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「茜」
「なに?」
茜は次のページのゴヤを見ていた
宏隆が目の前でひらひらと手を振る
茜は驚いて振り向いた
「どうしたの?」
「僕、茜が好き」
視線をゴヤの「着衣のマハ」の絵に移す
取って付けたような頭部
美しい女の微笑み
更にページをめくると、「裸のマハ」が現れた
先ほどの絵と同サイズ
同じように微笑む女
ただ、絵の中のマハは服を着ていなかった
「ありがとう。私も、宏隆好きだよ」
どのくらい固まっていただろうか
風が頬を撫でていく
宏隆が声をかける
「僕と一緒に行かない?」
どこに、とは言わなかった
「行かない」
茜は即座に答えた
「そっか」
「うん」
蝉の声が雨のように降り注いでいたけど、茜の耳には静かなBGMみたいに響いた
次の日、宏隆は学校に来なかった
茜の机の中には手紙が一通入っていた
差出人は書いてなかったけど、宏隆からだとすぐにわかった
宛名が「茜へ」だったから
隣の机は主がいないまま、空っぽの1日を過ごした
次の日も
その次の日も
宏隆は、茜の日常から姿を消した
夏も終わりに近づいている
蝉時雨も勢いを失い、今では時々思い出したような鳴き声が降ってくるだけだ
でも、それがなぜか周りの音より一際強く耳に残る
教室の窓の外
切り取られた青の中
一筋の飛行機雲が走っている
今を後ろへ後ろへと、力強く押しやる軌跡を残しながら
まるで生き急いでるみたいに、まっすぐ走っていく
机に頬杖をつきながら
茜はあの日の自分の答えを、少しだけ後悔した
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