11.平穏な日々、黄金の思い出③
“ガタゴトガタゴト”
そんな音と一緒にみんなの身体が上下左右に同じように揺れている。ミシュトア支道の簡易舗装された道の上を速歩(はやあし:時速13キロ)で歩くポニに引かれる大八車の上ってのは、まぁ結構揺れるんだよ。まだ夕暮れまでには早いんだけど、サラキトアまでは結構距離があるんで楽しかった遅めの昼食が終わると、そそくさと帰路に着いたんだ。う~ん、今隣に座っているセシルはいつにも増して無口だな。どうしたのかな? ちょっと疲れたのかな? まさか実は楽しくなかったとかないよね? もしかして寝てる? そっと横顔を覗いてみると、あの紅い瞳がはっきりと見えた。つまり寝てはいないって事だ。なにか考え事でもしてるのかな? ほんとどうしたんだろう? ちょっと心配だな。
「キャスさぁ、それは違うべ。あのキトアサラレクはなったっても王国の雨乞い師様の仕業だべよ」
「雨乞い師ってあの秋に来る連中だか?」
そんな揺れる大八車の上では、なぜかキャスとヴァリのふたりが熱く討論を繰り広げている。普段無口なキャスにしてはこれは随分と珍しい。まずはキャスの前で大八車の枠木に両腕を載せているヴァリがあっさりと断定したのが始まりだった。行きの御者はヴァリだったが、帰りはゼェタらしい。ふたりは瓜二つだけど、ヴァリは前歯が歯欠だからな……。
「そんだ。そんだ。雨乞い師様だぁよ」
「だけんどよ。いっつもリリュ奥様らが雨乞い師を手伝っているべ。ほんとはリリュ奥様らがやっとんだべ。んだからみなはもっともっとリリュ奥様に感謝せんといかんだべ」
「でもよぉ。魔法使いとか魔女には天気を操作する術なんかありゃせんよ?」
なるほどキャスよ、結局はそれが云いたいだけだね……。でもそのキャスの言葉にヴァリはかなり懐疑的な様子だ。そして多分それは正しいね。この世には直接天候を操作するような魔術は存在しないんだ。でもね、手はいろいろとね……。でもその“魔女”ってのはやっぱなんか響き悪いな~。
「そげな事ねぇ。きっときっとリリュ奥様がやっておいでなんだ。間違いねぇだ」
「んじゃぁ、あの雨乞い師様らは、あげな塔をおったててなにをしてんだ?」
「あげな塔は雨乞い師のハッタリだべさ。リリュ奥様達の力が全てだべ」
「それがほんとで、魔女奥様だけでそんだ事ができっなら、魔女奥様には夏とかにも、もちっと雨を降らしてほしいもんだべ」
「んだ、んだ。魔女奥様には水揚げだけじゃなくもっと頑張って欲しいべ」
おっ、手綱を握るゼェタも背中越しに参戦か? でもまず、その“魔女奥様”ってのは止めなさい。なんかお母様のイメージに傷が着く感じだ。それとね、きっとそれぞれに正しいんだよ。言い合いを続ける3人の会話を眺めながら、ちょっと前にお母様と老師さんと会話を交わした時の事を思い出した……。
「わしらが雨をもたらしておるじゃと? 坊主それはないぞ。そもそも外交術に天候を操作する術などは存在しておらんじゃ」
「そうですね。わたし達はただ雨乞い師様の指示に従っているだけですからね」
「指示ですか……、えっと、それって具体的にはどんな指示なんですか?」
「火系術ですね。指示された方向に向かって、できるだけ広範囲に火系術を発功するのよ」
「そうじゃ。あれだけ広く発功しては、たいして温まるもんではないし、当たり前じゃが“火”も起こらんのじゃが、どうもそれで良いらしいのじゃ」
ふむふむ、やはりそうか……。つまり実行者はお母様達だけど、全体を仕掛けるのは雨乞い師とか云う連中なんだな。
「イジュマー先生は、海とかでも雨乞い師さん達から指示されたことはありませんか?」
「ほう? よく知っておるもんじゃな。キトアのお隣のスキアに居った時に、そんな事があったぞ。そこでも雨乞い師連中は海に向かって火系術を発功しろと云うんじゃが、これが海の水に向かって広く広く広くなんじゃ、まぁ水を暖めるのは王都で風呂の水を暖めた以来じゃったな。しかし海に向かってじゃとほとんど手応えがないものじゃよ」
ビンゴ! です。やはり仕掛け人は雨乞い師さん達なんだ。毎年雨月になると雨乞い師さん達がサラキトアに来て我が家に3ラウド程滞在するんだ。そして必ず彼らはキトアサラレク付近に大雨を降らすらしい。それがキトアサラレクの大水源って訳です。(あとで聞いた処、キトアサラレクには数カ所の湧水もあるらしいけど、やはり水源の大部分は雨月の時の雨らしいです)
いままでは、あんまり深く考えなかったけど。今の会話から推測すると、彼ら雨乞い師さん達の行動の秘密が見えてきたぞ。それってのは雨乞い師さん達が持参して来た3種類の器具の正体に繋がるんだ。ひとつは首振り式の小さな据え置き型小型風車的なもの。あれってのは間違いなく風向風力計だな。もうひとつは小さな木の板に金属の針が付いていたもの、あれは……、そうか多分髪の毛式の湿度計だ。そして木の枠の中に嵌っていたJの形をした細いガラス管……、なるほどあれってフォルタンの水銀気圧計だな……。凄いな。
そう彼ら雨乞い師さん達は、まずサラッドであちこち走り回っては、地図を広げてそこになにやら書き込んでいた。うん、あれってのは、きっとあちこちの風向、湿度、気圧を計っていたんだな。それで最適な場所と時期をみつける訳だね。まずは海で火系術を使って海水面温度を上昇させ水蒸気を発生させるんだ。その湿った空気が海から吹く秋風で内陸に流れ混む。その中で湿度の濃い部分、気圧の低い部分を探していた訳だな。その上でまた火系術で大気を温めて上昇気流を作るって事か……。最後にあの塔の上から煙を焚いてクラウドシーディングをしてるんだな。う~~ん、これってかなり気候についての知識がないと発想できない事だな。
それに火系術ってのは、“火”を発生させるんじゃなくて、温度を上げる術式なのか。確かに燃焼だと“なにか”を酸化させないといけないけど、温度上昇なら分子運動の制御で可能だからな……。やっぱり指先からポッと炎が出るとかはどー考えても可怪しいよね。それだとまず指先から可燃性ガスかなにかを出す事から初めないといけないから、無から有を出すって凄い関門が立ちはだかる事になるからなぁ。ってか、そもそもアレじゃ指が火傷するだろう。杖や棒から炎を出すにしても、なんであれで杖が燃えないんだよ。
「雨乞い師さんって、誰が考えだしたんですか?」
「「創始王セキニア・アグヴェントよ」じゃ」
たぶん予想はついてたけど、一応確認のためね。お母様と老師さんの声が見事にハモりました。やっぱりね……。
「もともと乾いた草原のエクスムア大草原に、このセキニアが創国できたのは、この雨乞い師達の力に寄る雨の増大と、利水師達による井戸や溜池、水道の構築が大きいんじゃ。坊主しっておるか? 王都セキトには1本のフォもありはしないが、“水の都”とも呼ばれておるんじゃ」
「フォがないのに水の都ですか?」
「あら、でもセキトレクがありましてよ」
「じゃが、あれは人造湖じゃぞ。それに神都ロキアも湖畔の街じゃが、水の都とは呼ばれんじゃろ?」
「それはそうですわね。確かに水の都と云えばセキトですね」
へぇ~。水の都ね、それは確かにちょっと興味あるな。
「まぁ行ってみれば、直ぐに判るじゃろ」
「水の都とも云いますけど、わたしは鉄車の都の方が似合っていると思いますわ」
ほぉ? お母様鉄車ですか? それは鉄道でしょうか? でもこの世界には蒸気機関も内燃機関もないみたいですけど? それとも魔力機関みたいものがありますか? こっちはちょっとどころじゃない興味があります。こりゃもっとまじめにテゥス・オマジクの解読を進めないといけないな。
「まぁ。確かに奥方様がおっしゃる通り鉄車は有名である。それがしも、初めてあれに乗った時は驚き申したである。なんでもあの鉄車の設計も利水師によるそうであるな」
おっと、ここで古武士
「若様! どう思うべ?」
突然のキャスの声にハッと我に戻る。えっと何の話だっけ? ああ、そうそう雨乞い師だったね。
「えっとね。多分だけどさ、ふたりとも正解だと思うよ。魔術には雨降らしの術はないけど、雨乞い師さん達も自分達だけでは雨降らしはできないって感じかな?」
あれ? ふたりとも全く納得していない顔ですね……。でもここで大気循環システムとか降雨の原理とか説明しても仕方ないからな。ってかそんな説明したらそれこそ大問題だろう。なんと云ってもこの雨乞い師システムは国家機密らしいからね。確かに機密じゃなかったら、セキニア王国以外の国家がエクスムア大草原やダトムア大草原をただ放って置くはずがないからね……。
「まぁ。そこはそれ創始王さんが考えた事だから奥が深いってことだね」
とここは、大人の回答をしてみました。ふと気がつくとセシルがこっちを見ている。おお、思わずなんか声を掛けたくなったけど、直ぐに目を臥せっちゃた……。あぅ残念だ。でもやっぱもしかしたらまだ避けられてるのかな?
~セシルナ・アバルマからの視線~
キャスさんとヴァリが、なんか話してるけど今のあたしの耳には何も入って来ない。あたしは今必死に自分の心と会話しているから……。それはさっき昼食の準備をしていた時に、カリファ様から云われた事への回答を出す為なの。そうあの時カリファ様は、こう云ったのよ……。
「セシル、あんたギル様をどうおもってるん?」
ほんと突然なカリファ様の質問だったな。カリファ様は全く何気ない感じだったけど、あたしあんまりびっくりして思わずロソトウ
「ギル様は、あんたを好きみたいだよ。で、セシルはどう思ってるの? もしかしてこれからもギル様の傍にいたいとか思ってる?」
ギルナスさんがあたしの事を好き? そんな……、カーッと頬が熱くなっていくのが判る。
「どうなん?」
「あたしは……」
言葉が続かないわ……
「まっ、今直ぐ答えろって云うつもりはないよ。でもね、カリファの話を聞いてよっく考えて欲しんだ。いい? たぶんギル様は特別なヒトなんだと思うんだよ。それはいろいろな意味でね。そしてそれはナイ様やリリュ様、イジュマーの爺さんやアドバンの旦那なんかも、なんとはなく感じていると思うんだ。たぶんキャスもオバル兄弟もね。セシルだってなにか特別なものをギル様に感じない?」
カリファ様の問いかけにあたしは無言で思わず何度も頷いてしまう。そうギルナスさんは良く判らないけど、みんなとはなにかが違う……。そうギルナスさんは、あたしを怖がらないし……、うううん、あたしに優しく接してくれた初めての人……。母さんも父さんもあたしを見る目は冷たいのに……。それに授業でも時々“見た目や生まれなんかでその人の資質を判断しちゃいけないんだ”とか不思議な話しをしてくれる。みんなはポカンとしてるけどあたしの心にはなにかが響いた……。
「まぁ。カリファだってね、なんでもできる訳じゃないけどさ。カリファはギル様を守っていきたいんだよ。でね、できればギル様の周りからはギル様の重しになるような奴は排除したいんだよ。だからもしセシルがギル様の傍にいたいならさ、セシルにもギル様を守ってほしいんだ。あのね守るって云うのは、マジにギル様をいろいろな危機から守るって事だよ? 判るよね? ギル様は戦いとか戦いとか戦いとか、そーいうのは、からっきしだからね」
あたしがギルナスさんを守る???? そんな事無理に決まってる。あたしはきっとギルナスさんの重しになってしまう……。
「カリファはこれでも者
カリファ様がなんか楽しそうな顔をしながら、小首を傾げてちょっろっと小さな紅い舌を出す。そういう事するとほんとに猫みたいだな。思わずクスっとしちゃう……。
「まっ。いまんとこ話しはこんだけ。ゆっくり考えて頂戴ね。うん、返事は後でいいからさ」
「……」
カリファさんはそう云うと手練の技で、プリトウ
「あっ、それとね。セシルもできればギルナスさん
「あっ、はい。判りました」
視線はプリトウ
でも“あんたちょっとおもしろいよ”って、一体どいう意味なんだろう? それって間違いなくあたしの肌の事とか、目の色の事を興味半分に云ってるんじゃないって事だけは絶対に判るんだけど……。それにギルナスさん……、いえいえ“ギル様”に初めてカリファ様を紹介された時に、確かギル様はこう云っていたのよね。
「カリファさんだよ。カリファさんは、ヴェルウント家のメイド長兼、執事兼、警備主任なんだ。そして僕の姉さんでもあるのさ」
あの時は、猫人を自分の家族扱いするギル様にちょっと驚いたけど、そう確かに“警備主任”って云っていたわ……。キャスさんの隣に座る小柄なカリファ様をちょっとチラ見してみる。んっ! それまで確かにカリファ様はキャスさんを見ていたのに、その瞬間サッとあたしの目を見つめ返してきた。あうっ! 思わず目を伏せちゃった……。
でもでもなんで今のが解ったの? あたし視線しか動かしてないのに……。偶然なのかしら? うううん、違うわ、今のは間違いなく意識してあたしを見た感じがする。“もしあんたが決意してくれれば、カリファが手伝ってあげるよ”この言葉が頭の中に蘇ってくる。って事はカリファ様が手伝ってくれれば、あたしはギル様を守れるって事なのかな? もう2度とギル様があたしを庇って怪我したりしないって事よね? あんな事がもう起きないのね……。
頭の中に公童塾の道場で頭からダラダラと血を滴らせながら、床に倒れてるヴァリをまたいで立ってるギル様の姿が蘇ってくる。確かにあれからギル様とヴァリとゼェタは仲良しになったし、公童塾の授業も静かになった。確かにアレは結果としてみれば、良かったかもだけど。でもでもあんなのもう絶対イヤなの。それにみんなはギル様の事を影では、“血塗れのギル”って呼んでちょっと引いてるし……。
ギル様と居るとなんか安心できるし、今は一日中で公童塾に居る時間が一番好き。今ならはっきり云える、あたしギル様から離れたくない……。キュッと両拳を握る。よしっ、決めた! 伏せてた目をあげると、またカリファ様と目が合ちゃった。でも今度はしっかりとそのカリファ様の大きな目を見つめ返したんだ。うん。たぶん、あたしは10歳に成ったらきっとどこかに売られちゃうかもだけど、それまででもいいからギル様の傍にいて、ギル様を守りたい! 警備主任のカリファ様が手伝って呉れれば、警備助手位にはなれのかもだし……。そう思って隣に座ってなんか難しい話をしてるギル様を、チラ見したら今度はギル様の黒い瞳と目があっちゃってビックリして思わず目を伏せちゃった……。ほんとはあたしもなにかギル様と話したかったんけど、なにを云えばいいのかわからないから、また黙っちゃった。ほんと駄目ねあたし……。
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