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第壱話「ロリババア、家を壊される。」

 今から千年程前、その妖怪は歴史に姿を現した。


 全身が艶やかな漆黒の毛に覆われ、耳と尻尾の先だけが雪の様に白く、妖艶な黄玉の目を持った狐の妖怪は、強大な力を持って全国で暴れ回っていた。その力は絶大で、どんな人間もどんな妖怪も、その妖狐に対抗することができなかった。


 しかしある時、一人の男が妖狐に戦いを挑み、不思議な術を用いて一週間不眠不休で戦い続け、ついに妖狐の力を封印することに成功する。


 敗れた妖狐は自分の体がおかしなことになっているのに気づく。

 なんと、妖狐は白耳と黒尾を残した褐色肌の幼女になっていたのだ。

 激怒する幼女に男は倉稲うかのしつという名を付け、さらに鎖の首輪も付け、人としての生き方を無理矢理教えた。


               〜・〜・〜


 そして数百年の時は流れ、日出づる国には鉄筋コンクリートの建物が生え揃い、妖怪の姿もほとんど見かけなくなった現代に彼女はいる……。


               〜・〜・〜


 のどかな秋の空の下、楓が紅く色付く神社の境内けいだいに竹箒の掃く音のみが流れている。


「……こんなに都合よく行くのもつまらんじゃろうて。人生とは困難なほど面白いものじゃ」


 白衣に緋袴の巫女装束を着た小さな背丈の褐色幼女倉稲(うかの)しつは、罰当たりにも賽銭箱の上で寝そべってライトノベルを読んでいる。本を持って上に延びる腕には白い紋のような模様があり、左手の薬指には銀色の指輪がはまっている。


「だが強いのは良いのう。もしも実際にいるのならばやり合ってみたいものじゃ」


 現在、この神社には彼女一人しかいない。にもかかわらず、竹箒はひとりでに境内を掃いて回り、雑巾は本殿に散らばった酒瓶や皿を片づけて床を綺麗に拭いていた。


 金色こんじきの瞳で、ライトノベルのカラフルな表紙の独特のタイトルをちらっと見る。

「異世界、か。じゃが儂はそんな変な所には行きとうないな。生まれたこの世界が一番じゃ。旅行に行ったってそうじゃ。あれは観光目的で行くものじゃが、本質は自宅に帰ってきて自分の家が一番と再確認するためのものじゃな」

 本を閉じ、本殿の床に無造作に放る。すると、雑巾がそれをキャッチして元の場所へと戻しに行く。


 しつは、白耳をピクリと動かすと、反動を付けて賽銭箱から飛び降りる。石畳に着地すると、漆塗りの下駄がカラカラと鳴り、短い緑の黒髪が流れ、地面に届くほどの鎖の首輪がジャリジャリと音を立て、先っぽだけ白いふさふさの黒尾を優美に動かし、秋の高い蒼天を仰ぐ。


「良い天気じゃ。そろそろ買い物にでも行くかの。昨日は他の妖怪や稲荷連中と調子に乗って食い尽くしてしまったから、冷蔵庫の中が空っぽじゃからな。おかげで朝飯は水と調味料しかありんせんので具無し味噌汁を出したらはふりのやつが激怒しておったな。弟のおもかげは可愛く飲んでくれたがの。カッカッカ……」


 乾いた笑いが秋の空へと吸い込まれていく。それと同時に腹の虫も鳴く。


「面倒だが、このまま空腹で過ごすのもごめんじゃ。今日は近所の子供たちに稽古を付けねばならぬし、あやつ(・・・)も出張から帰ってきてしまうから、あまりだらだらしているわけにはいかん。とりあえず商店街にでも行くかのう。たしか財布は……社務所に置いてあったはずじゃったな」


 首輪から延びる鎖をチャラチャラと引きずりながら気怠そうな顔で奥の社務所まで足を進める。

 白足袋と緋袴の隙間から見える褐色の足にも白い紋が描かれていた。婀娜あだっぽい顔にもある隈取りのようなこの白い紋は、彼女の褐色の肌全てに刻み込まれているようだ。


 社務所の扉に手をかけたその時、白耳の少女の後ろで何かが大爆発したかのような音がする。そのとてつもない大音量に、少女の毛は尻尾の先まで逆立ち、直後に砂埃の爆風が少女に襲いかかる。


「ぬお! な、何じゃ、今のは?」


 白衣の長い振り袖で砂埃を防ぎながら振り返ってみると、周囲が大量の砂煙にすっぽりと覆われてしまっている。先ほどまで寝ていた賽銭箱も全く見えない。


 千年は生きてきた白耳の少女だが、この事態には一瞬だけ思考が止まってしまう。しかしそれでも、頭上から自分を目がけて木材が降ってくるのは察知することができた。


「月光、来い!」


 冷静さを取り戻したしつが呼ぶと、砂煙の中から一振りの刀が回転しながら飛来してくる。

 飛んできた刀は、全てが漆黒の素材で作られており、太陽の光すら反射できずに吸い込まれてしまうほどに黒い。巫女装束の袖をはためかせながらその漆黒の刀の鞘を右手で受け止めると、刃を抜かずに、頭上から降り注ぐ木材を漆黒の鞘で達人の如き動きにて叩き折り、飛んできた木材をバラバラにした。


「ええい、鬱陶しい砂埃め。何も見えんぞ」


 しつは月光と呼ぶ刀を腰にくと、白衣の振り袖から、桜の装飾が入ったこれまた漆黒の鉄扇を取り出す。


「桜花」

『おうよ』


 野太い男の声で喋る鉄扇を開いて力一杯振るうと、秋だというのに辺りに桜吹雪が巻き起こり、境内に立ちこめていた砂煙が一瞬にして霧散する。

 周囲が明るくなると同時に、倉稲うかのしつの視界は暗くなる。ここで倒れずに踏みとどまれたのは、千年を生きてきた意地であろうか。


「……」

『あーあ、ひでえなこりゃ』


 見渡せるようになった境内には、神社の顔と言っても良い本殿が跡形もなく消し飛んでいる。正確には、地面に刺さっている基礎の残骸を残して、床から上が綺麗になくなっている。


「わ、儂の本殿が……神社が……」

あねご、泣くな。堪えろ』


 わなわなと肩を震わせ、黄玉の瞳を涙ぐませるしつの脳裏に、ここで過ごしてきた幾百年の日々が思い起こされる。何百年もここで過ごしてきた。多くの人間とも関わってきた。子を成し、子を育ててきた。辛いことも楽しいこともあった。そして、最後にはそこで後輩の稲荷いなりや仕事の同僚たちに酒を振る舞って呑みまくる昨日の自分の姿があった。


 悲しみの走馬燈の中にある褐色肌のしつに、壊れた本殿から一人の女性が駆け寄ってくる。


倉稲うかのしつ様ですね! お願いです! 私たちの世界を助けてください!」

16/01/21 誤字修正

17/03/30 文章微修正(大筋に変更なし)

17/04/05 文章微修正(大筋に変更なし) 長いので分割。 サブタイトル変更(旧:「ロリババア、さらわれる。」)

17/04/06 文章微修正(大筋に変更なし)

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