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6.ファト・ウズマーの試練

 

 

~キニー・ノホク(黒鷹)・フェバオロからの視点~

「現れた。あれだ」

シンと静まった中で背後から父の厳かな声が響いた。すると俺と父のふたりが隠れている茂みの正面。昏い木々の茂った闇の奥から奴は音もなく現れ出た。そうそれはまるで音の無い夢の中の光景の様だった。


 今俺の目の前に現れた一匹のフォボル(森狼)は、無造作に横腹を晒したまま首を傾けながらこちらを伺っている。普通フォボル(森狼)の毛は黒いものだ。だが今俺の目の前に現れた奴の毛は灰色だ。つまりそれほど長生きしたフォボル(森狼)と云うことだ。そして普通のフォボル(森狼)の体長はチョオノル(ノル(身長)=150センチ、よりチョオ=短い、つまり100センチ位)位なのに、この灰色フォボル(森狼)の体長は、軽くノル(150センチ)を超えていそうだ。そうだ、このフォボル(森狼)こそは、正に森の守り神とも云える様な偉大な存在だ。


 父と共にイステハト(居住地)を離れ、ここオズグムルツ(昏き闇の大森林)に分け入ってまだ2日、この辺りなんかは、まだまだオズグムルツ(昏き闇の大森林)の入り口付近だ。こんな所に、これ程偉大なフォボル(森狼)が現れるはずがない。そうだ、これこそは正に“ファト・ウズマーの試練”だ。だがこれほどの試練とはちょっと正直想像外だ……。


「偉大なフォボル(森狼)。ファト・ウズマーに感謝を……」

「ファト・ウズマーにギリール(感謝する)」

「あれこそは試練、勝てばお前戦士」

「コゥセ(はい)」

いつも通りの端的な父の言葉に背中を押され、俺は茂みの草影で屈んで隠れていた中腰の姿勢から、ゆっくりと腰を伸ばし立ち上がる。こちらを伺い見ていたフォボル(森狼)の目が、すっと窄まったのがはっきりと判る。大きな口がちょっと開き赤い歯茎と真っ白な鋭い牙が覗き見れる。それを見ながら俺は手にした槍の穂先をスッとフォボル(森狼)に向ける。フェバオロの槍は竹製だ。硬くしなやか、それでいて軽い竹の槍、そしてその穂先には鋭く尖った黒曜石の穂先が黒く煌めいている。そうだこの槍こそは、父の愛用の槍“黒牙”だ。父の汗が染み込んだ竹の槍の柄がなぜかしっとりと手に馴染む。さぁ、来いっ!


“グルルルルゥゥ”

槍の穂先を奴に向けると同時に、低い唸り声上げながら奴はその巨躯の向きをゆっくりとこちらに向ける。正面を向いたフォボル(森狼)の唇が捲れ、太い白い牙が剥き出しになる。これでお互いに戦闘準備完了だ。


“ホッ。ホッ。ホッ”

“ウグゥゥゥ”

俺は数回穂先を鋭く突き出し中腰の姿勢を取りながら奴に向けて、ゆっくりと歩を進める。奴は俺をじっと睨みながらくぐもった声で喉を鳴らす。


“パキッ”

ゆっくりと進めていた右足が小枝を踏み砕いた。その微かな音がまるで、轟音の様に耳に響く。ウルスグ(闘いの神)よ! 今こそ我に降らん!


“ゥグッウァァァァ”

フォボル(森狼)が一切の予備動作なしに跳びかかってくる。その大きく開いた顎から、ダラダラと涎を滴たらせながら、その真っ赤な舌と白い牙がグワッと迫って来る。信じられない様な凄い速さ。普段の俺なら為す術もないだろう。だがウルスグ(闘いの神)の加護を得た俺には奴の動きが見える。両手で握っていた“黒牙”の柄をグンッと一気に前に突き出す。空中を真っ直ぐに跳んでいたフォボル(森狼)の鼻先に、“黒牙”の黒い穂先が迫る。


 だが“黒牙”の穂先がフォボル(森狼)に顔面に届く直前に、奴が空中で身を捻って、槍の柄を巻くように穂先を避ける。避けられたっ! 駄目だ! 瞬間突き出した槍を引き戻す。するとその引いた穂先に吸い付くかのうように奴が、まっすぐに突っ込んでくる。まずいっ! まずいっ! 慌てて槍の引きを止めて、穂先の先端を払って奴の大きく開いた口を切り裂こうと……。だが奴が、その一瞬を見逃すはずがなかった、ほんの一瞬だけ止まった槍の柄に前足を伸ばし、柄に鋭い爪を引っ掛け更に速度を上げ一気に跳び掛かって来た。


 くっ!! フォボル(森狼)が“黒牙”の柄に爪を掛けた瞬間に、俺は両足で大地を強く蹴って真横に跳び退く。そしてその動作と同時に槍をブンっと振り払う。真横に跳び退き更に上体を大きく仰け反けざらして奴の攻撃を避けながら、同時に俺が元居た空間を“黒牙”で切り裂いた。だが奴は空中でその巨躯を自由に操り、巧みに“黒牙”の穂先を避けながら、その右前脚をビュッと伸ばしてくる。


“ザシャッ”

フォボル(森狼)の巨躯が俺の脇を飛び去り、直ぐ後ろに着地する。右頬に灼熱感が走る。たぶんかなり深めに頬を爪で裂かれのだろう。だがそんな事は一切無視だ。奴と俺は直ちに態勢を立て直し、再び正面から対峙する。さっきとは体が入れ替わった感じだ。だが距離は近い! 奴は着地した時の前屈みの姿勢を崩さずに、こちらを見上げて来る。距離は直ぐ目の前、完全に槍の間合いの中だ。危機だけど絶好の好機でもあるっ!


“ヴゥゥゥゥ”

口から垂れる真っ赤な舌。そして奴の口から溢れている涎の臭いまでがはっきりと判る近距離。奴は間合いの中、だが直線の突きではさっきと同じく躱される。そして次に躱されたら、今度はあの鋭い牙か爪が、俺の喉に届くだろう。穂先を時々少し突き出し、奴の動きを牽制しながら、奴を中心に、ジリジリと右へと回る。ツツーーッと温かい血が頬から首筋を流れて行くのが判る。


 いけっ! 右脚を大きく前へ一歩踏出す。と同時に穂先を突き出しながら左へ鋭く振り払う。突くのではなく穂先で切り払うのだ。しかし奴は払われた穂先を避けながら、もの凄い勢いで俺へ跳び掛かってくる。予想以上の身の捌きだっ。奴は巧みに俺の穂先を掻い潜り懐に入っていた。もう奴との距離は僅かだ。下から猛烈な早さでフォボル(森狼)の大きく開いた顎が俺の喉に向かって迫り来るのを感じる。奴の漆黒の瞳がギラっと光った。その時伸びきった右腕の肘を手前に折りながら左腕を前に突き出し、“黒牙”をくるりと回して石突を突き上げる。これが唯一、槍を引くことなく連続でできる攻撃だ。しかも懐の中でも攻撃できる! 槍先での突きから槍の柄の最後尾、石突での突き上げの連続攻撃だ。その鋭く突き出した石突が奴のの柔らかい右腹に当たる。奴の動きが空中で急停止し、開いた口から飛んだ涎が顔にピシャっと掛かった。


“ギャン”

そう一声鳴いた奴は、俺の槍の石突で受けた衝撃を利用し空中で身を翻すと、槍の間合いの外に着地する。どうだ? これで頬への貸しは返したぞ。


“フーフーフー”

今の一撃で明らかに奴の雰囲気が一変した。頭を垂れながら、鋭い上目でこちらを睨みながら、先ほどとは逆に奴が、ゆっくりと俺の周りを右周りしながら、こちらの隙を伺って来る。そう、奴は今ようやく本気になったようだ。


 ゆっくりと脚を進める奴の動きがほんの僅かだが変わった。草を踏んだ時の音が僅かに軽くなった。膝を僅かに曲げて力を脚に貯めてるんだ。来るっ! そう思った瞬間奴が4本の脚でバサッと地を蹴り、身を翻して一直線にこちらに向かって駆ける。疾いっ! 灰色の旋風の様だっ! あと2歩で槍の間合いだ。きっと奴は、そこで空に跳ねるはずだ。この2回の攻防で、もう奴が俺の槍の間合いを掴んでいる事は間違いない。


 だから、今だっ! 槍を素早く突き出す。当然穂先は奴にまだ届かない。そして当然奴は一切の躊躇なく向かってくる。そしてここで突き出した穂先を引けば、奴は、先ほど同じく引く穂先と共にこちらに突進してくるだろう。だから……


“おおっおぉぉ”

気合と共に槍の柄をしっかりと握っていた左拳をパッと開く、そして上体を前に傾けながら上半身を右に捻り右肩を前へと出す。両手での突きの間合いよりも先に穂先が突き進む。普通片手だけの突きでは力が全く足りなくなるのだが、闘いの神“ウルスグ ”の加護を得た、フェバオロの秘技“延伸槍”には、敵を倒すだけの充分な勢いが篭っている。


 奴の瞳がグワッと大きく開く。ああ、驚いた様だな。これでもらったっ! “黒牙”の穂先が奴を捉えたと思った瞬間、眉間を狙った穂先の先を奴は咄嗟に首を捻り込んで避けたっ。だが逃がすものか! “黒牙”の穂先の向きを僅かに替え奴の真っ赤な口の中に突き入れたっ。


“ガッッ”

空中で受けた衝撃を吸収するかの様に、首と肩を前脚の間に丸め込んた格好で草叢(くさむら)に転がり落ちるフォボル(森狼)


“ドサッァァァ、バサバサ、ガガ、バサ、バキバキ、バサァ……”

奴は、そこら中の草とか灌木をなぎ倒しながら草叢(くさむら)を転がり滑っていく。そしてついには4本の脚を伸ばして横倒しの格好で動きを止めた。森が再び静寂に包まれる。


 確かな手応えはあった! 槍に感じた衝撃は軽いものではなかった。多分“黒牙”の穂先は奴の口から頭蓋を突き抜いたハズだ。だが油断はせずに倒れて動かない奴の許へ“黒牙”を構えながらゆっくりと近づく。


“ウッグッァァァ”

あと数歩と云う所でフォボル(森狼)が、突然一声吠えると何事もなかったように、一瞬の動作で飛び上がり4本の脚でしっかりと立ちあがった。やはりな……。もし槍を構える事なく近づいていたら、間違いなく手痛い反撃を受けただろう。本物の強敵だ。初めて“延伸槍”を見てそれを防ぐとは……。背中になにか冷たいものが走る。こちらを向いた奴の剥き出しの口からは、だらだらと鮮血が滴り落ちている。1~2度前脚でその口の辺りを撫でたかと思うと……。


“ウォォオォォォン、ウォォォン”

突然尖った口を空に向かって突き上げると、鮮血を滴らせたままの顎を大きく開き、どこかに向かって遠吠えをする。その遠吠えの声が止むと奴は俺の方を向く。俺は再び“黒牙”の穂先を奴に向ける。まだ勝負はついてないのだ。だが身体から急速に闘いの神“ウルスグ ”の加護が消えて行くのが判る。まずい、どうするか……。するとその時奴が俺に向かってニヤっと笑った気がした。そして奴はクルっと身体を翻すとまるで何事もなかったように、現れた時と同様に昏い木々の茂った闇の中に、フッと音もなく消え去っていった。なんだ? どうした?




「確かに見届けた。お前ファト・ウズマーの試練を超えた。お前フェバオロの戦士」

父の太く落ち着いた声が、突然背後から響いた。思わずその声に父を振り返った。後ろに居た父が珍しく笑顔を浮かべている。しかも肩口には槍を構えているのだ。そうだ、今俺はファト・ウズマーの試練を超えたのだ。たった今俺はフェバオロの戦士となったのだ。それを父が素直に喜んでくれている。そして父はなにかがあればと、俺を守ろうとしてくれていたのだ。誇りと喜びの入り混じった感情で胸が一杯になる。グッグッと何か熱いものが胸を込み上げてくる。だがギリギリと歯を食いしばって溢れる涙を堪える。キニー・ノホク(黒鷹)・フェバオロよ、フェバオロの戦士に涙は似合わないぞっ!


 父が、フォボル(森狼)が遠吠えをした場所まで歩み寄り、そこで腰をかがめると何か白い物を拾い上げてそれをこちらに翳した。

「偉大なフォボル(森狼)の、白き牙だ。お前これから“白き牙”だ」

「コゥセ。(わかりました)黒きふたつの爪」

「ギリール。(尊敬する)白き牙。よくやった我が息子」

「「ガダスシアプ」」

ファト・ウズマーの試練を超えフェバオロの戦士に成った者だけが、姿名(名前の前につく二つ名)を名乗る事が出来る。そして戦士だけが互いをその姿名で呼ぶ事が許される。この簡単な会話で今こそフェバオロの戦士となった実感が湧いて来る。


 その時父が無言のまま近寄って来るとその逞しい腕でグッと俺の肩を抱いて呉れた。その父の熱い皮膚に触れた瞬間に堪えていた涙が自然に零れだした。父の愛情がその熱い皮膚を通して伝わってくるのが判る。俺は全身を震わせながら涙を溢れるままに流していた。俺は今までに尊敬するフェルムのシィオ(英雄)たる、“黒きふたつの爪・タツー・ノホク(黒鷹)・フェバオロ”の息子だった事をこんなに感謝した事はない。そして俺はフェバオロの戦士“白き牙” キニー・ノホク(黒鷹)・フェバオロに成ったのだ。やった。やった。やったぁぁぁぁぁぁ。





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