19.久し振りに勉強してみよう 貨幣経済の成り立ち④
ここまでで石宝貨の登場と、その流通の成功までは了解しました。でも……。
「お母様、セキニア王は、竹宝貨と皇帝貨を”使うに値せず”と断じましたよね。確かにこの石宝貨は、竹宝貨なんかとは見た目違いますけど、本質的には同じで石宝貨自体にも価値はないですよね?」
「そうですよ。でもね、この石宝貨にはね、竹宝貨なんかと違うきちんとした後ろ盾があるのよ。それこそが本題の麦本位制なのよ。つまり王国ではこの石宝貨の価値を、麦の価値と連動させているのよ」
「麦と連動ですか?」
「そうよ、若干の変更はあるけど王国では、麦1キグの王定売価は基本約70トルで固定されているの。王国が王税として集めた麦の販売は全て王国が許可した麦問屋からしか出来なくて、その上でこの価格を常に保証しているのよ。これで麦の価格と石宝貨の価値が安定する事になったのよ。小売されてる麦の価格は王定売価より若干高いけど、卸売価格が均一なんだからそんなに大変動はしないわね。だってあんまり高いと他のお店にいくでしょう? この考え方は生産者としての農民であっても同じなのよ。だから収穫した麦を一旦全て王国に納めて、必要な分を麦問屋から買い戻すって形になるのね」
むむむ、麦の専売化ですね。確かにそれで麦価は安定するし、エリシュギタス後の、煩雑な手続きについても理解できるな。なるほどこれは良く練られた施策だな。でも……。
「簡単に云うと王国は、いついかなる時でも70トルで麦1キグと交換すると宣言したって事ね」
なるほど、石宝貨は麦との兌換紙幣、いや兌換石弊なんだな。でも信用貨幣の後に兌換貨幣が誕生って、なんかおもろいな。でもやっぱり……。
「でもお母様、もし麦が不作になって量が足らなくなったらどうするのですか?」
「それでも、王国は70トルで麦1キグと交換するのよ。いい? これってのは商売じゃないのよ。王国の経済基板そのものなのよ。だから王国は巨大な穀物倉庫で麦を備蓄して不作に備えているのよ」
おう、国家備蓄制度かっ! まぁでもこれ位の問題には考慮済みでなきゃね。そうそう備蓄程度は当たり前だな……。
「それでも不作が広範囲だったり数年続けば、備蓄が底を着く事もあると思いますが?」
「それはそうですね。その時には外の国から交入するのですよ」
「その交入額が、1キグ70トル以上ならどうするのですか?」
「何度もいいますけど、これは商売じゃないの。だから王国はいかなる場合でも70トルで麦1キグと交換するのよ」
一時の赤字なんかどうーでもいいって事だな。国家の経済基盤の維持が優先されると……。
「でも、そうするとセキニア王国の財政が破綻しませんか?」
「その為に、王国はいろいろと貯蓄をしてるのよ。特にサラの交出による利益は大きいわね」
なるほど、なるほど外貨準備高は十分にあるって事ですね。
「なるほど……。確かに国内での麦価格は安定してると思いますが、国外との価格差はどうしてるのですか?」
「つまり他の国で麦が安くなると、それを持って来て王国で売ると儲かるって話ですね?」
「はい。それもあるし逆もまた真です」
「国と国との交易は、交易商ギルドに加盟してる交易商にしか許されていないわ。そして王国と交易商ギルドの間では、王国に対する麦の交易は王国自身としかできないと云う取り決めになっているのよ」
「でも……」
「そうね。約束は破る為にあるのよね。でもね、大量の麦を移動するには、どうしたって馬車を使うしかないでしょう? そして馬車は整備した道を通らないと行けないのよ」
「そうか……」
「ええ、国外から王国に入る道路には全て通関があるから、不正に大量の麦を運び入れる事も、運び出す事も極めて困難ね」
なるほど、これは予想以上にちゃんとしてるぞ。
「それに大量の麦を輸送するには、それなりの数の馬車が必要よね。それだけの馬車を用意できるのは、かなり大きな交易商か、物送商に限られるのよ。もし不正交易なんかがバレたら、彼らはそれぞれのギルドから除名されるでしょうね。果たしてそこまでのリスクを賭けるものかしらね」
「はい、判ります。それでも……」
「ええその通りよ。それでも、色々と抜け道を考える者はいるのよ。そこで王国には司府の税部に麦価監視局があって、国内外での不正な麦売買を監視してるのよ」
ぎゃっ、麦価Gメンですか! すっげぇな~。
「麦の王定買価が1キグ60トル、麦問屋が売る王定売価は1キグ70トル、差額は10トルよね。この内半分が麦問屋の取り分で、あと半分が王国の取り分なのよ。そしてその王国の取り分は、麦の備蓄費用や麦価監視局の費用、つまり麦価を守る為の費用に当てられるのよ」
「なるほど、麦価を安定させる施策については納得できました」
まさか、ここまでやってるとは思わなかったな。凄いもんだ。
「ここまでして麦価を守るのは、ひとつとしては民の生活を守る為なんだけど、それ以外に石宝貨の信用を守る為でもあるのよ。麦価を守れれば、それは即ち石宝貨に、あやふやな国の信用だけでなくて具体的な信用を与える事に成るのよ。更に王国では石宝貨の流通量の上限を、王国の麦の年間収穫量の3倍までと規定してるのよ。これによって石宝貨は無制限に流通する事がないのね。しかも収穫量と備蓄量それに王庫の財産を合わせるなら、常に全流通量の石宝貨を麦に交換する事が可能なのよ」
「えっと……、それは……」
ちょっと待って待って、金本位制においても実際には国家に、流通貨幣分の金は保有されてないんだよね。やっぱり自然と貨幣の流通量が増えていくからね。それを明確に抑え込んじゃうと逆に経済発展の足かせにならないの?
「考え方としては、こうよ王国では石宝貨は、毎年収穫された麦の価値から王税を除いた分が、農民に支払(発行)われるでしょう。そして王国はその分の麦を手に入れる訳ね。農民に支払われた石宝貨は、農民が物を買ったりして使うでしょう。その支払いは4民(作民、商民、奉民、無束民)に渡る訳よね。次に王国は王税で手にれた麦を売って石宝貨を回収するのよ。そしてその回収された石宝貨で府官や武官に奉給を払ったり、いろいろな事業をするのよ。府官や武官は奉給で物を買ったりするわよね。それと王国の事業の支払いを含めて、結局その石宝貨は4民に渡る訳ね。そして4民は稼いだ石宝貨で、麦を買うのね。つまり王国のお金は麦の総価値内で回転するってことね」
ううう、それはホントの意味での本位制の話しではないです。その話しは経済の基礎的仕組みそのものを麦の価値と連動させるって話しでは? 麦本位制じゃなくて麦価経済主義か? 確かにそれって経済の主体が農業=麦生産なら成り立つのかな? もしもセキニア王国が社会主義国で、国民=公務員なら話しは判るな。inは麦、outは国が払う給料=麦の価値をベースとした貨幣。人は麦だけで生きる訳じゃないけど、大部分の人の生活費の大きな部分が麦の購入代で占めるならば……、おっ、あり得るのか?
だけどセキニア王国は社会主義国家じゃない訳だから……。だけど確か国民の大部分が、産民だって云う話しだったな。セキニア王国に取って農民ってほぼ公務員ぽいから、かなりそれに近いって事かも……。江戸時代の米価中心主義国家みたいな? むむむ、マジ成り立つのか?
でも簡単に考えると、国家の生産量(価値)っていうかGDPが麦の生産量(価値)を大きく超えるとマネーサプライ不足になるよね? そうか、だから石宝貨の流通上限が麦の年間収穫量の3倍なのか? つまり麦の年間収穫量+アルファで3倍か? この+アルファ部分が麦の年間収穫量(価値)以外のGDP部分って意味なのか? つまり国民の平均年間総支出の1/3が麦購入費ならば、この話しは成り立つって訳だな。マジに検証されているんだろうか?
もし石宝貨の流通上限に変化が無いとすると、このセキニア王国って1000年間、ほとんどGDPに変化なし? それならマジありなのか? でも人口増加によって経済規模は拡大するよね? そうしたらやっぱマネーサプライ(通貨供給量)が不足するんじゃないか? ちらりとお母様の顔を見ると、ニコニコしながらさぁ質問をドウゾって表情を浮かべてる。
「えっと、人口増加で必要となる石宝貨が増えるから、その方法では石宝貨不足になりませんか?」
「よく気がついたわね。でも人口が増加したなら、必要となる麦も増えるでしょう? 当然麦が増産されるはずだから、それに連動して石宝貨も増える事になるわね」
そうか人口増=農民増=麦の年間収穫量増=石宝貨流通量増か、これは一本参ったぞ。ほんとにこの経済体制に問題ないのか? まてまて江戸時代の経済がそれなりに均衡して回ったのは、アレだろ? 閉鎖経済だったからだろう? セキニアは交易してんじゃん、そこはどうなるんだ。
「王国内は、それでいいとしても、交易はどうするんですか? 石宝貨はあくまで国内の麦を信用の根幹としてるなら、交易は麦の収穫とは無関係ですから、交易の決済で石宝貨を使用すると、石宝貨の流出に繋がりませんか?」
「そうよ。ギル良く気がついたわね。だから王国は石宝貨での交易の決済は認めていないわ。それを認めるとギルの云う通り石宝貨の量が全然足りなくなるのよ。この為に王国では交易と石宝貨を分離しているのね。だから交易では交換貸借商さんが、石宝貨と竹宝貨と皇帝貨の交換を行うのよ」
「つまり交入する時には、石宝貨で竹宝貨か皇帝貨を買って、それで支払うんですね」
「そうよ。そして交出した時には、受け取った竹宝貨か皇帝貨で石宝貨を買うのよ。そして交易は、基本王国からの交出の方が多いから、交換貸借商さんにとっては、常に石宝貨不足な状態なのね。従って石宝貨の流出は起こらないのよ」
なるほど石宝貨を持っているのはあくまで銀行だから、何時でも回収可能って事か。それに輸出が多いのか、それなら確かに通貨流出はしないな。でも逆に石宝貨不足にならないのか?
「でも交換貸借商がホントに石宝貨不足に成ったらどうするんですか?」
「交換貸借商さんは交換する事が生業なのよ。そーいう時こそ別の物品で交換するか、エスタ硬貨を準備するらしいわよ」
さすが銀行って処か、それとも蛇の道は蛇かな? まてよ、まてよ。交換貸借商が交易で貨幣の交換を行うとなると……
「石宝貨と竹宝貨、皇帝貨を交換するレートはどうするんですか? 石宝貨不足なら、石宝貨の価値がどんどん上がりませんか? そうすると交出で不利になりませんか?」
つまり円高による輸出競争力の低下って奴だな。
「ん? なぜ石宝貨の価値がどんどん上がるのかしら? 石宝貨の価値は不変なのよ?」
「えっ? それはどう意味でしょうか?」
「石宝貨の価値はあくまで1キグ70トルなのよ。あとは竹宝貨と皇帝貨が、1キグの麦を買うのにいくら必要かって事でしょう?」
うwっw,購買力平価説を実践してるんですね。いや違う、これは平価じゃなくて麦価だから、購買力麦価法かっ! しかしそれでいいのか? 深い深すぎる……。ん? って事はこっちの世界でもFxはできるって事かな? いやこれって麦の商品相場みたいなもんか。
「なるほど……、それではセキニア王国内では竹宝貨と皇帝貨は使用できないんですか?」
「別に禁止じゃないけど、金殺しとか金止めがあるかも知れないのよ? そんなもの危なくて使えないから誰も受け取らないわ」
「むむむ、それじゃ逆に王国の外では石宝貨がガンガン流通しそうですね」
「それも逆ね。ギル、もし石宝貨と竹宝貨と皇帝貨を持っていたらどれから使うかしら?」
「そっか、そりゃ安全な石宝貨を取っておきます」
ここでも“悪貨は良貨を駆逐する”するんだな。そしてセキニア王国内では、逆に危険過ぎて誰もが受け取り拒否するから流通できないと……。おい、上手い具合に回ってるじゃないか。
「セラワルドでのお金の信用度の高さで云うと、エスタ硬貨、皇帝信用札、石宝貨、ず~~んと落ちて竹宝貨、皇帝貨って感じなのよ。それに竹宝貨、皇帝貨は、どうしても価値が激しく変動するのよね。だから交易商ギルドは再三王国へ交易の決算を石宝貨でしたいと持ちかけているらしいのよ」
「それって王国にとってはなにか利点はあるんでしょうか? ただ単に石宝貨の大量発行に繋がるから、石宝貨の信用低下になる様に思えるんですけど……」
お母様は、その自分の言葉にちょっと驚いた表情を浮かべ、そのあと直ぐにいつもの優しい笑顔でうんうんと頷く。
「良く見たわねギル。そうよ交易決済に石宝貨を使うって事は、今の流通上限では石宝貨の量は到底足りないって事になるわね。それは石宝貨を竹宝貨と同じレベルに貶める危険があるのよ。でもね交易決済のお金と云うのは、また凄い力を持っているのよ。だってセラワルド10国の交易を成り立たせるのが、交易決済のお金なのよ。つまりお金の世界での共通語になるのよね。もし石宝貨だけで決済が出来るなら、通訳役の交換貸借商さんが要らないし、竹宝貨や皇帝貨の価値に振り回される事も無くなるのよ」
つまり為替コストや為替リスクが無くなるって事ですね。確かにそれは国家とすれば大きな利益なんだろうな。
「そしてその共通語を王国が支配できるのよ。そう石宝貨がラグエに成れるのよ。その力は確かに魅力的だと思うわ。だからなんでも石宝貨での交易決済については司府の商部と儀府の外務部は大賛成で、司府の税部と蔵部が大反対らしいわ」
なるほど、通貨の信用低下なんか絶対許せない部門と、外交力強化と交易力の強化を狙う部門の真っ向対決か。でも多分あれだよね司府の税部と蔵部って、云っちゃうと財務省でしょう? きっとそっちが優勢って事だろうな~。
「ギルどう? これでだいたい終わりだけど充分かしら?」
「はい。お母様よく判りました。ありがとうございました。ガダスシアプ」
「ガダスシアプ。でもほんとギルは理解が早いのね。たぶんあのひとだと……」
お母様、なんか最期の方はよく聞こえませんでしたけど。あっ、またオデコにキスですね。もうほんとにクニャクニャになっちゃいますよ~。でもアレですよね。このレベルの話しって、普通の主婦さんで可能なんでしょうか? 正直前世なら大学の経済学部レベルの話しじゃないかな? なんかこっちの世界の女子が恐ろしくなってきたな。
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