23.接触
~ギルナス・ヴェルウントからの視線~
凄い! 満天の星空! これこそが、降るような星っていうんだろうな。まぁ、産業革命前の世界だし、さらにキトア郡はちょード田舎だからな。しかも今日の明け方に降った雨が更に空気を清浄にしたんだろう。ほんの1時間位の雨だったけど結構激しい雨音だったからな。あ~いうのを雨月の忘れ物って云うらしい。うん、なかなか風流な云い方だ。そんな満天の星空の下を自分達はサラッドの背上で揺られながら進んでいます。先頭を行くのは親父殿、その隣にはキャスがいる。そのふたりはラストンの先導灯で道を照らしながら進んでいる。辺りは月明かりで照らされ、まっくらと云う事はないけど、やっぱり夜の闇に浮かぶ先導灯がないとちょっと不安は感じるよね。
今日は、ウズニアの雨月も明けた、ウズアド(暮月)の2日、つまりナラミリアが終わった日だ。今自分達、自分と親父殿にお母様、カリ姐ぇさん、老師さん、古武士さん、キャス、オバル兄弟、それにセシルの10人組は、キグトア地区でのナラミリアの祝祭番となったトルナラ集落からの帰り道の途中です。オバル兄弟を除く8人は招待客で、オバル兄弟はサラキトアの出し物係としてトルナラ集落に来てました。双子の特徴を使った手品もどきの出し物だったけど、まぁまぁ受けてました。でもあれって1回しか出来ない出し物だな。まさに隠し芸って感じかな。
全ての行事も終わって、さぁ、サラキトアへ戻ろうってなった時に、親父殿がトルナラ集落の大人達にいろいろと捕まってしまったんだ。トルナラ集落は最近新規入植者も増えて開墾地もかなり広いらしいから、なんか相談事が一杯あるんだろうね。でもこれが予想外に長引いてね。ついに一緒に来ていたその他サラキトアからの招待客さんは、待ちきれずに先に出発してしまったって訳ね。
「どんですか? ガデェミリダァ様、あんなら、もう一泊しでもいんだべよ?」
「おお、首長殿そうですか?」
「あなた、もう一晩お泊まりになるのですか?」
「いやいやいやいや、リリュ。この面子であれば、夜間の移動も問題ないからな。ちゃんと“約束通り”に今日帰るよ」
「んだんだ。おぐざまぁ、あんだか、ひきとめちまって、もうすわげなす」
そうトルナラ集落の大人さん達に捕まっていた親父殿にお母様が、ちょっと冷たい語感で話しかけたら、親父殿は力一杯首を振っていたし、大人さん達も一斉に引上げて行きました。お母様さすがです。でも“約束通り”って所がヤケに強調されてますね親父殿。そうそう親父殿は、出発前にお母様に何度も何度も何度も、戻る日を約束させられていたよね。お母様はたぶんサラキトアの刺繍工房が心配なんだろうな。なんでも年末年始に向けて大口注文が入ったらしいからね。それに親父殿、本祝日のダンスパーティで若い娘さん達と派手に踊ったのもきっと不味かったと思うよ……。あれはマジちょっとね……。そんなこんなで自分達のサラキトアへの帰行が、この10人だけでこんな夜中の移動になっちゃったんだよね。
まぁ、セシルの事を考えると夜間の移動の方が、セシルの身体には負担が少ないからいいかもだよね。それに親父殿が云うように、この一行には凄腕の魔剣士が3人に、ちょ~強力な外功術使がふたりもいるんだから、なんら危険はないだろう。ちなみに凄腕の魔剣士の3人ってのは、親父殿、古武士さんにキャスの事です。自分とオバル兄弟は決して含まれていません。
ところでセシルは視力が弱いからか、あんまりサラッドに乗るのは上手じゃないんだ。そこでセシルは自分との相乗りって事になっております。行きはお母様とセシルが相乗りしたんだけど、サラッドが思ったより疲労してしまったので、帰りは自分との相乗りって事に決まりました。なんでか? だってさ、セシルと自分を合わせても体重は、たぶん70Kにはならない位だから、サラッドへの負担が一番軽くなるからね。そこでセシルが自分の前に座り、自分がセシルの前に手を回して手綱を握っているって感じになっています。うんうん、自分の身体はセシルの背中に密着して、なんとも云えないセシルの微かな香りに包まれています。こりゃ、なんとも幸せな気分だ……。
「ちょっとここで休憩だ。いいな」
先頭を進んでいた親父殿がそういいながら、サラッドの歩を止めた。そしてサラッドの背中からそそくさと降りて近くのブッシュに駆けこんでいく。なんだろう? ああ、そうか、なんだそれか……。親父殿、エールの飲み過ぎですよ。もう……。あれれ、古武士さんもなのかぁ。あのね、セシルがいるんだからさ、もうちょっとさぁ~、もうほんと嫌だな~。どうもガサツな大人ってこーいうデリカシーに欠けるよな。
“ホウ、ホウ”
ちょっとサラッドの腹を踵で突く。
「ちょっとだけ先に行ってますね」
別にずっと先に行く訳じゃないよ。でもなんとなく並んでこちらに背中を見せている、親父殿と古武士さんの姿をセシルに見せたくなかったんだよ。
「ギル様、おらも行くだよ」
キャスが着いて来ようとする。う~~、キャスゥ~、ちょっと気を効かせるとか、そーいうのないのかな?
「キャスよ。ちとこちらへ来るんじゃ」
「なんだべ? イジュマー様」
老師さんが、いいタイミングでキャスに声を掛けてくれた。老師! 感謝致します。カリ姐ぇさんとお母様は、なにかふたりで話している。さすがお母様も、気が効くなぁ~。ありがとうございます。オバル兄弟もお互いのポニを寄せてなにやら話しをしている。おお、お前達意外にもキャスより気が効くんだな。
“ホウ、ホウ”
サラッドをタタッと速歩で進めて行く。あっという間に辺りは闇に包まれ、ふたりだけの世界が広がる感じだ。うんうん、これはいいぞ~! でもあんまり先に進むのもちょい問題あるよな。でももうちょっとだけ……。もうちょっとだけ……。ササッと手綱を操ってサラッドの歩みを、支道から草原の中へと向ける。
“ドウ、ドウ、ドウ”
草原に入って直ぐにサラッドの歩を止める。すると一瞬の静けさの後に直ぐに回り中から色々な虫の音と風に揺れる草の音が伝わって来た。そんななんとも云えない音のハーモニーの中で空を見上げる。うん、これはななかないい感じだぞ。
「セシル空を見てご覧よ」
自分のこの言葉に従ってセシルの頭が上を向く。一瞬セシルの身体が固まったみたい。そして……。
「凄い! 星で空が明るい! まるでお星様に囲まれてるみたいです」
「そうだろう? セシルあまり外に出ないからね。こーいうの始めてかい?」
どうだ! 自分ってロマンチストだろう? 満天の星空の下、虫の音に囲まれながら、ふたりきりだ。突如、自分の心の中にこの青く白い双子の月光の下で、セシルの顔と白銀の髪が見たいっ! って感情が湧き上がって来た。
「セシル」
手綱を握っていた右手を手綱から外すと、セシルのローブのフードへと伸ばず。
“パサ”
セシルのフードをゆっくりと外すと、その下から白銀の流れる様な髪が現れた、その白銀の髪が、白い双子の月光を受けてキラキラと輝く。ああ、やっぱりほんとに綺麗だ。初めて会った夜を思い出すな。そうそうこの一撃にやられたんだよな。
「セシル……」
ちょっと首を伸ばしてセシルの横顔を覗き込む……。ん? ん? なんだなんだ、セシルが目を細めて、眉間に皺を寄せてる。うう、凄い厳しい顔だ! なんかマズったか? ちょっと早まったか? でもフードを外しただけで、なんでこんな厳しい顔するの? 実は自分セシルに嫌われてたりするのか? それにさっきから2回も呼びかけているのに、全く返事がないぞ……。
~セシルナ・アバルマからの視点~
ギル様が、休憩で止まっている皆様方から外れて草原の中にサラッドを乗りいれて行くわ。なんだろう? どうしたのかしら? 少しするとサラッドが叢の中で止まる。すると虫の音と草のサワサワ云う音に包まれたの。ああ、これってなんか心に沁みてくるみたいな音よね。
「セシル空を見てご覧よ」
ギル様が耳許で囁く。ギル様の声はいつ聞いても心が落ち着く感じよね。そしてその声に促されるままに空を見上げてみたの。
「凄い! 星で空が明るい! まるでお星様に囲まれてるみたいです」
「そうだろう? セシルあまり外に出ないからね。こーいうの始めてかい?」
ほんとに、空一杯に光が散らばって煌めいている。そして双子の月が静かに光っているわ。あたし夜外に出ることってあんまりないし、出ても早く家に戻る事ばかり考えていつも地面ばかり見てるから……。だからこんな風に夜空を見上げた事なんか一切なかったわ。ほんとに綺麗な星空……、でもきっとギル様には、もっともっと綺麗に見てるんだろうな。あたしはあんまり目が良くないから……。うん、もっともっと良く見たい。そうギル様と同じ星空を一緒に感じて見たい。よしっ……。
「セシル」
“パサ”
ギル様が呼んでる。でもちょっとだけ待って下さい。ごめんなさい、ちょっとだけです。直ぐあたしもギル様と同じ星空を、……“心感”……。あれ?フードが外れた? ギル様なの? えっ、どうするの?
「セシル……」
いつもと同じにスーッと周りが透き通って行く感覚になる。まるで肌が薄くなったみたいに風の感触がはっきりと伝わってくる。サラッドの臭いや草の香りに混じって微かに葉の上に残る朝の雨露の薫り。微かな雑多な音がひとつづつはっきりと聞こえてくる。これは葉の擦れる音、虫の音もはっきり聞き分けられる。そして……、密かな足音が……、あっ、これってヴァリとゼェタよね。ふたりが忍び足でこっちに向ってきている。どうもこの感じはあたし達を覗くつもりなのね。うん、気がついて良かった……。んんんん? あれ? なにかしら? あたしに触れてる感触がある。この感触は、カリファ様が遠くからあたしに触れる時と同じ感触だ! でもこれは……違う! カリファ様じゃない! なんだろう? もっともっと広く広く……。五感を澄ませっ、全能の目プロビデを開くの。そう、もっともっと……。
~キニー・ノホク(黒鷹)・フェバオロからの視線~
スピシエデフルド・サラ(王立馬種育場)から、このサラッドの仔馬を攫って、かれこれ2ラウド(ラウド:10日週)とちょっと。夜しかも歩きだけで、できるだけ道から離れるように慎重に慎重に進んでいるから、未だにセキニア王国から脱出できてない。それでもなんとかリシュール州には辿り着けた。攫ったサラッドの仔馬も随分と慣れて、ニー達と戯れながら俺達の後を付かず離れず従いてくる。あの3頭と一緒ならどうみてもポニに視えるだろから、一番気がかりだったそっちの方はほとんど心配が無くなった。
たぶんあと2ラウドもあればリシュール州の外、つまりセキニア王国の国外に脱出できるはずだ。ただ不思議なのは後方からの追跡の気配が全く無い事だ。簡単に見つけられるつもりもないが、追跡者の影が全く無いってのも逆にとても気になる。父はなんらかの罠を警戒してか、ますます前に進む速度が落ちている。だが一歩進む毎、一夜進む毎に安全が増している事も事実なはずだ。あと少しでセキニア王国を脱出できるんだ。
俺達の先頭を叔父の鋭き鷹の目・スツー・ノホク(黒鷹)がゆっくりと腰を屈めながら歩いている。俺はそのちょっと後ろ、更にちょっと離れて、父が後方からの追尾者を警戒している。既にこの辺りでは秋雨が明けたのだろう、俺達3人が音を立てずに進む草原の上空には、満点の星空と、2つの月が青白い光を放っている。雨が止んでくれたのは助かる、3人とも上半身と顔には黒い泥を塗っているけど、昨日の朝方なんかは酷い雨にやられてその泥がすっかり流れ落ちてしまって、結局歩みを止めざる無かったからな。あれはずいぶんと大きな雨月の忘れ物だった。それにこの時期に雨に打たれると芯から冷えて体力が奪われる。それって結構危険だ。下手をすると動けなくなる事だってある位だ。そうだ、だからどうしても雨が降ると足取りが遅くなってしまう。でもだ、秋雨も明けてこれからはそんな事も減るハズだ。そうだ危険度は益々下がっている感じだ。と、その時突然先頭の叔父が立ち止まる。俺に向って手で停止の合図を出しながら頭を前に突き出す。それはまるで傍耳を立てる様な格好だ。
「ヒト」
叔父の低い声が聞こえた。すかさず腰を落とし叢の中に全身を隠す。辺りを見回すが月光の下の草原には何者の姿も見えない。いつの間にか父が傍まで来て俺の隣で腰を落とす。
「なに?」
「ヒト居る。スツー観てる」
父の問いに素早く応えると、あとは父と共に叔父の背中を黙って見詰める。
「駄目。おい見つかった」
叔父の声が青白い月光の下で低く静かに響いた。
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