1.修道開始! そして新しい日常
こんな風に数日間に渡った集中勉強会を行っていた間にも、老師さんと古武士さんは、今後の具体的な修行計画を作成してくれていました。これによると、午前中の座学では基本的知識の習得はもうすっ飛ばして、色々な言葉を勉強させようと云う事になったそうです。まずはフェルム語、そしてアニウラワルドのゲルビム語とイラワルドのフギ語、それと古獣語と4国語の習得を目指すみたいです。うむバイリンガルなんてもんじゃないな。それで午後の体術の時間なんですが、その内容がなかなか良く考えられていて、まぁこんな具合なんですね。
基本4日間のメニューを繰り返す形式になっています。まず初日、柔軟体操で身体を解す事から初めます。そして走る走る、石を背負って歩く歩く、スクワットみたいな運動、縄跳び、そして走る走る。うぉぉぉ下半身の運動だぁ。2日目、柔軟体操から始まって木剣の素振り素振り、薪割り、石の上げ下げ、懸垂(鉄棒なんかないから梯子を使うです)、そして素振り素振り。うむぅぅぅ上半身の鍛錬メニューですね。
3日目は、柔軟体操をしてから延々と歩きと軽い走りを繰り返す。むむむ、つまり持久力の強化ですね。最期の4日目はみっちりと柔軟体操をしてから精神集中の練習、これは内功術の初歩を兼ねてるそうです。ええ、この4つのメニューの繰り返しです。う~ん超回復までも睨んださすがな科学的トレーニングですが……。でも、きちいぃぃ、正直泣きそうです……。でもさすが古武士さん、適度に各メニューの間に休憩をはさんで、心が折れない様にしてくれてるんですね。でも体力修行の方が多いのはなんとかしてくれ~。基本インドア派なんだからさ。
これは剣術修行の初日の風景です……。
「止めである。ご子息殿、よいか木剣の素振りは、ただ漫然と振っていても意味はないのである。振るのでなく切るのである。まだ相手をイメージするのは難しいであるが、何かを断ち切るイメージを持つのは重要である。特に振り切るのではなく、断ち切った所で刃を止めて、すぐに元の構えに戻す事が大事であるな。最初は、切って、戻す。切って、戻す。切って、戻す。これを正しく素早く行う事が肝要である。よいか見ていて下されよ」
そういいながら、古武士さんが、40センチ程(自分用のかなり短い子供向けの木剣)の木剣を正眼に構える。木剣の剣先を相手の目の高さに向けると、ピシリと身体が静体する。完全に静止した古武士さんの周りが、静寂で包まれる。すると静止してる古武士さんの身躯から圧倒的な気迫が、ヒシヒシとこちらに伝わって来て、なにかに圧されるみたいだ。その静止していた剣先が、突然一瞬で頭上にまで持ち上がり、ビュッと風を切り分けながら鋭く振り降ろされる。その剣先の動きと完璧に同調しながら古武士さんの身躯が素早くズザッと大きく1歩踏み出された。その素早い踏み込みが終わったのと全く同じタイミングで、鋭く振り降ろされた剣先がお腹位の高さで静止する。剣先が静止した瞬間、ビシッと云うお腹に響く様な剣音が伝わって来る。ほんとに空気が震える感じだ。剣先が完全に静止した刹那、踏み出した古武士さんの身躯が、まるで後ろから見えない糸に引かれたみたいに、姿勢に一切の揺るぎがないままサッと2歩下がる。と同時に、剣先は元と全く同じ正眼の位置に戻り、再び静寂が辺りを包み込んだ。
この流れるような一連の動きが3秒位か? シンとした静寂から、一瞬の木剣の風切り音と踏み込み時のズザッと云う鋭い音、打ち下ろされた剣先が発する剣音、続く刹那の静寂、そして後ろに引く時のかすかな衣擦れの音、元の構えに戻り再び静寂が辺りを支配する。うむむむぅぅ、これは……一言で云うなら“静と動の美”ですね。なんかもう、いいもん見たって感じです……。
「直ぐには無理であるが、目標が具体的にはっきりすることは、良いことである」
そう云って木剣をこちらに手渡す古武士さん。うがっ、具体的目標とか何云ってるんだ、あんな事できっこないよぉぉ。無理無理~。
「さっ、ご子息殿。始めるである。まずは正眼の構えである……」
こうやって長い長い長い剣術修行の幕が上ったのでした……。
4日目に行う精神集中の練習は、じっとしながら、頭の中で色々なイメージをして、そのイメージを固定化する練習なんだ。これはなかなかおもしろかった、例えば……。
「目を瞑って草原を考えるのじゃ」
はい草原ですね……。
「草原はどんな色をしておるんじゃ?」
それで頭の中の草原のイメージに色をつける。
「草原に風は吹いておらんかな?」
はい。風は吹いてました、サーッと風が頭の中を通っていきました。そして風に靡く草をイメージして……。こうして徐々に具体的な草原のイメージを造りあげて行くんだ。
「パン!」
突然老師さんが手を叩く。びっくりして一瞬で頭の中の草原のイメージが霧散する。
「うむ。かなり集中できたようじゃの」
俺のきょとん顔を見て、満足な表情を浮かべる老師さん。
「どうじゃ? かなり草原をイメージできたかの?」
「はい。少しですけどなんとかイメージできました」
「うむ。ではもう一度やってみるのじゃ。先よりもっと具体的にそして先よりももっと早くじゃ」
こうやって、何度も何度もイメージ構築の練習を繰り返す。老師さんによると、この練習の目的は、具体的なイメージを構築する力と、素早くイメージを展開する力を獲得する為らしい。
「これは内功術を習得する上で、絶対に必要な修練である。イメージの構築が貧弱であると内功術そのものも弱くなるであるな。それに素早くイメージができないと、内功術の発功が遅くなるである。それは体術・剣術強化の内功術としては致命的である。どんな状況下にあっても一瞬でイメージして発功できる事こそが肝要であるな」
「例えば外功術では呪文が必要じゃが、それ以上に外功術でも、このイメージは重要なんじゃ。なんでも本物の魔法とは、このイメージだけで、魔力を発功させるものらしいのじゃ」
まぁ、そうは云っても自分には、外功術はできないんですよね……。どうせ伝魔力不足ですからね。
さてこんな厳しい修行も毎日続けていくと不思議なもんで、これが日常になっていくんですよね。そりゃ最初は身体も心も悲鳴を上げていましたよ。でもね最近じゃ、背負子に石を入れて歩くのも、結構気にならなくなったし、一度も出来なかった懸垂も、今ではなんと10回もできる様になりましたね。これにはマジ驚きだぁ。これはどうも古武士さんの策略らしく最初は軽目で徐々に負荷を増やしているみたいなんです。
あれだね忍者修行の低い木を飛び超えて行く奴と一緒だね。そうそう、そんな訳で剣術修行の方でも、近頃は結構さまに成ってきてるんですよ。それって木剣を振り下ろす時の音でなんとなくわかるんですね。ビュって云うんです、ビュってね~。いや~何事も積重ねだね。努力に勝る天才なしさっ!
なんだかだとこんな風に4日のうちの3日の午後は外での運動? 修行? を始めた訳ですね……。今までほとんど家の中にいたし、あっちでもずっと牢獄暮らしだったので。心身共にインドア主義が染みこんでいた自分にとっては大変革と云って間違い事でした。でも案ずるよりも産むが易しですか……、まぁいろいろな発見はありました。今まで集落のヒトとは、ほとんど接触って云うか出会いがなかったんですけど、さすがにここまでアウトドア派に変身すれば、当然ながら出会いますよね。
ただし日中の集落に居るのは、ほとんどは年上の女性、ひとことで云うと、“おばさん”達です。大人の男性は当然集落の外で畑仕事です。それは若い女性もほぼ同じです。自分もその後畑の手伝いなんかをする事になりますが、農業とはほんとに人手の掛かるものなんだよ。働いて働いて働いてジッと手を見るって奴だね。トラクターがマジ欲しいよ~。それでもなんか自分も集落の一員なんだって、やっと社会的なデビューを果たした様な気持ちに成れましたけどね。
一方で子供の姿はちらほら見かけるんだけど、子供にも脱穀やら粉挽やら家畜の世話等々と色々な仕事の手伝いがあり、のほほんとしてるのは自分だけって感じだな……。だけど自分の剣術修行、特に木刀の素振りなんかには興味があるらしく、チラチラと遠目から見られているのが感じられた……。これはかなりハズい。こんな感じで正直子供社会へのデビューは出来ていませんね。
あとこれだけアウトドア派になったので当然だけどグングン日に焼けて行きます。でもどうも肌が弱いのか、黒くならずにうっすらと赤くなるんだよね。そして正直ヒリヒリ痛い。この赤いのが落ち着くとちょっとは黒くなるんだけど、皮が剥けるとまた同じ事の繰り返しだ。周りの子はみんな真っ黒坊主なんだけどな……。マズイこんな事繰り返してると皮膚癌の危険高しだ。うん、どうやら日焼け防止対策は必然の様だな。そんなこんなで忙しい毎日を過ごしていく内に、ついにサラキトアの駅広場の片隅に、新しい塾所が完成しました。
漸くサラキトア塾所が完成して、老師さんと古武士さんが、我が家から塾所に引越しして行きました。なんだかちょっとだけ寂しいですね。さてその新設なった塾所ですけど、立派な木筋煉瓦造りの2階建てでサラキトアの集落の平均的家屋の4~5倍はある大きさです。
サラキトアの平均的な家ってのは、1階に居間、台所、小部屋が2~3室、そして2階は作業部屋って感じです。居間は、そうですね8~10畳位の広さですね。ちなみに我がヴェルウント家は平屋ですけど大きさは普通の家の倍以上はあります。30畳近い居間と広めの台所に、親父殿とお母様の寝室、自分の部屋、客間と親父殿の仕事部屋兼武具部屋、そしてカリ姐ぇさんの部屋に浴室って感じです。
一方塾所の方ですが、1階には、道場、武具部屋、台所、浴室、この一階のほとんどを占める道場ですけど、道場の駅広場側には大きな引き戸が何枚もあってガーっと開放できる感じです。ええ、なかなかいい感じです。えっとですね集落では空き巣の危険性はほぼ0です。したがってセキリュティ的感覚は皆無なんですね。この引戸はきっと夏の暑さ対策なんだろうね。そして2階には小部屋が6つと大部屋が1つあります。この小部屋に老師さんと古武士さんが寝泊まりする訳ですね。さてこんな塾所ですが、なんときちんとセキニア王国からの予算で建築された公共設備らしいです。おお、なんか文化的だぞセキニア王国!
ところで気が付きましたか? サラキトアではトイレは個々の家には存在してないんです。ちなみにトイレは下所と呼ばれています。ええ、下所、なかなか風流な言葉だね。さてこの下所、つまりトイレが個々の家にない以上、集落には数カ所の公衆トイレが設置されてるんです。なんで公衆トイレなのか? この理由ですけど、当然トイレは水洗とかじゃないから家の中にトイレがあるとそりゃ臭いからです……。所謂ぼっとんトイレにすればいいじゃん、って思うんだけど、どうもその発想もないみたいです。それに家の建築の効率性の問題みたいでもあります。確かに水回りってのは造るの大変だからね……。こーいう処は変に遅れてるんだよね。
それで屋外に共同トイレがある訳なんですが……。でもねそれがね、ぼっとんトイレじゃないから、浅い穴を掘ってちょっちょっと板で囲ったちょ~手抜きなトイレなんです。しかも汲み取りですら無いから、ただ単にそこに貯めるって奴なんだ、そりゃいつかは一杯になるよね? するとそこに土掛けて、また別の所に穴を掘るって云う安易さ……。
でもね、まぁ集落は|ソン(茨)に囲まれてるんだから無限に土地がある訳じゃないし……、わかる? 結構厳しい状況なんですよ。それに子供とか男性の一部はそのトイレすらも使わないからね……。汚いトイレが嫌なのは判るんだけどそれって……。聞けば都市部でのトイレ事情はずいぶんと違うらしいけど、農村のほとんどはこんな感じらしい、臭いもだけど、衛生的にも凄い問題あるぞ。……と、トイレ事情は、風流な下所って言葉に比べると限りなくお寒い現実なんです。まるでそれは一昔前の中華○民共和国かって感じです。ここは一発なんとか大改善したい点ですね。
さて塾所ができて見ると予想はしてましたが、またまた自分の生活に変化が現れました。もともと老師さんと古武士さんは、塾所の先生として雇われたんですよ。まぁそりゃそうだよね。専属の家庭教師が2名も付く程、我が家は裕福じゃないからねぇ。
そして塾所が開所すると間も無くキトアの各集落から若い男のヒトが、定期的に塾所に来る様になりました。もう少し詳しく云うと各集落の中で自警団がある4集落から月に一度3日間、20人ほどが塾所にきて、剣術そして座学(読み書き、初歩の算学、地学、歴史、正道)を学んで行くんですね。そうですこの塾所では、月に12日間程の訓練と講義が行わられる訳なんです。老師さんと古武士さんがその先生です。その上これとは別に親父殿が行う、月1回の各集落への巡回にもふたりの先生は同行するんで、その現地指導が月8日間になりますね。つまり月20日間はふたりの先生は自分の相手をできないって事ですよ。今まではおふたりにずっと手取り足取りして貰っていたんですけど、自習の時間が圧倒的に増える事になりました。これもちょっと寂しいです……。
まぁ古武士さん曰く。
「修道とは、自らを修める事であるので、孤高に行うのが正しい姿である」
ええ、適度に厳しいご指導は受けているので、文句はいえませんけどね。
こうして始まった孤高に修道を行う今の生活はこんな感じです。1日目の午前中は、老師さん所蔵のテゥス・オマジクの読解。基本孤高です。午後は、走る走る、石を背負って歩く歩く、スクワットみたいな運動、縄跳び、そして走る走る。これも大抵孤高。2日目の午前中は、老師
古武士
「型の習得とは、それ自体は目的ではないのである。型の中にある様々な構え、身のこなし、力の受け方や流し方、それを理解する事こそが大事なのである。ひとつひとつの動作が含む意味を考えなくては、単に型など習得しても物の役には立たないである」
……だ、そうです。そこで古武士
そして各集落から若いヒトが塾所に来た時には、結構一緒に講義を受けます。まぁ歳の差がだいたい10歳以上あるんだけど、剣術にしろ座学にしろ数カ月以上、自分が先行していたので、結構付いていけるもんです。まぁ基礎体力の差はどうしようもないんで、体力運動の方はついて行くのは無理なんだけどね。でもやっぱひとりで孤高に修行するよっか、百倍楽しいよっ!
こんな具合に最近は、まぁまぁ充実した小学生ライフを送っています……。でもマジどこの体育学校か、幼年兵訓練学校かって感じだけどね。
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