15.勉強のお時間 その⑬【セキニアの奉納(税金)】
「ガダスシアプ。みなさん、そろそろお茶にしませんか」
お母様のいつものしっとりとした優しげな声が居間に響きます。今日はなぜかカリ姐ぇさんでなく、お母様が手ずから湯気の立つ木のカップを、先生方の前に配っています。そんなお母様の今日の服装は、膝まである上品な水色のワンピース姿で、スカートには緩いフレアが波打っています。お母様何時見ても上品で綺麗です。
「「「ガダスシアプ」」」
勿論全員声を揃えて大歓迎です。さてお母様が今日のお茶の時間に出した飲み物なんですけど、見た目は濃い茶色、香りが凄く香ばしくて、味は苦味と酸味の効いた大人な一杯でした。でも、これって、もしかして?
「奥方様、これはなんであるか? それがしは初めて頂くものであるが……」
カップに口を付けるや否や、古武士さんが驚きな表情をそのままに、お母様に向かって尋ねる。うん自分も聞きたい処だったね。
「これはビタの果を煎って煮た煮汁でございます」
「ビタの果! それは初耳である。この膨よかな香りと、苦味、そして微かに交じる酸味……。まさに格別である。よければレシピを伺いたいである」
古武士さん、なんか凄い食い付きですね。でも確かにこれって、コーヒーっぽいです。ビタってのは、その葉っぱが苦味と臭い消しの香辛料として重宝されてるから、あっちこっちの軒先に、大人の腰くらいの高さのビタの木が4~5本は生えています。正直キトアではすっごく普通の植物なんですよ。でもビタに果その赤黒い果は、色とエグみのある匂いから毒があると云われてて、実際に生で食べるとお腹を下すんです。ええ、実際下剤として利用されてるからね。だからほとんど利用される事はないんですよね。このたぶんコーヒーと云っていい飲み物を、ゆっくりと楽しんでいた老師さんも、興味深々な様子でお母様に重ねて尋ねてます。
「確かにこれは、初めての風味じゃな。奥方が考えたのかの?」
「そうです。ビタの葉はなんとも云えない香りがします。ですからは、その果を何とか利用できないかと考えましたの。でも生の果ですと汁の匂いと味が強すぎるしお腹にも悪いので……、そこでソンの葉の事を思い出して煎ってみましたら、なんとも云えない良い薫りを醸しました。そこでその煎った果をお茶にしてみましたら、この様な飲み物に成りました……。お味の方は如何でしょうか?」
「「「絶品「じゃ」「である」「です」」」」
3人の返事が見事に揃いました。お母様はこの声を聞いて、ニッコリ微笑んで一礼するとスッと立ち上がります。う~んほんと優雅だな~。でもお母様マジ凄いです。ビタの果でコーヒーとは……。うん、この3日の勉強会で出された3種類の飲み物の中でもダントツで優勝ですね。
午後のコーヒーを楽しんだ後は、早速授業の再開です。
「さて、続いては王国の奉納についの説明じゃ。これも細かく説明すれば、そりゃ沢山あるんじゃが、今日は基本についてのみじゃな」
おおお、税金を奉納って云うのか~。ええ、税金大事だよね、なんと云っても国の最大権力のひとつが徴税権ですからね。これはほんと重要な事ですよ。なんたって革命の原因のほとんどは、この税金問題だと云っても過言じゃないからね。
「そもそも王国の奉納には王税と国税の2種類の奉納があるんじゃ。まず王税とは、王から土地を借りている事に対する、借地料としての意味合いがある奉納じゃ。なんといっても王国の土地は公伯領を除けば全て王と王家の領地じゃからな。そこで産民、つまり農産、林産、水産、鉱産を生業とする民は、生産物の一定割合を王税として王に収めるのじゃ。一方産民以外の作民、商民、奉民の民は直接王税を収める事はないんじゃ。じゃがその代わり作種、商種、奉種で生業を営む全ての業主が、自分が雇った雇人に代わって王税を収める事になるんじゃな。あと無縛民の場合は、無縛人ギルドが依頼料の中から王税を徴収しておるんじゃ」
おお、きちんと全国民から徴収できる仕組みになってるんですね。しかも雇人と無縛民に至っては源泉徴収かよ~、無縛民全然自由じゃないじゃん、なんか泣けてくるな~。でもなんと云っても税金は国の要ですからね。しっかり集めないとだね。
「産民のほとんどは農産であり、国の礎もまた農産なんじゃ。ではその農産への徴収の仕方じゃが、基本は麦による奉納と成っているのじゃな。してその奉納の徴収方法じゃが、王国では一年間に生産した麦の全量に一定税率を掛けた分量を徴収する事になっておるんじゃ。これは農産とは自然を相手にするものじゃから、豊作もあれば凶作もあり一定量の徴収方法では、凶作時に悲惨な事になるとの考えからじゃな」
むむむむ、つまり年貢米じゃなくて、年貢麦なんですね。まぁそりゃ主要生産物が麦ぽいから、妥当なとこか。へぇ~、しかも定量課税じゃなくて定率課税なのか、それは確かに進歩的だね。でも一年間に生産した麦って……、そんなの簡単に判るのかな?
「毎年、毎年、麦の生産量を調べるんですか?」
「王国の農地は全て検地済みじゃ。だからじゃ一部の土地の収穫量が判かれば全体の収穫量が把握できるのじゃよ」
おおお、統計的に全体量を把握するんですね。そりゃ確かに全耕作面積が判っているなら、適度なサンプル調査で全体量を推計するのは、そんなに難しくはないですね。でも……。
「でもでも検地ってのは、そ~簡単には出来ませんよね? そーすると土地の広さをズルする人が出ませんか? そんなズルする人が多いとすっごい不満溜まりますよね?」
「ふむ、坊主よく判っておるのぉ。“税にとっての肝要な点とは、税率にあらず、公平性こそが最も肝要なり”とは、これも創始王の言葉なんじゃ。つまり王税にとっては、収穫量の予想こそが税の公平性の最重要点なんじゃ。すると重要となって来るのが小僧が云う通り土地の広さなんじゃ。つまり突き詰めるなら検地こそが重要なんじゃな。検地は確かに簡単ではないぞ、じゃが三角検地が発案されてからは、比較的検地は楽で正確になったのじゃ」
そうそう税の公平性大事だよね。どっかの国ではトーゴサンとか云われてますけど。こっちでは大丈夫なんですかね。むむ、そこで三角検地ですか? はて……。
「三角検地ってなんですか?」
「むむっ」
古武士さんの方を見て質問したら、なんかちょっと言葉に詰まったな。すると早速老師さんが話し出した。あれ? あんま一般的な事じゃないのかな三角検地って……。
「ほほう、坊主三角検地に興味があるようじゃな。じゃが理解できるかのう……。よし、ちょっと待っておれよ」
そういいながら、老師さんは椅子から飛び降りると、ササッと廊下の奥に小走りに消えて行きました。どうしたんだ?
「ご子息殿は、三角検地に興味があるであるか? 正直それがしには理解の外であるが……」
そんな老師さんの後ろ姿を見ながら古武士さんが、ちょっと苦い表情を浮かべる。えっ、なんでかな?
「あったわい。あったわい」
そう云いながら、やはり小走りで廊下の奥から現れた老師さん。うん、足がチョコマカしてて何やら可愛いな。そんな老師さんは、その勢いのまんまヒョイと椅子にすわると、こちらに向って可愛い拳を突き出した。
「これが、三角検地じゃよ」
そうして握った可愛い拳を上に向けて開く、その開いた小さな掌の中には、1本の釘と1本の糸が在った……。
「「???」」
それを見た自分と古武士さんは思わず顔を見合わしてしまう……。なんだこれ?
「よいか、見ておれ、こうするんじゃ」
そう云いながら、老師さんは、その釘を勉強机(居間の長テーブルです)に突き刺した。あっ、テーブルに傷を付けるとお母様の機嫌が……。そしてその突き立った釘に糸を掛けると、その糸の両端を引っ張ったんだ。それを上から見ると……、一目瞭然“<”の形になるよね。
「よいか。一角の角度とその両辺の長さが分かれば、三角形の面積は自ずと算出できるんじゃ」
「!!!っ」
うおっ! そう来たかっ。“三角形ABCがあるとき、辺ABと辺ACの長さが判っていて頂点Aの内角が判るとき、三角形ABCの面積は“ 1/2✕(辺AB)✕(辺AC)✕sin✕頂点Aの内角”となると来たもんだ!
うあっ、なるほど! つまり三角形の積み上げで面積を求めるのか。おお、なんか今バシッと三角検地なるもののイメージが頭の中に浮かんだぞ。まずひとりの人が長い棒を持って地に突き刺します。そしてふたりの人がそれぞれ長い縄を持って別々の方向に走ります。そして縄には印があって長さが判るようになっているんだ。縄を持ったふたりが所定の位置で止まれば、棒を持った人が、両方の縄の角度(頂点の角度)を測る、そしてふたりが自分の縄の長さを叫ぶ。これでひとつの三角形の面積が確定できる。そして棒を持った人が縄を持った人のどちらかの方に移動して、次の三角形の面積を測るんだ。確かにこれなら、たった3人で僅かな器具さえあれば相当簡単に検地ができるな。そしてこの世界では、すくなくとも三角関数の正弦関数は理解されているって事だ。
「小僧判ったのか?」
思わずうんうんと頷いている自分をみて、老師さんが逆に少し驚いた表情を見せる。いやそんなに難しい話じゃないけど?
「ええ、大体の所は……」
「で、あるか……」
古武士さん! そのなにか不思議なものを見るみたいな、ちょい悲しい様な目つきは止めてくださいよ。
「まぁ、この三角検地でほぼ正確な畑の面積を把握した上で、毎年毎年の収穫量を算出し奉納の量を決めているんじゃな」
ふぅ~~。やっと戻ってきたか~。まさか年貢の話から、三角関数に話が跳ぶとは思わなかったな。
「さて、産民以外の王税じゃが、作種、商種、奉種で生業を営む全ての業主に対して、その生業の事業規模を、雇人の数、借地の広さ、物流の量、仕入れの量、販売の量等から算出するんじゃな。そしてその事業規模から王税の額が決まるんじゃ。まぁ実際にはこの事業規模の算出は、各ギルドが担当しておるんじゃな。確かにそこは餅は餅屋に任せるのが一番じゃからのぉ。まぁよく思いついたもんじゃよ」
「で、あるが、これでギルドに大きな権力が発生したである」
「うむ。ギルドへの強制加入もこれが切欠じゃな」
ほぉ~、つまり外形標準課税を行ってるって事ですか。確かに外形標準課税の方が、脱税しにくいし、面倒な税務処理も要らないからね。それでその事業規模測定をギルドに任せるってのも合理的って云えば、合理的だね。
「つまり生業で儲かってなくても、税は取られるんですね?」
「王税も収められん者は、業主として失格と云う事じゃな。まぁ実際には徴収延期とか、起業時の免税とかいろいろと特例はあるようじゃがの」
「で、あるな。確かに起業同時は大変であるが、だいたい生業に掛かる王税は適額であったな。あれを納められないならば、その才無しと断じても良いであろう。まぁその様な者は一刻も早く商売替えをすべきである」
と経験者は語るか……。まっ税金も収められない奴は失格って事か、なんか至極明瞭な話だね。どっかの国では法人税は30%の企業しか納めてないらしいけどね……。だからトーゴサンとか云われるんだ。うんうん、そして免税に延期ね。結構よく考えられてるな~。やっぱり歴史が長いだけの事はあるね。
「この業主に対する事業規模への奉納じゃが、元々は王国特有の制度じゃったが、今ではセラワルド全土で採用されておるんじゃ」
「それでますますギルドの権限が強化されたである」
おお、さすがは創始王、面目躍如ってとこですかね? 結構ご両人ともギルド嫌いなんかな?
「一方の国税であるが、これは臣下が王国へ尽くすと云う意味合いを持っておるんじゃ。その多くは徴民税じゃな。つまり街道整備、街の整備、貯水池の整備等への人足奉公じゃな。これは7民全てへの平等な義務じゃ。ただしこれについては、今はほとんど金銭の支払いで代行されてるんじゃ」
つまり公共工事の人件費を税金として直接集めてるって事ですね。まぁ判り易いって云えばそうなのかな……。
「国税としての徴兵はないんですか?」
「徴兵はないである。王国の騎士団は全て入団試験に合格した志願者で構成されておるである。王国で騎士団に入る事は、多くの男児の夢である」
「そうじゃ国税の徴民税は、国の基礎を作る為のもの、つまりは臣民が自らを助ける為のものじゃったのよ……」
やっぱり、こういう文化レベルだと軍人ってのはエリートなんだろうな。多分長男以外は食い扶持がないもんね仕方ないか……。
「この国税たる徴民税の内容と量については、かなりの部分が各地の臣民会議によって左右されるのである」
「そうじゃ。臣民会議の最も大きな権限じゃな。良い面もあるが、悪い面も多々ある制度じゃ」
確か臣民会議ってのは地方議会だったよね? それなら、まぁ地方の公共工事は地方で決めるのが一番なんじゃない? 地方分権でいいんじゃないですか。あれ? でも古武士さんも、老師さんもちょっと苦い表情ですね? なんでですかね? そんな、微妙な空気を最後に残したまま、今日の授業は終了しました。ガダスシアプでした。
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