38.面会②
~ダイタス・ギュント・ホルミアからの視点~
「司府長殿、如何されましたか?」
「う、うむ。なんでもない。で、マディミリタ殿は、この件で何か……?」
思わず暫し考え込んでしまったようだの……。では、そちらの話しを聞かしてもらおうかの? む、わしの言葉を耳にするとなにやら楽し気な表情を浮かべおった。ほう、余裕があるようじゃの……、それは一体なんの余裕なのかの?
“ガシャ”
眼前の完全武装の騎士が、いきなりそのスーツアーマーを鳴り響かせながら椅子から唐突に立ち上がった。その勢いに椅子の上ながら思わず身を引く。もしその手が少しでも腰のロングソードに向かうか、その足が一歩こちらに踏み出したなら、この場は一瞬で修羅場に化したでろう。だが、ソルメタルはその場でくるりと背を向け、わしにその黒いマントを見せ付けたおった……。そして微かに揺らぐ黒いマントから驚きの話しが始まったのだ。
「ホルミア殿、こんな噂を知っておられますか?」
「噂ですかな?」
「実はあの小火騒ぎは、スピシエデフルド・サラへの襲撃であり、その結果サラッドの仔馬が強奪されたと云うものです」
いや、そんな噂はどこにも流れておらん……。王都での情報管理にはぬかりはない。つまり自分で調べたと云う事か……。なるほど、そこまでは知っておると云う事か。まぁ、マディミリタならばそれなりの情報網は持っておるか……。ふむ、我らが流した噂程度に騙される玉ではないと云う事だの。そして今お前はどんな表情をしてるのだ? ふっ、そうかそれを隠すためのこの所作か?
「マディミリタ殿は、そのような噂をどこで聞きましたかな?」
「リシュール州のキトア郡です」
ソルメタルの真っ黒なマントに向って聞き正す。ん? キトアだと? なんだそれは……。
「しかも、強奪されたサラッドの仔馬は、いまだ回収されていないと云うものです」
「む……」
っ! こ、こやつ、今なんと云った!?
「敵を騙すには味方から。偽りは偽りの中に隠すべし。秘密の蓋は幾重にも重ねるべし……」
「確か、ソンジ派軍略の言葉ですかな」
「さすが、ホルミア殿。王都にその知略に並ぶべし者未だおらず、とは真ですね」
まさか、今の話しは本当なのか? つ、つまりスピシエデフルド・サラ独立守備隊そのものが、騙されていると? ならば虚を糊塗するが為に、真実など知らぬサラ管理局局長とスピシエデフルド・サラ独立守備隊副長を殺したと? たぶん今この話しをどこかで聞いている、ナルスは真っ青になっておるであろう。いや、そもそもわしが青くなっておるかの……。いや、どうせ奴も今のわしの顔は見れない訳じゃから、お互い様かの。あとでナルスにこの黒マントの向こうにある奴の顔がどうであったか、確かめるのも一興だの……。
「ソルメタル殿、大変おもしろいお話しですな。じゃが、どうですかな、この様な話しに一番興味を持つのは、セキア鎮守府のエタンダント・グル・モートス伯爵殿かと愚考致しますが?」
「エタンダント・グル・モートス伯爵殿は白虎でしてな……。白き虎はどうも我ら黒虎とはいささか物事の見え方に相違が御座います。それにこの件には、モートス伯爵家の方が、多数関わっておられます。多分この様な戯言に、聞く耳は持っておられないと思われます」
黒マントが肩をすくめる。ふむ、なにがどうなるか程度は、想像が出来るようだな。
「ソルメタル殿、しかし噂はあくまで噂ですぞ。そこから何かが生まれる事などありますまい」
「ホルミア殿。誠に誠に、その通りであります」
そこで素早く振り返り、満面に笑みを浮かべた表情をこちらに見せる。あくまで余裕か……。こやつほんとに何を知っているのだ? もしやなにか証拠でも掴んでおるのか?
「ホルミア殿、誠に有意義な会話ができました。ホルミア殿もお忙しそうであるので、今日はホルミア殿との知己を得た事に感謝し、これにて失礼致しましょう。小官は当面、軍府の軍計部へ詰めておりますので、もしホルミア殿が、小官の相談に興味を持って頂けるのであらば、ご連絡をお待ちしております」
そんな言葉を残し優雅に腰を折り一礼すると、サッとマントを翻かせながら退室していくソルメタル。ふむ、どうやらなかなかに交渉術も心得ている様だな。つまりは一旦こちらに預けると云う事か……。トファルナの英雄か……、ふむ、単に正道を唱える跳ね返りの若造ではないと云う事か。
「大殿、いまの話ですが直ちに裏を……」
ソルメタルが部屋を後にするやにわに、ナルスの声が耳許で聞こえた。これにはいつも不思議に思える。遠話とかいう術らしいが、真に便利なものだな。そのナルスの声が珍しく上擦っているようだ。さすがに度肝を抜かれたかの……。いや、それはわしも同じか……。
「いや一切動くでないぞ。今少し考えてみるわい。それよりナルス、今のマディミリタじゃが、わしを殺す事は可能だったかの?」
一瞬の間が開く、ほう、これも珍しいの……。
「さすがトファルナの英雄ですな。かなりのものですが、大殿のお命には大事ないかと……」
「そうか」
ふむ、そうか、なるほどその程度のものか……。
「ですが、多分我が命はないかと」
「そうか」
そうか、それ程のものか……。どうやら、まだまだ王国の騎士団にも真の騎士が居るようだな。これは誠に楽しくなってきたの。
“予定調和は常に美しい、だがそれだけでは劇は詰まらない”はて真に誰の言葉であったろうが? うむ、気になるの。さてこれでエタンダント・グル・モートス伯爵とランダント・グル・モートスが描いた劇の結末に変化が現れるのかの?
~アズナイル・ソルメタルからの視線~
“ふぅぅ~~”
セキニア宮殿、別名ストファ・ブラゾ、その5塔の中で司府が在る“ラトストハ”(右の塔)の正面玄関から外に出た処で思わず大きなため息が漏れた。マジ緊張したな。あれが噂に聞いた“長い手”ダイタス・ギュント・ホルミアか、確かに人物だったな。それに、あの部屋の中の殺気は一体なんなんだ? あれが所謂、コレクって奴か? しかし、なんだあのあからさまな殺気は、あれじゃ潜む意味がない。もうどこに潜んでいるのか一目瞭然だったからな……。そうか、わざとか……。ああ、当たり前だけど本来なら殺気を隠して攻撃して来るハズだからな。なるほどあれは事前警告って奴なんだな……。しかしマジで生きた心地がしなかったな。もうアレは止めて欲しいもんだ。俺はナイやデュカみたいな戦闘馬鹿とは違うんだからな……
クッソォ、ナイの奴めこんな面倒事を俺に回しやがって、これは貸しだな! そうだ貸しだ。うん、今度奴の所に行った時の、晩餐のメニューを目一杯リクエストしてやろう。よし戻ったら早速グスワを飛ばそう……。しかし、ナイから届いた、グスワにはマジ魂消たな。だがナイの云う通りこれは大きなチャンスだ。上手く行けば確かに、キトアの危機を救えるかも知れない。俺にしても、今ナイの処で進んでいる改革には期待大だからな。そうだ、ここは一番勝負の時かもしれん。それにあの男が俺を呼ぶのが、マディミリタからソルメタルに変わったのは、かなりの食付きと見て間違いない。さぁ、“長い手”ダイタス殿、球はそちらに預けましたぞ。後はその長い手でどう投げ返して来るのか、お手並み拝見って訳だな。
~ダイタス・ギュント・ホルミアからの視線~
アズナイル・ソルメタル、36歳、独身。ハソチフ,
黒虎騎士団、中央軍略団指揮部智見局に所属、現在は軍府軍計部へ暫属中、現役職はマディミリタ。受勲歴:精勤勲賞、勇猛騎士勲賞、銅馬護民騎士賞、金馬護民騎士賞。
エスタ暦2984年州都リシュトの行商の家の3男として生まれる。
エスタ暦2996年12歳、サロン流ミドア派に指南。
エスタ暦3000年16歳、サロン流ミドア派の教技を賜授。
エスタ暦3001年17歳、黒虎騎士団に“騎士”として入団、アシチフ(騎士補:准尉)に任官、翌年精勤勲賞を受勲しアシテソチフ(十士長補:少尉)に昇進。
エスタ暦3003年19歳、黒虎騎士団武闘競技会で優勝、勇猛騎士勲賞を受勲しテソチフ(十士長:中尉)に昇進、トファルナ州へ移動。
エスタ暦3004年20歳、森賊討伐の功賞により銅馬護民騎士賞を受勲しレテソチフ(正十士長:大尉)に昇進。同年、ラフチェスカ巡視隊へ所属。
エスタ暦3008年24歳、トファルナの戦いの功賞により、金馬護民騎士賞を受勲しハソチフに昇進。
エスタ暦3009年25歳、マディミリタに抜擢される。
その後各地のガディミリタの不正を告発するが、そのほとんどが、留告扱いとなる。……………………
「25歳でマディミリタか、なかなかのキャリアだな」
「はい。その若さ故でございましょうな」
「まぁ、24歳の平民出のハソチフが現場にいると、古株連中にするとやりずらいであろうからのぉ。体良く軍府へ追い払ったか……」
「御意にございます」
「15貴氏との繋がりはどうかの?」
「全く御座いませんな」
マナリが調べたソルメタルの経歴そのものには、大きく気になる点はなかった。確かに24歳でのハソチフ昇進や、25歳でマディミリタへの就任は特筆すべきものだが、それもトファルナの英雄ならばあるべき事であろう。
「それでどうなのだ? キトアとの繋がりは?」
「同じ、トファルナの戦いの生き残りのひとりが、キトア郡キグトア地区のガディミリタとなっております」
「ほう、英雄繋がりか……。偶然だのう」
「はい。なかなかの偶然でございます」
「大殿、このラウドに軍府とサラキトアとの間で、数回グスワが飛んでおります」
ナルスの声が会話の中に飛び込んで来る。手を出すなとは云ったが、この程度の情報収集は当然じゃな。
「サラキトア?」
「先ほど話しのありましたキトア郡キグトア地区のガディミリタの在任地でございます」
「偶然だのう……」
「御意」
打てば響くとはこう云う事だの。マナリとナルスが居れば、わしは座して王国全てを把握できる気分になれる。
広い黒檀の執務机の上に広げた王国の地図を眺める。スピシエデフルド・サラは王都から見てイラにある。そこから逃げたサラッド達は、全てイラへと向かったらしい。当然誰が考えても襲撃犯はその逃げ出したサラッド達に紛れイラへと逃亡を図ると考える。まさか襲撃犯がウラ方向、つまり最もひと目の多い王都へ近づくとは誰も思わないであろうな。もしわしが捜索の責任者であってイラを捜索したであろう。多分捜索の指揮を取ったセキア巡検士隊隊長ランダント・グル・モートスも同じであったろう……。だが消えた一頭のサラッドの向かった先は……。
「ウラか……」
「御意。そしてセキア州のウラには、リシュール州がありキトアがあります」
「偶然か?」
「御意」
ふむふむ偶然とは……、真に面白いものであるの……。
「ではなぜ、わしに“相談”にきたのかの?」
「偶然かと……」
「必然じゃろ」
マナリが無言でニヤリと笑みを浮かべる。ほんに食えぬ奴だ。さて、となれば……。
「マナリよ、そのサラキトアに居るガディミリタについて調べよ。そやつの希望こそが“相談”の本題であろうよ」
「では、マディミリタ殿は使い走りでございますか?」
「いや、あれは子供の使いには見えなかった。たぶん同胞、親友、戦友なのであろう。共に夢を語る友か……、誠に羨ましい事だな」
“予定調和は常に美しい、だがそれだけでは劇は詰まらない”うむ、これは予想以上にいい役者を手に入れる事が出来るかも知れん。面白くなってきたのう。
それにしても……。
「それにしても、36歳でマディミリタ、しかもトファルナの英雄なのに未だ独身とはのう……。さっき見たが顔立ちもそれほど酷いものではない。全く不思議なものだの。なにか特殊な性癖でも持っておるのか?」
「いえ、そのような報告は特にありませぬ」
「はてさて、王都の花々は一体何を見ておるのかのう? 貴民のぼっちゃん当たりよりもよっぽど将来性がありそうなものではないか? わしに云わせれば15貴氏の倅共よりも気概がありそうに見えるのじゃがな? マナリなどはどう思うかの?」
「それは……。ほ、ほんにんの気持ちと云う事もありますので……」
お、珍しくマナリの応えの切れが悪いではないか……。やはりこの話題は苦手なのかの?
「マナリ、お主幾つと相成った?」
「今年で、44歳と成っております」
「うむ、わしに仕えて何年じゃ?」
「11の頃より父と共に先代様にお仕えしましたので、かれこれ33年になります」
「そうか……、お主が、初めて屋敷に来た時の事よく覚えておるわ。そうか、もうあれから33年になるのか……。お互い年を取るのも当然じゃな」
「御意」
あれはわしが18歳、王立臣民学園を卒業した年であったな。まだあどけない顔付きだったマナリが、それでも至極真剣な表情でわしに挨拶をしたのが昨日の事のようだな。あれから33年、互いに遠くまで歩んできたものだ。
「して、マナリよ。お主もまだ独身であったか?」
「……御意」
「よもや、わしが後添えを娶らぬ事に気兼ねなどしておらぬな?」
「いえ、そのような事ありませぬ」
「わしに云わせると、彼のマディミリタ殿よりも、マナリが独身である事の方が不思議なのじゃがな? その辺りはどうなっておるのだ?」
「……」
ほうほう、このマナリにして言葉に詰まりおるか……。いやいや、人の世とは誠に面白いものであるな。
「まさか? お主こそが特殊な性癖を持っておるのか?」
「まさか……その様なお戯れをおっしゃますな。その様な事一切ありませぬ」
これは即座に否定か……、まぁ、確かにその様な事あるまいな。では……。
「お主の原因も、本人の気持ちとやらであるのか?」
「……いえ……」
ほうほう、そうであったのか? 意中の者が居ったのか。いやはや、それは気が付かなんだったの。わしも色恋の道はまだまだなようだなのう……。今度ナルスに調べさせるか? いや、いやそれはないの……。
「そうか……。わしもできればその気持が成就する事を祈っておるぞ」
「いえ、とんでもございません……」
マナリであればどの様な娘であれ、必ずしや幸福にするであろうな。それだけは間違いない。いやいや、どこの誰かは知らぬが、これは真に幸運な娘も居ったものじゃ。だが、済まぬがこれからちょっと間、マナリはわしが独占させてもらうぞ。この半年程が王国の未来にとっての正念場になる事は間違いないからな。
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