30.ギルの力
~ギルナス・ヴェルウントからの視線~
意識が戻ってきた……。クッ、頭が痛い、頭の芯が重く痺れるそんな感じの頭痛だ。こんな痛みは始めてだ……。でもセシルを、セシルを……。ううう、頭が痛いし、目も霞んでる、周りの様子が全然判らない。カリ姐ぇさんっ、セシルは大丈夫だよね?
「ほれ、これを舐めるんじゃ」
ん? 誰の声だろう、駄目だ思い出せない……。んんん、口の中になんか……。ああ美味しい、ちょっと甘くて……。あぁぁ、スーッと頭痛が引いていく、気持ちがいい。頭の中の霧がぱ~っと晴れていく、そんな感じだ。そうか、これはエルテだな。つまり砂糖だ。そうそう砂糖は分子構造が簡単だから、消化吸収が速くて、脳にすばやくエネルギーを送ることができるんだ。食べ物として摂取された砂糖は、確か数10秒で血液中に現れるはずだったな。おっ! かなり頭がはっきりして来たな。
「イジュマー先生! セシルはっ!」
スパッと全部の記憶が戻ってきた。ありとあらゆる情景が頭の中を駆け巡っていくっ! うん、まるでSSD並だな。ガッと上半身を起こと、身体のアチコチが悲鳴を上げるように痛み出す。特に腹の辺りが焼けるように痛い。でもでも今はそんな事は、みんな無視だ。セシル、セシル、セシル!
「今は、奥方が診ておるんじゃ」
ほんとだ、ほんのすぐ傍でセシルがお母様の膝の上に頭を載せて横たわっている。改めて気がついたけど上半身の白のローブのほとんどが赤く染まってる。あのローブは裏地もしっかりした黒布でできた二重布のローブだ。その外布があそこまで赤く染まっているって事は、止血前にどんだけ出血してたんだ……。
「お母様、セシルは……」
「…………」
自分の声が掠れてるのが判る。その問いかけに無言で、ゆっくりと首を振るお母様……。そんなっ! 馬鹿なっ! 膝を摺りながらザザザと横たわるセシルの傍らに駆け寄る。セシルの息が、浅くて早くて、しかも不規則になっている。これは今にも止まりそうだ……。
「なんとか血は止まったみたいなんだけど、流した血の量が多すぎるわ……」
「わしは、癒系術はできんのじゃ。すまぬな坊主」
お母様が、愛おしそうに汗で濡れたセシルの額の髪を、細い指で寄せている。いつもより更に真っ白なセシルの額……。後ろから、老師さんの力ない声が響く。老師さんは7術使の大魔術師だけど、それでも発功できるのは光、火、爆、風、雷、冷、動、の7系術なんだ。お母様も光、火、冷、動しか発功できない。実は10系術の中で癒系、操系ってのは体内で発功させる術なんで、かなり特殊な術系らしく使える術者はとても少ないって話しだった。老師さんの授業の言葉が蘇って来る……。
「坊主、10系術の中の癒系、操系の術を使える外功使いは極端に少ないんじゃ。それは癒系、操系の術だけが相手の体内で発功させる術だからじゃな。内功使いに比べてわしら外功使いの魔力の力は巨大じゃ。体内でそのままこの力をそのまま発功せしめば、治癒どころか相手を破壊してしまうのが落ちじゃ。癒系、操系の術には繊細でかつ巧みな発功が必要なんじゃ。これがわしら外功使いにはかなり苦手な話しなんじゃよ。しかも癒系、操系の術は非常に特殊な知識と術式を理解せねばならず、長年に渡る修練が必要となるんじゃ。じゃから癒系、操系を使う外功使いは、どうしてもこの術に特化せざり得ないのじゃ。即ち他の術系の習得を捨てる程の覚悟がいる訳じゃな。つまり外功使いで癒系、操系を操る者とは、非常に特別な使命感を持つ者に限られるんじゃ。例えばエスタの治癒の館に居る天女なんかがそれじゃな。後は親子代々の治癒使とかじゃな。
後は内功使いの少数ではあるが、相手に触れながら癒系、操系を発功できる者がおるようじゃ。だがもともと内功使いは伝魔力が弱い訳じゃ。本来自分の体内でしか発功できんから、内功使いな訳なんじゃからな。それを相手と触れる事でなんとか魔力を伝える訳じゃな。じゃから、内功使いが他者に出来る癒系術では体力の補強や抵抗力の補強レベルの効果しかないんじゃ。傷を塞いだり、失った手足を修復したりとかは到底無理じゃ。まぁ、あくまで本人の自然治癒力を補助するに過ぎんのじゃ。まぁ、それはそれで大した事ではあるんじゃがな。なんでも、かの天女当たりじゃと、噂では失った四肢の復活やら身岩病の治癒やら信じられん話しもある様じゃな……」
つまりセシルの出血性ショック死だけはなんとかできたけど、迫り来る出血死に対処する方法がないって事だ。ああ、状況が理解できて来た……、どうしよう、どうしよう。このままじゃセシルが、セシルが……、あたまの中はこの事だけがグルグルしてる、視野がス~って狭くなる感じだ。確かに目の前の物は見えているんだけど、それがなんであるかが把握できない感じ。これが目の前が真っ暗になるって事なんだろうか……。力なく投げ出されていたセシルの小さな手を握って、額に当てる。その手が冷たいのが伝わって来る。どうする、どうする? どうするんだ? 出血多量なんだよな。つまり血が足らんって事だ。ああ、輸血が一番だけど、でもそんな事できる筈がない。器具もないし、そもそも輸血用の血液もない。ってか、セシルの血液型だって判らないから、輸血なんか出来やしない。ん? セシルの血液型? セシルの血液? 血が足らない? それなら輸血ができないなら……。
しっかりと目を瞑り額に当てたセシルの手に意識を集中する。すると弱々しい鼓動が伝わってくる。その鼓動の間隔がスーッと伸びていく、待つんだ! 逝くなセシル! 駄目だ、駄目だ。集中しろ集中だっ。さっきみたく心を落ち着けろ、そしてセシルと同調するんだ。そうだ、そうだセシルと一体化するんだ。見える、視える、観える。セシルの心筋へ刺激を送れっ。心臓を止めるなっ。もっと強く、強く、もっと速く、速く…………よし、いいぞ、いいぞ。
次は血だ、もっともっと血が必要だ! 輸血が出来ないなら、セシルの血を増やせばいいんだ! そうだ造血するんだ! 胸骨の骨髄内の造血細胞のTOP(Three Organelle-Divisions Inducing Protein)蛋白質に刺激を与えろ。ATPを回せ、ミトコドリアを動かせ! 腎臓に刺激を与えて造血ホルモンのエリスロポエチン(EPO)を分泌させるんだ。そして肋骨、脊椎、骨盤、大腿骨、 肝臓と脾臓の造血細胞にATPを与えてフル活動させるんだ。頑張れ頑張れ、セシル頑張れ!
伝わってくるセシルの脈動が少し戻ってくるっ! もっともっと! もっとだセシル…………。グッ頭が痛い! 何本もの錐で頭を貫かれた感じだ。さっきのとは違う種類の痛みだ。でも駄目だ。まだだ。セシル頑張れっ! 負けるなセシルッ! 自分も…負……け……な………い……………。
~ナハトマ・イジュマーからの視線~
なんじゃ? 小僧なにをしてるんじゃ? もしやセシルの中で癒系術を発功しておるのか? ぬぬぬ、なんじゃこの力は? なんと鋭く正確な魔源力なんじゃ。こんな鋭い力は今までに感じた事はないぞ? これはほんとに魔術なのか? こんな迷いない純粋な魔源力とは、まるで……。
小僧お主判っておるのか? そもそも自分の体内でしか発功できないのが、内功使いんじゃ。それをいくら相手と触れているからと云って、相手の体内で発功するには、多量の伝魔力が必要となるんじゃぞ? しかもお主はさっき一度魔力を使い果たしておるんじゃ。それに内功使いの癒系術では、残念ながらこの状況は手に負えんのじゃ。内功使いの癒系術では急激な症状の回復は無理なんじゃ坊主、あきらめるんじゃ……。んんん? なんじゃこれは、小僧お主発功しておるのはほんとに癒系か? ……いや、これは……操系じゃな? 小僧お主一体、セシルのなにを操っておるんじゃ?
むむむ、セシルの容態が急激に変わってきておる……。奥方もなにかに気がついた様じゃ。うむ、小僧めまた気を失ったか、この短期間に魔力を2度も使い果たすとは、全く持って無茶をするもんじゃ。かなりの激痛じゃろうて……。
「ほれ。また舐めるんじゃ」
エルテ(濃糖粒)を2粒、小僧の口の中に放り込む。小僧、判っておらん様じゃが、下手すると、それは命に係るんじゃぞ。いや……多分判っておるんじゃな。そうか小僧お主はあきらめんのじゃな。まだまだ何度でもやる気じゃな。ほう、奥方も止めやせんのか……。なるほど小僧を止める手立てはないと云う訳なんじゃな。うむ、またそれもそれでいいじゃろう……。
~サローン・アドバンからの視線~
一体なにが起こったのであるか? それがしにはよく理解できないである。それがしの長い経験から見て、どうあっても助からないと見えたセシル嬢であった。残念ではあるが、これが現実なのである。理不尽な事であるが、これこそが現実なのである。今までも何度もこんな場面には遭遇して来たのである……。
だがしかし、ご子息殿がセシル嬢の手を握っておでこに付けて、なにか呟いたのである。最初はエリルにでも祈っておると思ったであるが、どうも内功を使っておる様であった。たしかに今までにも傷口や患部に手を当てて、癒系術を使う内功使いをみた事はあるであるが……。セシル嬢のおでこに傷口はないである。ご子息殿が行なっていたのは、なんであろうか? しかしセシル嬢の容態は一変したである。真っ白な唇にサーッと紅が引かれる様に血の気が戻ったのは、正に驚愕であった。また気を失ったご子息殿が、2粒のエルテでなんとか気がつくと、セシル嬢の顔をみて、ご子息殿の顔色も戻ってきたである。これも良い事であった。日に2度も魔力を使い果たすのはかなりの危険なのである。3度目は本当に命が危ないのである。
だがご子息殿が直ぐにまた内功を使い出したのである。駄目である、これはお止めしなければならないのである……。けれども、奥方様がそれがしを見て首を振ったのである。なんとっ! 奥方様も外功使いであれば、このご子息殿のやり様が如何に危険かは判るはずなのである。それでも止めるとは……。で、あるか、止めても無駄であるか、ご子息殿の意思はそれほどに硬いと云う事であるな。判ったのである。それがしももう止めはしないのである。最早だただセシル嬢の生還を祈るのみなのである。
しかしご子息殿にこのような力があるとは驚きなのである。他者に癒系を行える内功使いはとても数が少ないのであるからな。しかしコレはほんとに癒系でなのであるか? 癒系ならば傷口に触れるはずなのである。しかも血が戻る癒系など、それがしは聞いた事がないのである。これは後でイジュマー老に聞いてみたいのである。
「ふぅぅ、これで出来る事はすべてやりました……。お母様セシルに口移しで水をお願いします」
「ええ、判りました。ギルあなたもよくやりましたよ。大丈夫ですか?」
「お母様、僕なら大丈夫です……。アドバン先生、父上とカリファさんは?」
「襲撃者には、まだ仲間がふたりいるである。それをカリファ殿が見つけたであるよ。いまおふたりは、きゃつらを追っているである」
ご子息殿の顔色はまだかなり悪いであるが、再びエルテを舐めながら少し余裕が出来たであるな。ようやっとお二人がここにいない事に気がついたである。
「追ったのですか?」
「当然である。このまま見逃す訳にはいかないのである」
「危険ですっ。あの槍使いは尋常じゃありません。間合いのはるか外から突いてきます。早く父上に伝えないと!」
「で、あるか?」
ご子息殿の表情が一気に歪んだのである。うむむ、実際に手合わせした者の言葉は重要であるな。たしかにフェルムの槍使いには、白蛇の槍とか、いろいろと噂が絶えんであるな。
「アドバン先生、父上とカリファさんを追えますか?」
「無論である」
「お母様、セシルを頼みます。そしてイジュマー先生、キャス、お母様を頼みます」
「任せておけ、こう見えても7術使じゃぞ。易々と遅れを取るものではないぞ」
「んだ。リリュ奥様はおらが命に変えて守るだ」
「ギル安心してお行きなさい。セシルは、あたしに任せなさい」
「おらっちは? どうすべ?」
声がかからなかったオバルの双子がちょっと不安そうであるな。この場で彼れらに任せられる事は……。
「ヴァリとゼェタは村に向かい、馬車を持ってくるのである。今のセシル嬢をサラに乗せるのは無理なのである」
「「わかっただ」」
「それではお母様、イジュマー先生、キャス、それにヴァリとゼェタ、お願いします。では、アドバン先生行きましょう!」
ご子息殿のその声にそれぞれが頷いているのである。それがしは、近くで草を食んでいたサラッドに歩み寄りサッと跨ると、先ほど護民官殿とカリファ殿が闇にむかって消えていった方向へ、サラッドの鼻先を向けたである。
「さっ、ご子息殿急ぐである」
手綱を曳き、踵で腹を突く。襲歩と成ったサラッドを双子の月が照らす月夜の草原の中へと駆けさせるのである。
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