16.久し振りに勉強してみよう 貨幣経済の成り立ち①
さて、初めて見たエリシュギタスですけど、銅鑼が鳴り止んでステージ上では後片付けが始まっています。その一方でステージの端の方では、もっともっと細かい数字の説明が、首長からみんなへされています。王税が確定したから、手許に残る麦と“お金”が確定するんだって、その“お金”の集落としての使い方やら、各家への配分なんかの話しらしいよ。実際はそっちこそがみんなの最大の関心事らしいね。
この手許に残る“お金”ってのはなにか、なんでそうなるかと云うと、セキニア王国では、生産された全ての麦は国家によって強制的に全量買取りされるんですって。結果農村での実際の王税の徴収ってのは、こんな流れになっています。まずエリシュギタスで単位面積当たりの収穫量と王税量が決りましたね。するとそれまで税部の府官を代行していた食料商ギルド指定の麦問屋の人が、今度は本来の麦問屋の人として集落の全耕地面積から算出した全収穫量の麦の“代金”を計算するんですね。麦の価格は後で説明するけど、自由価格じゃなくてセキニア王国によって決められた価格=公定麦価なので、直ぐに代金が決まるんです。
まず麦問屋が、この計算した全収穫量の麦の代金から王税分の麦の金額を引きます。残った代金が集落の取り分な訳だけど、集落としても食べる為と来年の籾麦が必要なんで、その分を買い取る事になるんだ。この分の代金を差し引いた分が、ほんとの集落の取り分になる訳です。つまり全麦代金-王税額-買い取り麦代金=集落に残るお金です。そして麦問屋の人と首長の監視の下、集落が買い取った分の麦が分けられます。残りの全ての麦は順次麦問屋が運び出すと云う手順になります。
でもここで疑問に思ったのは、なんで麦問屋が全収穫分を買い取って、そこから集落が買い戻すなんて手続きになっているんだ? う~ん、なんか面倒くさい手順だよね。それにどうやら、集落が麦問屋に売る時の価格(王定買価)と集落が麦問屋から買い戻す時の価格(王定売価)には、きちんと価格差があるらしい。当然王定買価<王定売価だよ。それってどーなんだ?
そこでこの疑問を古武士さんにぶつけたけど、“それがしは金には興味ないである”とか云ってなんかあっさり逃げられました。親父殿もなんだか今忙しいって……。更に老師さんも“金の話しは苦手じゃ”って……。なんだよ~みんなちゃんと教えてよ。で、なんとそこに現れた救世主が、お母様だったのです。そして……。
「ギル。こちらにいらっしゃいな」
このたった一言から、あの大講義が始まったのです……。
居間の長テーブルにお母様と並んで座っています。いつも思うけどお母様って柔らかくて甘いような、なんか不思議にいい香りがするんだよね。なんかの香水? それともフェルモン?
「ギル。あのね。さっきの質問だけどね。これもあれも全てね。創始王が考えた麦本位制の為なのよ」
「麦本位制?」
「ええ、そうなの王国も最初は、王税を納めた後の麦は農民が自由に売っていたのよ」
ええ、そうですよね。それが普通ですよね? だから不思議なんです。
「でもね。その結果麦の値段がすごく不安定になってしまったのね」
「不安定? 不作とか豊作でですか?」
「ええ、豊作なら麦問屋は徹底的に仕入れの値段を叩くし、凶作なら売る時の値段を徹底的に釣り上げたのね。これでは農民も庶民も困るでしょう?」
「儲かるのは麦問屋だけですか……」
「そうなるわね」
ええ、えげつないけど、それが商売って云うか市場原理ですからね……。神の見えざる手ですね。
「そこで王国は、全ての麦を王国が買い取る事にしたのよ。その上で麦の値段は王国が決めて麦問屋の自由にはさせないって事よね。だから村の者達も自分で作った麦と云えども自由にはできないの。一度全てを王国に納めて、それを王国から買うと云う形になるのよ。これは2族7民全てに公平に適用されているのよ」
「云ってる事はわかりますけど……」
「これは創始王が考えた仕組みなのよ。王国が創国された当初は、麦の生産が安定しなくて、麦価格が激しく上下してそれはもう大変だったらしいわ。それを見た創始王としては、直ぐにも麦の売買を王国で管理する積りだったらしいけど、でもね。実際にはなかなか出来なかったよ。ギルはなぜだか判る?」
「麦問屋の反対ですか?」
旨味のある商売が出来なくなるのは痛いよな。それに食料商ギルドって力ありそうだからな。既得権は死守せよって感じだよね。
「それも多少あるけど。そこは王国内であれば強行は可能でしょう? 実はもっと物理的な障壁があったのよ」
「……」
物理的な障壁? なんだ話しが見えないな。
「判らないかしら……。あのね王国には麦を全部買い取る為のお金がなかったのよ」
「……」
前世の日本も米は政府が買ってるよね。でも王国にはその金がない? そんなに貧乏だったのか……。
「あのね。貧乏とかじゃありませんよ」
「違うんですか?」
「ええ、その為に必要な量の通貨を持っていないと云う意味ですよ」
「通貨ですか?」
「ええ、その時代セラワルドには3つの通貨があったのだけど、ある理由から創始王はその内の2つの通貨は使えないと判断していたのね」
「使えないですか?」
「ええ、はっきりと“使うに値せず”と断じていたみたいね。それで残った通貨がこれなのよ。ギル、これは知ってかしら」
そう云いながら居間の長テーブルの上にお母様が静かに置いたのは、数枚の丸い硬貨だった。ふむ、これは初めて見るな。
「これがエスタ鉄貨、つまり1ルブルで、こっちがエスタ大鉄貨で10ルブル、これはエスタ小銅貨だから50ルブル、それでこの大きいのがエスタ大銅貨だから100ルブルね」
「これがエスタ硬貨ですか……、でもこれは初めてみます……」
おお、丸い硬貨ってなんかファンタジーぽいな。単位はルブルって云うんだ。初めて知ったぁ。でもこんなの集落じゃ使ってるとこ見た事ないですけど?
「そうね。これが使われてるとこは見たことないでしょうね。多分今じゃ神国でもそんなに使われていないし、しつこく普通に使ってるのは諸族の一部くらいかしらね」
「どうしてですか?」
「まず使いづらい事ね。ちょっと持って見て、ねっ重いでしょう?」
確かに、一番小さい鉄貨を持って見たけど正直結構重い。500円硬貨が7gだっけ? この鉄貨はその数倍は重い、小銅貨は鉄貨と同じ位かな? でも大銅貨に至っては10倍位重いかも……。
「これ以外にもエスタ小銀貨や大銀貨、小金貨、大金貨があるけど、この4種類が一番多く使われるのよ。けどね、どう重くて大きいでしょう? これを何十枚も持つのよ。正直云って邪魔でしょう?」
「はい。そう思います」
「まぁ、物々交換する為に、麦を背負って出歩く事を考えればこれだって充分有効なのよ。だから使いづらいから使われなくなった訳じゃないのよ」
「それじゃどうしてですか?」
そりゃ確かにちょっと使いづらいそうだけど、物々交換の不便さに比べれば、ずっと便利だからそれが理由じゃないよな。それにファンタジーって云えば硬貨だよね? なんでこっちでは廃れたのかな?
「簡単に云いうとね。エスタ硬貨は別のお金に負けたのね。ギルこの硬貨の一番の弱点はなんだと思う?」
「重い、大きい……違いますね。そうか、錆びるとかですか?」
「それもあるけどね。そうじゃないわ、一番の問題はこれじゃ、“量”が足りないってことなのよ」
鉄貨をピンと親指で空中に弾き、それを右手でパシッと受けるお母様。おう、こんな感じなお母様初めて見た~。
「足りない?」
「ええ、そうなのよ。いい、これは鉄製で、こっちは銅製よね? この材料を使ったらお金以外にも色々な物を作れるでしょう?」
そりゃ、そうだ鉄は武器や農耕具やいろいろな刃物も作れるから原材料としても重要だし、銅だって様々な器や青銅の材料に成るから貴重なんだ。でもそもそも貴重な材料だからこそ貨幣としての価値があるんだから、それは仕方ない事だよね?
「創始王が唯一使う事が出来ると思ったエスタ硬貨は、王国の全ての麦を買い取るだけのエスタ硬貨を王国として集める事は困難だったよ。だから王国はなかなか、今のような麦の管理が出来なかったのね」
「なるほど……、それが通貨が無かったって意味ですね」
お母様が自分の答えにコクリと頷いている。思わず、テーブル上のエスタ大銅貨を手にとってまじまじと見直してみた。ズッシリとした重さが結構な量な銅が使われてる感じを伝えて来る。たしかにこれを大量に作るのは大変だろうな~。基本手作業なんだし……。
「それでは、丁度話しに出てきたから、このエスタ硬貨と残り2つの通貨の説明をするわね。いいかしら?」
「はい。お願いします」
むむむ、エリシュギタス後の全麦買い取り制から始まって麦本位制になって、今度は通貨に行くのか、これはなかなか奥が深そうだし、難しそうだ気を引き締めて聞かないとな。
「まずねこのエスタ硬貨だけどね、発行された当初、セラワルドに神国しかなかった頃は全然問題なかったらしいのよ。みんなが物々交換する中での、補助的な役割だし、使う者みんな近くにいる訳だから運ぶ為に不便さとかも考えなくてもいいしね。エスタ硬貨は十分に役割を果たしていたのよ」
なるほど狭い共同体内だけで通用するんだから、そんなに量もなくても十分って訳だな。
「でもね4国時代が始まると、話しは簡単ではなくなるのよ。まずねロキシア民国との取引はみんなこの硬貨になるのね。あんな遠くまで物々交換用の物を運べやしないでしょう? それで硬貨が全然足らなくなってしまったようなの。鉄も銅もいろいろな用途があるんだから、なんでもかんでも硬貨にはできないでしょう」
つまり経済圏の拡大と流通物資の増加に対し、エスタ硬貨の流通量が全く追いつかなくなったと云う事ですね。うんうん、なるほどそれは盲点だったな。お母様は黙って頷く自分を見て話しを進めて行く。
「だから商種系のギルドなんかでは、商人が自分の財産を担保とする個人信用状とかを作ってみたんだけど、結局は偽造や詐欺とか流通範囲の狭さなんかで行き詰まるのね。そんな中エスタ歴150年にエスタ街道レブラの道の建設が始まるのだけど、この工事には、それこそ大量のお金が必要となったよ。エスタ硬貨はここで完全に量不足なのを露呈したわ。レブラの道の建築主たる神聖ダイトニア皇国は、そこで個人信用状を真似て皇帝信用札を発行するのね。これってのは皇国信託所にエスタ硬貨や資産、もしくは“事業権”を預ける事で、預け資産に相当する皇帝信用札を渡すって仕組なのね。つまり皇国がレブラの道の建設を建設ギルドに発注するでしょう。すると建設ギルドがその“事業権”を担保に皇帝信用札を発行するのね。建設ギルドはその皇帝信用札で建設屋や人足屋を使って、レブラの道の建設を行う訳ね。
この皇帝信用札で皇国はレブラの道の建設を成功させたのよ。でもね確かにこの皇帝信用札ってのは、大きな商売や事業なんかだと重宝されたんだけど、そんなの庶民に行き渡るずがないじゃない? だいたい使用する度に皇国信託所に真贋を確認しなきゃ行けないのよ。わたし達が日々のお買い物に使えるものじゃないわよね」
おお~信用札か~。小切手? 旗札とか藩札かな? ちょい違うか、どっちか云えば手形に近いのかな。でもいちいち真贋検査したって事は、一枚の信用価格もでかそうだから、一般流通は無理か~。でもやっぱ必要は発明の母だよね。
「この時点でも庶民が使えるのはやっぱりエスタ硬貨だけだったのよ。でもエスタ硬貨は慢性的に不足してるのね。だから仕方なく庶民の間ではどうしても物々交換に頼る生活をしないといけなかったのよ。そして人口が増えると、ますますエスタ硬貨は不足して、当たり前の様に物々交換が大規模になって行くのよね。こんな風に物々交換が大規模に成るに連れて、ある商売が生まれて来たの。ギル判るかしら、物々交換の世界だどね、例え物を持っていたとしても交換するルートを持っていなければ、それって意味を成さないよ。麦とか肉とか食品だと直ぐに交換できないと腐って駄目になるでしょう?
だからね、ここで凄く台頭して来たのが交換商さんなのよ。交換商さんは自分では物を所有しないで、物の交換ルートと物流の手配のみして、大きな利益を上げていったわ。あまり褒められた生業ではないけど、必要だった事も確かなのね。この交換商さんが、今の交換貸借商さんって訳ね。今の交換貸借商さんに極悪人のイメージが固定したのは、この時代の交換商さん達がかなり悪どい事をした名残みたいね」
交換商から交換貸借商ですか、つまり銀行業の成立ですね。まぁ銀行っては今も昔もひとの褌で勝負する連中だし、嫌われるのは洋の東西を問わないんだね。でもかなり悪どい事か~、あれかな? ユダヤの金貸しシャ○ロックみたいなもん? でも銀行発祥の源が物々交換だったってのは面白いな。
「その後もね、エスタ硬貨の増発や神聖ダイトニア皇国の皇帝信用札の拡大とかも行われるんだけど、まぁ現実には追いつかないのね。やっぱり巷の中心は物々交換だし、交換商さんが幅を効かせていたのね。この時代になると庶民からは十分に量があって、気軽に使える通貨が希望されていたのね。そして商種系ギルドの商民達からも、量が嵩張り重たいエスタ硬貨ではなくて、偽造されなくて流通範囲が広い通貨が望まれる様になっていたのね。そんな中ついにエスタ暦1154年に、魔道国でエスタ硬貨に次ぐ第2の通貨、竹宝貨が発行されたのよ。この竹宝貨発行の直接的理由も、エスタ街道魔道の道建設の支払いの為らしいのよ。
実は最初は、この魔道の道建設も皇国と同様に、建設ギルドへ丸投げしようって云う話しだったらしいわ。建築費用として魔道国が皇帝信用札を発行してもらって、それを建設ギルドへ渡すと云う方法ね。この支払い方法はレブラの道建設の時の皇国の行った方法とほぼ同じね。でもこれに初代魔道王リジェット・エメタリーパティックが“待った”を掛けたのよ。リジェットに云わせると、丸投げすると絶対に建設費用が増大するって事だったのね。実はリジェットって吝嗇で有名なのよ。そこで魔道国が直接建設屋と人足商と直接契約して魔道の道建設を行う事が決まったのね」
まぁ、それりゃ建設ギルドへ丸投げしたら、中間利益は取られるし無駄な設備とか造られそうで、ガンガン費用が増大するだろうな。うん、間違いないな。
「でもそこで問題になったのが、奉給の支払方法だったのね。魔道国自体には支払い能力があっても、人足商から雇った多量の人足の者達に奉給を支払うには、エスタ硬貨があまりに足らなかったのよ。それに皇帝信用札なんかは人足個人への奉給には使えないでしょう」
そりゃ、かなりの人数を動員したんだろうな。それでエスタ硬貨が足らなくなったって事か……。細かいお金が多量に必要って事だから、高額紙幣の皇帝信用札じゃ駄目だよね。しかも使う度に真贋確認するとか、使う方も確認する方もたまったもんじゃないよね。
「だから魔道国は新しい通貨竹宝貨(ユロ)を作ったのね」
「えっと、その竹宝貨ってなんですか?」
「これよ」
お母様はそう云うと長テーブルの上にカラカラって何かを置きました。それは10cm位の細い竹の棒……。そうそう麻雀の点数棒みたいなもんです。そしてその単数棒の中心に黒い石が縦に2つ嵌め込まれていました……。
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