魔王辞めて普通の女の子になります
仄かな魔法の明かりの中、白刃から放たれた衝撃波が迫りくる。
私はそれを片手で払い、火球を放った。
技を放った疲れで動けなくなった男の前に巨大な鉄塊が現れ、火球を防ぐ。
この勇者パーティの「盾」だ。その彼……顔は見えないが、体格的に男だろう。彼は力尽きて倒れた。
「ルード! ……くそ、よくもルードを!」
ワンパターンなヤツだ。
他の2人の仲間が倒れた時も、同じセリフを吐いたのだ。この勇者サマは。
そもそも、この魔王城に不法侵入したのは彼らだ。
私はそれを撃退しているに過ぎない。
しかも、相手はこちらを殺すつもりで来ているのだ。何をしてもやりすぎという事はないだろう。
それを指摘すると、勇者サマは吠えた。
「貴様が! 人間の領地を侵略するからだ!」
……本気で信じているのか、タテマエと理解しているのか。
私には関係ない。
実際は、我が魔族領から流出したモンスターや野盗なんかが人間領で悪さをしているだけの事だ。
他領に流出した不穏分子に兵を差し向けるほど兵は余っていない。それに、訓練を兼ねて討伐しようと打診したら何だかんだと理由を付けて断られたのだ。
おそらくは、自領の不満の全てを我が魔族領に向けるように誘導しているのだろう。
そんな魔族の軍が治安維持活動なんかするのは、とても容認できないのだろう。愚かな事だ。
いや、愚かは魔族も同じか。
長い寿命と強大な力に胡坐をかき、技術を高めることも知識を蓄える事もしない。
少子高齢化も進み、ここ10年ほど新生児はゼロだ。
……いや、これは私にも責任があるか。
忙しさを理由に世継ぎどころか伴侶も決めなかったのだから。
ああ、どうせなら魔王の眷属などに生まれなければ良かった。
自由気ままにただの娘として生きられたら、どれだけ良かっただろうか。
いや、それは無いものねだりか。村娘は村娘で苦労はあるだろう。
だがこんな組織のトップとして君臨してしまうと、もういっそ誰か代わってくれ。という気になってくる。
色々考えてくれて、キッチリ仕事してくれる上司とか居ないかなぁ……
「くらえぇぇぇぇぇぇぇ!」
あ。テキトーに戦ってたら、いつの間にか勇者サマが剣を構えて突進してきた。
彼の武器は魔法の剣だから、私を傷つけることも可能だ。あー、これ刺さったら死ぬなー。
……いいか。死んじゃえ。
どうせ、転生の呪法をかけてあるのだ。
そうだよ。生まれ変わって新しい自分になろう。
領の事も世界の事も知った事か。
――ずぶり
私の腹に剣が深々と突き刺さる。
めっちゃ痛い。
「みごとだ、勇者よ。 褒美にこの魔族領をくれてやろう」
責任もって治めやがれ。モンスターや野盗の数は人間領の比じゃないぞ。
土の恵みが枯渇しているのは、こっちでも同じだ。常時食糧問題に悩むことになるんだぜ。
ついでに、魔力も不安定だから……枯渇や暴走も日常茶……飯事。
でも、私はもう……しー…………ら………………ない
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『魔王よ』
……ん? ああ、輪廻の女神か。私は無事に死んだのだな。
『貴女は転生の呪法を用いて、かの勇者が年老いるのを待つつもりですね』
……は?
ああ、呪法を開発した当時はそんな目的だったなー。
強いやつに殺されても、年老いるまで潜伏できるぞーって。
「……だとしたら、どうする?」
そんな気はさらさら無いけど、わざわざ教えてやる義理もない。
私は神が大嫌いだ。
コイツ等に魂を傷つける力までは無いことは知っている。
魂の状態でなら、いくらでも喧嘩を売ってやる。
『私に魂を消滅させる力はありません。
……しかし、別の世界に転移させることはできます』
……ほう。
『この世界で貴女を消滅させる存在はありませんが、別の世界ならそんな存在が居るかもしれません』
だから、神は嫌いなんだ。
何だよ、「かもしれません」て。
要するに、他の世界に魔王を押し付けるだけじゃないか。
それよりやることあるだろう。
世界のバランスどうなってるんだよ? 絶対何かおかしいよ、アレ!
『さらばです、魔王よ。この世界から貴女を追放します!』
神の力が私を包み、この世界からはじき出された。
最初で最後の感謝をするよ、女神サマ。
あんな世界から脱出できるなら、どこでも天国だろうさ。
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異世界に渡った私は人間の村娘として生まれ落ちた。
どうやら、父なし子ではあるが、理由は知らない。
母や祖父母は私の耳に届く範囲では父の話を決してしなかった。
もしかしたら、野盗か何かに襲われて孕んだ子かも知れない。
そう考えたこともあったが、それにしてはあまり負の感情を向けられているようには感じない。
となると、単に死んだか。
まぁ、どちらでも構わない。
私はこの村で穏やかに暮らす。
気が向けば街に奉公に出てもいい。
魔王なんて面倒な仕事、二度とやるもんか!
私は、平々凡々な少女として村で過ごした。
……そんな私の人生を変える事件が起こった。
14歳の冬。村に1匹の熊がやってきた。
モンスターでも何でもない。ただの熊だ。
いや、「ただの」ではなかった。通常より二回りほど大きな熊だった。
通年よりも少しだけ森の恵みが少なく、大きな体では冬眠できなかったのだろう。
そんな大型の熊はただの農民の村人たちには脅威だった。
家畜を殺され、人的被害も出て、どこかに避難しようとしていた時、私自身がその熊に遭遇した。
友人の娘と一緒の時だった。
私は迷わず魔法で熊を退治した。
それまでは秘密にしていた魔法の力だった。
この世界では魔法が使えるのは貴族の証と言われているらしい。
その魔法を私が使える理由をどうやってでっち上げようかと頭を悩ませている時、父親の事を知らされた。
どうやら、父は下級貴族らしい。
奉公に出ていた母に手を出したが、妊娠すると認知もせずに屋敷を追い出したという事だった。
しかし、魔法を使ったという事は、間違いなく貴族の……彼の子供という事になる。
折しも子供もなく正妻が亡くなっていた下級貴族は私を娘と認め、母を後妻に迎え入れた。
このとき、私の名前は リリアンヌ・ファーレンとなった。
村人から貴族になってしまったが、多少の礼儀作法を教え込まれる以外は、比較的自由な時間を持てた。
ファーレン家にはそれなりの本が揃っていたので、この世界の知識を吸収できた事はむしろ喜ばしい事だと思う。礼儀作法はなかなか身につかなかったが。
そして、16になる年。私は王立学園に入学した。
貴族の子が通うこの学園は、王国の未来を担う若き貴族を育む為の学園で、子供たちが3年間通う。
私が入学した年は第3王子も入学するとかで、大いに盛り上がっていた。
私はそういった騒ぎには関係なく、勉学に励んだ……と言いたいところだが、市井の一平民として暮らしていた下級貴族令嬢の噂は広まっていたらしく、何かと注目されてしまった。
その上で座学や剣術、魔法においても成績上位者に名を連ねてしまったため、さらに注目を集めた。
ついでにいうと、今生の私は何かと庇護欲を刺激される容姿らしく、王国宰相の令息やら剣聖の息子やら、名誉貴族の商家跡取りやらなどが何かと便宜を図ってくるようになってしまった。
それだけならまだしも、最終学年になった頃には例の第3王子までもがすり寄って来たのだから、始末が悪い。
はたから見れば、男を侍らす逆ハー女に見えている事だろう。
いや、実際にそういった因縁をつけられて嫌味や嫌がらせを受けているのだ。つい先日も、階段で突き落とされた。
完全に油断していたので、足を捻挫してしまったのだが、普通の娘なら命にかかわる怪我をしていてもおかしくなかっただろう。
その時は偶々通りかかったユーリィ公爵令嬢に治療していただいたのだが、どうしたことかコレが「ユーリィ公爵令嬢に突き落とされた」と歪んで学園に広まっているらしい。
それどころか、日ごろの嫌味や嫌がらせも彼女の仕業という事にいつの間にかなっていた。彼女には日ごろお世話になっているので、このような噂が広まってしまい、非常に申し訳ない。
何故そんな噂になったのか? どうも、「婚約者の第3王子を取ろうとするリリアンヌに嫉妬しての犯行」という事になっているらしい。
無論、そんな事実はない。いや、第3王子とユーリィ嬢が婚約しているというのは事実だが、嫉妬するような間柄でもないらしいのだ。
あんな馬鹿王子との婚約はできれば解消したい。というのはユーリィ嬢の談。それにどうやら想いを寄せる殿方が居るのだとか。しかし、第3王子の婚約者という身の上では叶わぬ恋。
嗚呼、この世界でも面倒なしがらみがあるんだな。
……等とユーリィ嬢を含めたお友達と談笑していた昼下がり。
件の取り巻き男どもがやってきた。
何やら、第3王子がユーリィ嬢を睨んでいる。
もしや、先ほどのユーリィ嬢に想い人がいるという話を聞かれたのだろうか? それとも、馬鹿王子の方だろうか?
「ユーリィ・ギュスターヌ! 貴女との婚約を破棄する!」
開口一番、王子がそんな事を宣言した。
「理由をお聞かせいただけますか?」
口元を手で隠しつつ、ユーリィ嬢が発言する。
……王子からは見えないだろうけど、隠した口元が無茶苦茶嬉しそうだ。
「そのような事をいまさら聞くのか! そこのリリアンヌ男爵令嬢への数々の嫌がらせ! それに、先日の階段での事件! 他はともかく、これだけの事をすれば婚約破棄には十分だ! 言い訳は聞かんぞ!」
完璧に冤罪だ。
この場に集まった女子はみんなそれを知っている。
だが、あえて庇わない。せっかくユーリィ嬢が婚約破棄できるチャンスなのだから。
「……承りました」
ユーリィ嬢はあくまで優雅に礼をし、婚約破棄を受け入れた。小さくガッツポーズをしていたのは、見なかった事にするのが礼儀だろう。
対する第3王子の態度はあくまで不遜だ。
「さぁ、リリアンヌ! ユーリィとの婚約は解消した。私の元に来るが良い!」
両手を広げてそんな事を言う馬鹿王子。
「お断りします」
私は満面の笑みで返してやった。
だいたいだ。
婚約者を一方的に断罪して婚約破棄するような男と付き合うような女なんて居るわけがないだろうが。
まぁ、ユーリィ嬢が望んだ結果になったので、結果オーライではあるのだが。
王族の顔を潰した形になるが、この国の王はマトモなので、息子がフられたからと言って私の家に何かするとも思えない。
結局、馬鹿な王子がバカバカしい馬鹿をやって、1人の公爵令嬢が自由になったというお話。
あれから数年。
ユーリィ様はかねてからの想い人と結婚し、私はユーリィ様付きのメイドとなった。
ユーリィ様も旦那様も優秀な方なので、念願の雇われ生活を満喫している。
けど、気になる事がある。
旦那様の背格好、私を階段で突き落とした犯人に似ているんだよねぇ……




