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第拾漆話「ロリババア、飲み会を予定す。」

 見上げるような王都の城壁も飛び越え、四人を抱えたまま馬よりも速く走り、瑟たちは港町までやってきた。潮風の吹く桟橋まで止まらず走ってきても、瑟は汗一つかいておらず息もあがっていない。三角帽子以外を乱暴に放り投げ、瑟は走ってきた道を振り返る。


「ここまで来ればすぐには追って来れまい」

「なあ、一つ教えてくれないか」

 桟橋に降ろされたなつめが聞いてくる。実は途中から起きているのは知っていたが、降ろすのが面倒だったのでそのままくわえてきたのだ。


「なんじゃ」

「なんで逃げる。お前たちは、この国に侵略しにきた訳じゃないのか?」

「それは違いますリン」

 答えたのは三角帽子の方だった。


「私たちは何もしていませんリン。ある時人間たちが勝手にやってきて私たちの島を荒らしていったのですリン。そして、あなたに勝てばもう侵略はしないと約束をしたので、私たちはここまでやってきたのですリン。ですが、人間の王に約束を守る気などありませんでしたリン」

「こやつの言っている事は本当じゃぞ。あの王は欲望の固まりじゃ。全てが自分の物にならんと気が済まんようじゃった」

「……やっぱりそうか。なんかおかしいと思ったんだよな」

「阿呆。おかしいと思うなら先ずは疑え。自分を浮かしたまま行動するでないわ」

「耳が痛てえな」

「あの、私たちは殺さないのですか?」

 おずおずと聞いてきたアナスタシアに瑟は小馬鹿にしたように鼻で笑う。

「たわけ。儂は喧嘩は趣味じゃが殺しは趣味ではない。そっちから殺しにこなければ何もせんわ。それにな」

 瑟は首にかかっている鎖を指でいじる。


「儂はもう人を殺せん。主様の封印でそのようになってしまったからの」

「では、あの女の人の頭は一体……」

 闘技場で投げ渡された桃色の髪の女性の頭部。あれはなんだったのかとアナスタシアが問う。

「あれはただの石ころをそのように見えるように術をかけただけじゃ。その証拠に……ほれ」


 しつが指さした方向から大型の帆船が一艘近づいて来た。船端からは桃色の髪を持つゴスロリ服の綺麗な女性が大きく手を振っている。その横では光の玉が左右に揺れながら浮いている。


「瑟さ~ん! 言われたとおり船を持ってきましたよ~!」

『新ご主人~。お疲れッス~』


 瑟は三角帽子を抱えたまま桟橋から跳んで甲板に着地すると、漆塗りの下駄がダカダカと小気味の良い音を立てる。

「ほう。これだけでかい船を持ってくるとはやるではないか。船員もちゃんとおるし。どうやったのじゃ?」

「あなたが戦っている間に船長さんとちょっとお話(・・)をしただけですよ。私は貴女と違って女の武器があるので」

『元ご主人はそっち系が得意なんッスよ。頭は残念ッスけど、顔と体は無駄に良いッスからね』

「無駄ではないです。どうですかこの完璧なプロポーションは。どこかの合法褐色つるぺたロリババアには無いものでしょう」

 そう言ってプリマベラはしな(・・)を作ると豊満な胸が揺れる。

「その脂肪の固まり(女の武器)をもがれたくなかったらそれ以上無駄口を叩くな」


 甲板から身を乗り出してなつめに声をかける。

「ではな、棗。久々に楽しませてもらったぞ。次に会うときは人のいない場所で盛大にやろうではないか」

「なんだ、やっぱりお前も気づいていたか」

「あたしも気付いてたわよ。うっとうしかったけどね」

 三人の間では意志の疎通ができているようだが、横で聞いているアナスタシアと三角帽子には分からないようだ。

「どういうことですリン?」

「どういうことですか?」

「実はな――」


 実は、闘技場での戦いはお互いに力をセーブして戦っていたのだ。もしもしつなつめが本気で戦っていたら、あの闘技場だけでなく町ごと消し飛んでいてもおかしくはない。互いにそれが分かっていたから、あの程度ですんでいるのだ。


「もしも夜桜最終幕の月光蝶を本気で撃ち出していたらあの辺り一帯は灰燼になっておるわ。カッカッカ。もっとも、本気で撃てたことなんぞないがな」

 あれほどの凄まじい戦いが本気じゃないのか、とアナスタシアと三角帽子は密かに身震いする。

なつめ。後ろから雑魚がきてるわ」

 カリンが金髪をなびかせながら知らせる。

 なつめたちの後方から桟橋に押し寄せてくる兵たちの姿が見える。

「仕方ねえな」

 カリンを剣にして戦闘態勢を取る。


 そろそろ潮時だろう。瑟はプリマベラに船を出すように伝える。

「お前たちはどうする。乗っていくかや?」

「いや、俺たちはまだこの世界でやることがある。大丈夫だ。ゴブリンたちの島には攻めない」

「そいつは助かるのう。では、良いことを教えてやろう。お前をこの世界に連れてきた奴の側に光の玉が浮いていたじゃろう。あれが人攫いの力の源じゃ。あの玉を奪って脅せば元の世界に帰れるぞ」

「そうだったのか。わかった。覚えておく」

 船が風に乗って沖へと進む。徐々に速度が上がり、桟橋から離れていく。


らばだ、小僧。死ぬなよ。日本で会ったら一杯やろうぞ」

「俺はまだ未成年だっつーの。化け物狐」

 不敵に笑って瑟に背を向け、押し寄せてくる兵たちに大剣を構えて向き直る。


「ふむ。いらぬ世話かもしれぬが、少し助けてやるか」

 瑟は桜花を取り出し、船上で舞うようにして振るうと、桜吹雪が追い風となって船の速度を上げ、港に止まっている全ての船の上に桜の木が現れる。これですぐには追って来れないだろう。同時に、桜吹雪はなつめたちを持ち上げ、追ってきた兵たちを軽々と飛び越えさせた。

 追ってきた兵たちは、頭上を飛び越える彼らを見てただ呆然とするだけであった。

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