†4†
「シャガールは秀逸」
次の絵は男女が抱き合い空を飛んでいる絵だ
たしか「町の上」と言ったか
「そう?」
「僕もいつかこんな風に飛びたい」
宏隆の目は穏やかな光を湛えて、きらきらとしている
「世界の外のどこへでも」
「何それ?」
「シャガールの絵だよ」
またもや身も蓋も無い
わかるように説明してほしい
「ふぅん」
「シャガールほど生き生きしてて、躍動的な、慈愛に満ちた色彩の持ち主はいない」
「好きなんだね」
「うん、好き」
素直に答える宏隆に、茜は少し戸惑いを覚えた
「彼の絵は、見るたびに僕を感動の底に突き落とす」
底に突き落とされるなんて変な表現だ
「前に見たときにたしかに感じたことがね、もっかい見ると新たに認識されるんだ。わかる?ほら、新鮮さが損なわれないっていうか」
普段は口数が少ないのに、今日の宏隆は饒舌だった
長い指がページをめくる
茜はその動きを見守っていた
視線を滑らせる
「あ、ゴッホ」
「ひまわり」
二人は同時に声をあげた
花瓶の中のひまわり
「私、これ好きだな」
「へぇ、どこが?」
「うーん、どこだろう。宏隆みたいに的確には言えないけど」
「なんとなく?」
「そう、なんとなくあったかい感じがね」
この絵はところどころでよく見かける
「…茜はこの絵のメッセージがわかる?」
「これの?」
「うん」
茜は絵を見つめる
メッセージかぁ
しばらく逡巡して
「わからない」
と、答えた
宏隆はうんうんとうなずく
「僕もわからない」
「なぁんだ。シャガールみたいな講釈が聞けるかと思ったのに」
隣に座る宏隆を見上げる
少し目にかかった前髪が、開け放した窓から吹き入る風に揺れる
光の加減で宏隆の目は緑がかって見えた
気のせいかも知れないと思うほど、ほんの少しだったけれど
「他人がいろいろ解説しても、実際にゴッホに聞いたわけじゃないから」
「それって屁理屈」
「見る側の気持ちが大事だろ?自分なりに感じたことがあればそれでいいと思う」
「宏隆は自分の気持ちを力いっぱい語ったしね」
「まぁね。でも茜もそれに共感する必要なんてないよ」
宏隆はにっこりと微笑んだ




