16.閑話休題その3 ナイアス・ヴェルウントの悩み
~ナイアス・ヴェルウントからの視線~
アズナルからの公伝便が今日届いた。その立派なペパの封筒をラストンの灯りに翳しながら、ちょっと考えてしまった。まずこのペパの封筒は、軍府の公式封筒だ。一般に使われるパピスの封筒に比べると、素晴らしく白いし手触りもずっと上だ。ああ、このペパってのは、主にケナフかなんかの植物を原材料とした紙で、パピスに比べると遥かに上等で、イラワルドの主要な交出品だ。そりゃ値段だって段違いだ。俺だって私用じゃリリュが恐ろしくて間違っても使いやしない。
次に今手許にあるこの真っ白な封筒には、軍府公用伝である事を示す、黒々としたトルガの姿を形どったセキニア王国軍府公伝印が押されている。つまりこの封筒は公伝便制度でここまで届いたって事だ。その公伝便制度ってのは、確か我がセキニアとアイロス王国にのみある制度で、国内を定期的に行き交う公伝馬車を利用して、書簡や小荷物を届ける制度だ。公伝馬車ってのは基本幌馬車だから、こういった書簡や小荷物を運ぶもんで、一般乗客は乗せない。乗せるとしたら下っ端の府官だな。サラキトアとは違ってもっと大きな集落や都市部の伝馬車駅ってのは、有人駅だからそこに書簡や小荷物を持っていけば公伝便の利用が可能になる。まぁサラキトアのような無人駅の場合は、周辺の人に頼むか、公伝馬車の車夫に直接頼むことになるな。
そうやって委託された書簡・小荷物は、公伝馬車を乗り継いで、目的地の伝馬車駅に届くって仕組みだ。そこから先は、現地の公配人により届け先の相手へと届けられる訳だ。手続きも簡単で値段も安く均一料金だから、王国で広く利用されてるすげぇ制度だ。ただ公伝馬車の引き継ぎの不手際やら、車夫、公配人の不正やらで、だいたい荷物なんかの10ブ2位は相手に届かないらしいけどな。それにあくまで公伝馬車に頼るから相手に届くまでに、軽く20日位は掛かるらしい。
金がある連中は、より早くて確実な物送ギルドの伝馬車を利用する物送便か、もっと安全・確実な私送便を使うな。物送便の仕組みは基本公伝便と同じもんだが、物送ギルドの伝馬車は公伝馬車より数が多いし、ずっと田舎まで行くから、公伝便よりかなり早い。それに届け物の到着調査を時々行っているからか、安全度もかなり高いって話だ。そりゃ料金は、公伝便に較べると数倍するし、距離別料金なのも貧乏人には辛い所だ。そして私送便は、物送ギルドか無縛人ギルドが請け負う奴で、配達人が書簡や小荷物を直接預かって、それを相手先にまで確実に届けるって奴だ、だからそりゃもう、かなり安全・安心って訳だ。それに私送便を請け負う配達人ってのは、大抵が獣人族のケンタウロスなんだそうだから、そら早いってもんだろう。だけど料金はそれこそ馬鹿高いらしい。まっ俺が私送便なんかを使う事は、多分一生ないだろうな。
おっと、話が脱線したな……。だからこの封筒は、そんな公伝便で届いたんだが、この封筒には、セキニア王国軍府公伝印が押されているから、公伝便でも紛失なんかする事は有り得ない。もし仮にそんな事が起こったなら、関係した車夫やら公配人がみんな取り調べられるのは瞭然だから、絶対にそんな事にはならないもんだ。まぁ到着時間の方はどうしようもないがな。軍府の場合、もし緊急性・重要性の高い連絡をするなら、グスワ便(鴉を若干小さくした位のグスワを使った伝書燕、10枚程度の紙を輸送可能、平均移動時速90K程度、右脚の足環が発信元を示し、左脚の足環が到着先を示す)か、どっかの騎士団員が直接街道をひた走る事になるんだろうしな。
つまりそんな公伝便で届けられたこの書簡、つまりはそれ程重要ではない書簡なのに、ご立派なセキニア王国軍府公伝印が押された真っ白なペパの封筒を開けると、中からは、ゴワゴワした手触りの全然白くないパピスの手紙が出て来た。中身はパピスで、外身はペパ……。ホントなら中身こそが重要なんだから逆にしろよ。そう、つまりはこのご立派なペパの封筒は、軍府の……、いや臣府の……、いやいや、王国そのものの単なる見栄って事なんだ。外見は立派、でも中身は……、なんだか王国そのものみたいだな。しかも一体この見栄だけの為に、どんくらの国費が浪費されているんだか……。正直溜息が漏れて来るな。
手紙を読む前から、こんな風に最初から嫌な気分になったが、中身を読んで更にどんどん気分は最低になった。アズナルからの手紙にはこの前話していた、王国の直轄地で行われている不正について、つまりどうやって王税を誤魔化すのかと云う手法。具体的にガディミリタと王税に係る食料商ギルドの商民が、手を組んだ不正の手法について書かれていたんだ。
アズナルによってそこに書かれていた不正とは、驚くべき事になんとエリシュギタスの中で堂々と行われているものだった。そもそもエリシュギタスとは、その年の収穫量に税率を掛けて王税を確定させる、農民にとっては重要で大注目な儀式の事だ。
エリシュギタスでは、まず最初にその年の収穫量の決定をするんだ。その方法はまず数カ所の畑の収穫物の重さを計って、メルスクア当たりの平均収穫量を算出し、そこから集落全体の収穫量を決定するって訳だ。そして最後に王税の量が発表されると云う手順だな。この手順をエリシュギタスとして、集落全体に公開しながら進めて行くんだ。まぁ集落にしてみれば、王税の量が決まる。下手すると自分たちの生き死にが決まる様な最高に重要な行事だから、ほとんどの住民が集まって集団監視の中で行われる儀式な訳だ。
では、このエリシュギタスのどこで不正が行われるかと云うと、実に簡単な話で、収穫物の重さを計る秤に仕掛けがされていて、収穫物を実際より少し軽く計るらしい。この時に使用される秤は大型の片手天秤と云われる奴で、一方に計る物を載せる片腕があってもう一方には、固定の錘りが付いている奴だ。この固定の錘が付いてる腕の長さを調整することで、もう片方の腕に載せた物の重さを計る天秤秤なんだ。まっ、エリシュギタスで使われる、片手天秤ってのは、相当にでかくてなかなか威厳のある見た目も立派な秤だ。
当たり前だがエリシュギタスの最初に、ガディミリタによって、この片手天秤に、まず公準錘を乗せて秤の正当性を確認するんだが……。まぁガディミリタ自身が、不正に関わっているんだから、もうどうもならないって事だな。たぶん公準錘に細工してるか、片手天秤そのものに細工してるんだろう。
つまりこう云う話しだ。実際には、1100の収穫があったのに、計測上はちょい軽で1000とする。すると奉納率がハブハフとすると、計算上集落に残されるのは500となる。そして奉納が500だ。つまり実際には100が余る訳だ。この余った100がガディミリタと王税に係る食料商ギルドの商民の手に入る訳だな。単純だが、かなり効果的な方法だ。なんといってもこれを摘発するのはなかなか難しいだろう。完全な現行犯として、その場で取り押さえるしか手がないが、その為には隠密裏に動かせるかなりの人手が必要になるな。だが今のマディミリタには、そんな権限も人手もありはしないはずだ……。
更にはそんな権限も人手も与えられていない、マディミリタだが、実は扱い上だけはかなりな顕職だから、その移動には色々な組織の許可が必要となるハズだ。だからアズナルも定期巡回以外では王都から出る事もままならないのが現状らしい。一体そんなマディミリタが、どうやって秘密裏に動いて不正を暴けるって云うんだ。そりゃアズナルもつい愚痴の一つも云いたく成るだろうな。だからと云ってそれを俺に向かって、手紙でダラダラと綴る事もないだろう……。
ここで思わず、手紙を投げ捨てたくなったが、そこをグッと堪えて続きを読み進めた。次に書いてあったのは、このキトアについての話だった。それもキトアの王税特猶の話だ。この王税特猶についてはいつも俺が気にしていた事だから、アズナルも気を効かせて調べてくれたのだろう。
王税特猶とは、新規の開墾地域に適用される制度で、開墾初期には王税を緩くするこで、新規開墾地域への農民の新規参入と定着の促進を支援する事を目的に定められた古くから有る制度なんだ。これも創始王が考えたなかなかいい制度だ。まず一般の王税の基本奉納率は、10ブ4だ。豊作な場合と不作な場合は、ドメンスルとガディミリタの話し合いで若干上下するが、まぁ基本は10ブ4だ。この奉納率については司府の税部、主計局によって弾かれた数字だな。確かその奉納率の根拠について一度説明を受けたんだが、よくは……、いや一切理解できなかったな。まぁ生活ギリギリな数字であるって事だけは体験上判っている。なんといっても俺、ヴェルウントの実家は農民だからな。
さて一般の王税の奉納率は、10ブ4なんだが、キトアには今王税後特猶が適用されている。実はこの王税特猶には前特猶と後特猶の2つの奉納率があるんだ。例えば、キトアで最初の溜池キトアサラレク出来たのが、約20年前、その時から入植は開始されたんだが、長らく(護民官)無任領地だった。(護民官)無任領地ってのは、王国の管理から見ると一緒の荒れ地、原野扱いだ。集落の造営にしろ、灌漑施設にしろ、道路にしろ、お前たちが勝手にやれと云った感じだ。つまり基本開墾に王国は係わらないと云う姿勢だな。簡単に云えば農民達は自ら家を建て、畑を拓き、畑までの道を造り、自分たちの手で溜池から水を運び麦を育てると云う非常に厳しい環境下に置かれる訳だ。ただしそのかわり王税には、王税前特猶が適用される。王税前特猶での奉納率は10ブ1だ。この王税前特猶があるからこそ、各地の農民の3男坊、4男坊や、都市部での食い詰め者が、なんとか入植者として集まるんだ。
そしてそこから、王国が最低限の灌漑施設や、集落の造営や道路の整備なんかを進め、俺がガディミリタとしてキトアに赴任したのが6年前。その時からは、キトアには王税後特猶が適用されたんだ。後特猶の基本奉納率は1クオだ。灌漑施設ができた事で麦の収穫量は倍以上になる。それに毎日の水運び仕事から解放される事や、道路が整備されて移動が簡単になって、農民ひとりが耕す事ができる広さも倍以上となった。そんな中での後特猶での奉納率1クオってのは、キトアに地力を付けさせる為の最後の準備期間と云う処だ。
過去の例では、この王税後特猶は、だいたい初めてのガディミリタが赴任してから、20年間位適用されている。だが王国では最近しきりに奉納不足が叫ばれていて、各地で僅かではあるが王税の奉納率のアップが行われている。俺に云わせれば、使う方に問題あるんじゃないかと云いたい処だ。だが王都の司府辺りでは、奉納率のアップだけに留まらず王税特猶の期間短縮とか、特猶奉納率の見直しとかが、盛んに囁かれているみたいらしい。そんなだから俺もこの件については敏感に成らざる得ない訳だ。
さてアズナルの手紙の内容によると、キトアの王税特猶の期間短縮について、近々司府の税部より正式に、臣の申卓に申言がされるらしいと云う事だ。しかも短縮期間は10年! つまりあと4年で王税特猶を打ち切ると云う暴挙だっ! こ、これは……、なんとかしないと! たったあと4年で王税特猶が打ち切られては、キトアの将来は真っ黒だ! マジ死活問題だぞこれは! なんとかしないと、なんとかしないと……。気が付くとアズナルからの手紙は、俺の手の中で握り締められていて、何時の間にかグシャグシャになっていた。
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