10.平穏な日々、黄金の思い出②
自分達6人一行は、素晴らしい秋の風景に囲まれながら、大きな丘の裾を回り込む様にどんどんと細い脇道を進んで行ってます。今隣に並んでテクテクと歩いてるセシルの格好は、いつもと同じフード付きのローブ姿なんだけど、今までの黒ローブじゃなくて白いローブ姿なんです。これは元々の黒ローブの上に薄い白布を被せたものですね。実はこれって自分の助言によるものなんです。黒ってのは紫外線は防ぐんだけど他の光は吸収するからね、黒布の上に白布を被せる事でまずは紫外線以外の光を反射し、下の黒布で紫外線を防ぐって作戦ですね。この白ローブについてセシルに感想を聞いた処、“すごく楽になりました”との事でした。多分暑さ対策にもなったはずだしね。まぁ、評判は上々って事ですね。
そんな白ローブ姿のセシルの隣で並んで歩いていると、それだけでなんか結構な幸福感に包まれてしまう。先頭のふたりが割りと早歩きでこっちから離れてるので気分はふたりだけの世界って感じです。まぁ背後に怖いお姐ぇさんが居るのは判っているけどね……。セシルはいつも通りに口数が少ないので、黙って歩いてるだけです。まぁ、できればもうちょっとおしゃべりなんかを……。ふと気がつくと先頭のキャスとゼェタが20m程先で立ち止まってこちらを待っている。そしてそのふたりが立ち止まっている場所には直ぐに追いつく事ができました。そうその場所からだと、今まで見えなかった丘の向こう側が一望できるんだ。ええ、その丘の向こう側には、満々と水をたたえた青い湖水が一面に広がっているんです。今目前に広がったその青い水面には、周りを囲んだ丘の斜面の青と黄金と赤の3色の景色が見事に映り込んでいる。そんな湖水の上を秋風が駆け抜け、その水面に描かれた絵がゆらゆらと揺れる……。
「素敵……」
隣で立ち尽くすセシルが思わず漏らした呟き声が聞こえる。そうだ! この一言が聞きたくて遠路はるばる、ここまでやってきたのさ。Goodjob 自分!
「セシルあれが、キトアサラレクだよ。キトアで最初に出来た溜池だね。あれができてからもう20年は経ってるんだってさ。僕達の母なる湖だよ」
そう、この大きな湖水は、実は人造湖なんですね。3方を大きな丘で囲まれた窪地の一方に石を積んで蓋をして大きな浴槽を作ったって感じですね。所謂ロックフィルダムだな。ただしこの湖に流れこむ河はありません。それじゃ水源は? そうそれが問題なんだよ~。もともとキトア地方っていうか、セキニア王国が存在しているエクスムア大草原には河はないし、雨だって秋雨の季節以外はほとんど降らないからね。セラワルド中央部と違って、ここは元々乾燥地帯なんだよ。だからいくら乾燥に強い麦でも農業はほとんど無理って感じなんだよ。だからこそセキニア王国を除くセラワルドの全ての国(ロキシア民国は都市国家だから除くね)は、河の流域に創国されてるんだ。そう、このキトアサラレクの豊かな水がなけりゃ、農業なんか一切できやしないんだ。
じゃぁ、そもそもそんな乾燥地帯のキトアになんでこんな巨大な人造湖があるのか? その理由はどうも国家機密らしいなんだ……、けど実は結構推測はできてるんだ。そしてこれが、なかなかな方法なんだよね。誰が考えたもんなのか……、まっ、きっと創始王なんだろうな。みんなが十分この風景を満喫した処を見計らってから、一言声を掛ける。
「さぁ、行こう!」
それから20分程歩くと目的地であるキトアサラレクの浮き桟橋の近くにある、ちょっとした広場に着きました。ここはサラキトアやその他周辺の集落の住民が、交代で漁をする時の基地になる場所です。そうです、この人造湖キトアサラレクには魚が豊富にいるんだよ。ええ、人造湖だし川もないんだからその魚は放流・養殖したものだね。なんでも漁は決められた期間、決められた規模でのみ許されてるらしいです。サラキトアに2艘の小舟があるんだけど、その小舟を周辺の集落が協同利用するのが規則らしい。つまりどうしたって一時期には最大2艘でしか漁はできないって事だね。サラキトアに小舟がある時に、湖水に船が浮かんでいれば即密漁って事だ。判り易いねぇ。
まぁ資源保護って事なんだろうな。そりゃ人造湖だからいくら豊富に魚が居るって云っても限りがある訳だし、元々養殖したもんだろうから、そこらへんはしっかり保護してるって事だよね。きっとなんかの失敗の教訓なんだろうね。ええ、一応釣りは許されています。でもあれです、そんな暇人はほとんどいません……。キトアサラレクは周辺の集落からは結構な距離があるし、それに農民ってのはほんとに常に忙しいんです。そんな暇はないんですよ。だから、たまぁ~に子供が遊びに釣りをする程度です。ええ、それって自分達の事だけどね。
「さぁ、昼飯の材料は頼んだからね。後はこっちで準備するよ」
「「「「「はーーーい」」」」」
カリ姐ぇさんが腰に両手を据え、仁王立ちでこちらに向かって宣言する。姐ぇさんの前に揃って並んだ5人が一斉に元気な声を返す。
「おい、キャスはこっちを手伝いな!」
だがそこでカリ姐ぇさんからの神託が下った。おっとキャス残念だったな。まぁ食材集めは任せてくれ!
「セシルちょっと待っていてね」
セシルに一言掛けて、ショックな表情をありありと浮かべるキャスをそのままにして、男子3人がそこらへんの草叢の中に一斉に飛び込んで行く。セシルは何事かとその場でキョロキョロしている。ほんと直ぐだからちょい待っていてね。
「まず竈の穴をここに掘れ。それで次は枯れ枝取ってこい」
「はぁ、わかっただ……」
そんなカリ姐ぇさんとキャスの会話を背中で聞きながら、男子3人組は草叢の中で虫取りを始める。虫取りの獲物はバッタだ。3~4センチ位の小さな緑のバッタだ。これが釣りの餌になる訳なんだね。バッタはもうそこら辺中に無数にいるんであっと云う間に餌取りは終わりました。
「さぁ、セシル行こう」
餌取りが終わったので、大八車から竿を取り出すと、セシルと共に自分達4人は浮き桟橋へと走って向かいました。
キトアサラレクは湖水面の上下の変化が割りと激しいんで、普通の桟橋だと役に立たないらしい。なのでちゃんとそこら辺が考慮されてて桟橋は、浮き桟橋になっています。でっかい樽が2列になって桟橋の板の底にずらっと並んでいるって感じですよ。そしてかなり頑丈そうなロープが数本桟橋から岸へと伸びて、岸にある杭に結ばれてるって具合です。ええ、浮き桟橋なんだけど割りと安定してますね。
そんな浮き桟橋の突端部分に着くとセシルと並んで座って竿を振る。今手にしてる竿は、木の枝をちょこちょこと加工したもので、当然リールなんかありません。竿先に糸が直接結ばれていてその糸の先に針が付いてると云う、とっても素朴なものです。その針の背中には、さきほど取ったバッタを糸で括りつけてあります。錘は付いてないので糸を放ってもバッタは沈みません。湖の水面上でジタバタしてる訳ですね。そしてその水面上でジタバタしてるバッタを狙って……。
「セシル! ほら引いてるよ」
「あっ、は、はい」
針から30cm程のところに目印の葉っぱが付いてるんだけど、セシルの釣り糸の、その葉っぱが微妙に動いて波紋を出している。自分の声で気が付いたのか、慌てて竿を上げるセシル。くっ、タイミングが早い! バッタ以外になんにも付いていない針先からキラキラと水滴だけが滴っている。
「もうちょっと、しっかり食いつかせないとね」
まぁセシルにとっては、これが人生初めての釣りなんだから仕方ない事だ。よしっ、ここはひとつお手本を示して……。
「よしゃっ、来ただっ!」
直ぐ側でヴァリが竿先をクイッと上げる。すると竿がグ~~ッと大きくしなると、バッシャっと湖面で大きな銀鱗が跳ね上がる。銀色に輝く綺麗な魚体がハッキリ見えた。おっこれはでかい! しかもヒメマスじゃないかっ! やばっ、あっさりと先を越されたな。
「おっ、おっきいです」
セシルのそんな感嘆の声が、なんか自分の心に虚ろに響く……。ク、クソっ、見てろ自分だって直ぐにあれよりでかいのを釣ってみせるぞ! なんだか一気に敵愾心がメラメラと燃え上がる。
結局釣果の方は、ヴァリが最初の大物(50cm位あった)とあと1匹、ゼェタが3匹でした。じ、自分? さぁ……? そうそうセシルとふたりで湖岸の水草の茂ったところで、ザリガニを20匹程捕獲しましたよ。べ、別に魚が釣れなくて凹んでる自分を見かねて、気を利かしたゼェタの助言にすごすごと従った訳じゃないからねっ。でも正直これは楽しかったね~。ゼェタよ。お前っていい奴だな……、顔は相変わらず怖いけど……。ちなみに釣りあげた魚は、大物がヒメマスで、あとはニジマスでした。このキトアサラレクには実はイトウもいるらしいんですが、この華奢な竿では釣るのは不可能ですね。
そんなかんで確保できた食材を、広場で竈の準備を進めていたカリ姐ぇさんに届ける。その並んだ食材を一瞥するとカリ姐ぇさんから再びの神託が下った。
「よしっ。上出来だね。あとは任せなさい! それで男共は泳ぎでもしてなさい。でもセシルは残ってカリファの手伝いだよ」
「はい」
ああ、ここでセシルとは決別か~。カリ姐ぇさんあんまりセシルをこき使わないでね……。そんなセシルの素直な返事が心配心を擽る。
「セシル、まず水汲んできてね」
あああ、カリ姐ぇさん容赦なしだね……。ちょっと後ろ髪引かれる感じだけど、カリ姐ぇさんから解放されたキャスが満面の笑顔で湖畔に向かって走りだして行く……。
「若様ぁぁぁ、いくだよ~~~」
キャス、お前って子供だな……。
その後小一時間程、桟橋の周りで野郎4人で泳ぎました。ちょい季節外れかなとも思ったけど、日差しがあったんでそんなに抵抗感はありませんね。でも色気ないな~。だけども正直云って凄く楽しかったです。やっぱ自分も子供だって事だね。さて泳いでる時は、そんなに水は冷たく感じなかったんだけど、水から上がると秋風が身体に当たりさすがにかなり寒いんです。短パンと云うかハーパンと云うか、膝丈くらいのパンツ姿で広場に戻る野郎4人組。ポタポタと髪から水滴を滴らせ、みんな竈の周りで火に手を翳しながらガタガタ震えてます。たしかにこの時期の泳ぎは、野郎だから出来た事でセシルがしたら倒れてるかも知れないな。そこまで考えてのさっきの神託か、さすがだカリ姐ぇさん。
「ギル様、濡れてますよ」
セシルが綿の厚手の布で頭をゴシゴシしてくれる。うwwww、嬉しいなぁぁぁ、寒さなんか一発で吹き飛びますよね。ん? ギル様? 初めてセシルにそんな風に呼ばれたぞ? どうしたのかな? カリ姐ぇさんになんか云われたのかな? チラッとカリ姐ぇさんを見たけど、その様子はいつものカリ姐ぇさんと全く変わりはないな。まっ、いいか、でもでも嬉しいなぁ~!
「ガダスシアプ。さっ。みんな食べな」
「「「「「ガダスシアプ」」」」」
カリ姐ぇさんの三度目の神託が下る。みんなの前にある大きな鍋には、魚のぶつ切りに砕いたザリガニ、それにいろいろな野菜とトマトが入った赤い色をしたスープがコトコトと煮えています。うう、なんていい香りなんだ。なんか口中に唾液が溢れてきたぞ。あっ、今誰かのお腹が鳴ったな。めいめいが地面に座った格好でフーフー言いながら、この湯気立つスープを一斉に口に含む。おっ、これは! 自分を含めたみんなが目を丸くしてカリ姐ぇさんの顔を見る。味付けは単純な塩味なんけど、魚とザリガニの出汁と溶けた玉ねぎや他の野菜の甘さ、そしてトマトのすっぱさが複雑に絡まった膨よかな味が口一杯に広がる。
「どうだい? 昨日リリュ様と考えた“プリトウといっぱいの野菜をポモドで煮込んだザリガニスープ”だよ。プリトウの新鮮さと隠し味の香料にザリガニを砕いて入れるのがポイントさ。判ってると思うけど料理名はリリュ様の命名ね」
「「「「「……」」」」」
誰も返事なんか出来やしない。これが、ぶっつけ本番のスープなんですかっ! お母様も天才だと思っていたけどカリ姐ぇさんもこれほど出来るとは思っていなかった。そしてやっぱりその長い料理名はお母様の発案なんですね……。
あちちち、口の中が火傷するよぉ~、でもでもその熱が喉、胃を通って、お腹全体へと広がっていくのが判る。そうそうなんか幸せな感じが身体全体へ広がるみたいだ。みんな無言でスープにかぶりついてるけど、いつの間にかその表情は笑顔になっている。そんな5人の様子を、おたま片手に満足気に眺めるカリ姐ぇさん。
「お替わりは、いっぱいあるよ」
「「「「「お替わりっ!」」」」」
その声に応えるように一斉に木のお椀がカリ姐ぇさんへ突き出された。お、セシルもお替わりだな。
この極上スープの次に出たのが、細長い皿の上に並んだ魚の身を薄く削いだ刺身? 紅色が綺麗で美味しそうな刺身の上に、チーズとトマトの細切れが掛かっている。だけど、たしかキトアでは刺身を食べる習慣はなかったんだけど?
「“ロソトウにフロマとポモドを乗せた浅酢漬け”だよ。ちょっと食べてみな」
そう云いながら、カリ姐ぇさんがその料理の上に薄茶色の液体をちょっと垂らす。その液体からはどこか懐かしい感じの香りが漂って来た。でもキャスはその料理をクンクンしながら眉をちょっと顰める。もともとキャスは酢が苦手で、しかも刺身なんて一度も食べた事ないはずだからね。そしてヴァリとゼェタの手も止まっている。実は自分も川魚の刺身はちょっと苦手なんだよね。そんな風にそれぞれが少し固まっていると……、ん? セシルがなんか心配そうな表情でこちらを伺っているぞ?
「どうしたのセシル?」
「ギル様、それあたしが作ったの……」
うがっ! そりゃ反則だっ! 全ての躊躇を捨ててただちにその紅色の刺身を口に入れました。すると口の中で酢の味とヴェルウント家秘伝の魚醤の旨味ある塩味と、ヒメマスのちょっと甘みのある蛋白な味が渾然一体に絡み合う。ヒメマスの肉はあくまで柔らかく、まるで舌の上で溶けていくみたいだ。それにチーズの香りにトマトと細かく刻まれた香草の香りもあって、魚の臭みなんかは一切感じられなかった。そうか! これはカルパッチョなんだな! いやこれは絶品だ! 凄いよセシル!
「美味しいよ! セシルこれは絶品だよ。ほらっ、キャスさんも食べてみなよ!」
ヒメマスのカルパッチョの一切れをまた口へ運びながら、キャスにも促す。カリ姐ぇさんもなにやら鋭い視線をキャスに向けている。その自分の声とカリ姐ぇさんからの視線に天を仰ぐキャス……。そうだもう諦めるんだな。
「魚を生でだべか?」
そう呟きながらも、諦めたのか恐る恐るその一切れを口に運び、目を瞑ってゆっくりと咀嚼するキャス。
「っ!!!!! こんなだ。おら初めってくったべ! いんやこりゃ美味いっだべ!」
そして驚いた様に目を見開くと、一転破顔満面となるキャス。慌てて次々とひめすの切り身を口へと運ぶ。
「「ほんだだ、ほんだだ」」
キャスのその様子を見てもまだ不審気だったヴァリとゼェタも、ゆっくりと綺麗な薄い切り身を口にすると、互いの顔を見つめながらいつも通りに見事にハモってみせる。
「セシル凄い、凄いよ」
「あ、ありがとうございます」
「ああ、確かに作ったのはセシルだけど、これを考えたのはリリュ様だからね。当り前の事だね」
セシルがほんとうに嬉しそう顔をこっちに向ける。いや~なんか照れるな~。でもそうか、やっぱりこれもお母様の考案なんか! ほんとうに発想豊かだな~。マジお母様には驚かされる事しきりだ。そしてその命名センスにも揺るぎはないですね。でもほんと来て良かったな~~~。なんか最高っ♪♪
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