39.決断
~アズナイル・ソルメタルからの視線~
さすがに反応が素早い……。高級そうなペパ(草紙:主にケナフ(麻の一種)等の、木でない植物を原料とする紙、イラワルドの主要な輸出品。輸送費などがかかる為、パピスよりも価格は高い。ただし品質と利便性は非常に高い)の巻書簡が、何時の間にか俺の机の上に無造作に転がっていた。この机の上に転がっている巻書簡だが、その留め紐の布地は薄緑の地に赤線と黒線が複雑に織り交ざっている。これは有名なホルミアの旗の生地と同じだ。この生地の上に羽を広げた黒いスウル(草原梟)が描かれたのが、ホルミアの黒梟旗だったよな。つまりこれは“長い手”ダイタス・ギュント・ホルミア個人からの書簡って事を示してる訳だな。まぁ、司府長としての書簡ならば、きっと公用封筒を使うハズだからな。
しかしさっきまではこんなものは無かった……。俺が今ちょっと机を離れた隙に置いていったって訳だ。つまり俺の周囲にはきっちりと“長い手”殿の監視の目が付いてるって訳だよな。でもそんな気配は一切ない……。昨日のあの殺気から一転これか……。はぁ、なんでもござれってか……。まぁ、なんとも恐ろしい事だな。それにしても昨日の今日で早速の回答か……、司府長“長い手”ダイタス・ギュント・ホルミアか……、なんとも動きが素早いな。俺は早くても回答は明日か明後日と見ていたんだがな……。では留め紐を解いて、巻書簡の中身を見せて頂こうか……。
“明日15時に、司府長室に参られたし”の一行だけ。短かっ! そしてその下には特徴的な流れるようなサインが一筆。ふん、どうもにも素っ気無い招待状だな。うん、明日の15時には俺は一切の予定は入っていない。スケジュール調整が必要なくて助かりますね……。まぁ、多分、こちらの事は、もう何から何までほとんど知らべ上げているんだろうな。さぁ、これで“長い手”がどう出てくるかは、後は明日の風任せって事だな……。まさか、マディミリタたる俺をその場で殺すって事もないだろう。それに殺される気はこれっぽっちもないしな。そもそもこの王都に、俺を殺せる奴が居るのか? 今俺が知る限りでは、この俺をあっさりと殺せそうな奴って云えば、サラキトアに3人、あとトファルナにひとり位だしな。しかし世の中は広いって云うし、ここは一番警戒しておいて損はないか……、まぁ、俺も死ぬ前に一度位は、結婚って奴を経験してみたいしな。
それに、全てが上手く行く可能性だってあるんだ。俺達の“相談”事を“長い手”殿が承諾して、ナイの処にある厄介なお土産と王都での陰謀策術を、全て“長い手”殿に任せるって事だってあり得る。そうなれば俺達は俺達で今まで通りに計画を進めて行くって訳だ。まぁ、俺から見てもそいつはかなり楽天的な見通しだけどな……。相当に可能性は低いの判ってるけど……。しかし例の話しもあるからな……。うん、なんと云っても、あのお土産の影響度はそれなりに大きいはずだ。それに比べれば、俺達の“相談”事なんか小さい、小さい……はずだ。そうだ! 可能性は0でないっ! よ~し今夜はエールでも飲んで前祝いと行くか……。
~翌日、司府長室~
俺は約束通りに翌日の15時にセキニア宮殿、別名ストファ・ブラゾ《5塔の宮殿》の“ラトストハ”(右の塔)にある司長室に赴いた。ああ、いつものスーツーアーマーの下にチェーンメイルを着込んでいるんで、ちょっと身体が重い。まぁ、実際の処本音を云えばだ、更にヘルムを被って、槍を担いで来たい気分だったが、さすがにそれは自重した……。
ほうほう今日は、ソファに座って応対してくれるのか? 少しは信用が上がったのかな? それにあの殺気がないな。まぁコレクは確実にどこかに居るんだろうけどな。それが簡単に判ちまってはコレク失格だよな。でもここまで気配を消すとは相当な腕だな。まぁ、気疲れしないんでこれはこれで助かるけどな……。あれ? 待てよ? これって逆にマジにやばいって事か? 正直どこから狙わていれるのか全く判らんぞ……。いやいやいや、もしかすると、“長い手”殿は俺を信用していて、コレクを配置してないって事もあり得るのかな? うん、それだといいな……。
「ガダスシアプ。アズナイル殿、お呼びだてして誠に申し訳ありませんな」
「ガダスシアプ。いえいえ。ホルミア殿、お気にされずに」
む、“アズナイル殿”か……。昨日のソルメタル殿から呼び方が更にランクアップしたか……。これは、ちょっと期待ありか? ん? じゃぁこっちもホルミア殿から、呼び方をダイタス殿にランクアップした方がいいか? いや、それは逆効果だな。なんと云ってもこっちが相当に格下だからな。いくらなんでもダイタス殿まずいよな……。
「さて、アズナイル殿、わしからまず2~3質問して宜しいかな?」
「ええ、結構です」
さぁ、いよいよこれからが本番だぞ。なんでもござれだ。
「そなたらキトアで何か珍しきものを捕らえたのか?」
「はい。その通りです」
「で、そなたらが捕らえたのは、2本脚か? 6本脚か? 両方か?」
「2本脚と6本脚です」
「ふむ……。で、それはまだ息をしておるのか?」
「2本脚は地に伏せましたが、6本脚はピンピンしております」
“そなたら”ときたか、つまりもうナイの事も調査済みだな。そして質問も驚く程適格で、なんの外連味もなく直球勝負だな。しかし内容は想定内だ。
「相わかった」
ちょっとの間……、嫌な沈黙。ん? 今ソファの向こう側に座る“長い手”殿の顔に僅かに楽し気な表情が浮かんだか? 見間違いか?
「それでは、わしの回答じゃ。まずは、そなたらの“相談”については、Yesじゃよ。キトア郡キグトア地区への奉納公平化特例措置の適用は当面見送ろう」
「それは! ホルミア殿、感謝致します」
さすが“長い手”殿だ。こちらの“相談”内容も見事にお見通しか。だがそんな事も想定内だ。しかし今“当面”と云ったな?
「そちらは、その捕らえた6本脚をわしへの手土産として、公特措を止めたいのであろう?」
「……」
ここはノーコメントだ。まぁ、この場合の無言は誰から見ても“是”だけどな。
「だがな正直わしとしては、その手土産を受け取る気はないんじゃよ。ちと危険が大きすぎるからな」
「それは……」
「モートス伯爵家と正面切って戦うのは、今は時期ではないのでな」
「……」
ここもノーコメントだ。ただしこの場合の沈黙は誰から見ても“疑”だけどな。おい、ほんとか? 今こそが時期なんじゃないのか? 俺達はそう判断したからこそ、あんたの処にきたんだぞ?
「よいか? 表立って戦うのは、その勝負に既に決着が着いた後からじゃな」
「勝負が着いてからですか?」
「今はまだ決着は着いておらん、裏での戦いなのだ」
「はぁ……」
「だから、わしはその手土産を受け取らん。わしが動いては意味が無くなるのだ。それは誰にも知られず、誰が握っているやもわからない。そんな隠し球なんじゃんよ」
「……」
ここもノーコメントだ。ただしこの場合の沈黙は誰から見ても“絶句”だけどな。う~~ん。正直云って追いていってないかもだ……。この言葉このままナイに伝えた方がいいな。
「この隠し球はの、隠れている事に意味があるんじゃな。表に出ると影響があり過ぎる。まぁ、両刃の剣の様なものじゃな。鞘に収めて置いた方が良いのだ。であるなばわしが持つよりも、違う者が持った方が良いと云う物なのだ」
「はぁ……」
「アズナイル殿、そこで今度は、こちらが“相談”したいんじゃがの?」
なんだ? “鞘に収めて置く”それに“相談”だと? 完全に会話の内容が想定外になって来てるぞ。なんだか嫌な汗が首元に滲み出てきてる感じだ……。目の前の男が、少し出ている腹の前でゆっくりと両手の指を組み合わせた。これか? この手指が“長い手”か? 確かに腕は常人より僅かに長い感じがするな。でも指はそんなに長くはない普通だな……。まぁ“長い手”の意味がそんな事じゃないって事は、子供でも知ってるがな。そして奴は今度は間違いなく楽し気な笑みをこちらに向けてきやがった。ああ、なんか凄く不味い感じがして来た……。ナイよ、もしかすと俺達、奴の“長い手”に捕まったのかもしれんぞ……。
~ナイアス・ヴェルウントからの視線~
居間の長テーブルに集まったのが、多分今の俺の真の味方なんだろう。数こそは少ないが信用篤く、そして強力だ。俺に取っては心強い事夥しい。そして俺には過ぎた味方とも云える。
「ガダスシアプ。イジュマー殿、アドバン殿、カリファ、そしてリリュにギル、聞いて欲しい事がある」
「「「「「ガダスシアプ」」」」」
あと、アズナルとキャスも仲間と云えるな。だが今ここにアズナルとキャスは居ない。アズナルは王都だしキャスは今も草原であの厄介者を見張っている。
「皆には黙っていたが、実はあのサラの件について、アズナルと連絡を取って、王都の司府長殿に取引を申し込んで居たんだ」
5人とも押し黙って俺を見詰めている。まぁ仕方ないな。あのサラの危険性についてはここの全員にはもう話したから、危機感は確りと共有出来ているんだ。
「うむ、司府長か」
「“長い手”であるか」
ご老人と武士殿ならば、なぜ俺が司府長に取引を申し込んだかも、理解してくれるだろう。現時点でモートス伯爵家や白虎騎士団に対抗できる力があり、更に対抗する理由を持つ者は、司府長のダイタス・ギュント・ホルミア位だからだ。そしてあの奉納公平化特例措置のキグトアへの適用の帰趨を握っているのも、あの長い手なんだ。カリファとリリュの表情がかなり硬い感じだな。まぁ、司府長と云えば色々と噂のある男だからな……。ん? ギルはあまりなんの事かわからないのか、きょとん顔だな。うん、そんな顔も可愛いぞ。
「そして昨晩、アズナルから連絡が入った。結論から云うと司府長のダイタス・ギュント・ホルミアは、アレの受取を拒否した」
「むっ」
「っ!」
「……」
「えっ」
「??」
それぞれが、不信と驚きの入り混じった声を漏らす。おい、おい、これくらいで驚かないで呉れよ。これからもっと驚きの話が続くんだぜ。
「司府長殿は受取を拒否したんだが、こちらの申し出は承諾したんだ」
「キグトアへの公特措の適用除外じゃな?」
「そうです」
「「「「っ!」」」」
実際には、司府長は“当面見送り”と云っただけなんだが、まぁ、そんな細かい事は今はいいだろう。
「奇っ怪な事であるな? ただでこちらの要望を聞いて呉れるであるか?」
「いや、あれはそんな甘い男ではないぞ」
「無料ほど、高いものはないよ」
そうだ、最後のカリファの意見は正しい。リリュとギルも心配そうな目をしている。ギルの目許はこうやって見ると、やっぱリリュに似てるな。
「そうです。司府長殿はある条件を出して来ました」
「じゃな」
「で、ある」
「アレについては、受け取らないが、司府長殿の近くで秘匿・保護して欲しい。それが条件だそうです」
「自ら危険は犯したくないが、隠し球は手近に確保したいのじゃな」
「で、ある」
「なかなか陰険な、じじぃだね」
「でも、あなた……、それでは……」
リリュの唇が震えているのが判る。そうだリリュの危険察知能力は、いつだって抜群だ。
「当然アレの秘密を守る為には、アレを他人へ任せる事は許されない。つまりこれは司府長殿から俺に対する王都への招待状って事だ」
「じゃな」
「で、ある」
「そりゃ、なんとも危険な話しだね……。だけどおもろそうかな?」
リリュが無言のまま隣のギルを抱き寄せ、黙って俺を見詰める。
「正直この先、なにがどーなるのか全く判らない。……だが俺はこの条件を受ける積りだ。もしこの条件を飲ますにキグトアに公特措が適用されれば、もうキグトアに未来はないと思う。俺は今キグトアで起こっている変革の芽は決して潰してはならないと思うんだ。俺は王国にはこのキグトアの改革がいつか絶対に必要になると感じられる。きっとキグトアの未来は、王国の未来に繋がって行くんだと俺は信じている。もしも、もしもキグトアの未来が潰れたなら、王国にも未来はないって事だ」
この俺の言葉に居間が沈黙に包まれる。やっぱりこの決断はちょっと唐突だったか……。俺の独り善がりだったんだろうか……。胸の中に冷たいなにかが入って来る感じがする。その時ご老人が口を開いた。
「うむ、わしには未来を見通す力なんぞはないからのぉ、我らの未来はみえんのじゃが、お主がそう云うならば反対はせんぞ。まぁ、魔術師よりも武闘家の方がよほど勘はよいじゃろうからな。お主がそう決断したらなら、それが正解じゃ。まぁ、わしとしても乗りかかった船じゃ、ここで降りる積り等はないぞ」
「それがしも、このキグトアの未来をもっと見てみたいのである。それがしも護民官殿に賛同致すのである」
「カリファは文句は云うけどさ、逆らいはしないよ」
「あなたにいつまでも着いて行くと云った言葉に変わりはありませんよ」
「父さん。僕も行きます」
このみんなの言葉が俺の心に中に染みてそれが熱く燃えがり全身が熱く震えて来た。くっ、何かが胸の奥から込み上げて来て思わず目頭が熱くなって来たぜ。でも今は涙を流してる場合じゃないっ!
「ありがとう! みんなっ! それでは決まりだ。ヴェルウント家はこれより、王都セキトへ向かう事とするっ!」
「じゃな」
「で、ある」
「了解さ」
「はい。あなた」
「はい。父さん」
長テーブルの上の三叉のラストンが、一瞬明るくなった様な感じがする。そうだ、この仲間達がいれば何があってもきっと大丈夫だ。
「さて、そこで俺は明日王都へ向かい、司府長殿に会ってくる。そして今後の詳細を詰めてくるつもりだ。ギルよ、リリュとカリファと共に留守を頼むぞ。アドバン殿はキャスと交代でアレの監視をお願いします。イジュマー殿には王都にご同行願えますか?」
「了解である。お任せである」
「久方振りの王都じゃな。わしもギルドを通じて王都の闇に触れた事はあるんじゃが、まぁ、闇深くて昏い処じゃよ。正直2度と近づいきたくない処じゃ。しかも相手は、かの“長い手”じゃ。王都の闇の魔王とも云える御仁じゃ。せいぜい絡め取られんように気を付けんとじゃな……」
そのご老人の言葉が薄昏い居間に静かに響いた時、長テーブル上の三叉のラストンの光が、明らかにススッと昏くなって行った。それはまるで、ヴェルウント家の明日を暗示しているかのようだった……。
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