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第拾壱話「ロリババア、強敵と対峙す。」

「アナスタシア! くそっ!」

 地面を殴ったかと思うと、何かぶつぶつと呟き始める。誰かと会話しているようだが、そこにはなつめただ一人しかいない。大剣になった少女(カリン)と話しているのではない。少年の内なる巨大な存在に話しているのだ。

 再びあの力とやり合えると思うと瑟は嬉しそうに口角を上げる。


なつめ君……だめ……邪竜の力に頼っては駄目……」

 アナスタシアは苦しそうに制止の声をあげるが、少年には届いていないようだ。

「駄目ならお前ももう少し頑張れ。お前のせいであやつは力を使おうとしておるのじゃぞ」

「私の……せい……?」

「そうじゃ。お前が弱く足手まといだからあやつは無理をしないといけない。守られるだけの無価値なお前があやつを苦しめているのじゃ」

しつ、悪者っぽい……』

『まあ元々悪役だしな』

 月光と桜花が茶化すが瑟は無視する。


「ひとつ機会をやろう。それでお前が無価値かどうか証明して見せろ」

 瑟はアナスタシアを締め上げている手を緩める。瑟の信じられない行為に、アナスタシアは一瞬戸惑うが、すぐに瑟から逃げて攻撃魔法の詠唱を始める。

「水よ、魔を撃て! アクアバレット!」

 アナスタシアが唱えると彼女の持つ杖から水玉が三つ噴き出し、弾丸となって瑟を貫こうとする。

「効かぬ」

 しかし、巨岩をも貫通する威力を持った水の弾丸は、瑟が素手で払っただけで消え去ってしまった。その間にアナスタシアは、さらに距離をとって次の魔法を詠唱に入っていた。

「水流よ、敵を刺し貫け! アクアランス!」

 今度は3mほどある巨大な水の槍を作りだして放つ。だが、それも瑟は後ろ回し蹴りで粉砕してしまう。大量の水が周囲に飛び散る。


「そ、そんな……」

「この程度の術など、ゲームをやり込んでおる儂には通じんわ。現代っ子の息子ですら儂に勝てんのだからな」

 瑟は袖から桜花を取り出す。

「そらっ」

 瑟が桜花を舞うように振るうと桜吹雪が吹き荒れ、アナスタシアは闘技場の壁まで飛ばされてしまう。

「きゃああ!」


「アナスタシア! くそっ、邪竜よ! つべこべ言わずに俺に力を貸せ!」

 瞬間。地の底から響くような雄叫びが闘技場に響きわたる。空間を振動させる程の威圧感が場を支配する。観客たちは体を震えが止まらなくなり、歯の奥をガチガチと鳴らしているが……。

「やっとお出ましか。待ちくたびれたぞ」

 そんな中でも瑟は楽しそうに笑っている。桜花で自分をあおいで少年の力が高まるのを待っているようだ。

「かあっ!」

 少年が渇を入れるように短く叫ぶと、周囲に衝撃波が飛び散り、荒れていた大気が切り裂かれて静まる。


 この前のように勝手に暴走しているという感じではなく、今そこにいるのは強大な力を持つ剣士である。髪は白くなって逆立ち、目は妖しく紅い光を湛え、全身を黒い竜が巻き付くように這っている。


「これはまた、随分と男前になったではないか。昔の知り合いに似たような奴がおったわ」


 余裕の姿勢を崩さないしつに向かってなつめは恐るべき速さで切り込んでくる。初撃と同じように上半身を反らして避けたが、前髪が数本斬られる。速い。体勢を立て直せぬまま二撃目が来る。左。瑟は月光の鞘で剣撃を受ける。なつめの剣の威力を相殺せずにそのまま剣を軸に回転していなす。同時に上段からの蹴り。しかし片手で受け止められる。蹴りの反動で体を反転させてもう一度空中で蹴る。今度は手の防御を払うことができた。瞬間、月光の鞘を頭に叩きつける。防御。防がれる。なつめの大剣の方が速い。受け止めた大剣を振るって瑟を弾き飛ばす。


「カカカ……」


 空中で今の刹那の攻防を振り返ってしつは笑う。しかし、何故笑っているかを説明する前に、なつめが未だ空中にある瑟に迫る。瑟は化け物の様に裂けた口で笑いながら攻撃を迎え撃つ。斬る。受ける。叩く。逸らす。突く。避ける。打つ。防ぐ。互いに一歩も譲らない光速の攻防が空中で続く。闘技場に集まった観客の中に彼女らの動きを正確に視認できたものは一人もいない。攻撃から発せられる剣風が闘技場に吹き荒れ、その風を感じることでしか彼女らが戦っているのだと認識できない。


 着地すると両者は距離を取って再び対峙する。そこで初めて観客たちは二人とも全く傷ついていないことを知る。互角なのか。観客たちも、この闘技場で戦いが行われているのは何度も見たことがある。しかし、これほどの強さを持った二人が戦い合うのは見たことがない。いつもは騒ぎ立てたり野次ったり煽ったりする観客たちも、今この場だけは、呼吸すら忘れて静まりかえっている。それは、アナスタシアも三角帽子も同じだった。


               ☆・☆・☆


「どうだ、大臣。あれほど強くあれほど美しい存在がいるのだぞ。あれを是非とも余の物にしたいのだ」

 観客席の最上段のVIP席に座る醜く太った王が笑いながらそばに立っている顔の細い大臣を見やる。この王の席だけは、太陽がどの位置にあっても直射日光が当たらないように設計されており、眩しさで試合を見逃すことはない。

 チャラチャラと豪奢な装飾を揺らしながら愉快そうに笑う王とは裏腹に大臣は冷や汗を流しながら言葉を探しているようだ。

「ええ、そうでありますね、王様。ですが、彼女の力は強すぎるのでは……」

「そのためにあの異世界のガキを丸め込んでいるのではないか」

「ですが……」

「安心しろ。余が何も考えておらぬと思っておるのか」

 嫌らしい笑みを浮かべて王は瑟を見つめ続けている。

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