんじゃ。子鬼か?」

「コオニ? オレたちゃゴブリンだリン。お前、誰だリン? 何を騒いでいるリン」


 ゴブリンは手に棍棒のような物を持っているが敵意は無さそうだ。しつは白衣の振り袖で涙を拭いて立ち上がる。

 二人が向かい合うとゴブリンの方が少し背が低いようだ。


「儂は千年を生きた黒妖狐、倉稲うかのしつじゃ。ここはいったい何処じゃ?」

「ここはオレたちゴブリンとオークの島だリン」

「ゴブリンにオークとは、まるでゲームの世界みたいじゃのう」


 しかし彼はテレビ画面に映るキャラクターではなく現実としてそこにいる。


「お前、変な格好をしているリン」

「変な格好ではない。これは巫女装束じゃ。悪をはらう力がある清らかな衣装なのじゃぞ」

「よくわからんリン。でも、お前、人間みたいな見た目してるけど、人間じゃないリン。人間の耳はそんなんじゃないし、尻尾も生えてないリン」

「左様。儂は妖怪じゃ。人間などと一緒にするではない」

「人間じゃないなら歓迎するリン。こっち来て飯でも食うリン。リーダーにも会って欲しいリン」

「リーダー?」


 ゴブリンに手招きされてしつは森の中を歩く。

 彼らの住処にはすぐにたどり着いた。

 岩肌の洞窟から明かりが漏れている。まずゴブリンが入り、瑟も後ろに続く。


 洞窟の中は意外と広く、松明が焚かれていて明るかった。

 入ってすぐの広間のような場所で、灰色の肌の小さいゴブリンたちと深緑の肌の大きなオークたちが地べたに座って料理を囲んで酒盛りをしている。一人だけ赤い三角帽子を被ったゴブリンがしつの姿を見て目を見開くが、何も言わず目を閉じて静かに果物を食べている。


 なるほど、あれがリーダーか。物静かな佇まいには知性が宿っておる。奴がこやつらをまとめているのか。


 それにしても、周囲を見渡すと酒盛りなのに盛り上がっているという感じはしない。みんな意気消沈としているようだ。

 彼らは見慣れぬしつに警戒するが、案内したゴブリンが「そこで泣いている所を保護したリン」と説明するとすぐに気を緩めた。彼らが詰めて空けてくれた場所に瑟も腰を下ろす。


「さあ、お前も遠慮せずに食うリン」


 料理は、蛇や虫のようなものをただ焼いたりした物が多く、他には果物などがそのまま並んでいる。妖狐である瑟は躊躇ちゅうちょなく細長い蛇の様なものの串焼きを口に運ぶ。


「ほう、蛇かと思ったら違うのか。見た目は蛇みたいじゃが、味は昔に喰ったさんしょううおに似ているな。食感もパリパリとして結構いけるぞ。儂も若い頃は色々なものを穫って喰ったものじゃ」


 自分たちと同じ物を食べる瑟にゴブリンたちは大いに気を良くした。しばらく話を聞いていると、彼らが落ち込んでいる理由がわかってくる。


「オレたちは明日、戦にでなくてはいけないリン。そこで人間と戦わないといけないリン」

「ふむ、戦か……」


 うねうねと動くカブト虫の幼虫のような虫を口に運びながら、瑟はゴブリンたちの武器を見ると、棍棒や石斧といった貧弱で粗末な物ばかりだ。


「しかし相手は人間じゃろう。オークたちの巨躯ならば容易く撃退できるのではないか?」

「そう簡単なことではないのですリン」


 赤い三角帽子のゴブリンが初めて口を利いた。その声は落ち着いていて、言葉遣いも丁寧だ。


「ただの人間だけなら私たちでも対処できるかもしれませんリン。ですが、奴らには異世界の戦士という味方がいるのですリン」

「異世界の戦士じゃと?」

「そうですリン。奴らは異世界の人間を喚ぶ能力を持っていますリン。それで異世界から助っ人をんでくるのですリン」


 あの桃色の髪の女の能力のことか。


「なんとも他力本願な話じゃな」

 自分の腕っ節だけで戦乱の世を生き抜いてきたしつにとっては他力に頼るなど理解できぬ話であった。


「そもそも、なんでぬしらは人間と戦などしておるのじゃ。領土を広げたいのか? 財宝を奪いたいのか?」

「違うリン。オレたちゃただ静かに暮らしたいだけだリン」

「人間共がオレたちの島にやってきてオレたちを追い出そうとしているリン」

「だからオレたちは戦うリン」

「里に残してきた女や子供たちの為にも、絶対に守ってやらなきゃいけないリン」

 なるほど、自衛のためか。


 人間側の言い分も聞かねば公平な判断はできないが、妖怪である瑟はまず灰色のゴブリンたちを信じた。


 人間は異形の者が嫌いだ。中には物好きもいるが、多くの人間は自分たちと違う存在を嫌う。妖狐である倉稲うかのしつも、過去にそのような出来事に出会ったことは何度もあるので、彼らの気持ちもよくわかる。


「でも、オレたちじゃ異世界の戦士に勝てないリン……」

「なんでこんなことになってしまったリン……」


 これまでにも幾度か戦闘があったのだろう。何人かは薬草の包帯を巻いて傷を癒している。戦闘の度に敗北している彼らの戦意はもはや冷え切っており、三角帽子も苦い顔をしたままだ。

 そんな中、しつは隣にいるオークが抱えている壺の匂いを嗅いでいる。


「ところでおぬし、それは酒か? 酒の匂いがするぞ」

 深緑の肌のオークは頷く。

「儂は酒に目が無くてな。図々しいが少し分けてくれぬだろうか。もちろん礼はするぞ。さっきの蛇みたいな串焼きは酒と相性が良さそうなのでな」


 オークたちは言葉を持たないが心は持っている。低く唸って瑟に酒の壺を差し出す。


「いただくぞ」

 瑟は巫女装束の袖から漆塗りのさかづきを取り出し、自分の身長ほどもある壺から白濁とした酒をすくい取る。

『えぇ……、ちょっとご主人様、これ飲むんですか? かなり危ないですよ……』

「なに、心配するな。あのさんしょううおの味には力強い酒の方が良いではないか」

 漆塗りの杯から不安そうな声が上げるが、瑟は気にせずオークに向かって杯をかかげると、一口にあおる。


「ッかー!」


 やたらと度数が高く雑味も多い白濁とした酒は、決して美味いものではなかったが、体の奥から燃えてくるような気分にしてくれる。

「こりゃまた癖の強い酒じゃな。だが悪くない。むしろそれで良い!」

 続けてさんしょううお味の蛇焼きをかぶりつく。口の中で山椒の香りと白濁の酒が混ざり合い、互いを尊重するような豊かな味を瑟の舌から胃へと届ける。


「美味い! おぬしらは味が分かるのう。気に入ったぞ。もう一杯くりゃれ!」


 瑟が褐色の頬をほんのり紅潮させて大笑いするとゴブリンやオークもつられて笑い始める。瑟は知らぬであろうが、彼らが大声で笑うのは久しい事であった。


「さて、まずは酒の礼を果たさせてもらおうかの」

 二杯目も飲み干した瑟が指を弾くと彼女の目の前に楽器が現れる。そう(ことのような楽器)を大きくしたような物で、二十五弦から成る弦鳴楽器だ。


『お呼びで? 奏者様』

 美しい女性の声が楽器から流れてくる。

「うむ。ひとつ歌ってもらうぞ」

『畏まりました』


 喋る鉄扇に喋る杯、果ては楽器まで、彼女の持ち物はみな口を利く。

 それもそのはず、彼らは皆『付喪神つくもがみ』という存在なのだ。付喪神は長く使っている道具に宿るため、千年生きている少女の持ち物ならば、付喪神になるのは当然とも言えるだろう。


「それはなんだリン?」

「これはしつといって儂の名でもある楽器でな、まあ聞いておれ」


 瑟が爪で弾きながらの位置を合わせて調律すると、静かに弾き始めた。

17/03/30 文章微修正(大筋に変更なし)

17/04/05 文章微修正(大筋に変更なし) 長いので分割。

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