22.ナラミリアの祝祭(豊穣の祝祭)
~セシルナ・アバルマからの視点~
“パカパカ、パカパカ”
規則正しい蹄の音が響いてくる。今あたしはサラッドの背の上で、上下に揺られています。そしてそんなあたしの背中には、ギル様の硬い胸の感触が感じられる。そうギル様の両腕は、ちょうどあたしの身体を後ろから抱くような感じで回されていて、あたしのお腹の前で手綱を握っているんです。でもさっきから思うんだけど、これってちょっと密着し過ぎじゃないかしら。あたし汗の臭いとかしてないかな? ちょっと心配……。ああ、でもこの3日間はほんとに夢みたいだった……。そうそう、発端はウズニア(雨月)の末に、ギル様からナラミリアに誘われた事だったんです。
「ねっ! セシルいいだろう? 毎年断わられてたけど今年は特別なんだ!」
そう、これが全ての始まりでした……。うん、勿論お断わりするつもりだったんだけど、ギル様に説得されて最後にはOKしてしまった……。でも当たり前だけどそれってサラキトアでするナラミリアへのお誘いだと思っていたのよね。それだって凄く嬉しい事なんだけど、なんとそのお誘いってのは祝祭番の村へ一緒に行こうってお誘いだったの。ギル様が云った“特別”って云うのはそういう意味だったのね。
ナラミリアは、当然全ての村でお祝をするんだけど、毎年持ち回りで、各村の主要な者がひとつの村に集まって盛大にお祝いをするんです。そしてその村の事を祝祭番の村って云うんです。あたしが物心着いてから、サラキトアが祝祭番になった事はないから、実際には祝祭番のお祭りがどういうものなのかは知りませんけどね。だけど祝祭番のお祭りは別格だってお母さんやお父さんに中母さんや大母様も云っていたから、きっと凄いんだろうなとは思っていました。
そりゃ、ギル様のお父様はガディミリタ様だから、毎年ナラミリアになれば、祝祭番の村へ招待されます。でもギル様は今まではいつもサラキトアでナラミリアを祝っていました。だからあたしもこのお誘いはサラキトアでのお誘いだと思っていたんです。でもなんでも今回はギル様も、祝祭番の村からの招待を受けて居たらしいんです。それってきっとギル様が公童塾の府員補になったからかしら。ギル様10歳で府員補だなんて、ほんとに凄い凄い。でもギル様は5歳から先生をしてたから、そっちのがもっと凄いのかしら?
でもでもギル様はともかく、あたしなんかが祝祭番の村からの招待客になれるはずがないから、あの夜もう一回よくよく考えて翌朝ギル様にはお断りしたんです。そうしたらギル様は、あたしのその断りの言葉を聞いて凄くガッカリした様子を見せたんだけど……。
「セシル、僕は必ずセシルとナラミリアに行きたいんだ。必ず説得してみせるからね」
って、そう云いながら親指をあたしに向って立ててみせました。ん、アレってなんなのかしら? そうよ、その次の日から、カリファ様や、イジュマー様や、リリュ奥様からも、ナラミリア行きを熱心に勧められたのよね。一応、皆様にはお断りしたんだけど、すっごく心苦しかった……。だって、こんなあたしが祝祭番の村からの招待客に成れるはずないし、成っちゃいけないのよ。ええ、そんな事は当然過ぎる話しなのよね。
でも最後には、なんとギル様のお父様、ガディミリタ様が、家にいらっしゃったの。これにはほんとに凄く驚いたわ。お母さんも飛び上がる位驚いていてアワアワしてたんで、大母様が相手をして呉れたの。さすが大母様ね。
「セシル、実はねギルは今回の招待客の副主賓なんだ。そうなると当然パートナーが必要だろ? まぁ、俺にはリリュがいるけど、ギルとしてはセシル以外は、パートナーとして考えられないらしいんだ。セシルどうだろう? 一つ頼まれてくれないかい?」
副主賓? パートナー? なんだかもう頭がグルグルしちゃう……。
「でもでも、あたし白子だし……」
「そんな事は気にする必要は全くないよ。セシルはとても綺麗だ。自信を持っていいよ」
「そんな、ガディミリタ様……」
自分で自分の事を白子って云うのはほんとにキリキリって胸が痛みます。でも副主賓に成るギル様に恥を掻かせる訳には絶対にいかないから……。するとガディミリタ様が引き締まった頬をちょっと緩めて、真っ白な歯を見せて微笑みました。村の女の子みんなが素敵だって云ってるのは、きっとこのお顔なのね。うんうん、ほんとに素敵です。でもあたしはギル様の優し気な笑顔の方がいいと思います。
「それにセシルが断ると、ギルに誰か別のパートナー探さないといけなくなるんだよ。これはちょっと面倒な話しだろ?」
「べ、別のパート……」
「ああ、実は俺はカーヤが良いと思ってる、あれはなかなか可愛い子だからね。でもリリュはサリナが良いと云ってるんだ。そうそうカリファは確かリリスを勧めていたな……」
ビル様のパートナーに、カーヤにサリナにリリスさん? なぜかその言葉を聞いていつの間にかギュって拳を握っていました。確かにみんな可愛い子なんだけど……、うん、確かにカーヤは村でも評判の可愛いさよね。でもカーヤは実は性格がちょっとガサツで少し乱暴な処があるからギル様には絶対に合わない……。サリナは可愛いし性格も素直でとてもよい子なんだけど、ちょっと頭の方が鈍いってか可哀想だから……。サリナがギル様のパートナーってのはどうなのかな……。リリスさんは美人でしっかり者よね。ちょっとカリファ様に似たタイプ……。でもでもギル様とでは年が離れ過ぎ……。こう云っちゃなんだけど年増って感じなんです。みんなギル様のパートナーとしては……。ううん、そうじゃない、そうじゃない。きっとあたしはどんな娘であっても別の女がギル様のパートナーに成るのが嫌なんだ……。
「ギルはセシルをパートナーにしたいらしいが、セシルがどうしても駄目だって云うなら仕方ない。俺はこの足でカーヤの家に行って……」
カーヤは駄目ですっ! 心の中で叫びながら、あたしは立ち上がろうとしたガディミリタ様の袖を思わず掴んでいました。
「ん? なんだい? セシル考え直して呉れるのかい?」
「セシル! きちんとお答えしなっ! 黙っていては心は伝わらないよ」
それまでずっと隣で黙って話しを聞いていた、大母様があたしをきつい顔で睨み付けた。もう、普段は訛り丸出しなのに、ここって云う時には必ず都言葉を使うのよね……。
「どうだいセシル、この通りだ。ギルの為にも“うん”と云って呉れないか?」
「セシルいい加減にしなっ。ガディミリタ様に恥を掻かせるつもりかい?」
ガディミリタ様が、あたしに向かって腰を折って頭を下げたのっ! それに大母様の顔がほんとに怖くなって来てる。この顔は間違いなく2日は食事無しな感じ……。あああ、そんなふたりを前にしてあたしに何ができるって云うの……。そしてその翌日あたしは、ギル様に会いに行きました。
「ナラミリアの祝祭番の村からのご招待お受けします」
って云ったら、ギル様はニコっと笑って、“ほら? やっぱりだろ”ですって! もう憎ったらしいたらありゃしない……。なんかその時ピンと来た。そうだ、きっとみんなギル様の陰謀だったんだ。なんて事……。この時あたしいつか仕返して見せるって密かに誓ったんです。でもやっぱりこの時のギル様の笑顔もとても素敵でした。
そして招待客として招かれた、祝祭番のトルナラ村でのナラミリアは、ほんとに素晴らしかったです。そもそもあたしはナラミリアのお祝いを初めて見た様なものだから、なにもかもがほんとにびっくりの連続でした。村に到着したのは11の月(雨月)の末日(30日)でした。そしてその夜からナラミリアは始まりました。それがナラミリアの前夜祭。すっかり日が暮れた村の広場で、大きな大きな焚き火が燃え上がりました。こんな大きな焚き火を見るのは初めて……。星空にまで届くような高い炎……、その炎の頂きからは緋い火の粉が宙に舞い上がって行く……。その様子は、そう夜空でまるで星が踊ってるみたいだった。そんな幻想的な風景の中、祝祭番の村の首長様の“ガダスシアプ”から始まったご挨拶で、ナラミリアの幕が開いたんです。
でもそんな首長様ですが凄く緊張気味で、“ガダスシアプ”以外のご挨拶は正直なにを云ってるか判りませんでした。あれではきっと後で奥様から叱られてしまいそうです。ええ、見ていてちょっとお気の毒な位でした。この首長様からのご挨拶が終わると焚き火の囲りで村の人と招待客が、2重の輪を作ってグルグルと回りながら挨拶をして巡っていくんです。あたしも参加したんだけど、どうしようもない緊張感と恥ずかしさから、リリュ奥様から貸して頂いたベールをしっかり被ってギル様の後ろに隠れながら、一生懸命お辞儀しつつ“ガダスシアプ”だけを唱えていました。ええ、あの首長様の気持ちがとてもよく判りました。
ガディミリタ様と首長様がなにやら話していると、突然黄金のセトチャム(30cm程の3本の細い金属の棒を吊り下げた打楽器の一種)の澄んだ音色が何度か響きました。この聖なる音色の響きで広場のざわめきが一気に静寂に包まれたんです。そうです、いつの間にか時間が過ぎていて12の月(暮月)の初日に成っていたんです。すると祭壇に登った白い聖衣を纏ったエスタ教の司祭様が巻き上がる高い炎に向って、その良く沁みる声で滔々とナミアに祈りを捧げました。焚き火を囲んだみんなが、その場に跪いて炎に向かって司祭様に習って同じ祈りの言葉を口にするんです。その重なり合った祈りの声がまるで星一杯の天に吸い込まれて行くみたいでした。ああ、ほんとにあたしの言葉と想いがナミアに届いてるって実感できました……。えっ? 何を祈ったのかって? それは秘密です。
翌日がナラミリアの本祝祭の日となります。昼前までに広場には各家から持ち出されたテーブルと椅子が一杯に並んでいました。そのテーブルの上にはこれも各家で作った色取り取りなお料理が、それこそ溢れんばかりに並んでいるの。そうそうその中にはリリュ奥様特製のピザも並んでいました。これはあたしもお手伝いしたんですよ。それに広場を囲むいっぱいの屋台、大人の者達はエールを片手に楽しそうに笑いながらそんな屋台の店先を覗いています。村の子供達はなんか歓声を上げながら走り回っています。そしてちょっと着飾った招待客さんが村の者とから説明を受けながらテーブルの上の家庭料理を楽しんでいます。いっぱいの者、者。そしていっぱいの笑顔。こんないっぱいの者と笑顔を見たのは生まれて初めて……。笑顔ってこんなにも気持ちを楽しくしてくれるんだ。凄いな……。
最近は死んじゃう子供の数がめっきり減ったし、入植者さんも増えてる見たいらしいです。だからこんなにいっぱいな者が居るのかしら? お父さんはあんまり新しい入植者さんをいれるのには賛成じゃないみたいだけど、お母さんや中母さんや大母様は、若い男が村に来るのはいい事だって大賛成みたい。まぁ、サラキトアにはそんなに入植者さんは来てないけど、ギル様のお話しでは他の村では結構増えてるらしいんです。なんでもそんな入植者さんの多くがここに招待されてるらしいんですけど、それってギル様の発案らしいんです。ほんとにギル様には驚きです。うふふふ、でもそんな者達はなんか緊張気味で、ぎこちないからあたしが見てもひと目で判っちゃういます。あっ、もしかするとあたしもそう見えるかも……。
そして本祝祭の日の夜になって始まった広場でのダンスパーティ……、そこで生まれて初めてダンスを踊りました。それもギル様と一緒に踊りました。リリュ奥様とカリファ様に必死に教わったダンス、結局何回もギル様の足を踏んでしまった。生まれて初めて着たパーティドレス、これはカリファ様から借りたドレス、なんかフワフワヒラヒラして落ち着かない感じだったけど、こんなのを着ただけで正直生まれ変わったみたいでした。満天の星空と天に巻き上がる炎の明かり。そんな明かりの中でギル様と踊るあたし。まるで夢の中の出来事みたいだった。周りの風景が徐々に消えて行ってギル様の顔だけが浮かび上がって来る。その黒い瞳には緋い炎がキラキラって映っていました。
「セシルとても綺麗だよ」
突然ギル様がそう云ったのっ! カーって顔が熱くなって、心臓が爆発しそうな感じ。そしてあたし嬉しくて嬉しくて、思わず泣き出しちゃった。そしたらギル様が大慌てでなんか云っていたけど、もうなんだか訳が判らなく成っていました。胸が熱くて切なくてワンワン泣き続けました。でも泣きながらもチラっとギル様をみたら、ギル様がリリュ奥様とカリファ様からなんか云われていて、アワアワって凄く困った顔をしてました。あんな困った顔のギル様は初めてでした。そうです。ギル様。これがあたしからのお返しですよ。
ナラミリア本祭日の翌日はもう終祝祭の日なんです。本当にアッと云う間でした。その終祝祭では朝から広場に拵えた舞台で各村の出し物が催されます。大抵は2~3人での楽器演奏や歌、あと大道芸みたいなものです。サラキトアからはオバル兄弟が出演していました。祝祭番の村やご近所の村からは、多くの者が出れるので劇とかをしていました。そしてこの出し物で優勝したのは祝祭番の村、トルナラ村の劇でした。ええ、確かに凄い劇でした。創始王セキニア・アグヴェントが第2の魔禍で、魔獣の包囲を撃ち破って神の森に逃げ込み、神の森で諸族と”信義の契”を結んで、諸族と共に魔人を倒すって云う有名なセキニア王伝説でした。今までちゃんとした劇なんて見た事無かったから、凄く感激しました。だから絶対優勝で間違いないと思っていて、やっぱりそうなったから嬉しくてとっても喜んでいたら……。ギル様曰く慣例で必ず祝祭番の村が優勝するんだそうです……。でも劇が凄く良かったのはほんとの事です。優勝おめでとうございます。
この出し物が終わるとガディミリタ様が、舞台に登場して今年のキグトアの村々のエリシュギタスの結果を発表したんです。あたしあんまり数字の事は良く判らないけど、周り者達から嬉しそうな歓声が上がってたから、きっと良い報告だったんだと思います。確かに村でも食べ物の事で心配する事が減っている感じはします。それにリリュ奥様が広めた茶芋がほんとに助けてくれています。あとジキンの卵が一杯採れる様になったのもほんとに嬉しい。ジキンの卵をあたしでも食べる事が出来るなんて夢みたいです。これって数年前には絶対あり得ない事だったから、ほんと凄いと思うんです。なんでもギル様のお話しだと、キグトアの他の村でもサラキトアに習ってみんないい方向に向っているらしいです。だからみんなが笑顔なのかしら? それはあたしにでもとってもいい事だと判ります。
終祝祭の最後に来年の祝祭番の村が発表されるんです。いつの間にかあたしも来年サラキトアが祝祭番になればいいと思っていました。ギル様が“祝祭番は順番じゃないけど、キグトアの村を一周する決まりだから、そろそろサラキトアの番が来る頃なんだよね”って云ってたから期待していました。だけど残念な事に来年の祝祭番はサラキトアじゃなかったです。でも祝祭番に決まったメンディの村の者達は跳び上がって喜んでいました。その気持は良くわかります。ええ、正直ちょっぴり羨ましかったです……。そしてエスタ教の司祭様がナミアとエスタ神への祈りを捧げてナラミリアの全てが終わりました。3日に渡って炎を上げていた焚き火がだんだんと小さく成っていくのをギル様と並んでいつの間にか手を握って静かに見詰めていました。この瞬間はあたしの胸の中で一生消える事はないと思います。
ああ、ほんとに夢みたいな3日間でした。正直もっともっともっと続いて欲しかった。今も胸の中に蘇って来るあの瞬間に浸りながらあたしは、サラキトアに戻るサラッドの背の上で、規則正しい蹄の音を聞きながらギル様に包まれているんです。なんかもう胸が一杯で、あたしもう他には何にもいらいない位幸せな気持ちでした。
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