19.本当の闘いってのは……①
~ギルナス・ヴェルウントからの視点~
「さて、軽歩兵の方陣が崩れてお主らがひとりで戦場に立った時に考えるべき最も重要な事はなんであるか?」
こうやって問題を投げかけて自分達に答えを考えさせるもの古武士さんのスタイルなんだ。さすが教導ギルドに登録している教育者のプロだけの事あるよね。
「隊長さぁ、探すんでねぇか?」
「周りにおる仲間さ、あつめんだよ」
「そっだより、敵がどこにおるか探すんが先じゃろ?」
「あに云ってんだ。味方がどこにおるか探すに決まってんべ」
「倒れてるお味方を助けんじゃなかと?」
「あに云ってるだ、周りにおる敵さぁ、やっつけんに決まってんだべ。いくさばだど」
自警団の兄ちゃん達から色々な意見が噴出して全然まとまらないな。最後の声は歯欠けのヴァリだ。やっぱ基本ジャイ○ン的思考なんだな。でも確かにそれぞれが頷けるし、本当に一番とかあるんだろうか? 状況に依って選択肢は違うんじゃないか?
「それぞれ間違いでないである。ただしそれは手段なのある。一番に考える目的は“生き残る”事である。全てをそこに置いて行動するのである」
「そただこと、あったりめぇじゃど」
「んだんだ」
「周りの敵さぁ、みなやっつけちぃめぇば、生き残れるべ?」
「方陣を組んで行動している時は、指揮者に従う事が最も合理的に生き残る為に良い方法なのである。しかし方陣が崩れひとりで戦場に投げ出された時、お主らは自分で全てを判断して生き残る必要があるのである。これは当たり前な事であるが中々に難しい事である。だからこその訓練であるよ」
おいおい、ほんとにそれでいいんですか? 戦場なんだから勝つ為にとか、闘いを有利にするとか、そーいうのは全然ないんかい? ただ生き残るだけなの? あ~、それと、ヴァリの意見は却下ね。頷いてるのはゼェタだけだしね。
「では考えてみるである。お主らが唯ひとりで戦場に立っている時に一番恐れるべき敵はなんであろうか?」
「弓はおっかねぇだよ。あんだばビューって来んだよ」
「うんにゃ騎士だべよ。あんりゃ、すんげぇおっかねぇべ」
「だけども重兵ぇもすげぇべぇ」
「おらっちあんま恐ろし気なもんは感じねぇだべ」
自警団の兄ちゃん達みんなが口々に自由に意見を云うのはいい雰囲気だ。自分の公童塾の授業もこんな風にしたいもんだな。それにヴァリお前完全に浮いてるからな。
「一番恐れるべき敵は、方陣を組んだ軽歩兵である。もしお主らの前に盾を構えた方陣の軽歩兵が現れたなら、即座に後ろを向いて一心不乱で走って逃げるのである」
「走って逃げっだかぁ」
「なんもしねぇだか?」
「で、ある。あれは個々の力でなんとか出来るものではないのである。しかも機動力もあるから、全力で走って逃げる事だけが唯一の方法である」
「んにゃ、そげな時はぁ飛び上がんだよ、あんで盾を越えちまって方陣の中で暴れんだよ。これならいけんだべ?」
あわわわ、なんか身も蓋もない話しになって来たぞ~。ただしヴァリの問いかけには誰も答えないけどね……。
「次に恐れるべきは騎兵である。では、騎兵に襲われた時の対処はなんであるかな?」
その古武士さんからの問いかけに喧々諤々の論争が始まった。騎兵、つまりあのデカイ馬が向って来るんだよね……。すると自分の脳裏に5歳の時にサラニムに襲われた時の記憶がアリアリと蘇ってきて、なんだか身体が冷たくなって行く……。しかも久しぶりになんかお腹までシクシクしてぞ。あうう、これって完全にトラウマになってるな。もしかしてPTSD(心的外傷後ストレス障害)だったりして……。
「騎兵と単独で闘うならば、最低でも“教技”は賜授されていないとである。それでも厳しい闘いなのである。お主らの場合では闘うこと即ち死であるな」
「おらっちは“教技”だば、騎士と勝負すんべ」
「おらっちもだ! 騎士とやってやるべぇ」
「だばよ。闘わねぇとしてもよぉ、逃げんにもサラの方が脚がはえぇだよ」
「んだんだ。まんず逃げ切れんだべ」
「で、ある。騎兵に背を向けて逃げるのは悪手である。速度も違うしガラ空きの背中は最高の的となるのである」
「せんせぇさぁ、だば、どうすっだ?」
えっ? 闘うのも駄目、逃げるのも駄目? それじゃ、もう手がないじゃん? ヴァリとゼェタの声はもう完無視されてるな……。
「死中に活である。騎兵に襲われた場合には相手にギリギリまで立ち向かい、そして攻撃範囲ギリギリの所で地に伏せるのである」
「あんだ~?」
「また逃げだべか~?」
「騎兵とは歩兵の天敵である。方陣すら崩す騎兵に立ち向かうのはアホウである。しかしその騎兵にも弱点はあるのである。それが下方への攻撃であるよ。もし騎兵がソードを持っていたならその剣先は地には届かないのである。もしランス(突撃騎兵が用いる片手用の長い槍、形状は槍と云うより剣に近い。鋭く幅広な槍先を備え突く切る薙ぎ払う事が可能)を持った騎兵の場合であっても、地に伏せた敵に攻撃するのは難しいし嫌なものなのである」
ん? なんでだ? ランスと云えば長さは3~4mはあるぞ? 思わず質問してしまった。正に議論白熱な感じだ。
「それはなぜですか? ランスなら充分地に伏せた相手にも届くと思いますけど?」
「ランスとは非常に重い(ランスは全長3~4mほどで、槍先から三角錐か円錐形の柄が剣のブレードのように根元にむかって伸びており、拳を守るための片手が収まる様なバンプレート(剣でいえば鍔)につながっている。更に後端には長い柄とバランスを取るための、長く大きなフルーティング(剣でいえば柄頭、ポンメル)がついている)武具なのである。したがって突如地に伏せた相手に対し槍先を変えるのは難しいのである。しかも直下の相手を攻撃した場合、下手をすると槍先を地に刺してしまい落馬の恐れがあるので、この手の攻撃を嫌う騎兵が多いのである」
なるほど、考えてみればそれは良くわかる話しだね。うん、周りのみんなも結構頷いてる。そんな中騎兵に立ち向かいたいアホウのヴァリとゼェタはなんか全く違う方向の話しに夢中になってる。なになに、どうやって馬の背中に飛び乗るかだと……。ほんとにアホウだ、もうあっちいってろ。
「だば、騎士にあったらば、すんぐ倒れればよかべな?」
「あまりに早く地に伏せれば、それは馬蹄の餌食となるである」
ああ、それも当然の摂理だな。あのサラニムの蹄……。うう、ちょっと吐き気がして来た。
「だからこそ、ギリギリの所で地に伏せる。これが肝要なのである。そのうちサラッドを使って実地訓練をするである。経験こそが生き残る為の最大の武器となるのである」
「「「うぉ~」」」」
「そら、すっげぇだぁぁ」
「おっがねぇそうだべ」
「でも一度やってみてぇべ」
「んだんだ」
「おらっちがいっとうでやるだべ」
「「「「おおおおお」」」」
古武士さんのその提案に自警団の兄ちゃん達が騒然となる中で、歯欠けのヴァリが立ち上がって猛アピールしている。おお、やっと話しに戻って来たな。う~ん、でも若者ってのはどうして、こう無駄に危険な挑戦をしたがる傾向にあるのかな? はい、自分は絶対にその訓練には不参加って事でお願いします。
「次に警戒すべきは重歩兵であるが、重歩兵は機動力に劣るので落ちつて行動できれば余裕で逃げる事は可能である。よいか間違っても立ち向かっては駄目なのである」
「また逃げるだか~」
「なんか情けねぇだ」
「んだんだ」
「よいか軽歩兵が強いのは方陣下での集団戦闘が出来る場合だけである。それを忘れてはならんのである」
うううう、なんかほんとに身も蓋も無くなってきたな。もうこの話しの先にどんな訓練が待っているのか皆目検討が付かないんですけど……。もしかして逃げる訓練なのかな? なんにしてもサラッドの突撃を避ける訓練だけは絶対嫌ですからね。
「弓兵はそもそも、孤立した歩兵に向っては攻撃をしないである。弓兵の攻撃もまた集団で弓を射ってこそであるから、孤立した歩兵にいちいちそんな事していては弓矢が勿体無いのであるよ」
「んでも、すごい弓がうめぇ奴とか、話しに出てくるべ? そっただがおったらどーすんべぇ」
「弓矢なんぞ、切り落せばいいんだべ」
「確かに弓射の名手と云う者もおるのである。しかしその様な者は数が少ないのである。つまり彼の者が狙う相手は間違っても雑兵などではないのである」
コスパの話しをしてるんだと思いますが、“弓矢が勿体無い”とか“雑兵”とか云われてなんか自警団の兄ちゃん達のテンションが下がってきてますけど……。でもヴァリだけは無駄にテンション高いな。
「それだば、雑兵のおらっちが生き残るのはあんげぇ簡単じゃな……」
あれゼェタはこんな自虐発言するのか? う~ん双子でも完全にユニゾンって事じゃないんだな。生命の神秘ここにあり。
「違うのである。この様な場合に最も多く戦場で出会う可能性の高い敵が残っているのである」
「そっただのいるべか?」
「あぁ? それなんだべ?」
「もう残ってねぇだべさ?」
「「「んだんだ」」」
えっ? 軽歩兵、騎兵、重歩兵に弓兵って出たよね? あとは誰? 工兵とかじゃないよね? だってあれはそもそも前線には居ないでしょう? じゃ、あとはなんでしょうか? 自警団の兄ちゃん達もなにやら不思議そうな顔でブツブツと言葉を漏らしている。すると古武士さんが、手許にある何本かの木剣を選んでは次々に軽く振りながら言葉を続ける。
「その敵とはお主ら自身の事であるよ」
「はぁ? なに云ってるだ?」
「んだんだ。自分とは戦わんだよ」
「おらっちの敵はゼェタなのか?」
ん? なんですそれ? ここでいきなりの禅問答ですか? もしかして自分の心との闘いとか云い出します? あとヴァリそれ絶対違うからね。
「お主ら自身とは、つまり敵方の孤立した軽歩兵の事であるよ。よいか戦場で一番数が多いのは軽歩兵なのである。そしてお主らの方陣が崩れる様な激戦ならば、敵方の方陣が崩れるのもまた必然なのである。その場合お主らが戦場で最も多く出会う可能性の高い敵とは、同じく孤立した敵の軽歩兵、つまりお主ら自身なのである」
なるほど、そう云われればそうだな。自明の理って事だね。うん、なんか自警団の兄ちゃん達も納得って顔してる。
「相手も孤立した軽歩兵、装備も同じ機動力も同じなのである。背を見せる事は即ち隙を見せる事になるである。ここで初めてお主らは、自分の技量に生命を賭けて敵と対峙する事になるのである」
そこで古武士さんは気に入った一本を見つけたのか、何度か同じ木剣をヒュッ、ヒュッて音をさせながらニヤリと笑った。そうか、ここからが本番って事なんだな。
~ナイアス・ヴェルウントからの視点~
やられた! 俺はまったくの甘ちゃんだった……。あの州都リシュトでドメンスルハルミトと会った日から、ラウド後、州都リシュトからリシュト臣民会議の公報が公伝便で届いた。それによるとリシュト臣民会議は、圧倒的賛成多数で奉納公平化特例措置のキトア郡キグトア地区への適用を承認し、臣の申卓への申言を決定した。反対票は数票で棄権票も数票のみだ。つまり俺と話した軍爵の連中は、みんなまったくの嘘つきだったって事だ。
公報と一緒に届いたゼバスからの書面にはこうあった。
「ガダスシアプ。ガディミリタ、ナイアス・ヴェルウント殿。真に残念ながら貴殿のご希望に沿う事にならず、奉納公平化特例措置のキトア郡キグトア地区への適用が、リシュト臣民会議で承認された事は申し訳なく思っておる。しかし我は貴殿との約定を違える事無く、確実に反対を表明した。これは信じて貰いたい。しかも今回のリシュト臣民会議での承認決議には付帯事項がついておる。“奉納公平化特例措置のキトア郡キグトア地区への適用の実施については、キトア郡キグトア地区の現状・将来を鑑みた上で慎重な判断を行う事。尚実際の適用の可否の判断には司府長のご裁可を必要とする”。つまり公特措のキグトアへの適用は即座に実施されるものでない事をご理解頂きたい。この付帯事項の実現には多大な努力が必要で、この結果こそが我ゼバルタカス・モートス・アルンガの成果だとご理解頂きたい。ガディミリタ殿におかれても、この点評価されたく…………」
ああ、そうだろうよ。リシュト臣民会議での投票は無記名だからな。お前が反対したって云うなら、そうなんだろうよ。しかもご丁寧に最終決定権を、司府長、つまりあの“長い手”ダイタス・ギュント・ホルミアへ渡すとはな……。俺への面子も立てながら、一方で“長い手”にも媚を売る、このしたたかさ。ある意味お前の本質は変わっていなかったって事だな。しかもゼバスからの書面の最後には、暗に俺に対しての付け届けの要求が書いてあった。多分、この後には俺が会ったゼバス以外の軍爵連中からも似た様な書面が来るんだろうな。胸糞が悪くなって来るな。俺は力一杯ゼバスからの手紙を握り潰すと壁に向かって投げつけてやった。
しかしそんな事しても何事も変わりはしない……。そんな事は判り切った事だ。やはり“長い手”は恐るべしだった。司府長ダイタス・ギュント・ホルミア……、どうやら奴は完全にリシュト臣民会議の貴民連中を掌握しているようだ。じゃなきゃ、こんな付帯事項が付くはずがない。これじゃ全ての手柄は、司府長の総取りって事だ。どう足掻いてもこれで万事休すか……。クソッ、今の俺にはどうしても対抗する方法が思い付かない。もうお手上げなのか、ほんとに手は残ってないのか……。
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