13.錯綜する思惑①
~エタンダント・グル・モートス伯爵からの視点~
なんだ? 突然夜中に副官に叩き起こされたわ。スピシエデフルドからグスワで緊急便が来たらしい。仕方なくまだ夜も明けてないこんな時間から隊舎に駆けつけたのだ。そして今封を開いたグスワの緊急便はビタ(ビタダント・グル・モートス、スピシエデフルド・サラ独立守備隊隊長、エタンダントの3男)からの至急報だった……。
豪華なセキア鎮守府の執務室、磨きこまれた黒檀の大きな机に座り、数枚のパピスの至急報に食入いる様に視線を落とす白髪の恰幅のいい中年の男。普段は穏やかな感じを与えるだろうその顔付きが、その書類を読み進めるに従ってどんどんと険しくなっていく。
なんだこの報告書は? ビタよ、前から馬鹿だとは判っていたが、お前ついに狂ったのか? スピシエデフルドに襲撃? しかも多数のサラッドが柵外へ逃走しただと? こんな事はスピシエデフルド開設1000年以来始めての大失態だぞ? なになに、襲撃者の人数は20人以上? 内部に共犯者の恐れあり? しかもそれが司府の府官の可能性が高いだと? ビタよ、お前は王国で内乱でも起こしたいのか? 逃げ出したサラッドは22頭、確保出来たのは8頭のみだと? 馬鹿者、言い訳を考える暇があるなら、逃げだしたサラッドをとっとと捕まえんか!
“バサッ”
思わずパピスの報告書を机の上に投げ出して、頭を抱え込む……。あああ、もう堪らんな。あの馬鹿が、一体わしがどれだけ苦労してお前を一番楽な出世コースに乗せてやったのか判っているのか? まさかそれがこんな事態を呼び寄せる事に成るとは……。しかもお前がこれほどまでに役立たずとは思わなんだ。だが去勢前のサラッドが盗まれたと成ると、これは確かに一大事だ。白虎騎士団の名誉に関わってくる。嫌々そんな簡単ではないぞ、下手するとビタは責任を取って死を賜る可能性がある。そして当然わしも引責辞任をせねばならん……。いや、それどころかモートス伯爵家の廃絶の可能性もあるな……。そうなったら、当然ラン(ランダント・グル・モートス、白虎騎士団、レハソチフ、エタンダントの長男)も終わりだ。わしはこのまま行っても、アシテキソチフがいい所だが、ランならいつかはテキソチフやセトソチフも夢ではない。いやそれどころかあれならば……。うん、ランの為にもモートス家の為にもこれは、なんとかせねば……。クソッ、バドラ(不運の女神)に呪いあれっ。
どっちにしろ、まずは攫われたサラッドの確保が最優先事項だな。よしセキア巡検隊を、スピシエデフルドに行かせるか。これ位ならばセキア鎮守府長のわしだけの独断で動かす事は可能だ。それにラン(ランダント・グル・モートス、白虎騎士団、レハソチフ、エタンダントの長男)が巡検隊長だから、ビタ(ビタダント・グル・モートス、スピシエデフルド・サラ独立守備隊隊長、エタンダントの3男)に代わって指揮も取れるし、秘密も守れるから好都合だ。おお、ラク(幸運の女神)よ、感謝します。
「おい、大至急セキア巡検隊長のレハソチフ、ランダント・グル・モートスを呼び出してくれ!」
器用にも立ったままの姿勢で半分居眠りしていた副官が、慌てて部屋を飛び出していった。ここからは時間との勝負だ。そして如何に情報をコントロールするかだ。ランが巡検隊長で、本当に助かったぞ。あとはスピシエデフルドの府官共だが……。机の上に投げ出した、ビタからのパピスの報告書の残りに目を通す。むむむ、司府の府官共の動きを止めたのか、それにまだ軍令本部には、報告を入れてないのだな。ビタよこれだけは褒めてやるぞ。これならまだ時間はあるな。よしっ、よしっ。
~ビタダント・グル・モートスからの視点~
父上からのグスワ便が届いた。こちらからグスワ便を出して、まだ2時間も経っていない。父上を夜中に起こしてしまったな。だがさすがグスワでの緊急便だ。動きが早くて助かった。しかしもう王都の鎮守府へ飛べるグスワは、2羽しか残っていない。まずいな……。いや、いや、それより父上からの手紙だ! そっちが大事だな。
おお、セキア巡検隊をこちらに回してくれるらしい、まずは全力で逃げたサラッドの捜索に当たれとのご命令だ。そして決して司府の府官を自由にさせるなとある。グスワも全て抑えろとあるな。おお、俺を褒めてくれている。やっぱり俺の判断は正しかった訳だな。あとは、軍令本部への報告の仕方が記してある。まずは火事の報告と、サラッドの逃走だけを知らせるのか、後は調査中と書けか……。なるほど、逃走したサラッドの探索強化の為に、最も近場に居るセキア巡検隊に応援を依頼したと……。さすが父上だ、グルアに報告書は書かせたが、これをそのまま軍令本部に提出して良いか迷っていた処だった。助かった……。
んん? なんだと! セキア巡検隊の隊長はラン兄(ランダント・グル・モートス、白虎騎士団、レハソチフ、エタンダントの長男)なのか? ラン兄が来たなら指揮を全て任せろだと? でもスピシエデフルド・サラ独立守備隊は、白虎騎士団の軍令本部直轄だからセキア巡検隊とは命令系統が違うんだ、後で問題にならないのか? でも父上が云うなら、それでいいのだろう。そもそも俺がグスワを飛ばすべき先は、父上の居るセキア鎮守府ではなく白虎騎士団軍令本部なんだからな。でも……。またラン兄には叱られるな、だけどこれできっとラン兄がなんとかしてくれる。うん、うん、いつだってラン兄は俺を庇ってくれるんだ。叱られるのは怖いけど。よかった、よかった。フォギネ(許しの女神)に恵みあれ。
~ダイタス・ギュント・ホルミアからの視点~
「大殿、大殿」
突然の声……、なんだ? ん? 寝室は真っ暗だな?
「ナルスでございます」
身元で聞こえた次の声で眠気が飛ぶ。この声は当家に仕えるコレクのナルスだ。こやつが呼ばれずに自ら姿を現す時は、尋常ならざる時だけだ。ナルスと判ると頭の中がスーッと醒めて行くのが判る。いつもの事だが暗闇の中で僅かな気配は感じるがナルスの姿は全く見えない。これはなんでも声を飛ばす遠話の術とか云う技らしい。
「どうした?」
「セキア鎮守府にグスワが入りました」
ベッドに横になったままなので声が少し上ずっているな、まぁ仕方あるまい。んんん、2~3度唾を飲み込む。ほうセキア鎮守府か、どうやら私邸以外にも目を付けていたのは正解であったようだの。
「この時間にグスワだと? してどこからのグスワだ?」
「足環の色からして、スピシエデフルド・サラからかと。書缶の色は赤」
「赤書缶がスピシエデフルド・サラから?」
予想と全然違う答えに思わず聞き返すが答えはない。こんな夜中にスピシエデフルド・サラからセキア鎮守府に赤書缶のグスワ便だと? 赤書缶といえば緊急便だが、確かに尋常ではないが全く理由が思いつかんな。スピシエデフルド・サラと緊急便と云う単語が全く繋がらない……。
「続いてエタンダント・グル・モートス伯爵が、鎮守府へ駆けつけた模様です」
「モートス伯爵が?」
「グスワはモートス伯爵宛の緊急便を運んだと思われます」
スピシエデフルド・サラから、鎮守府長殿への深夜の緊急便だと? 確かに尋常ならざる事態ではあるな。しかしなんだ? そもそもスピシエデフルド・サラとセキア鎮守府は直接的には関係ないはずだが……。判らんな。しかしこの動きは我らが探っている件とは、どうやら別件らしい感じはするな。
「スピシエデフルド・サラの府官から連絡は入ってないのか?」
「司府にはこれと云った連絡は入ってないようでございます」
「解った、引き続き鎮守府の監視を続けよ」
「承知」
気配がスッと消える。寝室の扉は当然微動もしない。いつもながら鮮やかだ。ベッドの枕元のラストンの遮光蓋を取る。するとパッーと白い光が寝室を満たす。当然広い寝室には誰の姿もない。スピシエデフルド・サラには司府直属のサラ管理局がある、鎮守府等よりもよっぽど関連は強い。それなのに……。
「誰かあるっ。マナリをこれに! それとなにか茶を持て」
「御意」
ベッドの上掛けを剥ぐと扉の外に控えているであろう、家人に令を下す。その返事と共に廊下からバタバタと云う足音が響く。もう完全に目が覚めた。仕方あるまいこうなったら行動開始だ。
~キニー・ノホク(黒鷹)・フェバオロからの視線~
危なかった。今しがた騎乗の騎兵が百人近く、俺達が来た方向に向かって駆けていった。叔父(鋭き鷹の目・スツー・ノホク(黒鷹))の警告がなければ、間違いなく見つかっていたな。父(黒きふたつの爪・タツー・ノホク(黒鷹))がサラッドの仔馬をブッシュの中に座らせてやり過ごす。騎兵のうち数人が、駆け去ったポーとニーとツーの後を追っていった。その傍らではブッシュの中でしゃがんだ格好の叔父が、じっと辺りの気配を探っている。
あの騎兵達は纏った鎧からみて白虎騎士団の騎士だろう。特に何かを捜索してる感じもしなかったし、スピシエデフルド・サラの方向へと速駆して行った。つまり俺達を探している訳じゃない。駆けて来た方向から見て王都セキトからの応援だろう。ポニ3頭と、このサラッドには脚に麻袋を付けて、足跡を残さない様にしている。簡単には追跡できないはずだ。それにまさか俺達が王都セキトの方向に逃げるとは考えないだろう。俺達は王都セキトの方向、つまりウラに向かっているから柵から脱出したサラッド達がサライラへと逃げたのは好都合だ。それに逃げ出したサラッドの中の3頭には、クュマ(大獣猫:ピューマ)の糞の入った袋を縄で首から吊り下げたから、体力のある限りは走り続けるはずだ、多分スピシエデフルド・サラの警備陣や今の連中の目は、当面の間そちらに奪われるはずだ。
このままある程度スピシエデフルド・サラから逃げおおせたなら、後は昼はブッシュの中に身を潜め移動は夜だけにする。時間は掛かるが多分セキニア全土で警戒度が上がるはずだから、より慎重に進むのは仕方ない事だ。逃走ルートは、王都セキトを掠めセキア州をウラに抜ける。そしてセキニア王国で最も人口の少ないリシュール州を通り、セキニア国外に出るルートだ。その後は、ひたすらノラ上してオズグムルツに入り、セキニア王国のノラを回り込んでエクスムア大草原へと戻るのだ。そしてこのサラッドの仔馬を、フェバオロのギルラ、賢き者・オルナ・クイラド(高い雲)に渡せば、それで全てはお終いだ。最大の関門はこれからの2~3日だろう。さっきの連中も含めて大捜索が行われるハズだ。もう少し距離を稼がないと行けない。多分当分は昼夜を違わず隠密行で進むしかないだろう。まずはなんとか王都セキトを躱してリシュール州へ脱出する事が肝心だ。
「もう居ない」
「行く」
「「コゥセ(了解)」」
小声で素早く会話を交わすとブッシュの中から出て、腰を屈めた姿勢のままで白く枯れた草が多い草原の中を進んでいく。
~ビタダント・グル・モートスからの視点~
ラン兄(ランダント・グル・モートス、白虎騎士団、レハソチフ、エタンダントの長男)に、さっきまでこっぴどく叱られた。まいったな……。でも逃亡サラッド発見の報が入ってきて、ラン兄は副官と共に飛び出して行った。ふぅ、2つの意味で助かったな。そうだサラッドさえ見つかれば、あとはなんとでもなる。なんなら襲撃者を皆殺しにして、事件そのものを握り潰す事だって可能なはずだ。
ラン兄が云う通りまずはサラッドを見つける事が大事だ。それと当面は秘密を守る事も重要だ。守備隊の連中は、自分の首が掛かっているから秘密を漏らす危険性は低い。それに当然だが全員が捜索に当っている。当分の間休みは一切無しだ。司府の府官共だって、決してサラッド盗難事件の関係者には成りたくないはずだ。さっききっちりとサラ管理局の局長に念を押して置いたから、あっちも大丈夫なハズだ。それにスピシエデフルド・サラの封鎖も続行中だしな。ああ、そうだ、そもそも20人の襲撃部隊がサラッドを連れて逃亡なんか出来るハズがないじゃないか、スピシエデフルド・サラの騎兵が100人にラン兄が連れてきた巡検隊の騎兵が100人ちょい、騎兵が200人以上いるんだ。サラッドも襲撃者もきっと見つかるに決まっている。それにラン兄が指揮してるんだ。うんうん、もう絶対大丈夫だ。ラク(幸運の女神)よ、皆に幸運を!
~ダイタス・ギュント・ホルミアからの視点~
あの一報後の鎮守府の動きは極めて慌ただしいものだった。まず鎮守府から、グスワがスピシエデフルド・サラに向かって放たれた。そして鎮守府のセキア巡検隊から多数の騎兵が、スピシエデフルド・サラへ向かったらしい。どう考えてもスピシエデフルド・サラで何かが起こったことは間違いない。だがその一方でスピシエデフルド・サラのサラ管理局の府官からは、一向になんらの連絡が来ない。ますます怪しい。こちらから動くか?
「マナリ、どう見るか?」
「通常の命令系統ではない動きをしておりますれば、尋常でないなにかが起こっていると思われます」
「うむ、命令系統が違うのはモートス伯爵家繋がりであろうな」
「御意」
「では例の件との関連はどうであるか?」
「可能性としては何事もあり得ますが……」
「しかしスピシエデフルド・サラであるからな……」
「御意」
うむ、さすがのマナリも歯切れが悪い様だな。まぁ、わしもスピシエデフルド・サラが例の件に繋がるとは思えんのだが……。しかしモートス伯爵家繋がりであるならば……。
「直に探るか?」
「今しばし……」
「そうか、相判った。夜分済まなかったの、もう下がって良いぞ」
「御意」
マナリが何時もの様に静かに右腕を胸に付け腰を折った礼の姿勢のまま部屋を下がる。やはり今動くのは愚策の愚か……。ここはまずは耳を立てて置く事が肝要なのか……。だがなにやら気になるのも事実だ。ナルスを呼ぶべきか……。机の上のロソニの茶を口に含む。冷たいっ。冷たいロソニの茶は、香りもなくただ苦いだけの不味い水と同じだ。
「茶を替えよ」
その苦味に思わず顔を顰める。うむ、間が悪い時とは得てしてこういうものだな。やはりここは静観するのが良かろう。ああ、確かに手を伸ばすのは後でも構わぬな。
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