37.面会①
~ダイタス・ギュント・ホルミアからの視点~
“コン、コン”
「失礼致します」
司府長室の扉が2度ノックされる。そしていつも通りふた呼吸の間があってから、扉が音もなく静かに開いた。わしは無言のまま執務机の上におかれた書類からチラッと目を向ける。そこには司府長付書官長のマナリ・ホルミアが、いつもの無表情な顔付きで立っていた。しかしあの扉をどうやってこうも静かに開ける事ができるのか、いつもながら不思議な事であるな。
司府長付書官長のマナリ・ホルミアは単なる部下ではない。わしと家名が同じ事で判るように我がホルミア一族に連なる者で、確か今年40半ばに成ろうかと云う男だ。マナリの父が我が父に仕え、そしてその息子のマナリはわしに仕えて参った。確か祖父の代もそうであったはずだ。正にボルミアの藩屏とも云える家系なのだ。そのマナリの見姿は正に生粋のセラワルド人で、額が広く頬骨が高い、鼻は細く鋭く高い。髪は金髪。ただしその金髪にちらほらと白髪が交じっておる。若白髪か、まぁ苦労させておるからの……。瞳はわしと同じく薄いブルー。全身はスラリと細く身長は高い。見た目ではわしよりも、よっぽ格式高い感じだの。しかしあの体型をどうやって維持しておるのだ? 最近富みに目立ってきた自分の腹部に目をやる……。そう云えばまだ独身であったの、マナリなら引く手数多だろうに、なんの噂も聞かんのう。誰ぞ心に決めたおなごでもおるのか……。もしや後添えを娶らぬわしに遠慮しておるのであるまいな? うむ、一度ゆっくり話しをせねばなるまい。
「司府長様、マディミリタ、アズナイル・ソルメタル様が面会を求めております」
「マディミリタ?」
そのマナリが低い厳かな声で来訪者の名を告げる。正直、突然のその役職名に軽い驚きを禁じ得ない。一体マディミリタが司府になんの用事がある?
「はい。マディミリタ、アズナイル・ソルメタル様。黒虎騎士団のハソチフ、トファルナの英雄です」
「そんな者との面会の予定があったのか?」
黒虎騎士団? トファルナの英雄だと? まったく知らんな。確かに司府長とは者と会うのが仕事と云っても間違いではない。誰と会うか、誰と会わないかは、なかなかに重要な判断のひとつではある。そしてその面会の予定のほとんどは、マナリが決めている。マナリが会う必要を感じるなら、会うべきなのだ。この王都で20年、祖父の代から考えればほぼ100年に渡って無事に生き延びて来た一族の知識と経験を軽んじる程、わしは愚かではない。
「いえ、予定にはありませんでした」
ふむ、予定にはないが、わしに訪問を告げたか……。つまりマナリにも即座に判断できない云うことか……。まぁ、たまにはこういう事もある。日常に潜む小さな驚きと云う奴だな。
「トファルナの英雄達は、黒虎騎士団内で正道を強く唱えております」
トファルナ、そして正道……。ああ、思い出したぞ。トファルナのオズグムルツで、野人と山人の集落が魔獣の群れに襲われたのを、黒虎騎士団の郡巡視隊が救ったのがトファルナの戦いだったな。確か、ラフチェスカ巡視隊だったか? 結果、巡視隊はほぼ壊滅、ラフチェスカハソチフも行方不明。それでも魔獣を全滅させ、野人と山人の集落を救った……だったな。
確か10年以上前の話しだったか……。その時の数人の生き残りがトファルナの英雄だったな。うむ、思い出した。その時には王国の騎士もまだまだ捨てたものではないと思ったものだったな。ふむ、我が身を盾に諸族の村を救ったか、そういう経緯ならば正道を主張するのだろうな。だが今時正道、正道と云われてもな……。今は諸族の前に、ヒトだ。そしてヒトの前に王国だな。正道はまさに正しい道だが、正しい事には角がある事も事実だ。この王都に置いては、角の無い道こそが正しい道だ。調和と妥協、この言葉を知らない者は、道を進む事はできないのだよ。それが例え英雄であってもだ。現実を理解できない英雄殿と話をしても、なんら得られる物はないな。つまり正道の話しを告げたマナリも面会にはあまり乗り気ではないと云うことか……。マナリに向かって、手の甲を振ろうとした時、なぜか唐突にある言葉が頭に浮かんだ。“予定調和は常に美しい、だがそれだけでは劇は詰まらない”はて? 一体誰の言葉だったかな? そうだ、それになぜマナリはわしに英雄の訪問を告げたのだ?
「マディミリタ殿はなんぞ用件を云っておったか?」
「スピシエデフルド・サラの件と申しておりました」
なるほどそういう事か。それでマナリも判断に迷ったのだな。あの件では結局煮え湯を飲まされたからの。マナリもそこら辺は重々承知しておる……。
「次の予定は?」
「はい。13時より州都リシュトの臣民会議議長が参られます」
今は、11時過ぎだ。ふむ、つまり相手はわしの予定を抑えた上で尋ねて来た訳だな。単なる騎士上がりの剣術馬鹿ではないと云う事か……。うむ、会うのもまた一興か……。
「よかろう。トファルナの英雄殿と話すのも一興だろう。それにマディミリタは名誉ある官職だ。無碍にもできんな」
「Yes my load」
ほう、つまり注意しろと云うことか。いまのマリナの言葉は、たぶんわしにではなく、どこかで聞いているナルスへ向けられた言葉だろう。確かにトファルナの戦いの英雄がその気になれば、ほんの一瞬でわしを殺す事など容易いだろうからな。暗殺、謀殺に備えない馬鹿者は、この王都セキトでは長生きはできないのだからな。
「ふん。判っておるわ」
わしの言葉を背に受けながら、マリナが司府長室を下がって行く。うむ、確かに少し楽しくなって来た。ここ数年、わしに向って直接的に敵対する者が減ってきており、若干退屈してきておる事も事実だな。だがスピシエデフルド・サラの件といい、例の話しといい。再び戦いの季節が始まったのかも知れんの。もしかするとこのマディミリタの訪問もそのひとつなのやも知れんな……。
見事な銀色に輝くスーツ・アーマに身を包んだ長身の男が、司府長室のわしの黒檀の執務机の向こう側に腰掛けている。さすがに王都ではヘルムは被っていない様だが、それ以外は立派な完全武装だの。そして真っ黒な分厚いマント。まぁ、これは騎士たる者の制服なのではあろうが、いつも思うが暑そうだし、重そうであるな。全くご苦労な事だ。まぁ、本来なら部屋の右手にある応接用のソファで応対するのが礼儀なのだが、相手は腰にロングソードを佩いた完全武装した騎士だ。最低でもこの黒檀の執務机程度の距離は取りたいものだ。だから完全武装のその騎士は、今マナリが移動させた一人がけのソファーに座っているのだ。それはこちらが充分に警戒してる事を相手に伝える事にもなり、無用な攻撃を控えさせる事にも繋がる。まぁ、所謂抑止効果と云う訳だな。
「ガダスシアプ。司府長殿」
「ガダスシアプ。マディミリタ殿。して、そのマディミリタ殿は、司府になんのご用ですかな?」
まずは正直に行くのもよかろう。正直な質問というのは、案外に正直な答えを得るものだ。
「実は司府長殿たるダイタス・ギュント・ホルミア様に、折り入ってご相談があって参りました」
「ほう、わしに相談ですと? こちらには見当もつきませんが?」
ふん、つまりわし個人への話しと云う訳か。なんだ? 若造、早く本題にはいらぬか。
「その前にひとつ……。すでに3ラウド(10日週)程前の事ですか、スピシエデフルド・サラで小火騒ぎがあった事を、司府長様はご存知でしょうか?」
「うむ、その報告は受けておりますな」
ふむ、あっさりと本題が始まったようだな。どうやら無駄な駆け引きはしないと云う事か、ああ、それが良かろうよ。では、まずは聞かせて見るが良い。
「小官の知る所では、この小火でサラッドの仔馬が数頭逃亡しましたが、その全ては回収出来たとの事。なおサラッドの逃走を防ぐ際に、スピシエデフルド・サラ(サラ種育場)独立守備隊の兵士が3人死亡し、小火の原因を作った、司府の府員補(臨時職員)も死亡した。これで正しいでしょうか?」
「うむ。司府から出した報告とも、ほぼ合致しておりますな」
ソルメタルの薄青い瞳が、わしの表情を伺っているな。もしや、こやつこの件で何んぞ知っている事があるのか?
そう、あの事件について我が家のコルク、ナルスから受けた最初の内偵報告では、小火騒ぎは、実際は少人数による奇襲であり、なんとそれによりサラッドの仔馬が強奪されていた事が判明したのだ。だが、セキア巡検士隊隊長のランダント・グル・モートスとその腹心の部下が、強奪犯を発見し戦闘の結果仔馬はなんとか取り戻す事が出来た。しかしながら強奪犯は逃亡し、結局その後も強奪犯を捕まえる事はできなった。この報告を受けこれは大事だと思ったのだが……。
どうやらセキア巡検士隊隊長のランダント・グル・モートスはその後この事件の隠蔽工作を開始したのだ。確かに奪い返したとは云え、スピシエデフルド・サラが襲撃されて、サラッドが強奪されたのだ。この事実が表沙汰になれば、スピシエデフルド・サラ独立守備隊隊長の責任は重大だ。多分隊長の実家たるモートス伯爵家の廃嫡問題にも発展するのは火を見るよりも明らかであったのだ。それに例の件も夢のまた夢になるであろう。だから隠蔽した。襲撃事件などなかったとした。しかもその襲撃事件を逆手に取って、セキア巡検士隊が襲撃事件を未然に防いだと報告して来たのだ。ランダントの考えなのか、父親のエタンダント・グル・モートス伯爵の考えのか……、どちらにせよなかなかの策士振りだ。
更にその報告では、襲撃犯の内通者として、サラ管理局局長ニールエリア・サイボンの名前が上がっていた。しかも当人が逃亡を企てたのでその場で処断したと云うのだ。これは完全なでっち上げだ。なにか裏がある事は確実だった。継続したナルスによる内偵ではセキア巡検士隊側からは、ほとんど何も情報は得ることができなかったが、サラ管理局局長と同様に内通者として処断されたスピシエデフルド・サラ独立守備隊副長の数少ない友人からなんとか情報を得ることが出来た。
その情報によるとなんでも、スピシエデフルド・サラ独立守備隊副長は、サラッド強奪犯との戦いの現場で、焼かれて死骸となったサラッドの仔馬を目撃したらしい。その場にはスピシエデフルド・サラ独立守備隊隊長とセキア巡検士隊隊長など僅かな人間しかいなかったらしい。つまりサラッドを無事奪回したと云うのは大嘘だったのだ。これで些か強引とも思える隠蔽工作をしたのにも納得が行った。確かにサラッド強奪犯にサラッドを殺されたとあっては、これはもう隠蔽をするしか手はないであろう。
目撃者のスピシエデフルド・サラ独立守備隊副長と、焼き殺されたサラッドを病死として処理した実行犯のサラ管理局局長と馬舎の飼育員……。これらを襲撃犯の内通者として、口封じと見せしめとしてスピシエデフルド・サラの守備隊と府員達の目前で処刑した。情報管理の基本は知る者を限定することだ。その意味では、なかなか有効な方法だった。だが、それにしても上手の手から水が漏れた様だな。一部の例外を除けば、ヒトとは秘密を守れない動物なのだ。秘密を守るとはなんと難しい事か。かなり上手く秘匿されていたが、これがナルスの掴んだ事の真相だった。
ここまで判れば、もうこっちのものだった……。そう、そのハズだったのだ……。あとは焼かれたサラッドを見つけてその事実を突きつけようとした矢先に、サラ管理局局長ニールエリア・サイボンが行っていた不正の証拠がマナリから報告された。それはスピシエデフルド・サラで使用する資材の購入に絡む不正行為に始まり、府員補(臨時職員)採用での便宜に対する見返りや、果てはサラッドを病死と偽って横流しまでしていた様だったのだ。あの馬鹿者が……。それ程までに貴民に成りたかったのか……。多分エタンダント・グル・モートス伯爵はこれを以前から知っていたのだ。息子がスピシエデフルド・サラ独立守備隊の隊長になった時にでも調べたのであろう。そしてそれをいつか利用しようと狙っておったのであろうな……。
こうなっては最早コレまでだった。鉾を納めるしか手はなかったのだ。襲撃の事実を示す証拠はついに見つからず、証人となりそうな者の口は重かった。しかも下手をすればサラッド横流しの責がこちらにまで飛び火する恐れまであった。しかもどうやらスピシエデフルド・サラ独立守備隊副長にもなにか弱みがあるらしく、わしは白虎騎士団団長のイリア・ローエンクリネと極秘に会談し、このエタンダント・グル・モートス伯爵が描いた絵に乗る事にしたのだ。しかも襲撃計画の内通者と云うのはあまりに酷いとイリア・ローエンクリネが泣きついてくるから、臣府長と王府長、それにエタンダント・グル・モートス伯爵に頭を下げ襲撃計画の内通事件の公表を抑えたのだ。しかしこれで臣府長と王府長に借りが出来たの……。その上悔しい事にはサラ管理局局長とスピシエデフルド・サラ独立守備隊副長の死の原因を隠す為に、わざわざサラッドの横流し未遂事件があったと云う話しまでデッチあげる羽目になったのだ……。ほんにこの件では、ここ数年で最大の苦々しい思いをしたものだ……。
ナルスからは調査する時間が僅かだったので、更にもっと深く調査する必要があると進言されたが、わしはこれ以上の調査を打ち切った。これ以上の調査をするには、セキア巡検士隊へ手を延ばす必要があり、それでは多分血が流れる事になるだろう。今のこの段階でセキア巡検士隊、ひいてはセキア鎮守府のエタンダント・グル・モートス伯爵と事を構えるのは得策ではない。なに、この先いくらでも報復の機会はあるであろう。焦る事など何もないのだ……。
小説家になろう 勝手にランキングに登録してみました~。
応援のつもりで、カチッとクリックしてみてね~。
感想・誤字指摘・要望・意見・応援は随時受け付け中です。宜しく!




