21.それぞれの想い
~ギルナス・ヴェルウントからの視点~
夜になってベッドの中に入るとどうしても今日の訓練の事が思い出されてしまう。あの後生贄としての囲まれ役では、そりゃもう散々な目にあった。ヴァリとゼェタはそうでもなかった様だけど……。ただそれよりも今日の訓練が今までの剣術の修行なんかとは違って、勝ち負けじゃなくて明白に相手を倒す事、殺す事を目的としていた事がどうしても心に残った。つまりもしそんな事に成った時に自分は人を殺せるのか? と云う点だ。古武士さんが云う事は頭では理解出来てる。生き残る為には相手を殺せ、そこに微塵の迷いも待つなって事が、あの“目の前にした敵は者でないのである。それはお主らを害しようとする人外なのである”発言の真意だと思う。そうだ覚悟は決めて置けって事なんだ。その場で迷ってる暇なんかないんだ。うん、確かにそれは頭では理解できる……。
そして多分その為の知識や技、技術はそれなりに蓄積されて来ている。今日だって最後の方に再び囲い側役をやった時は、ほぼ確実に囲まれ役を仕留める事が出来る様になっていた。それってのはそういう事だ……。人を殺すのか……。前世であの病室のベッドの上で寝そべりながら、一度人を殺す事を想像した事がある。相手はたま~にTV画面越しに話すなんとなく嫌いな医者だった。でも正直途中で気分が悪くなり最後までは想像できなかった。そしてその後むっちゃ自己嫌悪に落ち込んだもんだった。
ああ、今なら良く判るけどあの頃の自分には他人を殺す事は絶対出来なかっただろう。多分殺す位なら殺される事を選んだんじゃないかな? 多分それってのは死への恐怖があったんだろうな。いや死への理解不足かな? 自分にはあまりあの“7日咳”の時の記憶は残っていない。パンデミックの初期に発症した後で、直ぐに病院に隔離されたからほとんど実体験的になんにも憶えちゃいないんだ。それに当時はまだ8~9歳だったからね。それからは完全な病室暮らしだったから、自分の回りには死の影も、臭いもなんにもありはしなかった。
殺す位なら殺される事を選ぶか……。まず自分には殺す事が最も許され難い悪い事だって云う高度な刷り込みがあった。それってのは前世の日本だと割りと当たり前な事だったと思う。そして死に対する無理解な恐れ。そんな恐ろしい死を自分の手で起す事なんか出来やしない。これが殺人に対する越え難い壁になっていたんだろう。一方で自分が死ぬのは、そりゃ怖いとは感じていたけど、それって正直スイッチオフ的な感覚もあった。それでお終い、後の事は考えなくてもいい。全ての責任放棄。自己存在の放棄。痛いのは勘弁だけど、それはそれでいいんじゃないかって感じだな。正直その心因的ハードルは殺人よりも低かったはず。多分これも死に対する無理解から来てるんだと思う。死への実感が乏しいってのはほんとに困ったもんなんだ。
それに自分への自信が無い事も大きいな要因だ。あの病室暮らしでは生きる目的なんか0だったし、周りとの希釈な関係性が、自己の存在理由の過失へと繋がっていた。ええ、大学の講義で色々と勉強したんで本当なら“自己が何者かである”と云う自己の「存在価値」を理解することで、自己の存在理由を実感・確立すべきだったって事は理解していたさ。でも理解する事と実践する事は全く違っていたし、リアルな人の世界と完全に隔離された存在が、他者から認められる存在価値を実感する事はほぼ不可能だった。なんと云っても自分はTheLastHopeSevenとして生きている事のみが生存理由な存在だったからね。まぁ、これは客観的に見てかなり絶望的な状況だね。これってのは実は引き篭もりなんかと同じで、リアルな他者との繋がりを拒絶し、空虚なネット世界へと依存する。ネット世界は匿名な世界だからそこに自己は存在しない。従って他者(世界)から自己が認められる事はない。生きる為の具体的な目的もなく、生存してる事だけが存在理由となってしまう……。
その行き着く果ては自己存在そのもの否定か、自己を認めない他者(世界)への反感に繋がって行くんだ。前者は破滅願望となるし、後者はマイナスの評価であっても良しとする為反社会的行動を採る様になる。でもこれも結局は自己破滅へと繋がって行くから、両者の最後にはあまり差はなくなる。“誰にも認められない俺なんか消えてやる~”か、“俺を認めないお前らなんかいらない、もろとも死んでるやる。”って感じだ……。ここまで考えると暖かいベッドの中にいるハズの身体の体温がスゥーって下がって行くのが判る……。自分もその一歩手前だった……。
でも、でも。そう今は違う、自分はギルナス・ヴェルウント。親父殿ナイアス・ヴェルウントとお母様リリュシカ・ヴェルウントの息子だ。カリ姐ぇさんの弟だ。キトア郡キグトア地区サラキトア集落の公童塾の臨時教師で府員補だ。同僚で師匠の老師さんに古武士さんが居て、キャスも居る。歯かけのヴァリにゼェダが居る。そしてセシルが居る。これは紛れないもない自分が居ていい世界だ。そして自分の存在理由はこの世界とこの世界の人を守る事だ。確立できた自己の存在目的、そしてはっきりと自覚できる自己の存在価値=親父殿、お母様、カリ姐ぇさんからの愛、老師さんと古武士さんからの信頼感や期待感、そしてキャスやヴァリ、ゼェタとの友情、そこはかとなく感じるセシルからの感情。この全てが大いなる自己存在の肯定であり、前世にはあり得なかった確固とした自分の拠り所なんだ。大丈夫、大丈夫、自分は必要とされている。自分は自分として唯一の存在として愛されている。冷えて居た身体の芯が、胸が、心が少しづつ暖かくなって行くのが判る。
それに今や死は身近なものだ。今でも幼子は普通に死ぬし、大人の事故死・病死も珍しい事ではない。死体を身近で見る事はままある事だ。死のなんたるかを理解したとは云わないけど、死を無理解に恐れはしない。死とはあり得るひとつの現実として受け入れる事が出来ている。他者の生命を貶める気持ちはサラサラないけど、自己の存在価値も尊いと実感できる。そして自分の周りの人々が本当に愛おしい、自分やこの人達を守る為になら今の自分は……、そう今の自分ならば躊躇なく他者の生命を奪う事ができる。そうだ、今の自分は前世の自分とはもはや隔絶した存在、このアナワルドで生きるギルナス・ヴェルウントなんだ。
~ナイアス・ヴェルウントからの視点~
どうやら俺は貴民と云う連中を誤解していた様だ。そう、奴らは俺が考えていた以上に腐っていやがる。あのゼバスからの最悪な書面が届いた後に、俺が面会した軍爵連中から同じ様な書面が届いたのは嫌な気分にさせられたが、それはまぁ想定内だった。しかしその後次々と会ったこともない軍爵や、名前も知らない府爵からの書面が届いたのだ。その内容はほとんど同じで、今回の公特措(奉納公平化特例措置)へ反対票を投じた事、自分の力で付帯事項を付けた事、そして自分がいかに、長い手、司府長ダイタス・ギュント・ホルミアと繋がりがあるか、自分ならば公特措の発効を阻止できると書いてある。そして最後に様々なお願いやらお誘いが綴られていた。単に賂を要求する者から、様々な便宜のお願いと云う名の要求、中にはあからさまに不正を匂わし具体的な麦問屋の名前を上げた書面まであった。一体貴民ってのはなんなんだ。
さすがにこんな話しに踊らされる真似はしない。なんといっても届いた書面の数から考えると、公特措はリシュトの臣民会議で却下されていなきゃならんハズだからな。なんとも馬鹿にしていると云うか、面の皮が厚いと云うか……。だがひとつ判った事は、奴らにとってガディミリタとは、できれば取り込みたい美味しい餌だって事だ。ほんの僅かな手掛かりも見逃さずにこれだけの数の貴民が一斉に動いたのだ。これは正に見事としか云えない様だった。
実はこんなふざけた書面の中で一通だけ、引っかかる内容のものがあった。それは公特措が実施されてもキグトア地区を救う方法があると云うものだった。その内容とはエリシュギタスで確定する収穫量を、実際より少な目にしてしまえと云う内容だった。そうすれば如何に奉納率が10ブ6(6/10)であっても恐れる必要なしとの事だった。そこには無法には無法で対処すべきと書いてあった。無法には無法で……、そんな事は今まで考えた事もなかった。王国は無駄や無茶、無能な面もあるが、それってのはあくまで一部の腐った者達の仕業であって、基本的には王国は正しく諸族臣民を導く存在だと考えていた。正すべきは腐った一部の個人だと……。だが考えてみれば王国なんて実在はどこにもない訳で、それはあくまで様々な者が、様々制度・法令に従って働いているだけなんだ。もしその様々な者の多くが腐って居たとしたら……。いや、多くの者は腐っていなくても、僅かとは云え、王国の中核、中枢を占める者が腐って居たならば……。
貴民の実態は、いま目の前にあるこの書面の山が物語っている。しかし貴民は王国の中枢を占めてはいない。だがこの貴民を統べる15貴氏の多くは王国の中枢と云える地位に在る。根と葉が腐っていて、その芯に在る者が清浄とはとても思えない……。今の王国とは我らに取ってどんな存在なんだろうか……。なるほど無法には無法か……。
~セシルナ・アバルマからの視点~
ああ、ほんとに凄くびっくりしました。今日昼間ギル様が家に尋ねてきたんです。そして暮月、12の月にあるナラミリアへのお誘いをされました。そりゃ、とっても嬉しかったです。そのギル様の言葉を聞いてなんか急に身体が温かくなった感じがしたもの。でも、あたしはナラミリアの時はいつも家にいる事にしてるから……。
あたしがもっともっと小さかった頃に、一度こっそり家を抜けだしてナラミリアを見にいった事がありました。その時に村の大きな子供たちにさんざん苛められた……。あの時の“白子は伝染るから外さでてくんな”、“おめぇなんぞ、はよ見世もんに売られっちまえばいいんだべ”、“ほんに村の恥さらしだべ。このフェミー(フェルム人への蔑称)の間の子がよ!”って言葉は一生忘れられない。あたしはフェルムとの間の子じゃない。あたしは祖戻りだけど、お母さんとお父さんの子だから……。そうあの夜に誓ったの、もう二度とナラミリアには近づかないでおこうって。だから公童塾に行くようになってからもナラミリアには行った事はないんです。
でもこのギル様のキラキラした、ちょっと薄めだけど魅力的な黒い瞳に見つめられると心が揺ぐのは確かです。それに去年も一昨年も、その前の年もギル様からのお誘いを断っていたから、とっても心苦しかったのもほんとなんです。でも勇気が出ない、あの時の言葉が頭の中に蘇ってくる……。
「あ、あたしは……」
「ねっ! セシルいいだろう? 毎年断わられてたけど今年は特別なんだ!」
「と、特別ですか?」
「そうそう、特別、特別。絶対セシルにも喜んでもらえるよ」
なんか、ギル様が凄く嬉しそうです。そんな笑顔を見せるのはズルいです。去年断った時のギル様の悲しい顔を想い出すとなんか心が痛みます……。
「どうして、セシルがナラミリアを避けるのかが判らないけど、どんな事があっても僕がセシルを守るし、誓って嫌な思いなんかさせないよ。だから……」
そう云うとじっとこちら伺うギル様、今度はすこし心配そうな表情を浮かべてる。そんな顔しないで下さい。お願いしますから……。
「あの、あたし筆写のお仕事が……」
「駄目だよ。セシル、もうイジュマー先生とカリファさんからも許可は貰ってるからね。テゥス・オマジクの筆写仕事もカリファさんとの秘密の会合もナラミリア
あっ、去年はお仕事の話しをすると諦めてくれたのに、そんな手を打ってるなんて……。ほんとに今年はなにか特別なのかしら……。
「ほんとに、ほんとに頼むよセシル。お願いだよ」
「あ、あ……」
ギル様があたしの手を握って頭を下げる。その手からなにか熱い気持ちがジンジン伝わって来るみたいで、あたしなんか口が上手く動かせない。
「頼むよ……」
「ああ、えと…………判りました……」
手を握ったまま、今度は目を見開いて泣きそうな表情を見せるなんて、ギル様ほんとズルいです。そんな顔されたらあたし断る事なんて出来やしないです。
「ほんとかい! セシルッ!」
「は、はい。本当です」
握った手をブンブン上下に振りながら、一瞬でパーッと笑顔になるギル様。ちょっと頬が赤くなってますよ。そんなにされるとあたしまでなんか頬が熱くなってきちゃいます。それに心までドキドキして来ます。
「じゃぁ、セシル、お泊りの準備をして置いてね!」
えっ? はい? なんですかそれ? お泊りって?
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