24.セシルの闘い①
~ギルナス・ヴェルウントからの視線~
「セシル?」
明らかに語調を変えて、3度目の呼びかけをしてみる。これでも返事がないなら、もしかしたら謝った方がいいんだろうか……。でもなにを謝るのが正解なんだろう? そこが問題だな……。
「ギル様っ! 誰か居ます!」
「えっ!?」
セシルの緊張で少し掠れた声……。ん? なんだって? その声に思わず素早く辺りを見回す。だけど双子の月光に照らし出された淡い薄灰色な草原には何者の姿もみえない……。いやっ、なにかいる! 確かに動いてるっ! なんだ、なんだ!
なにやら動く影がみえる。……、ん? あれはポニだ。ポニが4頭月明かりの下で戯れているんだ。ポニは頭まで入れると、人位の高さになる。胴体が丈の高い草に遮られていたら、視力の弱いセシルにはポニが人に見えても全然仕方ない。
「セシルあれは、ポニだ。ポニが4頭いるだけだよ」
「違います! ヒトです。ヒトが3人居ます。その内ひとりがこちらに近づいて来てます」
「なにっ? 人だって??」
ちょっと慌てて、セシルが見詰めている方向にサラッドの腹を向け、肩を回してじっとそちらを見詰める。セシルは人って云ってるけど、やっぱりさっき見たポニが相変わらず楽しそうに遊んでいるだけだ。それ以外はなんにも見えない。人なんかどこにもいないぞ? セシルの視力は間違いなく自分より弱いはずだ。そんなセシルに見えて自分に見えないなんて、そんな事あるのか? やっぱポニと人を勘違いしてるんじゃないのか?
「ギル様、戻りましょう。どんどんひとりが近づいて来ます! あたし怖い」
なんだ? なんだ? ほんとに人が近づいて来てるのか? マジなのか? 自分にはさっぱり事態が飲み込めない。でもセシルの声が震えてる。ほんとかどうかは判らないけど、セシルが怖がっているのは間違いない。ここは一応用心して置こう。腰に佩いていた、短目のサーベル(サーベルは、普通 全長1m前後、刀身の幅は2~3cmほどの細身の片手剣で、まっすぐな刀身を持つものや、湾曲した刀身を持つものなど色々。また持ち手の握り部分を守るために、護拳が備えられている。ギルナスのサーベルは子供用で長さ60センチ程で刀身が緩くカーブしている)をゆっくりと抜き放った。
最近は古武士さん以外に、親父殿からも剣術の手ほどきを受けていて、親父殿からはソードよりこのサーベルの方が向いてると云われてる。ソードは叩き切るイメージだけど、こいつは切るイメージが強いんで自分としてもこっちが使いやすいから最近はもっぱらこいつを佩いている。その抜き放ったサーベルの刃に月光りが当たり、キラッキラッと冷たい光を放つ。これで少しはセシルが落ち着いてくれるといいんだけど……。さっきの4頭のポニの内1頭がこちらに向って駆けて来ているのが判る。それ以外に動く姿、気配は一切ない。うん、やっぱりセシルの勘違いだなこれは……。でもその時セシルがサーベルを持ってない左腕をギュゥって握ったのが伝わって来た。
~キニー・ノホク(黒鷹)・フェバオロからの視線~
「駄目。おい見つかった」
叔父の鋭き鷹の目・スツー・ノホク(黒鷹)の一声の後、ちょっと間を置いてから再び叔父の声が続く。
「向こう、ふたり」
叔父はそう云い残すと、腰を屈めた姿のまま両手で槍を携えて草叢の中に姿を消していった。
事前に父が決めた取り決めではもし何者かに発見され、こちらの存在を確認された場合、相手がひとりなら俺が相手に向かう事になっていた。もし相手がふたりなら叔父が向かう。相手が3人なら父が向かう。そしていずれの場合でも残ったふたりは、直ちにその場を離れる。相手に向かった者は相手を斃せそうなら、問答無用でこれを斃す。だがもし相手が強敵で斃せない様な場合には、相手を別方向に誘導する。もしも相手が3人以上の場合は、こちらは分散して逃走すると云う手はずになっていた。だから俺と父は叔父が向かったのとは逆方向へと直ちに早足で腰を屈めた姿勢のままで歩んでいく。
“チチッ、チチチッ、チチチ”
背後で父の声がする。するとポー、ニー、とあのサラッドの3頭が、こちらに向って駆けて来る。でも叔父のポニのツーだけは別方向、つまり叔父が向った方向へと駆けていく。ツーは多分叔父が呼んだんだろう。ツーを使って敵に接近するのを察知されないように撹乱してるんだ。叔父は父にこそ敵わないが、俺よりはずっと強いフェバオロの戦士だ。たかだかふたりのロキルム(ロキアの人:非フェルム人)になど、遅れをとることはないはずだ。
「急ぐっ」
だが俺の横に並んで早足で歩く父の表情は硬く厳しい。
「鷹の目と同じ強い気配読みいる。手強い」
そうだこっちが発見されたって事は、鋭き鷹の目の姿名を持つ叔父と、同じ位の強い気配読みを出来る奴が居るって事だ。ロキルム(ロキアの人:非フェルム人)の魔法使いには凄い者もいるらしい油断は出来ない。
「コゥセ(判りました)」
俺は槍を握る左手に思わず力を込めながら、進む足の速度を更に上げる。
~セシルナ・アバルマからの視点~
感じる、居る! ヒトが3人居る。間違いない。そしてひとりがこっちに近づいてくる。手荒く揺らぐ草のざわめき、不自然な虫の音の動きを感じる。間違いないヒトが近づいてきてる。
「セシル?」
ギル様の声の中に僅かな不審? 不安? が混ざっているの判る。五感を高めると、こういうのも判っちゃうのは、ちょっとズルいかも知れない。カリファ様は顔を読んで目を観て声を読めば、心も読めるっていつも云っていたっけ……。
「ギル様っ!、ヒトが居ます!」
「えっ!?」
信じてない? ううん、違うこれは驚いてるだけだわ。
「セシルあれは、ポニだ。ポニが4頭いるだけだよ」
「違います! ヒトです。ヒトが3人居ます。その内ひとりがこちらに近づいて来てます」
「なにっ? 人だって??」
確かにポニもいるけど、ヒトも居るんです。数が似てるのが不味かったかしら。今度の声には間違いなく疑いの感情が聞こえるわ。ギル様はあたしの目が良くない事しってるから……。どうしよう? ……もう仕方ないわ。
「ギル様、戻りましょう。どんどんひとり近づいて来ます! あたし怖い」
わざと少し声を震わせて見せる。正直あたしは、そんなに怖くはないけど、それよりギル様が心配なの。ギル様は優しいからきっとあたしが怖がってみせれば、ここを離れて呉れるはずよね。
あれ、ギル様が腰のサーベルを抜いちゃった。でもでも駄目です。ソレじゃないですって……。ギル様は申し訳ないですけどそんな強くはないんですよ。それはカリファ様がいっつも断言してるし、悪いですけどそれにはあたしも同意見なんです。今は逃げるのが一番いいんです。あいつは一直線にこっちに向かってくる、あとのふたりは正反対へ離れていっているわ。3人が一斉に向って来なくてそれは助かったけど、なんでなのかしら? でももうこちらに近づいてくるあいつの足音が聞こえる。そこにはっきりとした決意が感じられる。ああ、ギル様の注意はこちらに駆けてくるポニに集中してる。ギル様、そっちじゃないんです。もうここまで近かずかれたなら逃げるのも遅い……、もう……。伝えたい心を込めて思わずギル様の左腕を握る手に力を入れる……。
~ギルナス・ヴェルウントからの視線~
“ドウ、ドウ、ドウ”
サラッドがなぜか落ち着かず、頭を上下に振りながらその場で身体を回そうとする。手綱を引きながら腹を踵で突いてサラッドをなんとか宥める。1頭のポニは相変わらずこちらに向かってくるけど、セシルが云う人ってのはやっぱり全く判らない。
「ギル様! 駄目ですここは危険です! 早く! 早く!」
セシルの声がますます緊迫度を増してる。それに左腕を握るセシルの手からも確かにセシルの心の何かが伝わって来てる。それは判る! でも危険の原因と成るものは全く判らない!
“ドォーー、ドォー”
なんとかサラッドが落ち着いて来たんで、セシルの云うことを聞いてもうみんなの所に戻ろう。あれ? セシルがなんにも居ない暗闇の一点をじっと睨んでる。なんでだ?
~カリファからの視線~
「さぁ、そろそろ参りましょうか」
リリュ様が、ちょっと冷たい目つきで、こちらにゆっくりと戻ってくるナイと剣術屋を眺めながら、カリファに声を掛けてきた。ったく雄ってのはどーして、後先の事を考えてきちんとしとかないのかな? まぁ、ナイとの付き合いはもう10年以上だし、こっちもいい加減慣れてきてはいるけど……。そんでもカリファは鼻がいいからさ、この風向きだと、もうすっごい気分が下がってるんだよね。
「はい。判りました。ナイ様、カリファはリリュ様と先行します」
ナイと剣術屋は道端にちょっと腰を下ろしながら手を上げて応える。もうこっちは早くここを離れたいんだよ。さっきギル様はセシルと先行したし、オバルの馬鹿双子もその後を従いていったみたいだから、ここにいるのは6人だけ。サッと手綱を操って、カリファ、リリュ様、イジュマー爺ぃの3人が闇の中に進みだす。キャス坊は、ナイと剣術屋を待つみたいだな。あいつら脳筋3人組で仲がいいからな。いつの間にかイジュマー爺ぃのサラッドの鬣の上に、誘導灯替りの“光球”が浮いている。ああ、さすが外功使い、便利なもんだね。
ふふっ、ギル様はセシルとふたりで先行したけど、どうかな? なんか進展できたのかな? でも昨日ダンスパーティでちょっとセシルが泣きだしただけで、あんなオロオロしてるようじゃ、まだまだだね。ナイは結構手が早い方なんだけど、ギル様はそんな所はあんまり似てないんかな? まぁ、それはセシルに取ってはいい事かもだな。でもこの先どーなるかは判らないからね。なんといってもあのナイの息子だから、絶対要注意だね。カリファ的にはいい種持ちは、いっぱい撒いていいと思ってんだけど、どうもヒトの雌的には、そーじゃないみたいだから。セシルの為にもこれからそこら辺をきちっと指導しないとだな。
ちょっと進んだけど、ギル様とセシルの姿が見えないな。カリファは鼻もいいけど、夜目もいいんだ。なんたって猫人だからね。でもみえんな? これはギル様、けっこう大胆な行動に出たんか? まぁ、それもいいかもね。なんたってもう10歳だしね。
「カリファ? ギルとセシルが見えるかしら?」
でもでも、リリュ様が心配してるな。ま、母親だしね。カリファから見ると、ちょっとだけ、過保護な感じがすんだけどね。まぁ、ひとり息子だし仕方ないかな……。
“神感”
いつもの様に自分の身体が一気に膨張するような感覚。音、臭い、温度、視覚、肌感覚が一気に敏感になるのが判る。そして眉間が疼く、そう眉間にある第3の目が開いていく感じね。すると自分がずっと高い位置から周りを見回す感覚に包まれる。カリファの使える内功術でいっちゃん強いのがこの広域五感向上だ。たぶんこの広域五感向上だけなら、ナイよりも剣術屋よりも、もちろんキャス坊よっか絶対強いね。あいつらは所詮脳筋だから、3人揃って筋力強化大好き連中なんさ。ギル様とオバルの馬鹿双子は比べる意味すらない。そーいう意味じゃセシルが一番見どころあるな。
お~~、いたいた、ちょいこの先、支道から外れた草原の中にギル様とセシルのふたりがいる。きっといい感じなんだろうなぁ。邪魔しちゃ悪いかな……。ん? それにその手前にあの馬鹿双子がいるな。う~~、サラを置いて歩いてる? なんだ覗きでもするつもりなんか? もうマジ馬鹿双子だな。あとでみっちりお仕置きしてやっからな。んん? アレレ? もうひとり居る? しかもギル様ふたりに近づいてる? なんだ? あれセシル、どうした緊張してるの? いや……、これは違う危険を感じてるんだ。間違いない、なにかに危険を感じてる。この近づいてくる奴か? マズッ、これは、やばいっ。
「リリュ様、ギル様危険。ナイ様を早く! カリファはギル様の所に向かいます」
叫びながらサラッドの背から跳び下りると、一気に地を蹴って走りだす。短距離ならサラッドよりも、カリファの脚の方がずっと早い!
「判りました」
後ろで、リリュ様がサラッドの踵を返すのが判る。どうだ間に合うか? セシル、ギル様を守れっ!
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