第6話 マルクス
エルダが成人の儀として都に向かって二週間、ヒルドは五度目のマルクスとの採取に草原へ来ていた。
「マク兄、南から角兎が来てるよ。一人でやれそう?」
「ん、とりあえずやってみるさ。Lvも8まで上がってるからな。」
「分かった、それじゃちょっと隠れとくけど気をつけてね。」
そう言うと瞬きをする間にマルクスの目の前から消えていた。MAKUSHITAの力量でもDOHYOU内でのRIKISHI同士のMAWASHIの取り合いに比べれば一般人の前から一瞬で身を隠す事はとても容易い。
「エルダあんちゃんが無茶苦茶って言うのが良く分かるわ。」
苦笑を浮かべながらマルクスは頭を掻く、南から来る角兎を視認出来たのだろう、腰に下げていたナイフを油断無く抜く。
身を屈め息を殺し、相手が油断するのを待つ。この二週間でヒルドから学んだ事は何よりも危険を避ける事であった。徹底的に危険を避け、勝機が在ればそれを見逃さない。単純だがそれ故に難しく10歳の子供が簡単に出来る事では無い。
しかしマルクスはソレを完璧に行っている。それも自身の気配を殺し、不完全ながらも自然と同化までしてみせている。
普通はここに至るまで狩りだけの生活を数年続けて至るモノだがヒルドはマルクスを強化稽古と称してRIKISHIの稽古に一日駆り出した。
稽古一日程度と思うかもしれないがそれほどにRIKISHIのKEIKOは辛く厳しい、例え一日でもそれに付いて行ければ新兵が軍曹になるようなものである。
結果としてマルクスは齢10という若さで既に一端の冒険者と肩を並べられる実力を身に付け、草原の魔物であれば問題なく撃退出来る実力を身につけた。
現在は不足している実践を経験させている最中である、この調子で行けば成人の儀が終る頃には森でも問題ない実力を手に入れられるとヒルドは考えている。
そうこうしている内にマルクスの10m程前方にまで角兎が近づいてきた、恐らくこの先にある川へ向かっているのだろう。
だが暫く進んだ所で足を止め、耳を立て周囲を警戒している。
これを見てマルクス自身も周囲を探る。
そして見つけた、マルクスから見て右方向約80m、角兎にしてみれば後ろ方向に100m程だろうか、花狐が辺りに獲物が居ないか探している。
角兎も花狐に気がついたのだろう、地面に伏せ草葉の影に隠れている。
体感で5分以上じっとしていただろうか、花狐がマルクス達とは反対の方向へ向かって歩いていく。
それから3分程で角兎は草葉から出て川へと移動を始める。
角兎の移動を確認したマルクスは細心の注意を払いながら、出来る限り音を立てずに角兎の後を追っていく。
川で水分の補給を済ませた角兎は木の根元に隠れて体を休めている。それを見てマルクスはここで仕留める事を決めた。
角兎の狩猟で気をつけねばいけないのは3つ、音、角、毒。
大きな音は勿論、小さな音でも警戒されてしまう。出来るなら隠れて弓で仕留めるのが理想。
次に額に在る大人の人差し指位の角、これは鋭く脆い。追い詰められた角兎はその角を相手の体に突き立てたまま角を折る。其の為近づいて仕留めるのなら気づかれてはいけない。
最後に爪から出る毒、高が角の生えた小さな兎だと思ってはいけない。相手も生きている自分を殺そうとする者に対して決して優しくはならない。
マルクスは足元に転がっている石を一つ拾い上げ兎まで後6mの場所で自分とは反対方向に向かって石を投げる。
石が転がった音に反応して角兎が身を乗り出し音の方向へ注意を向ける、その瞬間を狙ってマルクスが音を殺して一気に駆け出す。
角兎まで後5mまだ気づかれない
後4mまだ気づかれない
後3m耳が動く
残り2m角兎が此方を振り向く
残り1m気づいた角兎が体を一瞬硬直させる
「遅い。」
マルクスの右手に握られたナイフが角兎の喉元に突き立てられる。直ぐ様捻りを加えながらナイフを引き抜いて後ろへ飛ぶ。
油断をせずに5m程下がる、角兎が一気に跳躍しても避せる位置だ。
角兎の痙攣が段々と小さくなり殆ど動かなくなって、マルクスは角兎の耳を持ち、首を落とした。
「ふー。」
マルクスが緊張を解き、大きなため息を吐くと直ぐにヒルドが声を掛けてきた。
「マク兄お疲れ、もう角兎ならばっちりだね。」
「おー、ヒルド角兎ならまぁな。つーかその後ろの何?」
振り返って見たヒルドは何やら木の枝を担いでいる。
「ん?ちょっと邪魔だったから狩ってきたんだ。」
そういってヒルドが見せたのは首を落として血抜きを粗方終らせた2匹の花狐だった。
「さ、マク兄。昼食ったら次は花狐をやろうか。」
「・・・・そだな。」
何とも無い様に言うヒルドだったがマルクスが角兎を狩る間に2匹の花狐を仕留め更に血抜きをほぼ終らせている。
この時マルクスは思った、『こいつだけは絶対怒らせるの止めよう』と。
「そろそろ兄貴達は職に就いてる頃かな?」
2人で仕留めた花狐と角兎を解体して昼飯を食べていたらマルクスがそんな事を言ってきた。
「そうだね、もう都に着いた頃だから無事職に就いたんじゃないかな?」
「エルダあんちゃんはLv15を超えてたから【職】の枠が2つあるだろ?一つは【農夫】としてもう一つは何にするんだ?」
「さぁ、俺もそこまで聞いてないからなー。ガラハ兄こそどうなの?」
「商人だと思うぞ?15までは家の店で色々やってみるって言ってたけどどうなるやら。」
マルクスはやれやれと言わんばかりに肩を上げて見せた。
「そんな事よりLv上げだよ、さっきlv8に上がったしもう花狐も行けると思うぞ。」
「何か新しいスキル覚えた?」
「スキルはまだ何も、ただ称号に【明哲保身】《めいてつほしん》ってのが出てる、ほらこれ。」
そう言ってマルクスはカードを見せてくる。
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《マルクス》 Lv8
人族 男性 10歳
体力 198/198
魔力 50/50
技力 102/102
筋力 76
頑強 42
知性 35
器用 36
敏捷 48
職業【なし】
特技【なし】
称号【明哲保身】
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称号【明哲保身】:危険を避け身の安全を保つ者に送られる称号。この称号を持つ者は知性にボーナスが入る。(+20)
「すげぇ!知性に+20の称号だ!!」
「おめでとう、マク兄。」
「これなら【罠解除】が覚えられるぜ!!!」
「あれって知性35が最低ラインだっけ?」
「知性と器用の両方だな。兎も角コレで探索者になれば罠解除が取れるぜ・・・。」
相当嬉しいのだろう、顔がニヤニヤして傍から見てるとちょっと気持ち悪い。
「あれ?【罠感知】は良いの?」
「罠感知は罠解除の上位スキルだからなそもそも取得が何度か罠を解除するのが鍵になってるし。」
「そっか、じゃぁLv上げはここまででいいのかな?」
「後は器用と知性伸ばしたいからなぁ・・・・この辺は家の手伝いで伸ばすか。」
「商店だもんね、商品の扱いとか帳簿の計算やってれば上がりそうだね。」
「ま、これも将来への投資と思って頑張るさ」
「やってて悪いってもんじゃないだろうし、良いんじゃない?」
「一番上の兄貴に扱き使われるのが嫌なんだよ。何かとうるせーしよ。」
立ち上がってズボンをはたきながらマルクスに笑顔を向けながら言ってみる。
「まぁ取りあえず花狐をやりに行こうか。最終的にゴブリン3匹位なら単独討伐出来る位にはなろうね。」
とても良い笑顔でそう言い切るとマルクスの返事を聞かずに移動の準備を始める。
マルクスは後日こう友人に漏らした。
『身の丈にあった鍛え方して段階を踏んでLv上げるのが一番だ。』と。
私事ですが感想を頂きました、非常に嬉しかったです。
今後も回転率上げてイキマスヨー!
出したいモノも一杯ありますがそれを出す為の下準備がまだ出来てないのでそこは今しばらくお待ち下さい。