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12.スピシエデフルド・サラ(王立馬種育場)襲撃②

 

 

~タツー・ノホク(黒鷹)・フェバオロからの視点~

 背後で火の手が次々と上がり始めた。スツーが手筈通りにやっている。では、こちらも始める。赤黒いレンガの壁に添って腰を屈めながら、音を殺して警備兵に近づく。3人で並んで歩いている警備兵の防具は、頭部だけを覆う兜に、上半身はハードレーザーアーマに胸部と背中を守る金属製のブレスト・アーマーを装備してる。下半身は腰から太腿を覆う様にスカート状の金属のアーマー。背中にラウンドシールド(円形の中型盾)を背負って、片手に槍、腰からロングソードを吊り下げる。予想通り平均的なロキルム(ロキアの人:非フェルム人)の軽装歩兵の装備。


 警備兵の注意は闇に浮かび上がる炎の方に完全に向いてる。なにやら3人で口々に話している。隙だらけだ。潜んでいたレンガの壁際から一気に離れ3人の警備兵の目前に駆け迫る。


「なんだっ!? お前は」

馬鹿めっ、声を出す前に槍を構えろ! 駆け寄った速度を槍に乗せ、その声を出した警備兵の喉元に槍を突き入れる。肉と軟骨を穂先が突き抜く手応が伝わってくる。グイッと槍を喉の中で捻る。肉が捻り裂ける鈍い粘る様な感覚。これでもう悲鳴も上げる事はできない。直ぐに肘を引き槍を戻す。喉から抜けたその穂先を追いかける様に、大きく開いた傷穴から鮮血が闇夜に噴上がる。一言も発する事なく噴上げた鮮血と共に膝から落ちるように倒れる。濃厚な血の香りが辺りに漂う。残りのふたりが慌てて槍先をこちらに向けて来る。遅いっ! 一歩踏み込ながら穂先を同じく喉元に突き入れるとグリっと捻りを入れる。その時最後に残った男がこちらに槍を突き出して来た。パッと槍から手を離し後ろに飛び退きながら、腰からナイフを抜く。地に足が着くと同時に地を蹴って、相手に向かう。鋭く突き出される穂先を身を屈めながら躱すと、屈めた膝を一気に突き上げ斜め前に飛び掛かる。伸ばした右手に持ったナイフの切っ先が仰け反る喉に迫る。妙に飛び出た喉仏の下に刃が吸い込まれて行く。切り裂かれた切り口から真っ赤な肉と白い脂が現れ、喉穴がパックリと口を開く。その喉穴からヒューヒューと云う声(?)が漏れ、同時に溢れ出した血が辺りに降り注ぐ様に撒き散らされる。大きく開かれた口からは悲鳴が出る事はなかった。未熟っ、穂先の内に入られたなら槍は無力なりっ。


 周りを見渡すが近寄って来る気配は感じない。自らの血の溜まりの中に斃れた3人の身体を調べる。ジャラジャラとした鍵の束を見つけると、馬舎の横開きの扉の取手に巻き付けられた太い鎖を止めていた、ごつい錠に鍵を差し込む。3本目の鍵で錠がガチャリと開く。横開きの扉を力任せに開くと、左右に延びる通路に列んで小さく仕切られた房が連なっている。その小さな房の中には首を上下にブルブルと忙しなく振る若駒が入れられている。その光景に思わず頬が緩む。ついにここまで来たのだ。






~キニー・ノホク(黒鷹)・フェバオロからの視点~

 予定の時間になっても、次の巡回の騎兵は姿を見せない。やはり柵内の騒動に回っているんだろう。もしここで巡回の騎兵が現れたら、俺が囮になって騎兵を誘導する事になっている。槍で一刺ししてから、後はただイラ(西)に向かって逃げるだけだ。逃げ切れるかは判らないが、その間に父達がサラ()を盗み出す事を願うだけだ。


“ホォォホォォォ”

その時スウル(草原梟)の鳴き声が、赤々と炎を上げる柵の内側から聞こえてきた。

“ホォホォォ”

“ホッボォォ”

俺も唇を窄め喉を震わせながら、スウル(草原梟)の鳴き声を放つ。直ぐに応えが戻って来る。これは間違いなく叔父、鋭き鷹の目・スツー・ノホク(黒鷹)の合図だ。すると直ぐに闇の中から、顔に黒い泥を塗った叔父の姿が現れる。叔父は裸の上半身と毛皮の腰巻きから伸びた脚にも泥を塗っている。完全に泥まみれだが、この雲夜ではこの泥こそ闇に紛れるのは凄く有効だ。だが良く観るとその泥の上に赤い血糊が混じっている。俺に向かって指を1本立てる叔父、そしてその指をゆっくりと首の前でスッと流す。ロキルム(ロキアの人:非フェルム人)ひとり倒したようだ。泥を塗った顔から白い歯が覗く。叔父が笑っている。父よりも寡黙で無表情な叔父が笑っている。どうやら全てが上手くいっているようだ。そしてその直後に倒れた柵の内側から、複数の激しい馬蹄の音が地響きをさせて来た。


“ブッハァ、フゥゥ”

“バザッ、ザッ、ザザッ”

“フシューー”

闇の中から、次々と栗毛や黒毛の明らかに興奮した若いサラッド(家馬)が、飛び出してくる。そして倒れた木の柵を跳び越えて行く。闇から現れた若いサラッド(家馬)のその数は軽く20頭を超えている。その狂ったサラッド(家馬)の群れはアッと云う間に闇の中に駆け去っていった。そしてその駆け去った一群の後ろから、全身を泥と血で化粧した様な父が姿を現した。その姿に思わず息を飲む。そしてその鬼気迫る姿の父の後ろから1頭の仔馬が現れた。その仔馬の首には草の縄が掛けられていて、父がその端を曳いている。


“ブルブルブル”

そのポニ(群馬)より2回り程小さいサラッド(家馬)の仔馬が首を軽く振る。


「「「ガダスシアプ。ギリール(神に感謝する)」」」

その仔馬の鼻声を合図にした様に3人の声が完全に一致する。父の血と泥がべったりと張り付いた顔からも白い歯が見える。叔父の歯も観えるし、きっと俺も同じなんじゃないか? 俺達はやったんだ。一瞬だが俺達は静かな最高の高揚感に包まれるのに身を任せた。


「ファルガ(一緒にイステハト(居住地)を成す家族)に戻る」

「「コゥセ(了解した)」」

父の声に我に帰る。そうだ、まだ道半ばなんだ。これからが本当の山場なんだ。直ちに俺達は、静かに月明かりのない真っ暗な雲夜の草原を、駆け去ったサラッド(家馬)の群れとは逆方向へと歩き出した。






ソチフ(士長:伍長) ライダ・ナフォルガからの視点~

 俺は白虎騎士団、スピシエデフルド・サラ独立守備隊所属のソチフ(士長:伍長)、ライダ・ナフォルガ。俺は軽歩兵なんで、ハードレーザーアーマの上に白のブレストアーマー(金属製胸当)を装備している。今日は屋内での務めなんで武器は腰のロングソードだけだ。そして今居るここは、スピシエデフルド・サラ独立守備隊の隊長室だ。外はまた真っ暗な雲夜に戻っている。さっきまで赤々と燃えていた炎もようやく収まったようだな。外は雲夜なんだが、この部屋の中は一晩中ラストン(光石)の柔らかい灯りで照らされている。たくっ正直眠いぜ……。


 そんで俺の脇で不機嫌そうな顔をして、立派な桐の机の前に座っているのが、スピシエデフルド・サラ独立守備隊の隊長様だ。隊長様は、当然騎士様だから、ご立派な白く輝くプレートアーマー(金属製全身鎧)を身に纏っている。だけどいつも思うんだけどよ、ありゃかなり重いだろうな……。正直ご苦労なこった。俺なら騎乗する時以外はあんな重い鎧はまっぴら御免だな。そう俺は今、独立守備隊の隊長様、アシハソチフ(百士長補:少佐)のビタダント・グル・モートス様と、ふたりっきりで隊長室にいるんだ。完全に空気が凍ってるよな。なんでこんな夜に隊長付きの連絡士になんかの当番が回って来るんだ。最悪だ……。


「まだ見つからんのか!」

「はっ、申し訳ありません。未だ発見の報告はありません、……が間もなく報告が来ると思われます」

おいおい、さっきから何度同じ問答を繰り返えすんだ? どっからも報告の兵士が来てない事は、あんたにだって判ってるだろう? この部屋には俺とあんたしか居ないんだからよ。おい、隊長様よ、あんた顔色がドス黒く成っているぜ。大丈夫か? まぁ、そりゃそうだな、ここスピシエデフルド・サラが出来て1000年、今まで一度も起こったことがない事が、今夜起きたんだからな。ああ、大変だよな隊長様よ……。まっ、グル・モートス家と云えば、セキニア15貴氏の伯爵様だ、まぁ大概な無理は通るよな。でもよ、それでもこれは、かなりまずいな。ちょっとだけ同情するよ。ちょっとだけな。


「グルア・ミンシャム入りますっ」

“バンッ”

隊長室の木製のドアが乱暴に開き、ひとりの騎兵が駆け込んできた。おいおい、隊長様の返事も待たずに入ってくるんかよ……。いやその白く輝くプレイトアーマからすると、騎兵じゃなくて騎士様か……。一般騎兵はあんな白く輝く、ご立派で重いプレートアマーじゃないからな。ああ、グルアね、No2のテソチフ(十士長:中尉)のグルア・ミンシャム騎士様か。おい、お前あんまりみんなの評判良くないぞ。直ぐ物事を決めつけるって噂だぞ。“拙速を兵は好む”とは云うけどよお前は“拙”過ぎるんだよ。


「モートス隊長殿、状況がほぼ見えて参りました」

「……」

隊長様は無言のままだな。これを続けて報告せよと云う意味と取ったのか、グルアが、一気に捲くしたてやがった。


「この火事は、間違いなく侵入者による付け火です。どうやら火元にラペ(菜の花)の種油を使った模様です。5カ所で火の手がほぼ同時に上がっています。そして同時に馬舎を襲った者達が、槍で3人の警備兵を倒しています。警備兵3人がほぼ同時に一瞬で知らせを叫ぶ事も無く倒されています。その後警備兵の持つ鍵で馬舎の扉を開け、馬舎に火を放った模様です」

「……」

「そしてこれです」

なんだ? 隊長の机の上に、茶色の乾いた小さな丸い土? が置かれたぞ。


「なんだ?」

そうそう、グルアさんよ、なんだよ、それ?

「クュマ(大獣猫:ピューマ)の糞です」

「クュマ(大獣猫:ピューマ)の糞だと?」

クュマ(大獣猫:ピューマ)の糞????


「はい。これが馬舎の周辺に撒かれていました。これで火に怯えて狂った様に馬舎を飛び出したサラッド(家馬)達を誘導したと思れます。更にはクュマ(大獣猫:ピューマ)の糞が牧場にも撒かれておりました。この糞によって誘導された、サラッド(家馬)達が倒れていた馬柵から外へ逃げたしたと思われます」

ここまで一気に報告すると一度息を整えて、グルアは隊長様の返事も待たずに再び報告を続ける。


「これは計画的なスピシエデフルド・サラ襲撃です。襲撃隊は、火付け隊、馬舎襲撃隊、馬柵破壊隊の3つの部隊が居たと思われます。馬舎襲撃隊はたぶん、警備兵が声を出す事も許されなかった状況から見て6人以上。火付け隊が5箇所で火災が同時に発生しているので、5人程度。馬柵破壊隊も外と内の馬柵を短時間で破壊しておりますので6人以上。司令部も含めると襲撃隊は全部で20人程度の集団だと思われます」

「20人? そんな多人数がまったく気づかれる事なく、このスピシエデフルド・サラにまで侵入したと云うのか? そんな事は不可能だっ!」

おお、俺も隊長様に一票だな。20人ってのはチト無理筋だろう。


「しかし5カ所同時での火付け、3人の警備兵の同時殺害、そして2重の馬柵を同時に倒した状況から見て、襲撃隊の人数の想定にはほぼ間違い無いと小官は自信を持っております」

グルアがそう云い切って口を閉じると、隊長室が再び沈黙に包まれちまった。まぁ、当然こんな場面では、俺はなんにも喋れないしな。隊長様が黙っちまえばもう後は沈黙しか無いよな。でもよぉ、グルアさんよ、お前がなんと云ってもだ、20人説はねぇなっ。


“ガンッ”

突然隊長様の白く輝くガントレット(籠手)が、立派な桐の机に叩きつけられた。おいおい、びっくりするじゃねぇか、それによ、それじゃガントレット(籠手)と机の両方に傷がつくって……。ガントレット(籠手)はあんたの私物かもしんないけどよ、その机は部隊の備品だろう? 物は大事にしないとな。


「そんな多人数による襲撃は、我ら独立守備隊は想定していない。いったい黒虎騎士団の州警備はどうなっているんだっ」

「はっ」

「俺は悪くないぞ。そんな多人数の賊の侵入を許した、黒虎騎士団の州警備こそが原因だ!」

えっ? そうなのか? じゃぁ、なんでスピシエデフルド・サラ独立守備隊は500人近い陣容なんだ。たかが20人に襲われるのは想定外なんか? そりゃ、隊長様の想定外なだけなんじゃないか?


「はっ。自分もそう思います。これは我らの職責を超えております」

「グルア、テソチフ(十士長:中尉)。直ちに報告書を作成せよっ。そうだ、これは我らの職責を超える事態なのだ!」

「はっ。了解致しました。直ちにその方向で報告書を作成致します。失礼致します」

うえっ、グルアもかよ~。おいおい、職責外って……、500対20でそんな言い草なのか……。スピシエデフルド・サラ独立守備隊500人の職責ってのは、精々こそ泥対応程度って事だったのか? グルアが隊長室から入ってきた時と同様の勢いで飛び出していった。グルアよぉ~、扉はもっと丁寧に閉じろよ。そーいう事を家で習わなかったのか? ああ、そうか、そんな程度のレベルの教育しか受けてないから、あんな事を云い出したって訳だな。納得したぜ……。


 おやおや、さっきまでドス黒かった隊長様の顔が、今度は赤くなって来ているな。ほう、どうやら逃げ道を見つけたって事らしいな。でもよ、これはかなりの悪手じゃないか? 俺に云わせれば屁理屈にも程があるって感じだけどな。それに、もともと去勢前の若駒は、中央の馬舎に置くってのが決まりだろ? それを最近は面倒だって生まれた馬舎でそのまま育てるってのは、間違いなく手抜きだよな。


 まぁ、でもこんな手抜きも、あんたの何代も前の隊長からずっとだからなぁ。確かに全部が全部あんたの責任じゃないよな。ってかよ、隊長様が1年置きに交代するってのも、どうかと思うんだけどな。最近じゃ、スピシエデフルド・サラ独立守備隊の隊長職ってのは、ほとんど連隊長か百士隊長昇進前の箔付けになってるんだよな。まぁ、はぐれフェルム討伐やら盗賊・森賊・謎の傭兵団の討伐とか、野獣・魔獣討伐なんかに比べれば、ここってのは絶対安全確実だからな……。そんな事なんで貴族や貴民やらの糞ガキ騎士様が、毎年ここに来んだよな。スピシエデフルド・サラ独立守備隊の隊長就任で1階級昇進して、無事1年努めると、また1階級昇進して移動ってか。確かに美味しい職場だよな。これじゃ警備がダラダラになるのも当たり前だよな。まぁ、単なるソチフ(士長:伍長)の俺には関係ねぇけどね。ん? なんだ隊長様、顔を顰めながらぶつぶつと呟いているな。おっ、どうした? なんか閃いたのか?


「ナフォルガ、ソチフ(士長:伍長)!」

「はっ」

んん? 俺か? なんだ、なんだ?


「直ちにスピシエデフルド・サラを封鎖しろ。何人足りとも出入り禁止だ! そう部隊へ伝えろ!」

「封鎖でありますか?」

「そうだ、20人以上の侵入者だぞ、これは内部に共犯者のいる可能性が大いにある」

「はぁ? 共犯ですか?」

むむむ~~、一体どこからそんな発想が? それに何度も云うけど20人説はねぇってよ。


「そうだ! その可能性は高い! でなければこうも安々と独立守備隊が出し抜かれるハズがないのだっ!」

「封鎖ですと、司府の府官(役人)はどう致しますか? 府官(役人)も出入り禁止に致しますか?」

「当たり前だ! 奴らこそが一番怪しい! 一歩たりともスピシエデフルドから出すことは許さん! 直ちに部隊へ伝えろ! これは緊急事態なのだ。直ちに実行せよっ」

「はっ。隊長殿、了解致しました」

俺も、グルア同様に乱暴に扉を閉めながら隊長室を飛び出た。おいおい、本当にいいのかよ? 司府の府官(役人)は、俺達とは命令系統が違うだろ? それを俺たち白虎騎士団が押さえつけて大丈夫なんか? あとで揉めないのかよ? 頼むから、俺を変な事に巻き込むなよ~~。





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