7.ナイアス・ヴェルウントの憂鬱①
~ナイアス・ヴェルウントからの視点~
今日、アズナルからグスワ便(鴉を若干小さくした位のグスワを使った伝書燕、10枚程度の紙を輸送可能で平均移動時速90K程度、右脚の足環が発信元を示し、左脚の足環が到着先を示す)が王都から届いた……。その内容はほんとに驚くべきものだった。それと云うのは数年前に噂が出たが、その後立ち消えとなったキトア郡への王税特猶の期間短縮の話が、またぞろ復活してきたらしいとの事だった。
そもそも前回のキトア郡への王税特猶の期間短縮が立ち消えとなったのは、別の郡部で王税特猶の期間短縮を実施したところ、収穫量が一気に減った事と、その後王府の護民府から、司府の税部への横槍があったからだそうだ。その王府の護民府の動きは俺や他地区のディミリタが送ったキトア郡の王税特猶の期間短縮に反対した騎士建白書が効いたのか、キトア郡の民が送った多量の具案申告が効いたのかは定かでないが、確かに前回の話は完全に立ち消えとなったのだ。
それで完全に安心していた訳じゃないが、普通一度立ち消えとなった施策という奴はそう簡単には再提案はされないものだ。なぜなら再提案という奴は、組織間の名誉の問題に繋がる恐れが出てくるからだ。ある施策がある組織から提案され、別の組織がある理由でその提案に反対する。結果その提案はどこかで立ち消えたしよう。それならばその提案には立ち消えるであろう正当な理由があったと理解されるのだ。そしてそれはよくある話であり、なんらの問題とはならない。提案した個人の成績にちょっと影響する程度の話しだろう。だがもしその施策が再提案されるとなると話しがちょっと違ってくるのだ。それはその施策が立ち消えた理由が正当ではないと云う事を、その提案組織が公式に表明したと捉えられる。つまりその施策に反対した組織に対する、あからさまな挑戦と受け止められる訳だ。そうなるとこれは単なる1施策に対する賛否の争いを超えた、組織対組織の面子を掛けた争いに発展する事になる。長い王国の歴史の中で司府が、王府に対しそんな事をした例はほとんど無い。だから俺は、正直この問題についてちょっと気を緩めいてた……。
だがアズナルからのグスワ便によると、今回の提案は、前回の焼き直しでは無いらしい。そうそれは、王税特猶の期間短縮提案ではなく、高収穫地域への奉納公平化提案だったのだ。司府の税部は、今回王府の護民府があからさまには反対しずらい、“奉納の公平化”を理由にしてきたのだ。だがその提案内容の目的と効果はおんなじだ……。
司府の税部の今回の提案によるならば、エリシュギタスの儀式でのキトア郡キグトア地区の単位面積当たりの平均収穫量は、他の郡部・地区の2倍近くになる。これは非常な高収穫地域である。したがって、他の郡部・地区との奉納の公平化の観点から観るならば、特別な措置が必要と云うものだった。そこにはキトア郡が、現在王税特猶地域である事など、一切触れられておらず、ただただキトア郡キグトア地区が高収穫地である事と、創始王の言葉を使い奉納の公平化が肝心である事が謳われているのだった。
正直これは予想外な展開だ。さすが司府の税部、王国きってのエリート達が集まる部署だけの事はある。できればその才能は別の方向に向けて欲しがったぜ……。これでは前回と同じ対抗措置を採る事は出来ないだろう。例えば俺が提案に反対の騎士建白書を送っても、他のガディミリタは動かないだろう。それにキトア郡キグトア地区の民から具案申告を送る事も、逆効果になるかも知れない。つまり王府の護民府から見れば、それは自分達可愛さの自分よがりな行動と映る恐れが大きい……。しかしまさかキグトア地区の好調な農産を逆手に取ってくるとはな……、糞っ、これは、マジやられたっ! でもキグトア地区だけから奉納を多く取ったからと云って一体なんの得になるんだ……。だが、これはただ黙って見てる訳にはいかん。どうやら前回とは違う方法を使う必要があるな。
アズナルからのグスワ便を受け取った翌日の早朝に俺はサラキトアを飛び出していた。そして俺は今、州都リシュトの町中を通っているリシュール王道をサラッドの背の上で揺られながらゆっくりと進んでいる。今進んでいる州都リシュトの街中のリシュール王道は、大きめな馬車が数台すれ違っても充分に余裕な40メル(m)位の広さがある。そんな広い王道のほぼ真ん中を、ゆったりサラッドを進めながら、州都の中心のちょい高台になってる処にあるリシュト城に向っていた。
州都リシュトは、王国のノラウラにあり後背には他国が存在しない。更にオズグムルツからも遥かに遠いから、王国にとって最も安全な地域と云える。だからもしも王国に存亡の危機が迫った場合の、最後の砦として位置付けられた城塞が造られたのだ。その城塞を中心として造られた閉鎖都市がこの州都リシュトだ。そんな事情もあり特にこれと云った産業もない事から、長らくかなり寂しい州都だった。それが今では人口約6万人、辺境域の開墾と海の都リシュイー市と繋がる道も出来た事で、近年では王国でも急発展している都市のひとつだ。確かに俺の目から見ても活気溢れる都会に観える。ただしそれでも4つの州都の中で唯一の閉鎖型の都市なので、その為に今でも州都の中で人口は最も少ない。
リシュール王道の両脇にある民家は、キトア郡の集落に在るソレとは違い、レンガ作りの四階建て五階建ての建物が多い。キトア郡の集落では、民家のほとんどは二階建てで、あってもせいぜいが三階建てだ。サラキトアでは、この前やっと四階建ての家が初めて建った位だ。そんな四階建て五階建ての建物の多くは、一階部分が様々な店舗になっていて、二階以上の部分が居住空間になっている様だ。リシュトの様な閉鎖型の都市ではどこでも住居不足だから、どうしても背の高い建物が増えていくもんだ。例えば王都のセキトセラザバ区なんかでは、だいたいが八階建て以上の建物ばっかりだ。閉鎖型都市でも元々人口が少なかったリシュトでは三階建てが多かったが、ここ近年の人口増加に伴って、やはり背の高い建物が増えてきてるんだな、だから背の高い建物の多くがそこそこ新しい感じがするし、あちこちで建築が盛んに進んでいる。
そんな広いリシュール王道は、せわしなく行き交う者々(ひとびと)や、荷物を引く大八車や数頭立ての幌馬車や箱馬車やらで大賑わいだ。この道がここまで広いのは街の中心のリシュト城へ素早く騎兵や兵団を入れる為に作られたと聞いている。だがそれが今では州都内の交通の便が良いと云う州都発展の1原因になっているらしい。普通の城塞都市だと都市内に馬車で入るのには結構手間が掛かるものだし、都市内では行き交う者等で必ず道路では馬車渋滞が起きるものだ。それがリシュトでは全くない、確かにこれは便利なんだろうな。
王道の脇に並ぶいろいろな店先には、いい身なりをした女達が侍女や従士を伴い艶やかな笑顔を振りまいている。ああいうのは貴民や裕福な商民の婦女子なんだろうな。そしてそんな中には、俺にちらちらと視線を向ける若い娘もいる。まぁ、単騎で騎乗してる騎士ってのも珍しいのだろうな。黒虎騎士団の駐屯地は、州都リシュトの外にあるし、確か黒虎騎士団では普段騎乗での州都への乗り入れは禁止だったハズだ。貴民なんかが増えた結果、州都の住民へのいろいろな配慮が必要となったって訳らしい。面倒な話しだな。まぁ、その点ガディミリタは護民府の所管だから、どんな所にも騎乗のままで行ける。まぁ、これも護民官の役得のひとつだな。
おっ、今俺を見てるあの淡青の薄衣を纏った娘、あの娘はなかなかだな。いやいや俺にはリリュがいるから……。でもあの娘は、ちょいリリュとは感じが違ういい女だ、やはりサラキトアなんかとは違って、いい見目の女が多いな。そりゃサラキトアの娘達も素朴で可愛いが、やはり見目とか色気からすると都会の女が一歩……。いや、いや俺は何を考えているんだ……。
そんな色々と混沌とした道路上を今度は子供達が歓声をあげ疾走り抜けて行く。こんな風景を見てると、いつもながら賑やかなもんだなと思える。ああ、こんな風景を見てる限りじゃ、王国の危機とか、そんなものは一切感じ取れない。だが、アズナルはいつも云ってた、王国は土台が腐り始めている。見た目はいいが、中身はもうボロボロになり始めている。ここでなんとしないと行けないと……。俺はそんなアズナルの話しを最初は鼻で笑っていたが、ガディミリタとなりいろいろ実態が見え始め、そしてアズナルから送られてくる書類を読むうちに、確かに王国がヤバイ事になってる事を認識し始めた。例えば、このリシュール王道のあちこちに立て札があるが、あれは多分全ていろいろな郡部・地区からの、入植者募集の立て札だろう。あんなに立て札を立なきゃいかん位に、地方の集落では農民が減っているんだ。そして決定打だったのが、あの司府の税部・主計局が作成した資料だった。あれを見てから、なんとかしないとと云う焦燥感を感じる様になった。そんな時にギルが、色々と不思議な事を始めてキグトア地区では状況が改善されつつあるんだ。今ここでその芽を摘まれる訳にいかない……。そうだ、だからこそ俺は今日リシェト城に向かっているんだ。
ふと気がつくと、サラッドの歩みが止まっていた。俺の目の前には見上げるような黒い壁……。そう、此処こそが今日の目的地、州都リシュトの中心部にあるリシェト城だ。今俺の前には、高さ10メル(m)は軽く超える石造りの城壁が、重々しく聳えたっている。その城壁の石材の色は、かなりドス黒く一部は苔生していて、正に歴史を感じさせる趣の城壁だ。この城壁の石材は多分セキア石のはずだから、本来はもっと白っぽい色のハズなんだが、それが長年の風雨の汚れでここまで黒くなったんだろう。確かこのリシェト城は、築城されてからほぼ300年程は経っているはずだ。そしてその黒く聳え立つ城壁の周りには、幅10メル(m)、深さ5メル(m)はあろうかと云う深く幅広な空堀が掘られている。また城壁の所々から城壁の頂きから更に上に向って5メル(m)はあろうかと云う物見の櫓が、天に向って突き出ている。そう、この城こそは、本物の城塞、王国最後の砦、セキニアの堅城として築城された城なんだ。だがその黒き城壁の表面には目立った損傷跡は全く見当たらない。つまり幸いな事にリシェト城は築城以来、未だ唯の一度も攻城戦を経験した事はないのだ。一部の口さがない者から、無用の堅城とも揶揄されるリシェト城。俺はそのリシェト城の黒く聳える城壁にあるアーチ型に大きく口を開けた城門、そこから伸びる空堀に架かった吊り橋の前に到着したのだ。
その開いた城門から伸びた吊り橋の前には、4人の黒っぽいブレスト・アーマー(胸部を守る金属製の鎧)と肩当てや籠手で身を包み、長槍を片手に持った門番が立っていた。その4人のブレスト・アーマー(胸部を守る金属製の鎧)は、一応揃いのものだが、肩当てや籠手はてんでバラバラで揃っていない。多分ブレスト・アーマー(胸部を守る金属製の鎧)以外は私物なんだろう。そう、こいつらは無縛民でドメンスルに雇われたリシュト城の警備兵達だ。俺に云わせれば、警備兵なんかは黒虎騎士団から兵士を回させるのが、無縛民を雇うよりよっぽどいいと思うのだが、ドメンスルの多くは司府の出身者であり、彼ら府官の多くは仲間であるハズの軍府や軍官を全く信用していないのだ。まぁ、こっちも奴らを一切信用しないので、お互い様だがな……。
だがどうも今日の門番連中の雰囲気が、今までの門番連中とは少し違う気がする。その所作や、浅黒く引き締まった顔つきなんかが確かに違う。そうか、ちょっと前リシュト城に盗賊が入ったとか聞いたな。だから警備陣を入れ変えたのか? 確かに以前の連中は、少し……、かなり……、……だったからな。だから黒虎騎士団に任せればいいんだ。どう考えても金で雇った無縛民連中よりは、信用できるし有能だと俺は思うんだがな……。
「誰か?」
「ガディミリタのナイアス・ヴェルウントだ。入城するぞ」
「ガディミリタのナイアス・ヴェルウント様ですね。しばしお待ちを……」
俺はそういいながら、腰から紐でぶら下げた木製の銘札を見せる。すると門番のひとりが、腰に下げた小さな布袋から青い光りを放つラストンを取り出す。毎度毎度面倒な事だが、警備上この手続きは必至だ。まぁ、確かに毎回の事なんで面倒ではあるが、かと云って馴れ合いになるよりはマシだ。
俺はレザーアーマの襟口に指を刺し入れると、グイっと襟を開いてみせる。その襟の所に門番が青く光るラストンを翳すと、俺の首の付け根部分の肌の上に、うっすらと文字と数字が浮かび上がる。命番顕現だ。この肌に浮き出た命番と銘札の命番を突き合わせれば、その者の身分は直ぐに判る。それに4人の内のひとりが、大きめのベルピスで出来た書類を見ているから、多分あちらにも命番の一覧があって身元の突き合わせしてるのだろう。多分偽造銘札への対応なんだろう。銘札の偽造なんかそう簡単に出来るものじゃないが、不可能ではないからな……。今までには無い慎重な対応ぶりだ。そして残りの2名は油断なく、だが失礼にならない程度の距離で、さり気なく槍先をこちらに向けている。その構えも中々堂にいったものだ。これは確かに以前の連中よりも一枚も二枚も上手のようだ。まぁ、ここまでは及第点だ。
「ガディミリタナイアス・ヴェルウント様。どうぞ御入城下さい」「ああ、ご苦労」
4人の門番が、この声と同時にサッと両脇に引いて吊り橋前の道を開ける。その動きもなかなかに俊敏なものだ。手綱をちょっと弄って、サラッドをゆっくりと前に進め吊り橋を渡り始める。
「「「「ガダスシアプ」」」」
「ガダスシアプ」
俺が奴らの前を通り過ぎると一斉に頭を下げ礼をする。ふむ、確かになかなか良く訓練されてるな。これなら多分槍の扱いもそれ相当なものなんだろう。
吊り橋を渡り分厚い薄暗いアーチ型の城門の中へと歩み入る。その分厚い城門のちょうど中間部分には錆びた鉄製の柵が行手を阻む。だがその鉄柵は俺の目の前でギギギと軋音上げながら天井へ向かって上がって行く。これも今までに無い出迎えだ。そんな城門を潜り抜けるとそこには、大きな芝生の前庭がパーッと広がっている。そしてこの前庭の突き当りにあるのが、リシュト城の本丸たるリシュトプレイスだ。リシュトプレイスは、真っ白な8階建ての巨大な三角屋根の館で、その両脇には、リシュトプレイスの三角屋根の頂点よりも遥かに高いリシュトタワーが2本聳え立っている。いつもこの白く輝くリシュトプレイスを見て思うんだが、この壁の白さを維持するのには、一体どれだけの人手と経費が掛かっているんだろう。ここまで白さに拘る必要は一切ないんじゃないのか? これも王国の無用な見栄のひとつって事なんだな。
広々とした前庭の奥、真っ白なリシュトプレイスの巨大な玄関前にある前階段付近にも、先ほどの門番連中と同じ様な格好をした数名の警備兵が立ってこちらの様子を伺っている。普段この前庭まで騎乗で来れる者は限られているから、少しは緊張しているのだろう。すると突然背後から野太い声が響く。
「ガディミリタ、ナイアス・ヴェルウント様、ご入城」
「おうっ。確かに承った」
ふむ、さっきの門番連中のひとりが、俺の少し後ろを従いて来ていたのだな。その声に素早く応えたリシュトプレイスの玄関付近に控えていた警備兵のひとりが、こちらに向って小走りで駆け寄って来る。残りの警備兵は油断なくこちらを伺っている。それに背中がなんとなくチクチクする。多分後ろの城壁の上から弓兵が俺を狙っているんだろう。
「ガダスシアプ。ガディミリタ、ナイアス・ヴェルウント様、サラはこちらでお預かり致します」
「ガダスシアプ。相判った」
これもなかなか見事な連携だ。どうやら入城者を常にひとりにしない工夫の様だな。確かアズナルが無縛民の中には、警備を専門とする連中が居てそういう連中の警備レベルは、あながち馬鹿に出来ないと云っていたな。サッと鞍から降りてその警備兵にサラッドの手綱を渡す。
「ヴェルウント様。本日は、リシュトプレイスに、いかなる御用でございますか?」
「ああ、ドメンスル殿へ所用がある」
「アポメはございますか?」
「グスワを飛ばしている」
その警備兵は手綱を受け取ると、俺に一礼しながら尋ねて来た。そう、今日俺はこのリシュトプレイスの主、リシュール州のドメンスル、ジョルジア・ハルミトに会いに来たのだ。規則に則り昨日の夕方アポメのグズワを飛ばしたが、返事は貰っていない。まぁ、なんとかなるだろう。俺がサラを降りるの見て、残りの警備兵が然りげ無く俺を囲んで来るのが判る。騎乗の騎士が突然攻撃を始めると、近距離の歩兵はあっさりと倒される可能性が高い事を知っている様だな。今日の俺は槍は持っていないんだが、それでもこれか……。
「承りました」
その男がなにか合図をしたのだろう。リシュトプレイスの正面の両開きの大きな扉がスッと開くと、その中から、今度はかなり上等なソフトレザーアーマー(なめした柔らかい革を使ったタイプの鎧)に身を包んだ警備兵? 案内係? が、姿を現わした。ああ、なるほど、アズナルよ、この連中の警備は確かにプロ級の仕事の様だぞ。
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