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29.ナイナス・ヴェルウントの闘い①

 

 

~キニー・ノホク(黒鷹)・フェバオロからの視線~

 右隣で走っていた父が突然立ち止まる。そして後ろを振り返えるとじっと闇の向こうを睨む。どうしたんだ?


「来る。逃げる無駄。相手早い」

追手がいたのかっ。全然判らなかった。父は気配読みは苦手だといつも云っているけど、やはりフェルムのシィオ(英雄)だ、闇の向こうから迫るなにかを感じたのだろう……。


「……手強い」

父の表情がこの旅で初めて強ばっている。いやっ、未だかってこんな表情の父を初めて見る様な気がする。


“ピィィィィィィィ”

父が指を口に咥えと指笛を力強く吹く。この鋭い指笛の音が闇の中に響いて行く。えっ? なんだ? この指笛はニーを呼ぶ合図だけど、これじゃ敵も呼び寄せる事になるじゃないか……。そうかもう完全に見つかっているのか、そしてその敵と闘う為にニーを呼んだのか。


 父が腰の水袋を取り一口口に含むと、残りの水を顔に振り掛け顔の泥を流していく。そして首に掛けている小さな皮袋に濡れたままの指を刺し入れる。まさか……。袋から出したその指を慣れた手つきで顔に滑らしていく。途中数回指を小さな袋に戻す。そう、今父は戦いの化粧を施しているんだ。額、それぞれの眉の上に2本づつの横線、額の中央から鼻の上まで伸びる太い直線。そして目の下を頂点として斜めに下がる3本の波線、それはフェルムのシィオ(英雄)にだけに許されたいくさ化粧だ。


「もし敗れたら。息子よ今は闘うな」

「父さん! なんだって?」

びっくりして、聞き返したけどけど父は一切答えず、俺にサッと背を向けると闇に向かって直立する。右手には愛用の槍、いつも通り少しだけ、前に傾斜してその長さを隠している。ほんとにいつも通りの立ち姿だ、そこには気負いも緊張感も何もない。その父の背中を見つめながら今の父の言葉の意味を考えていると、闇の向こうからサラ()が走ってくる音が聞こえて来た。1騎だけ? それなら父の敵じゃない!






~ナイナス・ヴェルウントからの視線~

 闇の中をただただカリファの背中を追いながら疾走る。こんな事はもう10年振り以上だ。激しく揺れるサラッド(家馬)の背上で、どんどん血が滾ってくるのが判る。ギルは無事だったが、セシルは多分助からない。あの娘をここに連れてきたのは俺だ、そりゃ、確かにギルに頼まれた訳だが、あの娘の安全は俺が保証すべきだったんだ。すまんな、セシル、許してくれ。敵は必ず取ってやるぞ。


 カリファの疾走る速度が少し緩まりだす、どうやら追いついたみたいだな。さすがカリファ、狙った獲物は絶対に逃がさんな。ん? あれか? 思ったより小柄な感じだな。ん~~、騎乗じゃないのか? こんな草原を歩いて移動だと? 目的は一体なんだ? そしてなぜギル達を襲ったんだ? よっぽど見られると困る事が有ったのか?


 ちょっと考えていたらいつの間にかカリファが立ち止まっていた。そのカリファの隣にまで来たので、俺もサラッド(家馬)を止めると馬上から降りてカリファの横に並び立った。相手も全くの自然体でこちらを向いている。右手には槍があり、柄が地に着いているが、その黒い穂先は奴の背丈の軽く2倍以上の高さにある。長い槍だ4メル(4m)近くはあるだろう。


 しばらくじっとお互いを伺い見る。顔には幾筋かのウォーペイントが施されている。体格と肌の色、それにあのウォーペイントから見て間違いなくファルムだな。そしてあんな長い槍を使うのは、フェルム13氏族でも、カナハオロかフェバオロかチェバオロ位だ。武士殿(アドバン)は、フェバオロだと云っていた。確かにエクスムア大草原と云えばフェバオロだが……。だが決めつけは良くない、見落としや誤信の元だ。そもそもオロ系の連中の見分けなんか、俺らロキルム(ロキアの人:非フェルム人)には難しい事だからな。ん? もしかしてこんな処にまで潜入してるとすると、あれか? 噂に聞くカナハオロの“白蛇の槍”って奴の可能性もあるのか。


「フェルムか?」

一応確認はしよう。昔と違って問答無用で斬りかかる程俺も子供じゃない。なんたって、これでも一応ガディミリタ(領地護民武官)なんだからな。それに後で報告しなきゃならん訳だしな。ああ、面倒臭い話しだよな。だが返事はなしか……。もしかして言葉が通じないのか?


「なぜ子供達を襲った?」

「子供?」

うん、はやり言葉は通じたな。だがこれで可能性は大きく2つか……。もし普通のフェルムならば、地域的に考えてエクスムア大草原のフェバオロだな。族長国の連中ならフェルム語しか知らないだろう。でも族長国を離れて暮らす離れフェルムは、普通にエスタ語を使う。そしてエクスムア大草原にいる離れフェルムと云えば、フェバオロだ。あとは“白蛇の槍”みたいな、なんらかの訓練を受けた連中だ。そして子供という単語に反応を示したみたいだな。ん? 奴の後ろの男もかなり若い。もしかして奴の息子か?


「ああ、俺の息子と、その友がお前達の仲間に襲われたんだ。覚えはあるだろう?」

「鋭き鷹の目・スツー・ノホク(黒鷹)どうした?」

「こいつが倒したよ」

隣で沈黙を守っているカリファにちらりと目をやる。ギル達はかなり苦戦した様だった。多分カリファが間に合わなったなら、犠牲はセシルだけでは済まなかっただろう。そう思うと改めて背筋がゾッとしてくる。


「叔父さんが……」

後ろの若い奴が言葉を漏らした。叔父さんだと? じゃぁ、やっぱりこいつら一族なのか? なんらかの組織とかじゃないって事か……。それじゃ、フェバオロの遊牧民か? でもなんで遊牧民がこんな所にいるんだ? さっぱり目的がわからない。


「そうかスツー倒れたか……」

「フェルムがなぜ、王国の、しかもこんな所にいる? そしてなぜ子供を襲った」

こっちの質問には答えるつもりは全くないようだな……。でも一応、最後に聞いて置こう。“再三に渡って尋問するも、侵入者は沈黙を守った……”報告書の一節を頭に描く。“従って、危険と判断し止む無く……”


「答える事ない。お前達に恨みない。だが止まる事できない」

ふむふむ。全然質問の答えにはなってないが意味は判る。つまり俺達を倒してなお進むって事だな。そして奴らに気づいた者は、全てその口を封じるって事だ。こりゃ、下手な盗賊団や傭兵崩れなんかよりよっぽど危険だ。


「俺は、キトアのガディミリタ(領地護民武官)だ。すまんがお前達をこのまま行かせる訳にはいかないな」

奴がこの俺の言葉にゆっくりと頷く。ああ、これで双方ともに一歩も引けないって事が確認出来た訳だ。あとはもう言葉はいらないか……。


 すると、いつの間にか奴のそばに、白っぽい毛のポニ(群馬)がゆっくりと歩み寄ってきた。なかなか訓練されたポニ(群馬)だな。奴は一瞬の間でそのポニ(群馬)に騎乗する。鞍も何もない裸馬の背上でまったく身じろぎしない、スススッと斜めにその長い槍を器用に回すと、サッと穂先を俺に向ける。


「乗れ」

その馬上の姿には一切の隙がない。どうやら予想以上の強敵な様だ。予想以上? いや今までで最強だな、たぶん……。凄い圧迫感だ。思わず腹に力を入れた。おい、冗談じゃない呑まれるなよ。


「ナイ、大丈夫か?」

カリファにも相手の力量が伝わったようだ。カリファに“大丈夫か”と聞かれたのは、これが2回目だな。つまり、この目の前の男はアレか、アレ以上って事だな……。うん、間違いないぜ、こいつはアレ以上だぞカリファ。


「ああ、問題ない」

だが俺の返事は、あの時と同じ返事に決っている。ゆっくりとサラッド(家馬)の背に跨る。なんたってセシルの敵だからな、逃す訳にはいかない。


“ブッファ フフゥフゥ”

“ドウドウ”

どうもサラッド(家馬)が落ち着かない。奴の気を感じるのかちょっと気が立って、鼻を鳴らしながら首を上下に振る。でも大丈夫だ。俺を信頼しろ。そう耳許で囁きながら数回サラッド(家馬)の首の横を軽く叩く。するとすぐに落ち着いてくれた。よし、もう大丈夫だ。落ち着いた馬の背から奴を確認する。サラッド(家馬)ポニ(群馬)の背の高さの差、そして俺と奴の背の高さの差が相まって、俺の視線は奴より1メル(1m)位は高い。これはこっちに有利。そして俺は腰に佩いているカナタ(日本刀)“黒疾斬”を右手でゆっくりと抜き放つ。妖しく黒く光る抜き身、波紋だけが白く浮かぶように輝く。


 軽く反った“黒疾斬”の刃渡りは、1メル20セト(1m20cm)、奴の槍の長さは多分3メル(3m)、その差は2メル(2m)弱か……、これは奴に有利。だが俺は今まで槍使いに遅れを取った事は一度もない。槍ってのは確かに手強い敵だ。間合いの長さに、早い突き。騎乗の武器としては最高かもしれない。だが槍ってのは云っちまえば点と直線の武器、その動きは比較的単純だ。そして槍が長ければ長いほど、その動きは増々単純になる。なぜか? そりゃ重いからだ。だから間合いさえ掴めば、簡単に対処できる。それに長い槍にはもうひとつ大きな弱点がある……。じっと相手の穂先の動きを見つめながら奴の左、左へとサラッド(家馬)を誘導する。さすがに隙はないな。こっちから仕掛けるのは愚の骨頂、ここは後の先か……。




 何周したか……。お互い相手の得物の持ち手とは逆の方向、つまり右側へと周り込む。ゆっくりゆっくりと回る。すこしづつ夜が明けてきて、西の空に朱が混じってくる。長かった夜がもう少しで終わる。さて、今日はどんな1日になるのか、果たして俺は無事明日の日の出を迎える事ができるのか……。


 一瞬奴の頭が下がる。ポニ(群馬)が膝を屈めたっ! 来るっ! “黒疾斬”の柄を握った右手にグッと力を込める。一直線に奴が飛び込んで来る。なんだっ、これがポニ(群馬)のスピードかっ! だがこの距離なら充分に向かい撃てる。こいっ! その自慢の槍を切り落としてやるぜ。


“ギュッイィィン”

確かに早い突きだが充分に迎え撃てるはずだったっ! だが槍の穂先が唸りを上げて俺の傾げた首を掠めて行く。一瞬なにか冷たいものが通っていったのを首の皮膚が感じ取る。穂先が引戻される前にサラッド(家馬)を左に跳ばす。疾い!  なんだ今のは? 突き出て来た槍の速度が、途中から突然上がったぞ。しかも穂先が回転していた? もしかしてこれが話しに聞く旋突槍せんけっそうって奴か? 初めて見たぜ。


「お前、“白蛇の槍”か?」

旋突槍せんけっそうって云えば、フェルキア族長国の最強軍団、“白蛇の槍”が使う技として有名だ。“御敵退散、白蛇の槍の旋突槍せんけっそうは、全てを抜いて突き進む”ってか? さすがに危なかったぜ。再び距離を取って、ゆっくりと左に周り出す。


「白蛇の槍違う」

吐き捨てる様な口調、それになんか物凄く嫌そう表情だな。俺何か悪い事いったのかな? “白蛇の槍”って云えばフェルムじゃ憧れなんじゃねぇのか?


「フェルムのシィオ(英雄)、黒きふたつの爪・タツー・ノホク(黒鷹)・フェバオロ」

奴が胸を張って名乗りを上げる。なにっ! フェルムのシィオ(英雄)だとっ。マジかよ。それって確か10年毎にフェルキア族長国で行われるフェルム競武典の優勝者の事だろ? マジか、こりゃハンパねぇな。なんか気持ちがゾクゾクっとして来やがった。こんな気分はいつ以来だ? ああ、そうかトファルナの時以来だなっ。


「フェバオロの戦士、フェルムのシィオ(英雄)、黒きふたつの爪・タツー・ノホク(黒鷹)か、これはなんとも光栄な事だ」

尊敬の印として、右手で構えた“黒疾斬”をグっと奴に向かって突き出してやる。しかし名乗るかねぇ。まぁ嘘って事もあるけど、そんな気は全くしねぇな。たぶん俺を殺して、カリファも殺すつもりだから、名乗ってもいいって事か、まぁ、えらい自信だな。だが簡単に殺される訳にはいかねぇし、そもそも殺られる気は全くねぇぜ。あれれ、あっちの若いのが物凄い目で俺を睨んでるぞ。


「ナイっ、代わろうか? フェルムのシィオ(英雄)は、マジ強いよ」

カリファの楽しげな声が背後から響く。おいおい、勘弁してくれよ。ってかお前半分マジだろ? フェルムのシィオ(英雄)って聞いて、やる気満々って所か? でもよ、騎乗の槍戦士とお前じゃ、ちょっと組み合わせが不味いだろう? まぁ、お前の事だから、きっとなんかすっげぇ汚い手とか考えついたんだろうな……。


 確かにカリファ、お前と1対1で相対して戦うなら負けるとは思わないが、きっとお前は俺と相対なんしないで、どこかに潜んで静かに背後から俺を殺るんだろうな、あるいは毒とか罠とかな……。だから俺は、お前とは絶対にやらねぇと誓ったんだ。


「うるせぇ。黙って見とけ」

さぁさぁ、フェルムのシィオ(英雄)さんよ。今度は俺の番だぜ。






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