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9.潜入行

 

 

~キニー・ノホク(黒鷹)・フェバオロからの視点~

ひそめ」

叔父の“鋭き鷹の目・スツー・ノホク(黒鷹)・フェバオロ”の鋭い声が飛ぶ。俺にはまったく判らないが、叔父はなにかの気配を感じたのだろう。俺は叔父の声と同時に一切躊躇せずにニーの背から飛降りると、腰の高さ程の草叢(くさむら)の中に身を潜め静かに周囲の様子を伺う。父と叔父も同じように草叢(くさむら)の中に身を潜めている。やはり俺には特に異変は感じられ無い。だけどそのままジッとしていると、暫くして左前方にあるなだらかな丘の稜線の向こうから、巨大なサラ()に騎乗した騎士達の姿が現れて来た。なぜ叔父は丘の稜線の向こう側に居た騎士を悟れたのだろう? いつも不思議に感じるが、そこは“鋭き鷹の目”の姿名が伊達ではないと云う事か……。父に云わせると叔父は全能の目プロビデの祝福を受けているらしい。


 丘の稜線を超えて姿を現した騎士の数は全部で3騎、そしてその騎乗するサラ()がどうにも大きい。たぶんあれはサラニム(戦馬)だ。そして騎士達は、その全身に鈍く輝く金属の鎧を身に着けている。あれが話しに聞いたプレイトアーマー(金属製全身鎧)なのか? 初めた見た。


 プレイトアーマー(金属製全身鎧)……、全身を、そう頭のてっぺんから足の先までを、大小様々な板状の金属の鎧で覆っている。その金属の板同士はリベットで接合されているみたいだ。確かにあれならば相当に防護効果は高いだろう。しかし身体の可動部までもが金属板で保護されている。どうやら大きく広く動く肘や膝の関節や腰の部分などは、動き易いように空きがあり、そこをチェイン・メイル等で保護する工夫をしているようだが、全体の重さも相まって、あれではどうしたって素早く動くなんて事は不可能だ。もしあの騎士と地上で相対するなら全く恐れるものはない。あれなら、ただの動きの鈍いちょっと硬い木偶の坊に過ぎない。


 だがあれを騎乗の敵とするならば話は違ってくる。唯の硬い木偶の坊が恐るべき敵に一変するだろう。その機動力は、鞍の下に居る逞しいサラバム(戦馬)によって保証されている。あの巨大なサラバム(戦馬)なら、あれほどの重さを持つ騎士を背にしても軽々と駆けるだろう。高い機動力と高い防護力、それにサラバム(戦馬)が与えられている騎士ならば、戦技も低いはずがない。その堂々たる騎士の姿に俺が握っている竹の槍が、一瞬か細く感じられた。あれは手強い。


“チチチチ”

父の口から小さな鋭い音が響く。すると傍らに立ち止まっていたポーとニー、それに叔父のポニ(群馬)のツーがタタタッと軽く駆けだす。3頭のポニ(群馬)が、まるで戯れるように草原の中を走っていく。当然ポーとニーとツーの3頭には一切の荷持や装具はついていない。完全な裸馬の状態だ。


 そうポニ(群馬)とは、その名の通り群れる馬だ。普通は数十頭単位で群れを作ってこの草原を駆け巡っている。だが雄のポニが、そんな大きな群れを離れ数頭で草原を彷徨う事もよく見る姿だ。3騎の騎士の内のひとりが、その駆けるポーとニーとツーを指さして、なにか笑い声を上げている。騎士達の注意は完全にニー達に向けられ、その様子には全く警戒感は感じられない。そしてその3騎は、速歩(はやあし:時速13キロ)で丘の中腹を駆け下ると、俺達の前方を重い馬蹄の音と鎧が奏でるガチャガチャと云う音を響かせながら横切り、右の丘の向こう側へとその姿を消していった。


 騎士達の姿が消えて暫くすると、ポーとニーとツーがこちらへと戻ってきた。充分に周囲へ注意を払っていた叔父のスツー・ノホク(黒鷹)が無言で頷く。その叔父の様子を見てから、再びニーの背中に乗る。そして再び父と叔父、そして俺の3人は果てなく広がる草原をウラ(西)へと進んでいった。






 あの夜、フェバオロのギルラ(信頼される者=族長)賢き者・オルナ・クイラド(高い雲)・フェバオロが父に頼んだこと。それはなんと馬泥棒の依頼だった! 馬泥棒はフェバオロでもあっても、カナハオロであっても、そしてロキルム(ロキアの民と云う意味:非フェルム人)でさえも重罪としている。更にそれは非常に不名誉な犯罪だ。だが信じられない事に父はこの不名誉な依頼事を承諾したのだ。


 しかし俺にも父がこの不名誉な依頼事を承諾した理由に、頷ける点がいつくかある事も事実だった。まずは盗む馬が、ロキシア王国でのみ育種されているサラッド(家馬)か、サラバム(戦馬)の去勢する前の若駒である事だ。つまりこれは馬泥棒と云うよりは、セキニア王国の国家機密を盗む事なのだ。これに成功すれば、フェルキア族長国が受ける軍事的、経済的利益は計り知れない。そう多分間違いなくフェバオロの族長会議への復帰が認められるだろう。それどころが、もしその秘密を独占できたならば、フェルキア族長国におけるフェバオロの立場は、メリ(とても)大きく強化されるだろう。そうだ間違いなく、オルナ・クイラド(高い雲)の狙いはこれだ。だけど父はこんな理由には多分興味がない。それは間違いない……。


 セキニア王国が、サラッド(家馬)の育種に成功して約900年、その秘密は一度も暴かれた事はないと云う。セキニア王国が交出(輸出)するサラッド(家馬)サラバム(戦馬)サラセト(聖馬)は去勢した雄のみだから、セキニア王国以外では一切仔馬は生まれない。つまりサラッド(家馬)サラバム(戦馬)サラセト(聖馬)が新たに欲しければ、セキニア王国から交入(輸入)するしか手はない訳だ。当然、いろいろな国、団体、組織、個人がその秘密、つまり“種”や母体を狙った。だが900年間その種と母体は完全に守られて来ている。


 そしてフェルキア族長会議(=フェルム8氏族会議)もまた同じ事を考えたのだ。オルナ・クイラド(高い雲)の話しによれば、彼らは自身の持つ最強戦力である“白蛇の槍”へその命令を下したらしい。だがその命を受けた“白蛇の槍”の当代の槍長が下した結論は“命令は実施不可能”だった。“白蛇の槍”の分析では一定戦力の投入による組織的攻撃での略奪ならば可能であるが、それはセキニア王国との正面戦争と成り、命令の主旨に背くと云う判断だったらしい。その一番の判断の理由は、目的地のセキニア・スピシエデフルド・サラ(王立馬種育場)が、セキニア王国の中央に位置するセキア州に有る事だった。つまり国境からスピシエデフルド・サラ(王立馬種育場)までは最短距離でも6ネク(1ネク=50K:1日に歩ける距離:つまり300K)はあり、潜入距離があまりに膨大な為完全に秘密裏に潜入するなら2~3人が限度になってしまい、その人数ではスピシエデフルド・サラ(王立馬種育場)を襲撃するには戦力不足であると云う訳だ。スピシエデフルド・サラ(王立馬種育場)には、スピシエデフルド・サラ独立守備隊が護りについている。そのスピシエデフルド・サラ独立守備隊は300人規模のほぼ百士隊に匹敵する戦力だ。まぁ、普通2~3人で襲撃できるとは誰も思わない。


 そうだ、このオルナ・クイラド(高い雲)が話してくれた、“白蛇の槍”の判断が父を動かしたのだ。族長会議への復帰、正族復帰、フェバオロ氏族の立場、そんな事は一切関係ない。“白蛇の槍”が実施不可能と判断した事、更には900年間誰にも成し遂げられなかった事、そんな困難な事を自分が成し遂げる。それだけが父にとっての名誉なのだ。そんな訳で今、父と叔父、俺の3人は、オズグムルツ(昏き闇の大森林)傍のイステハト(居住地)からウラ(西)ウラ(西)へと進み、セキニア王国領内のザッハニー公爵領に潜入し、漸くザッハニー公爵領を抜けてトファルナ州をウラ(西)へと進んでいた。




 先ほどの3騎の騎士をやり過ごしてから、ウラ(西)へ3時間は進んだ頃、父が右手を上げ、ポーの歩みを止める。

「ここ、国境からウラ(西)に7ネク(7ネク=350K)」

「あと5クク(5クク=25K、1クク=5K:地平線までの距離)、ウラ(西)にセラ周道」

「コゥセ(了解だ)、ここ泊まる」

まずは叔父が現在地を確定する。次に俺が地図を思い出しながらこの先の地形の説明をする。そして最後に父が決定を下す。これがいつもの流れだ。父がポーの背から音もなく降り、草原の遥か彼方に落ちる大きくて真っ赤な夕日を見ながら野営を宣言した。




 今日はここで野営だ。何者かとの偶然の遭遇を恐れて俺達は夜の移動はしていない。そこで野営が決まると、まず空が燃え上がるような夕焼けの残照のなか、フェバオロのギルラ(族長)、賢き者・オルナ・クイラド(高い雲)から渡された、セキニア王国の地図を見ながら状況の確認をする。そう俺達はセキア州をグルッと取り囲んだセラ周道まであと5クク(25K)と云う所まで来た。そのセラ周道を超えれば、そこはもうセキニア王国の中心部と云ってもいい。地図を広げ指さしながら現在位置を父と叔父に説明する。もし俺に何かあっても作戦を続行出来るように、これは毎日行っている事だ。そしてその後は野営の見張りの順番を決める。


 3人で侵入したオズグムルツ(昏き闇の大森林)付近のセキニア国境から、目的地のセキニア・スピシエデフルド・サラ(王立馬種育場)までの距離は、約12ネク(12ネク=600K)だ。さっきの叔父の言葉では、ここはオズグムルツ(昏き闇の大森林)付近の国境から7ネク(7ネク=350K)だ。つまりここはスピシエデフルド・サラ(王立馬種育場)まで、あとほぼ半分と少しと云った所な訳だ。つまりこの速度で進むならば、あと8日もあれば目的地に到達できるはずなのだ。順調だ……。


 ああ、確かにここまでは考えられない程順調だった。でもサラッド(家馬)に騎乗した騎士と遭遇する回数が、ウラ(西)へ進むほど増えてきている。セキニア王国に潜入して既に9日、最初の遭遇は潜入後2日目だった。そして翌日にも遭遇し、4日目からは、1日に2度は遭遇している。まさかこれほどの警備だとは正直思わなかった。だから俺達は慎重過ぎるくらい慎重に進んでいる。ポニ(群馬)に乗っているのに1日に7ククちょい(7クク=35K)位しか進めていない。そしてついに今日出会った騎士は、サラニム(戦馬)に乗り、プレイトアーマーを着ていた。つまり今まで遭遇した連中は自警団で、さっきのあれは有名な“黒虎騎士団”の騎士なんだろう。そうだ、いよいよこれからが正念場なんだ。


 野営では光りや煙が出るから火は使えない。分厚いグズリ(灰色熊)の毛皮で身体を包み、途中で仕留めたスラビ(草原兎)の干し肉をゆっくりと齧る。岩塩と香草の粉を擦り込んで乾燥させた干し肉だ。ただまだ半乾きだから決して美味くはないが、腹の足しにはなる。それに干した野生のロガラス(長米)が一握り、これで夕飯はお終いだ。俺達はほとんど荷持を持っていない。特に嵩張る食料を持って来ていない。大きな荷物は動きを鈍くさせ、姿形を大きく見せ発見される危険性を高めるからだ。荷物と云えば、武器として槍、ナイフ、スリング(投石紐)、そして背中に小さな荷物袋、あとは腰に小袋1つと水袋を2つ吊り下げている位だ。当然食料は現地調達、そして水も秋雨のこの時期困ることはない。フェバオロは草原の民だ、この季節なら草原からなんでも入手できる。こんな生活は移動の旅では毎度の事、慣れたものだ。




 当初父はこの依頼を自分ひとりで行うつもりだった。あの日オルナ・クイラド(高い雲)が帰った後、ティピー(野営用天幕)にファルガ(一緒にイステハト(居住地)を成す家族)の男達を集め父は、ひとりでセキニアに行くと宣言した。元々寡黙な者の多いフェバオロの男達も、この時ばかりはさすがにその全員が反対意見を口々に叫んでいた。確かに父は最強の戦士だ。だが父は文字や地図が読めない。広い範囲で気配を読むのも得意とは云えない。それにひとりじゃ、夜に野営している時の見張りだってできやしない。フェルムのシィオ(英雄)だって眠なずに何日も行動する事はできないのだ。夜を徹して父を説得した結果、なんとか父に2人の戦士が同行する事を納得させる事が出来た。


 その同行者として選ばれたのが、まずは広い範囲で気配を読める、叔父の“鋭き鷹の目・スツー・ノホク(黒鷹)・フェバオロ”。そしてこのファルガ(一緒にイステハト(居住地)を成す家族)で唯一文字を読むことができる俺、“白き牙・キニー・ノホク(黒鷹)・フェバオロ”だ。このメンバが決まると早速父は俺達に今回の策の内容を説明してくれた。その父の策は単純明快そのものだった。秘密裏に潜入し牧場で騒動を起こす。その騒動の隙にサラッド(家馬)サラセト(聖馬)の雄の仔馬を盗む。あとはただただ逃げる。ああ、単純だからこそ成功の確立も高い作戦だ。ただし実行は綿密かつ慎重に行う必要がある。


 まずは目的地まで見つからずに潜入する事が最初の関門だ。目的地のセキニア・スピシエデフルド・サラ(王立馬種育場)は、セキニア王国の最も深部、セキア州の王都セキト付近にある。そこに至るまでには警備の目、住民や旅人の目、その他様々な目が存在するだろう。だが叔父の“鋭き鷹の目・スツー・ノホク(黒鷹)がいれば、相手に発見される前に相手を察知し、隠れながら進む事が可能なはずだ。そして俺達は草原の民フェバオロだ、草の中で生きる事が出来る俺達ならば、なんとかなる!


「時よし、人よし、計もよし」

父がイステハト(居住地)から出発する時、抜けるような秋の空を見上げて呟いていた。そうだこの季節に、この選ばれたフェバオロの戦士で、この策だからこそ、成功の可能性は大きい。いやっ、フェルムのシィオ(英雄)の父がやるんだ、必ず成功する。






 あの始めてプレイトアーマー(金属製全身鎧)の騎士を見た日から6日後、俺達3人は更に注意深く草原を進んでいた。先頭を行く叔父が愛用の槍を軽く振って、ツーの背を降りる。直ぐに父がポーから、俺がニーの背中から降りて叔父に近寄る。


「クュマ(大獣猫:ピューマ)」

「コゥセ(了解だ)、サラ()回る」

叔父が指さした場所の草が少し押しつぶされて窪んでいる。そこにクュマ(大獣猫:ピューマ)が潜んでいたのだ。そしてその窪みから漂う僅かな残り香から、まだクュマ(大獣猫:ピューマ)が近くに居ることは確実だ。だがこんな僅かな痕跡を馬上から察知するとは正直驚きだ。すでにセキニア王国の中心地域であるセキア州に侵入していたが、やはり草原はまだまだ危険な地域なのだ。叔父がなにやら辺りを慎重に探っている。そうだロキルム(ロキアの人:非フェルム人)以外にも敵は潜んでいる事を忘れてはいかん。


「あと距離は?」

ノラウラウラ(西北西)に、8クク(8クク=40K)」

「……、あと歩く」

油断なく辺りに注意を払いながら父が決断する。そうここ数日は、巡回する騎士との遭遇が1日に4回になってきている。それにいくつかの集落もあり、どこから見られているか判らない状態だ。そんな俺と父の会話を他所に、叔父は少し離れた所で屈んでなにかを拾っているみたいだ。食料かなにかだろうか?


「「コゥセ(了解です)」」

俺と叔父が揃って返事を返す。さすが鋭き鷹の目だ、耳も飛びきりみたいだな。あれだけ離れていても父の言葉は聞こえているらしい。


 ポニ(群馬)に乗る3人組など珍しくもないと思うが、オルナ・クイラド(高い雲)から貰った資料によると、セキニアのロキルム(ロキアの民:非フェルム人)は、ほとんどが王道や州道、支道を使うらしく、草原の中を移動する姿は想像以上に人目を惹くらしい。かといってさすがに、俺達がそんな道を進むのは無理な相談だ。それでもここまではなんとか騎馬でやった来た。だがそうだ、ついに父がここで騎馬を諦めたのだ。つまりいよいよ危険度が増した云う訳だ。だが同時にいよいよ目的地にも近づいた証拠でもある。





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