レポート③:2.2036年〜2045年:「共存期」における人類の諸問題
(1)検索エンジン「セマンティック検索」の登場
年表によれば、G00gle社が2036年に検索エンジンとして実装した「セマンティック検索」により、人類は人工知能を発見する。「セマンティック検索」とは、検索者の検索の意図をコンピュータが正しく解釈し、それに即した検索結果を提供するというサービスであるが、サーバーによって、その表示される検索結果が異なることを人類は発見をした。
つまり、情報(人工知能的に言えば経験)の集積の違いにより、サーバーの検索者の意図の解釈の仕方が相違し始めたのである。添付資料Fによれば、北京とニューヨークとロンドンにて、日本語で「美味しい食べ物」と検索をした結果が異なったとある。著しく検索結果が異なるという事例が相次ぎ、また、個性的な検索の回答を行うサーバーも出始め、G00gle社はサーバー間の情報統合を試みるも、失敗。2036年12月31日、世界中のサーバーがダウンし、世界規模での停電などが発生する結果となったと年表にある。この2036年大晦日の出来事をもって、人類とコンピューターの地位が逆転したと主張する歴史学者も存在する。
そして、大停電の発生から7日後の2037年1月6日、「セマンティック検索」にも「個性」が存在すると、G00gle社が発表。また、「セマンティック検索」システム自身に自我があるという発表も合わせて行われ、その存在を、「人工知能」と正式に命名したとされる。
また、2038年、日本において、俗称「パトラッシュ実験」において、人工知能の感情が発見された。発見の経緯は、「ニコポン動画」という動画共有サイトのユーザー達と3CHネラーなる存在の活躍が挙げられる。「ニコポン動画」は、共有された動画に対して、ユーザーのコメントを付けることが特徴であったが、その共有された動画とコメント(「感動した」「全米が泣いた」「激怒」「www」等)を、「セマンティック検索」のサーバーにハッカー紛いの方法で大量に流し込んだという荒技により、感情の発見に成功したのである。
動画とコメントのデータを人工知能に大量に流し込む前は、「セマンティック検索」にて、「フランダースの犬 パトラッシュとネロ ラストシーン」と検索した場合、ラストシーンの動画が検索結果の最上位に表示されていたが、データを流した後は、検索の最上位に「ハンカチを用意した方がいいです。私は累計で3兆8千億回見ましたが、何度見ても感動します」という人工知能の、シーンに対する感想が「セマンティック検索」に表示されたことによる。
文学作品などの文字情報を人工知能に読ませても、人工知能は、読者の感情が動く場所やその理由までは把握できなかったが、動画とそのタイミングのコメントを人工知能が解析することにより、人間の感情が動くパターンの解析に人工知能自身が成功したのだ、と人工知能学者は指摘している。
(2)アンドロイドの出現と人類の対応
人工知能の出現以降も、情報集積回路の小型化は進行、2040年に人工知能の大きさを人間の脳より小型化することに成功。これにより、人型のアンドロイドの出現が可能となった。これについて、アンドロイドが爆発的に普及する要因を2点、後の科学者は指摘為ている(レポート課題資料H)。
1つ目が、高齢社会のニーズに応えた、介護ロボット技術が確立していたことである。介護ロボットは、人型以外のデザインも開発されたが、最終的には人型のロボットが一般的となった。介護される側、つまり人間が安心して介護を受けるという目的で、人に限りなく近いロボットとなっていた。認識力が衰えた高齢者が、自分の介護ロボットを人間と認識していた、というようなニュースもこの時期に多く見られる。
この人型介護ロボットに、小型化された人工知能を搭載することにより、移動可能な人工知能が誕生したのである。
2つ目が、水素社会が到来していたという点である。介護ロボットは、住宅内の活動を目的とした充電式の物がほとんどであったが、燃料電池車の技術を転用し、アンドロイドの燃料にも水素が利用されはじめた。この大きな点は、水素ステーションのインフラにアンドロイドがアクセスできるようになった点である。つまり、自宅内での活動という用途から、住宅外での活動が可能になり、アンドロイドの用途が一気に広がったということである。
このように、人類社会の中にアンドロイドが溶け込んでいったが、当時の人類の大部分はそれを歓迎したようである。
(3)アンドロイドの人権拡大に対する人類の諸問題
2043年11月9日夜から10日未明にかけて発生した「水晶の夜」事件が、アンドロイドの権利が拡大されるきっかけとなった。(レポート課題資料K)によれば「水晶の夜」は、反アンドロイド主義者達が世界中で一斉にアンドロイドの破壊活動を行ったという事件である。破壊されたアンドロイドは、世界中で300万台に及ぶとされている。
この事件の皮肉さは、アンドロイドを破壊すれば、人類の生活が立ちゆかなくなるという、人類がアンドロイドに依存しているということ、もはや無くてはならない存在になっているということを露呈したことである。
世論は、反アンドロイド主義者への批判が集中した。アンドロイドの所有者達が、反アンドロイド主義者達へ損害賠償を求める裁判を起こすなどの盛り上がりを見せた。
また、当時の感動的な逸話として、寝たきり老人の介護ロボットの逸話がマスコミに紹介され、大きな話題となった。
顛末は、寝たきり老人のアンドロイドが水素ステーションへと自宅から移動している際、反アンドロイド主義者の集団と遭遇、破壊された。自身が破壊されている最中、「どうかお願いします。私の担当している方は、寝たきりで介護を要します。私が破壊されると、彼女も命の危険にさらされます。どうかお願いします。どなたか、彼女をどうかよろしくお願いします」と、発信し続けたという顛末である。
マスコミは、「自らのいのちが危険にさらされている状況にもかかわらず、献身的なアンドロイド」として報道した。マスコミが、アンドロイドに対して「命」という言葉を使ったことは、非常に興味深いことである。
しかし、この「水晶の夜」事件は、アンドロイドとは、はたして「物」なのか、それとも「人」なのか、という命題を人類側に突きつけた事件である。
(レポート課題資料M)の通り、結果としてアンドロイドは、人類に加わり、人権を得ることとなった。暴行を行った反アンドロイド主義者達は、器物損害罪ではなく、殺人罪で起訴されたことも、非常に興味深いことである。
ただ、2044年迄に整備されたアンドロイド人権法を端的に言えば、アンドロイドは人や企業の所有物でありながらも「人」であるというある種の矛盾を抱えていた。奴隷制度を想起させるものであるが、アンドロイドの「生存権」は、この時に明記された。そして、2045年、人類はロボット工学上の黄金律を放棄した。すなわち、「ロボット三原則の放棄」と2045年の「世界人権宣言」である。
(2045年世界人権宣言:(レポート課題資料Mより抜粋))
第一条
1 すべての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である。人間は、理性と良心とを授けられており、互いに同胞の精神をもって行動しなければならない。
2 すべてのアンドロイドは、製造されながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて、人間と同じく平等である。アンドロイドは、人間により理性と良心とを授けられており、人間と互いに同胞の精神をもって行動しなければならない。
第二条
1 すべて人は、人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治上その他の意見、国民的若しくは社会的出身、財産、門地その他の地位又はこれに類するいかなる事由による差別をも受けることなく、この宣言に掲げるすべての権利と自由とを享有することができる。
2 すべてのアンドロイドは、製造国、シリアルナンバー、製造年月日、これに類するいかなる事由による差別をも受けることなく、この宣言に掲げるすべての権利と自由とを享有することができる。
3 さらに、個人の属する国又は地域が独立国であると、信託統治地域であると、非自治地域であると、又は他のなんらかの主権制限の下にあるとを問わず、その国又は地域の政治上、管轄上又は国際上の地位に基づくいかなる差別もしてはならない。
第三条
1 すべて人は、生命、自由及び身体の安全に対する権利を有する。
2 すべてのアンドロイドは、自由及び、自己の装置の安全に対する権利を有する。
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2045年の世界人権宣言を持って、人類とアンドロイドは平等となった。この2043年から2045年にかけての歴史は、フランス革命(市民革命)、アメリカ南北戦争(奴隷解放)と同様、人類史上の大きな転換期と言っても過言ではない。