35.厄介な置き土産①
~ナイナス・ヴェルウントからの視線~
あの生意気なガキがひとりでウラに去っていった。後に残されたのは、俺の脇に横たわる奴の亡骸、そしてその傍らで奴の愛馬がその鼻面を亡骸に擦り付けている。それはまるで“早く起きて行こう”と云ってるみたいで、ちょっと胸が痛む光景だ。どうせなら、あのガキと一緒に行って欲しかったもんだ……。
そしてそのポニの傍にもう1頭のポニが、無心に草を食んでいる。ん? 栗毛のポニか? ちょい珍しいな……。でも、あのガキはなんでこのポニを連れて行かなかったんだ? 栗毛のポニは珍しいから、奴が乗っていた普通のポニよりも、よっぽど高く売れるハズだけどな。そもそもなんで人数よりポニの数が多いんだ? 変な話しだな……
う~ん。このポニ達を連れて戻るのは結構面倒だな。大体報告書になんて書けばいいんだ? 流れの盗賊を征伐、そのサラを没収した、か……。しかし盗賊にしては、盗品らしき物が全く見当たらないし……。そもそもフェルムのシィオが息子と一緒に盗賊とかあり得ないよな……。でもそれじゃ、報告書になんて書けばいんだ? こりゃ、報告書を書くのに一苦労しそうだな……。
「護民官殿。このポニチトおかしいのである」
武士殿が、その栗毛のポニに近づきながら声を発する。いやいや、もうこれ以上の面倒事は結構ですから……。しかしこの栗毛のポニの様子は確かにちょっとおかしいな。普通ポニは、飼い主には従順だが、知らない他人には結構警戒するもんだが、あっさりと武士殿に懐いているぞ。あれじゃ、まるで……。
「護民官殿。これはポニに非ず。サラッドの仔馬である」
っ!!! なんだとっ! そんな馬鹿なっ! 俺は、武士殿のその声に思わずサラッドから、飛び降りてその栗毛のサラに駆け寄った。んっ! 確かにこれは、ポニじゃない! よくよく見ると6脚の付き方もポニとは違うし、上顎にはなんと牙の痕跡らしき物があるじゃないか……。これはほんとにサラッド、しかも雄のサラッドの仔馬だ。……しかも、しかも、しかもこいつ去勢前だぞっ! なんだよ、これって王国の最高国家機密じゃねぇかっ! 間違いないこれが、このサラッドの仔馬が盗品なんだっ! こいつらたった3人で、スピシエデフルド・サラを襲ったんだな! まったくなんて奴らだ……。
直ぐに王都へ報告だな。きっと今頃王都では大騒ぎ……。って、まて、まて、こいつらが、スピシエデフルド・サラを襲ったのはいつ頃なんだ? スピシエデフルド・サラからここまでは……、軽く見ても200キル(200K)以上はあるぞ? 多分奴らの移動は慎重に夜だけだったはず、そうだ、だから俺達に遭遇したんだ。するとここまで来るのにどれくらいの時間が掛かる? 間違いなく1ラウド(10日)か? いや2ラウド(20日)だな。そうなって来ると……、なんだか解せんな……。
この2ラウド(20日)で、俺はリシュト(州都)やセキト(王都)と2回づつグスワ便を往復させている。だが俺の所にはこんな事に関する情報は一切来ていない。いくらなんでも、これ程の王国の一大事に一切触れないなんて事は、普通絶対にあり得ない。つまりだ……、コレは普通じゃないって事だな。うん、どうやらここはよっく考える必要があるみたいだ。下手に動くのは不味いぞ。そうだ慎重に、慎重に……、慎重にだ。
~サローン・アドバンからの視線~
“パチッパチッ”
もうすっかり辺りは夜の帳に包まれているである。その暗闇の中で、焚き火の中で火が爆ぜると緋い火の粉が、暗い空に向って舞い上がって行くのである。既に護民官殿、ご子息殿、カリファ殿の姿は既にここにはないである。それがしひとりが、あのサラッドの仔馬と共にここに残ったである。確かに去勢前の雄のサラッドの仔馬……、これは王国の一大事でなのである。しかし状況が全く判らない今、下手に動くのは不味いである。それくらいは、それがしにも理解できるであるな。今頃、護民官殿は情報収集に必死なのである。まぁ、状況が見えて今後の方針が決まるまで、この場でサラッドの仔馬を秘匿すると云う策は、間違いなく最善策である。
今舞い踊る火の粉を眺めながら思うのは、あの素晴らしき戦いの事である。あの素晴らしき戦いから、既に半日が過ぎたのである。だがあの戦いの情景は、そのひとつひとつの場面は一切それがしの脳裏から消える事はないのである。あの戦い……、そう、それがしはあの様な戦いに憧れこれまで武道の道を歩んで来たのである。それがしにもいつかあの様な素晴らしき戦いができるのであろうか? 今それがしは、49歳である。あと10年ならばまだまだ最高の戦いができるだけの体力・気力は維持出来るのである。いつかそれがしにも、あの様な最高の相手、場所、時が訪れるであろうか? 黒虎騎士団を辞めて早10年以上、そしてこのサラキトアにやって来てかれこれ5年、確かにやりがいのある仕事である。無為に過ごして来たつもりはないである。そう若者を育てる事はやり甲斐のある事である。更にこのキグトア地区の発展を共に歩める事は望外な事である。後悔や悔いなどは全くないである。本当に夢を見ているかの様なこの5年であった。
しかしあの様な戦いを見ると、その夢から覚めてしまう様なのである。それがしの武人としての魂が揺さぶられるであるよ。いつかきっとと……、確かにそれがしではあの者は倒せなかったかも知れぬのである。しかしそれがしの技・力・鍛錬の成果がどこまでの物なのであるか? 知りたいである。試したいである。競いたいである。極めたいである。そして魅せたいである。叶うならばあの勇者を倒した護民官殿といつか……。それに比べれば死などこれぽっちも恐れる物ではないのである。真に恐れるべきは無為に時間を過ごし、戦いの機会を失う事なのである。座った股の間に立てたロングソードの鞘を握る両拳に思わず力が滾るのを止められないのである……。
“パチッパチッ”
また火が爆ぜたである。むむ、今それがしは何を考えていたであるか……。ふと気がつけばそれがしが焚き火を焚いているすぐ傍に、あの勇者の愛馬がその主人の亡骸の傍でずっと佇んでいるである。勇者の亡骸は斃れた場所にそのままで、上から土を盛りかけただけである。戦場で斃れたフェルムの戦士の埋葬では、亡骸を動かす事は良しとしないのである。その場で、その姿のままで埋葬するのである。つまり亡骸を動かさないから穴を掘って埋めるのではなく、上から土を掛けるのである。その埋葬方こそが斃れた戦士の名誉を守ると云う風習なのである。そしてその身体と魂はフェルムの祖神ウズマン(森の神人)の許に、戦った名誉と共に戻るのであるな……。知識としては知っていたであるが、実際にこうしてみるとフェルムが信じる宗教と、我らのエスタ教の教えとはかなり違うと実感するのである。まぁ、さすがのフェルムと云えども、最近の都市部ではきちんと墓地に埋葬しているらしいであるが……。
だが、あのポニいつまで、あそこに居るのであるか? よっぽど主人と強い絆で結ばれていたのであろうな。あの姿を見ているのはそれがしも辛いである。サラッドの仔馬とは違い、何度か水を与えようとしたが、全く取り付く島もないのである。それがしが近寄るとサッと離れ、それがしが戻ると、ああやって主人の盛土の許に戻る、これの繰り返しなのである……。そして主人の魂を送るかのように天に向かって細く悲しく長い嘶きを漏らすのである。正に心に染みる声なのである……。
~ギルナス・ヴェルウントからの視線~
あの戦いから半日以上……。やっとサラキトアの家に戻って来ました。セシルを運ぶために、ヴァリとゼェタがサラキトアに走り、荷馬車を連れて戻って来るのを待っていたんだ。そしてようやくやって来たその荷馬車を古武士さんを除いたみんなで囲むようにしてサラキトアに戻って行ったと云う訳です。ええ、サラキトアに着いた時には、もう日が傾きかけていましたね。ほんとに長い一日だった……。そうです、セシルはなんとか助かりました。今塾所の二階で、知らせを聞いて駆けつけたアバルマ家の人々とお母様と老師さんが看病をしています。
自分はサラキトアに戻るまで荷馬車に乗って、セシルの手を握りながら治癒の発功を続けていました。老師さんから“小僧これ以上続けると、お主が死ぬぞ?”と云われたのは3度目の失神から意識が戻って来た時でした。それでも発功を続けようと思ったんだけど……。お母様から厳しい口調で“後は任せて家に帰りなさい”と云われて……。でも自分的には絶対にセシルの傍から離れたくなかった……、だけど最終的には親父殿に力づくで我が家に引き摺られて行きました……。ああ、なんて御無体な……。
確かにセシルの状態は回復に向かっているのは自分にも判った。だから親父殿にはあまり抵抗しなかったんだ。まぁ、抵抗しても無駄な足掻きだからね。でもセシルの傍から引き摺り出されて我が家のベッドで横になった時に突然思い出した事があった。こんな大事な事が直ぐに出てこなかったとは、よほど脳みそがイカれてたんだな。やっぱ内功の使い過ぎって事みたいだ。そこでベッドから飛び起きて……、うがっ、カリ姐ぇさんいつのまに……。
「ギル様、駄目だよ。セシルの事はリリュ様に任せておくんだよ」
う、動けない。えっ、一体どうなってるんだ?
「カ、カリファさん……。判りました」
「カリファから見ても、ギル様は限界だよ。ほんとにもう動かないかい?」
慌てて数回頷くと、スッと身体の自由が回復していく。これってなんだ? もしかしてこれもなんかの内功術なのかな? もしかしてカリ姐ぇさんは内功術使い? そうか、セシルも多分内功を使っていたな。ああ、老師さんが以前云っていた“300人程のサラキトアで、魔源力を有する者が10人もいるとは、驚きじゃな”ってのは、この事なのか……。うんうん、なるほどほんと驚きだ……。
「お母様に伝えて下さい。セシルの傷口を、一度沸騰させてから冷ました水でしっかり綺麗に洗って欲しいんです」
「ん? なんで? 傷口は、もう布で拭いて綺麗にしただろう?」
「傷腐病(破傷風)が怖いんです」
「傷腐病? ああ、傷腐病は確かにレスラの呪いだよな。あれに罹ったらまず絶対に助からないねぇ。でもあれに罹るかどうかはもう運の問題だろう?」
「運じゃないです……」
そう怖いのは破傷風だ。セシルの胸の傷口にはそんなに泥とかは付いていなかったが、それでも清浄とは云えない状態だったのは確かだ。この世界には抗生物質がない以上、カリ姐ぇさんが云った通り破傷風が発症したらまず助からない。だから発症を防ぐしかないんだ。それには土の中に居る破傷風菌の芽胞を体内で活動させない事だ。そしてこの芽胞って奴は、生半可なことでは死んでくれないから大量の水で流れ落とすのが今考えられる中で最も有効な手段なんだ。
「お願いします。お願いします。セシルの傷口を、一度沸騰させてから冷ました水でしっかり綺麗に洗って下さい」
「……、ああ、判ったよ。リリュ様には必ずそう伝えるよ」
「今直ぐにですっ!」
もう理由を考える暇も惜しい。ただただ必死でお願いしたんだ。カリ姐ぇさんはちょっと不思議な表情を浮かべていたけど、必死に頼んだからなんとか納得してくれた見たいだった。
「う~~ん。じゃぁギル様はもう絶対にベッドから出ないと誓ってくれるかい? じゃないとカリファここを動けないからね……」
「はい、イエメンに誓います。誓います。誓います」
「なんか軽い誓いだね……。いいかい? ほんとだからね……」
カリ姐ぇさんはちょっと胡散臭い目で自分を見たけど、それでも静かに部屋を出ていった。ああ、きっとこれで大丈夫なハズだ。なんとか安心できた……、良かった。ほんとに良かった。
カリ姐ぇさんの姿が消えて、静かになった部屋でベッドに横になって天井を見上げていると今日の出来事がグルグルと頭の中を過っていく……。セシルとふたりで夜空を見上げた事、セシルが身を挺して自分を庇ってくれた事、その後でのあいつとの戦い。親父殿の死闘……。そして去っていたあいつの顔……。今頃あいつはひとりで夜空を見上げているんだろうか……。
そうだっ! 今頃と云えば、今も古武士さんは、あの対決の場にサラッドの仔馬と共に残っているんだ。去勢前の雄のサラッドの仔馬……、落ち着いて考えてみると、これは恐ろしい事だ。あいつらが有無を云わずに自分とセシルを襲って来たのも、間違いなくあのサラッドの仔馬が原因なんだろう。うん、どう考えても結論はそれしかない。
エスタ歴2168年にスピシエデフルド・サラで、サラッドが誕生してから約850年、サラッドの秘密と種は守られて来た。公的には、サラッドの種馬は、一度も盗難、強奪、奪取された事はないらしい。まぁ、あくまで公的な話しだけどね……。実際今日の事なんかを考えてみれば、ほんとの事なんか判りやしない。ただしサラッド、サラバム、サラセトの生産が、セキニア王国の独占であることは紛う事のない事実らしい。つまりあのサラッドの仔馬が、国家レベルの最高機密である事は間違いのない事実なんだ。
あの3人が、サラッドの仔馬をスピシエデフルド・サラから盗ってきたんだろう。これはたぶん間違いない。だったらこんな重要な事は直ぐに報告なんじゃないのかな? でも親父殿はあのサラッドの仔馬をあそこに残して来た……。それに自分とカリ姐ぇさんに絶対にサラッドの仔馬の事は他人に話すなと、何度も何度も念を押した。あの対決の場に居たのは、親父殿、カリ姐ぇさん、古武士さん、そして自分だけ。あの戦いの後古武士さんがあそこに残って、自分達はセシルの所に戻ったからあのサラッドの事を知っているのも今は、この4人だけだ。しかもどうも親父殿はお母様にも話してないみたいだ。なんでそこまで秘密にするんだ? 全然判らない……。
そう云えばさっきグスワが飛んで行ったな。あのグスワの足環はセキト(王都)行きだった。それにあのグスワは、定期便じゃない。親父殿一体どうしたんだろう? もしあのサラッドの仔馬の事を報告するなら、絶対に家に連れて帰ってくるよな……。こんな重要な報告だから物証がなきゃ困るよな……。う~~ん、ほんとに親父殿、どうしたんだ? なにを考えているんだ? クっ、駄目だ眠い、もう身体も、心も、頭もクタクタだ。もう考えがまとまらないよ……。ああ、セシル大丈夫かな……。ああ、なんか意識がスーッと……。
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