18.ナイアス・ヴェルウントの憂鬱③
~ナイアス・ヴェルウントからの視点~
リシュール州のドメンスル、ハルミトとの謁見が終わると、俺は直ちにリシュトプレイス飛び出した。ハルミトが云っていた通り、今回の奉納公平化特例措置つまり公特措を阻止するなら、臣民会議から臣の申卓への申言を阻止するのが一番だ。臣の申卓に申言されてしまえば、多分もうお終いだろう。あそこは王都だ、司府長のお膝元だからもう俺にどうこう出来る場所ではない。しかしリシュトの臣民会議ならば、俺の力でまだなんとかなるかも知れないんだ。
リシュトの臣民会議の議員数は約900人。正直云って多すぎだ……。そしてその議員の全てが貴民なんだ。これもどう考えても多すぎだ。さてその貴民だが、一言で貴民と云うが、貴民にも府爵、軍爵、民爵の3種類が居る。府爵とは府官あがりの貴民、軍爵とは軍官あがりの貴民、民爵とはそれ以外となる。当然と云うか、悲しい事に一番多いのは府爵だ。なんと云っても貴民の立嫡申言するのが、儀府の儀典部だからな。結局は府官同士の身贔屓のお手盛りって事だ。
だが正直、その最大勢力たる府爵の貴民と俺は全く繋がりがない。そもそも貴民と云う連中との繋がりが薄いんだ。それでも軍爵の一部、黒虎騎士団出身者の貴民となら面識のある者もいる。軍爵は議会内での勢力としては府爵には敵わないが、平5民(産民、作民、商民、奉民、無縛民)からの高い支持を背景にそれなりの影響力を持っている。だから軍爵はその平5民の中で最も多い農民の願いを無碍には出来ない。つまり奴らはこの公特措にそう簡単には賛成出来ないハズなんだ。だがもう時間がない。本来なら貴民様との面会は、事前に使者を送って……等々の面倒な手続きが必要なんだが、そんな余裕はないので、一切の手続きを無視して直接知っている貴民様の屋敷へとサラッドを走らせた。
リシュトプレイスにも似た白く輝く四階建ての石造りのご立派なお屋敷の前でサラッドを降りる。これはマジすごい屋敷だな。いつの間に建て替えたんだ? 確か以前来た時はレンガ造りだったよな……。思わずそんな屋敷を見上げていたら。正面のこれまた立派な扉が開いて黒いお仕着せを来た犬人の家令が現れた。
「どちらさまで、ございましょうか?」
「ガディミリタ、ナイアス・ヴェルウントだ。ゼバルタカス・モートス・アルンガ殿にお目通り願いたい」
「ガディミリタ、ナイアス・ヴェルウント様でございますね。アポメはございますか?」
「アポメはない。緊急である。主に我が名を告げよ」
「ガディミリタ、ナイアス・ヴェルウント様。畏まってございます」
言葉こそ丁寧だが、その黒い瞳と態度から完全に俺を“田舎者め”と蔑んでいる感じがアリアリと伝わってくる。誠実・忠実と云われる犬人がこんな芸当をできるとは驚きだ。もしかして主人の影響なのか?
「ガダスシアプ。これは、これは、ガディミリタ殿。お待たせして失礼しましたな」
「ガダスシアプ。ゼバルタカス・モートス・アルンガ殿。突然の訪問真に失礼致した。その上で面会に応じて頂き感謝致します」
俺だってそれなりの口を利く事はできる。結構待たされてから犬人の家令に案内された俺の目の前に立っている男が、ゼバルタカス・モートス・アルンガ。かつては左手に槍を携え、更に背中に2本の槍を背負い戦場を駆け巡った勇猛な騎士、3本槍のゼバスと異名を取った男だ。その3本槍のゼバスの残骸とも云える様な姿がそこに立っている……。しかしセバスは見姿こそこんなに成ってしまったが軍爵の中での一大派閥の領袖のひとりだ。戦場を草原から臣民会議に、槍をグラスに持ち代えて今も勇ましく戦っていると考えたい……。
「なんの、なんの、トファルナの英雄たるナイアス・ヴェルウント殿からの頼みとあっては、なにを置いても応対致しますぞ」
「ゼバス殿、その言葉真にありがたい」
ゼバスの身体付きが4年前の貴民立嫡パティーの時から完全に変わっている。ゆったりとした服の上から見ても、その全身が脂で巻かれているのがはっきりと判る。そしてあの精悍だった顔つきが今では、でっぷりとした頬肉と2重顎で台無しになっている。あの太かった首が今や下顎の脂に隠れて見えないとは……。ヒトと云うのは僅か数年でここまで変貌できるものなのか……。身体付きに加え言葉使いや、なにやら声音も変わってるが、しかしここはその心根までは変わっていないと信じるしかない。
「して、火急の用件とは如何なものであるかな?」
「実は、近々臣民会議に上奏されるはずの、司府からの提言についてですか……」
「ほう、ほう。ナイアス殿からその様な話しを聞くとは驚きですな」
「自分もガディミリタでありますので、担当地区の行政には責任があります」
「うむ、うむ。判り申した。判り申した。司府からの提言ですな?」
そんなかなり気軽な返事を寄こしながら、まだ、かなり陽も高いのにセバスは執事に用意させたビノロソをガラスのグラスに注ぎ込む。
「ナイアス殿も一杯如何かがかな? これはコート郡ボヌス地区のコートシャヌイの3010年モノですぞ」
「職務中であれば……」
「それは真に、真に残念であるな。3010年モノであるのに……」
ゼバスは見事に透き通ったグラスを片手に小指立てながら口に運ぶ。3010年モノがなんだか知らないが、俺にとっての3010年と云えば、ギルの生まれた年って意味しかないな。
「ゼバス殿その提言のことですが……」
「おお、そうであった、そうであったな。司府からの提言であったな。してどの様な提言であるのかな?」
「奉納公平化特例措置についての提言です」
「おお、おお、ありました。ありました。確かにそのような提言がありましたぞ」
そうだ、今思い出したが、ゼバスには同じ言葉を繰り返す癖があったんだ。よかった、どうやらこいつは本物のゼバスのようだな。思わずなにか化け物がすり代わったかと思ったぜ。
「思い出しました、思い出しました。確か公特措でしたかな? ”税にとっての肝要な点とは、税率にあらず、公平性こそが最も肝要也”とは、かの創始王のお言葉でしたな。その点から云って、なかなかに正しい提言と感じておりましたぞ」
「しかし……」
「いえいえ、判っております。判っております。そうは云っても、王税特猶の期間中である、キトアのキグトアにそれを適用するのは、我も如何なものかと感じておりましたぞ」
お、ゼバス判っているじゃないか。これなら話しは早いか。
「おっしゃる通りです。ゼバス殿、まだまだはキグトア地区は発展途中であり、今の王税特猶であってすら収穫後にはほとんど余裕のない状態です。残った麦は全ては翌年の……」
すると、ここでゼバスが手の平を俺に向けて俺の言葉を遮った。
「なるほど、なるほど。ガディミリタ殿は、臣民会議で公特措が、キグトアに適用される事を防ぎたいという訳ですな。そこでこのゼバスを訪ねて来たと」
「真におっしゃる通りです」
「ふむふむ。了解です。了解です。この件確かにこのゼバスが承りましたぞ」
「本当ですか?」
「キグトアの現場を最も知っておるガディミリタ殿の言葉を無視するのは愚かな事でしょう。しかもトファルナの英雄たるナイアス殿の頼みとあっては、このゼバスがどうして断れましょうか? このゼバスは必ずしや、必ずしや公特措のキグトアへの適用を防いで見せましょうぞ」
「それは、真ですか?」
「騎士に二言は……。ですぞ」
「真に感謝致します」
やはりゼバスはゼバスだった、見姿こそ大きく変わっていたがその心根は変わっていなかったのだ。ゼバスのその言葉に、感動して思わず奴の手を強く握ったが、その手は脂と肉で覆われたブヨブヨに柔らかい手触りだった。
その後他の面識のある軍爵連中とも面会をした。ほとんどの連中がゼバスと同しような回答してくれた。まぁ、他の連中の身体付きもみなゼバスと同じだったが……。それでもやはり地方務めの多い元黒虎騎士だけの事はある。農民の苦労を理解している。俺は今まで貴民と云う奴を完全に頭から否定していたが、それはどうやら誤解だったようだ。さすがに地元出身者だけあって、キグトア地区の現状と公特措がなされた時の影響についてきちんと把握していた。これならば、公特措がキグトア地区に適用される事を防ぐ事が出来るだろう。なんだ、ドメンスル、ハルミトが話していた“長い手” ダイタス・ギュント・ホルミアと云うのも、それほど大した事はないな。うん、結局は王都だけの話しなんだろう。そんなに云うほど手は長くなかったって事だな。
~ギルナス・ヴェルウントからの視点~
今日はサラキトアとウルガムの自警団の合同訓練の日です。自分は自警団には入団してないのでほんとは訓練への参加義務はありません。でもね、自分の剣術の指導をしてくれる人が誰もいないだよね。親父殿は州都リシュトに行ってるし、キャスもなにやら古武士さんの頼みで州都リシュトへ行ってしまった。最近の師匠役であるオバル兄弟は当然自警団の訓練に参加しています。そしてほんとの師匠である古武士さんは、自警団の訓練の責任者をやってますからね。そんな訳で、古武士さんの勧めもあって、自分も自警団の合同訓練に参加する事にしました。
今は塾所前の広場にみなで体育座りをしながら、まずは座学をしている処です。たんに実戦訓練をするだけじゃなく、その訓練の意味を事前に座学で教えるのが、古武士流なんです。
「さて、戦場で一番多数を占める兵種とはなんであるか?」
「そんりゃぁ、けぇ歩兵だべ」
「で、あるな。では、なぜ軽歩兵が一番多いのであるか?」
「よえぇから、いっぺぇいねぇとだよ」
「軽歩兵は弱くないである」
「歩兵はいっぺぇ、スによるから、いっぺぇいねぇとだよ」
「軽歩兵は数が多いのである。従って死亡者も多いのである」
「でもよぉ~、歩兵はいっぺぇスぬんだから、やっぱよえぇだべ」
あれ、古武士さんと自警団の兄ちゃん達の問答がなんかグルグル回ってるかな?
「軽歩兵が多いのは戦力の割には、費用的に安く揃える事が出来るからじゃいなですか?」
「で、あるな」
「ヒ、ヒヨウ? ヒヨウってなんだべ?」
「ヒヨウ……」
「つまりであるな。軽歩兵とはお主らのように比較的簡単に集める事が出来ると云う事であるな」
「おら達は、ヒ、ヒヨウなんだべか?」
「……、費用ではないである」
古武士さんがちょっと言葉に詰まってる。でもそれは金言だな。用兵家から見た場合、ここに居る全員はある意味費用だからな。
「ゴ、ごほ。それはさて置きである。軽歩兵は戦場で最も多数を占めるが故に、最も死者も多い。そしてその軽歩兵とはお主らの事なのである」
「おれらも戦場にいくだか?」
「まぁ、盗賊との闘い、逸れフェルムとの闘いならばそれは戦場ではないのである。しかし傭兵団崩れとの闘いや、謎の傭兵団や魔獣との闘いならば、それは正しく戦場と呼べるであるな」
「魔獣とかここらにはいねぇだよ」
「真にここキグトアはウズグムルツより遥か遠く、また国境からも離れているのである。謎の傭兵団や魔獣と出会う恐れは低いのである。しかし護民官殿の話しによれば、ほんの10年前には大規模な傭兵団崩れとの闘いがあったらしいのである」
「傭兵団くずれだか?」
「ああ、そげな事とっちゃから聞いたことあっだ」
「ずいぶんと、スんだらしいべ」
「「んだんだ」」
自警団の兄ちゃん達が、古武士さんの話しにコソコソと隣と囁き声を交わす。うん、その話しなら自分も聞いたことがある。なんでも親父殿とお母様とカリ姐ぇさんが中心になって、こっちも傭兵を雇って退治したらしい。
「で、ある。お主らもいつ戦場に立つやも知れぬのである」
「それはおっかねぇだ」
「さっきの話しじゃ歩兵っち、いっとうスぬだべ?」
「んだ。おらスぬたくないべ」
「で、ある。それがしもお主らに死んで欲しくはないのである。であるから本日はそこらの訓練をするである」
「「「「おお~~」」」」
思わず自分も声を出していた。古武士さんは、これでなかなか動機付けが上手いんだよね。
「さて、ご子息殿、軽歩兵が戦場で死ぬ一番多い場面がなんであるか、判るであるか?」
「上方からの矢ですか?」
「それはラウンドシールド(円形の中型盾。いくつか種類があって、中心にむかって盛り上がっている丸みを帯びたものや、平らなもの、中心にお椀をかぶせたような盾心が備えられたものなどがある)でなんとか防ぐ事が出来るである」
「それじゃ、方陣同士の槍での衝突ですか?」
「それは意外に死傷率は低いのである。これも前列が構えるラウンドシールドの効果であろうな」
「う~ん」
ここで答えに詰まった自分に代わりヴァリが声を上げる。
「方陣だば、くんずれたぁ時でねぇだか?」
「いっずも、せんせがたに“方陣ばくずさばスぬ”と云われてるだぁ」
「で、あるな。軽歩兵の最大の武器は方陣による集団としての戦闘力である。この最大の武器である方陣が崩れ、軽歩兵が個人となった場合が最大の危機であるな」
「それなら方陣を崩さなきゃ良い訳ですよね」
「ご子息殿、それはそうであるが、もしそれが出来るならば戦場は軽歩兵だけでいいのである。方陣を組んだ軽歩兵の槍衾は非常に強力である」
「そうだっか? やっぱ騎士さぁがいっとうつえぇだべさ」
「うんにゃ、重ほへぇもつえぇだべ」
「よいか良く訓練された軽歩兵の槍衾の前には、騎兵と云えども易々とは近づけないである。また重装歩兵の横隊前進は強力であるが、軽歩兵の機動力の前には空振りに終わるのである」
「軽歩兵って強いんですね」
「で、あるよ。戦場の華は騎兵と思わるのであるが、戦力の中核は間違いなく軽歩兵なのである。だからどちらかの軽歩兵が崩れた時に戦場の帰趨が決まるのである。方陣を組んでの訓練は何度もやっているのである。だが、今云ったように軽歩兵の最大の危機は、方陣が崩れ個人となった場合なのである。今日はその方陣が崩れた時の闘い方について訓練するのである」
うん、どうやらこれは間違いなく戦闘戦術訓練の様ですね。
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