18.久し振りに勉強してみよう 貨幣経済の成り立ち③
「ガダスシアプ。ギル」
「ガダスシアプ。お母様」
お昼も終わって、今日の午後は本当ならイメージトレーニングの日なんだけど、そこは急遽自主変更って事で、昨日に続いてお母様から経済についての教え、いや内容的には講義だね、を受けます。
「昨日までで、竹宝貨と皇帝貨の登場までは話したわね」
「はい。それと竹宝貨と皇帝貨にエスタ硬貨が負けた理由までは、判りました」
「ええ、そうでしたね」
お母様はそこで準備してあった、ソン茶に口をつける。白くて綺麗な喉がコクコクってなってる。なんとも優雅だな~。
「それでは、続きを始めるわよ」
「はい。お願いします」
「こうしてエスタ硬貨は、竹宝貨と皇帝貨の流通が増えることで、どんどん使われ無くなったのね。普通は使われないお金は、そのうち使えないお金に成って終いには無くなって行くものなのよ。でもね、なぜかエスタ硬貨は無くなっていないのね。わたしもこうして持っているし、多分王国以外に住む多くの者もエスタ硬貨を持っていると思うのよ」
ふむ、エスタ硬貨は無くなっていない。けど使われてもいない……。なんだろう骨董品か美術品扱いかな? でもそれなら所有者はもっと限られるんじゃないか? むむむ、判らないな、素直に聞いてみるか。
「使わないお金をみんなが持っているんですか? それはどうしてですか?」
「それはね。みんなに恐れがあるからなのよ」
「恐れ? ですか……」
「そうなのよ。竹宝貨と皇帝貨には、怖い部分があるのよ」
怖い? なんだろう? もしかしてインフレとかかな? でもインフレはどんな通貨にも起こるし……。ちょっと考え込んでいると、お母様が楽し気な様子で話しを先に進めていった。
「交易決済に使われる事で需要が高まった竹宝貨と皇帝貨を、魔道国と皇国は大量に発行したのよ。それはまるで量は力なりって感じだったらしいわね。竹宝貨と皇帝貨を発行する為の費用は、エスタ硬貨に比べるともの凄く安いらしいのよ。だから皇国と魔道国はまるで競うように竹宝貨と皇帝貨を発行して行ったわ。いえ、実際競っていたみたいね。
そして大量に発行された事で、セラワルド全土のほとんどの者が、竹宝貨と皇帝貨を使える様になるの。だって物々交換よりも便利な貨幣交換を選ぶのは当然の流れでしょう? 貨幣交換は素早くて便利だし、いちいち交換商さんに手数料を取られる事もないしね。こうしてどんどん竹宝貨と皇帝貨を使う者が増えって行ったのね。使う者が増えれば、また必要量が増えるから、また発行するを繰り返したのね。ええ、正に貨幣がセラワルド全土に遍く行き渡ったのよ。
この頃になると、皇国でも皇帝貨を自主発行していたのね。もしまだ皇帝貨の発行を魔道国に依存しているか、もし流通していた貨幣が魔道国の竹宝貨だけだったら、これ程の貨幣発行競争には成らなかったでしょうね。でも互いに基軸通貨としての主導権を握りたかった皇国と魔道国は、相手に負けないように無制限に貨幣の発行量を増やしたのよ。そしてその結果竹宝貨と皇帝貨を発行し過ぎでしまったのね。元々裏付けは国の信用しかない竹宝貨と皇帝貨が余ってしまったのよ。つまりどんどん物の値段が上がってしまったのね。麦が豊作になると、麦の値段が下がるのと一緒ね。お金が増えすぎて、お金の価値が下がってしまったのよ。これがセラワルド初の通貨超流だったのよ」
うっww、過剰なマネーサプライ(通貨供給量)を原因とする貨幣価値の下落。つまり通貨超流ってのはインフレの事ですね。
「最初は通貨超流とは何かを理解する者が居なかったのよ。みんな普通の物価変動だと思っていたみたいね。確かに全ての物価が押し並べて上昇している事に危機感を叫んだ者も居たみたいね。でも結局何も手は打たれなかったのね。それで事態はどんどん悪化してしまったのよ。そして気が付くとかなり深刻な事に成ってしまっていたのよ。特に収入の全てを貨幣に頼る様になっていた貴族や府官や武官は生活ができなくなりそうな位だったのね。つまり国家を運営する者達が潰れそうになったのね。こんな時ギルならどうしたらいいと思う?」
「……、府官や武官の奉給を増やすんじゃないですか?」
インフレなんだから、給料も上げないとね。でもこれって悪いインフレだよな。経済活動が活発になってのインフレじゃないから……。
「府官や武官の奉給を上げる? ええ、そうねどうも最初はそれをしたみたいね。でもね。それはもっと通貨の量を増やす事になるでしょう? だから、結局益々お金の価値を下げる事になったのよ」
「ああ、それはそうですね……」
確かにそれじゃ駄目だな。それをしてるとハイパーインフレになりそうだ。インフレ退治なんだから、マネーサプライ(通貨供給量)を下げる事が必要だよね。公定歩合を上げる……、でも公定歩合とかないよな。あとは税金を上げて流通してる通貨を吸上げるか……。でも消費税とかないよなきっと……。むむ、こりゃ難しいな。
「貴族や府官や武官からの厳しい突き上げ受けて、慌てた両国は物凄い政策を実施するのよ。それが皇国の“金殺し”、魔道国の“金止め”なのね」
「金殺しに金止め、ですか?」
「ええ、結局はどちらも中身は同じ事なのよ。確か正式名は“新規貨幣交換の一時停止措置”だったと思うわ」
「交換の一時停止ですか?」
「ほら、この竹宝貨って竹でしょう。使ってるとそのうちこの竹が割れてしまうのよ。だから割れちゃうとね、この貨石を交換貸借商さんに持っていって新品の竹宝貨と交換するのよ。でね金止めと云うのは、その交換をある期間停止する事なのよ。しかもそれまでは許されていた貨石のみでの使用も禁止したのね。これによって流通してる貨幣の量を抑えこんだのよ。一方で貴族や府官や武官に渡す奉金は新品の竹宝貨だから、そちらは困らないでしょう?」
「確かに意味は判りますけど……、無茶くちゃですね。ソレ……」
それはなんですか? そんなの聞いたことないですよ。国家による借金踏み倒しみたいなモンだよね。北朝○がデノミして、そのまま預金支払い制限した奴と同じか? 何にせよ、マネーサプライ(通貨供給量)の強制縮小政策だな。でもなんか他にもやりようがあるだろう……。公定歩合は存在しない。消費税も無し。それなら金融市場への強制介入は? そんなもん無いか……。デノミは? 実質的には意味ないか。やっぱ税金を上げてついでに政府支出を減らすのか……。むむ、でも即効性に欠けるな。もたもたしてると貴族とかが、クーデター起しそうだしな。
「そうよ。そんな事は無茶くちゃだし、自らの貨幣の信用を踏みにじる行為よね。でもそんな中でも信用を失わなかった貨幣があったのよ。それがエスタ硬貨なのね。この通貨超流の時でも価値を失わず使用出来たのが、タンスの奥にあったエスタ硬貨だったのね。だから今でもエスタ硬貨は、普通には使われて無いんだけど無くならないよ。神国では今でもエスタ硬貨の発行を続けてるしね」
なるほど、エスタ硬貨は最期の拠り所って事なのか……。そうか硬貨自体に価値があるんで、ある意味ではエスタ硬貨は実物資産なんだよね。そりゃインフレには強いよな。今こそ実物資産“エスタ硬貨”って感じだな。
「実際にはこの金殺しや金止めってのは、そんなに何度も行われた訳じゃないし、期間だって1~2年程度でそんなに長くはなかったのね。でもそれでも怖いでしょう? だから今でもお金が貯まったら、皇帝信用札にしろって云われてるのよね」
つまり現金よりも国債ですか? いや皇帝貨と皇帝信用札は発行元が一緒だからそんなに信用できないんじゃないか? 自分なら神国債とかがいいな。あればだけどね。
「ちょっと脇道に逸れたわね。それでは本題に戻るわよ。今説明したように竹宝貨と皇帝貨は共に後ろ盾は国の信用だけでしょう? だからひとつ間違えると金殺しとか金止めとかになるのね」
「はい。判ります」
「だから創始王は竹宝貨と皇帝貨を”使うに値せず”って断じたのね。この言葉覚えてるかしら?」
「はい。昨日のお話しですね。よく憶えてます」
おお、終に話しはここに戻ってきましたか。
「そこで考えられたのが、王国の麦本位制なのよ。でもその為には麦の全量買付けが必須なのに、その為に必要な貨幣が準備できなかった訳よね」
いやぁ~脇道ハンパなかったな~。でもこれで完全に本題に戻ったな。
「それに加えて王国でもエスタ暦1929年に始まったエスタ街道草原の道建設に備えて、大量のお金がどうしても必要になったのね。王国でも魔道国の道路建設に習って、建設工事のギルド丸投げなんて考えてもいなかったの。そこで王国の府官達は、草原の道建設は一時的な物だから、竹宝貨か皇帝貨を使う事で道路建設をする積りだったのね。でも創始王はそれを良しとしなかったのね。創始王はこう云ったらしいわ。“国の血液たる通貨を他国に委ねる事を許さじ”」
「その言葉には賛成ですね。でも現実には仕方ないんじゃないですか?」
ほぉ、創始王ってのはほんと判ってた人だよね。でも現実の前にはどうしようもないんじゃないか?
「そうね。わたしもギルと同じ意見よ。勝手に金殺しとかされたら、たまったものじゃないものね。でも現実には手段が存在しない……」
「はい。そう思います」
「でもね手段がないなら、新しい手段を作ってしまえばいいのよね。多分創始王は、竹宝貨と皇帝貨を”使うに値せず”と断じた時から、考えていたんだと思うけど、この草原の道建設を契機として王国はついに新たな通貨として石宝貨(トル:TL)を造ったのよ」
新しい手段か~、そう来ますか、まぁそりゃ“創始”王だからね。
「石宝貨ですか?」
「そうよ。これが石宝貨よ」
そう云ってお母様は長テーブルの上にジャラジャラと、色取り取りなオハジキ? いや大きさの異なる薄い色付き碁石? みたいなものを広げた。ああ、これこれ、これは見た事あるぞ。
「これが石宝貨ね。この小黒石貨が1トル貨、こっちの中黒石貨が5トル貨、大黒石貨は10トル貨、その小青石貨が25トル貨、そして中青石貨が50トル貨ね。こっちの大青石貨が100トル貨ね。それで小黄石貨が250トル貨ね。ここには無いけどあとは中黄石貨が500トル貨、大黄石貨が1000トル貨、小紅石貨が2500トル貨、中紅石貨が5000トル貨で大紅石貨が10000トル貨ね。そして一番高いのが白石貨で100000トル貨ね。それと云って置きますけど、この石宝貨は魔道国製じゃなくて、れっきとした王国製ですからね」
ほうほう、この色つきの大小の薄い碁石がトルね。やっぱこれも多分テクタイト製だな。碁石の中央に1と5とか数字があって、その周りには微細な文様があるな。でも見事に色も大きさも文様もそれぞれの種類で均一ですね。凄い技術、いや魔術だな。そうかこれはセキニア王国製なのか、それってのはやはり国の誇りなんだろうな。
「この石宝貨発行は王国創国から9年後の事になるわね。その間、ずっとこの石宝貨の製造方法を研究していたんでしょうね。それでなきゃ、翌年の草原の道建設に合わせて石宝貨を大量に準備する事なんて出来ないものね」
創国から9年か、やっぱテクタイト製造方ってのはかなり難しいんだろうな。
「王国では石宝貨を流通させる為に魔道国に習って、貴氏、貴民、公民への奉給、手当は全て石宝貨に切り替えて、奉納も石宝貨のみとしたのよ」
まずは、新しい貨幣を如何に流通させるか、いや信用させるかって事だよね。でも竹宝貨の時とはちょっと状況が違うから大変かも。なんと云っても既に強力なライバルが2つも存在する訳だからね。
「創始王は、石宝貨を流通させる為の手段としてこれ以外の手も打ったのよね。それが石宝貨と竹宝貨、皇帝貨の交換保証だったのね。しかも交換貸借商さんと違って交換手数料を無料にしたのよ。いいギル、この石宝貨発行当時の王国には、竹宝貨と皇帝貨の両方が流通していたのね。これは王国の創国時に様々な国から諸族が集まって来たからなのよ。実はこの2つの貨幣が普通に流通する状態は、結構面倒な事なのよ。竹宝貨と皇帝貨は等価ではないから、商品に2種類の価格を設定する必要があるし、お釣りとか考えると両方の貨幣をそれなりに準備しなきゃいけないでしょう? そこに第3の貨幣の登場でしょう? 普通なら3つ目は無視したい処よね。でもこの3つ目の貨幣は、公民の奉給なんだから無視は出来ないわよね。じゃぁ3種類の貨幣を使う? そこで普通ならなんとかひとつの貨幣で済まないかと思うのが人情よね? だからみんなこの無料交換保証に飛びついたのよ。いつでも無料で竹宝貨か皇帝貨に交換できるなら、石宝貨に危険は少ないと考えるでしょう?」
「ええ、僕でもそう考えると思います」
「ここでミソなのは、竹宝貨、皇帝貨から石宝貨への交換は無手続き上限なしで出来るけど、石宝貨から竹宝貨、皇帝貨への交換は身分証明が必要で、その上一定期間内での一定上限があったのね」
「なるほど、考えましたね。つまり交換での石宝貨優遇策ですね」
「ええ、そうよ。相互の無料交換は保証してるけど、石宝貨への交換をより促進したのね。結果自然と王国内での石宝貨の立場が強化されたのよ」
ライバルの存在を逆に利用した訳か。確かに無料での交換が保証されてるなら、それってどちらを持っていてもいいよな。しかも石宝貨への交換が優遇されてるってのが、なかなか上手いく考えられてる。
「こうして、王国は石宝貨を使って草原の道建設を成功させるのね。しかも草原の道建設で払った奉給は全て石宝貨だったから、王国での主流貨幣は石宝貨に大きく傾いて行ったのよ。そこで創始王は、ついに念願だった麦の全量買付け制度を開始したのよ。これによって王国は麦価安定と麦本位制の確立、あと王国経済を完全な貨幣経済へ移行する事に成功したのよ」
なるほど、国民の大多分を占める農民から、全麦を買い上げてお金を渡す訳だから、経済活動の根底から貨幣が流通するって事だ。はっきり云って国の財政官僚にしたら絶対に貨幣経済の方が管理支配が遣りやすいからね。一石三鳥か……。
「そしてこの麦の全量買取り制度開始から5年後には、王国は無料での石宝貨と竹宝貨、皇帝貨の交換保証を廃止したんだけど、その時に何が起こったと思う?」
「えっと、駆け込みでの竹宝貨、皇帝貨への交換に行列ですか?」
「いいえ逆ね、交換保証廃止実施の1年前に告知がされると、みんなこぞって、残っていた竹宝貨と皇帝貨を、石宝貨に交換したのよ。つまりこの時点で、王国内では、竹宝貨、皇帝貨の流通はほぼ0と成っていたのね。王国国内だけで云うと、この時こそ石宝貨が竹宝貨、皇帝貨に勝利した瞬間なのね」
なるほどこうしてセキニア王国は国内通貨の統一に成功した訳か、いや~っ、さぞかし創始王はご満悦だったろうな。
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