5.閑話休題その1 先生方の会話
~サローン・アドバンからの視点~
本日の地理の授業が無事に終わりその後の夕食も済み、我らふたりは居間から戻り、当面我らに充てがわれた小さな客室の中で、先程まで明日の授業の準備を行っていたである。
この小さな部屋は、居間から続く廊下の突き当りに在る小さな客室なのである。この小さな客室には、質素なベッドが2つに、小さな木目も鮮やかな丸テーブルがひとつ、そのテーブルを囲んで背もたれなしの3脚の丸椅子が2つ置いてあるである。それに壁にいくつかの服掛けと、荷持置き用の造り付けの6段の棚。まぁ質素ではあるが、さすがガディミリタの家だけの事はあり、最低限の施設は整った客室なのである。
だがこの小さな客室は、これだけの数少ない家具と我らの荷持や、それがしの武具等でもう足の踏場もない位に満杯である。そして部屋同様に小さな丸テーブルの上も、いろいろな本やら、資料やら小物やらで小山の様な有様になっているである。そんな丸テーブルに出来た小山の裾、丸テーブルのギリギリ端にU字型燭台が在り、そのU字の先端でラストンが2つ灯りを放っているのである。幸い部屋自体が小さいのでその2つのラストンの灯りで充分であるな。我らふたりはそんな丸テーブルを囲むように、3脚の丸椅子に座っているのであるが、ホピットのイジュマー老には、この3脚椅子は少し高いようである。椅子に腰掛けてはいるが、その可愛い両脚をブランブランとさせているのである。
なんとか明日の準備も終わり、部屋の中は沈黙が支配しているである。それがしとしては、そろそろ眠りに着くべきかと考え初めていたのである。
「お主、この家族をどう思う?」
イジュマー老が、突然尋ねて来たである。
「護民官殿であるか?」
「それもあるし、奥方や、猫娘もじゃ」
「面白いであるよ。護民官殿は聞いていた噂とは感じが少し違うであるな。“トファルナの英雄”であるから、当然、もっと豪傑なタイプを予想していたである。あれほど理知的な人物とは驚きである。
して奥方様はアレであろう? “潰しの魔女”であるか? こちらも聞いていた噂から予想した感じを、微塵も受けないである。イジュマー老よ、正直な所奥方様の魔力は噂程のものであるか?」
「ああ、確かに相当なもんじゃな。そこら辺の魔術師では足下にも及ばんじゃろ。惜しいのぉ、きちんと修行すれば、多分5術使でも6術使にでも成れる素質があるんじゃがな。まさしく大魔術師の素質ありじゃな。
“潰しの魔女”とは、アレじゃろ? 岩を飛ばして相手を潰すと云う事じゃろ? まぁあの奥方ならば、多分簡単なことじゃろな」
「で、あるか」
岩を飛ばして相手を潰すであるか、それがしには想像も付かないであるな。正に驚きである。あの料理上手で楚々とした奥方様が、そのような力を持っているとは……。魔女とか魔法使いとか云う輩は、ほんとうに力が計り難くて困ったものであるな。
「護民官の方は、確か“魔獣殺し”じゃったかの?」
「魔獣殺しのヴェルであるな」
「して、護民官の腕は、お主の見立てではどうなんじゃ?」
「真の力は、立会でもしなければ見えないである。しかしヴェルウントなのであるからシンゲキ流リシン派の本家筋であるはず。それ相当の使い手と見るべきであるな。そして護民官殿が腰に佩いて居たのが、噂のカナタ“黒疾斬”である」
「ヴェルウント……、つまり賢人リシン・ヴェルウントの家系じゃな。実はわしは彼の御仁に会ったことがあるんじゃ」
「うぬっ、誠であるか!」
それは、凄いである、リシン・ヴェルウントと云えば、王国の近年の歴史上非常に有名な人物で、賢人、偉人と呼ばれる様な人物である。“遥かなイラ、アニイラワルドは“日の国”より来たるは、賢人リシン………“で始まる吟遊詩人の詩は、とみに有名であるな。一体どのような人物だったのであるのか?
「…………はは、冗談じゃよ。冗談。わしはまだ84歳じゃぞ。かの御仁は100年以上昔のヒトじゃぞ」
なんと冗談であったか。誠に残念である。しかしイジューマ老がまだ84歳とは、少しばかり驚きであるな、ホビットで84歳は初老にすらならないのでないか? 外見からすると随分な若年寄りである。しかしまさかこのイジュマー老が冗談を云うとは思わなかったであるな。
「で、あるか? イジューマ老は実は184歳で、本当にリシン・ヴェルウントに会っているのであるまいか?」
それがしも、少しは云い返しておくである。ふむ一瞬、老が遠い過去を眺める様な目つきをしたである。……返事がないであるな。どうも年齢の話は好まないであるか? では話題を変えるである。
「ではカリファ殿は、イジュマー老から見てどうであろうか?」
正直、それがしには、あの猫人族の女性はよく判らないである。只者ではないとは感じるのであるが……。
「猫娘な、アレはかなりの内功術の使い手じゃな」
「で、あるか……」
「あの護民官が、警備主任と云うからには、まぁ相当なんじゃろ」
「で、あるな」
内功術使! それがしには感じられなかったである。それに剣士とも思えないである。所謂シーフとか、コレクとか云われる者であろうか? さすがにアシンはないであろうが……。確かに猫人族にはその手の者が多いのも事実である。うむ、それがしが気が付けない内功術使ならば、間違いなくそちら方面であるな。もしや伝説の無音暗技の使い手であるか? いや、いや、やはり判らないであるな。奥方様にしろカリファ殿にしろ、やはりオナゴは、謎であり恐ろしいのである。
「して、お主はあの坊主をどうみた?」
イジュマー老の問いかけの最後がご子息殿についてであった。
「正直驚いたである。イジュマー老の仰せに従い、ご子息殿の年齢を気にしないで教えたであるが、多分教えた全てを理解しているであるな」
これはご子息殿への教えを行う前にイジュマー老と計った事である。
「あの坊主の正道への解釈具合から試してみたのじゃが。アレほどとはな、わしも正直驚きじゃったよ」
「特にあの落ち着いた態度が、僅か5歳とは思えないである。ああ云うのを早熟の天才と云うのであるかな?」
これが、それがしの正直な感想であった。だが両脚のブランブランを止める事なくイジュマー老が、違う見解を示したのである。
「天才? うむむむ、ちと違うの。わしは王立魔道学園で多くの、俊才、天才と云われた若造共に接してきたが、アレはそういうのとは違うな。アレはなにか。こう……、そうそう、智者の態度と云う感じじゃな。つまり広く深い知識に裏付けられた者の態度じゃな」
「智者であるか? 広く深い知識? ご子息殿はまだ5歳であるが?」
「そこじゃ。その外見に騙されるのじゃ。だから早熟とか天才とかと云う印象になるのじゃな」
「うむぅぅ」
果たして、そうなのであろうか? それがしには解らぬ……。
「確かに、あの坊主、この世界の知識は5歳並にしかないようじゃ。だがのぉ、なにか別の知識を豊富に抱えておるような気がせんか? つまり遠く離れた全く別世界の智者と話しているように感じないかの?」
うむむむむ。確かにご子息殿が時たま発する質問は、内容が非常に深い質問であるな。
「その様に云われますと、そのようにも感じますな」
確かにそんな感じもするであるが……、いや、そんな事はないのである。やはり5歳は5歳である。あれは早熟なのである。
「しかしそれは、我らが仕事になんら影響を与えないのである。それがしはご子息殿にそれがしの知識でもって教えを行うのだけである」
これがそれがしの結論である。確かにご子息殿含め、非常に面白いご家族である。それがしはそこに悪い感情は抱いておらぬので、今回の仕事を精一杯務める所存である。
「うむ。それはそうじゃな」
「老よ、それがし、早寝が決まりであるのでこれにて失礼致すである」
今は無駄話を続けるよりは、明日への備えに寝る事が肝要であろう。
「うむ」
「では、灯りを落とすである」
「構わんぞ」
「ガダスシアプ」
「ガダスシアプ」
イジュマー老に一言断ってから、それがしは厚手の防光布を、U字型燭台の先端で光りを放つラストンに被せたである。防光布から漏れるラストンの光りで、部屋が丁度よい闇に包まれたである。それがしはこれ位の暗さが好みである。質素だが綺麗に手入れされたベッドに横たわり毛布を掛け、目を閉じるである。
最後にテーブルの方をチラリと伺うと、まだイジュマー老は椅子に座ったままで、脚をブラブラさせているである。はて、老人とは早寝ではなかったであろうか? まぁ夜更かしの不良老人もいない訳でもないであろうが、しかし不健康極まりない事であるな……。
~ナハトマ・イジュマーからの視点~
今横になったと思ったら、すでに寝息を立てておるのぉ、なんと寝入りの良い男じゃ。正直剣術馬鹿かと思っておったが、これはもしかすると健康馬鹿でもあるかも知れんのぉ。まぁ騎士として、そして教師としては良い男なのかも知れん。あの護民官も同じ騎士じゃが、はてもうちょい複雑な男のようじゃな。
しかし地域の農民への教育とは……。いったい真の目的はなんじゃろうな。まぁよい、それもおいおい見えてくるじゃろうて。もしかするとさすが賢人リシンの子孫かと云う事になるのやも知れんのぅ。
じゃがわしは、なんであんな冗談を云ったのじゃろう? あの言葉、意識もせずにスラスラと出てきたのじゃが……。云ってからわしが驚いた位じゃ。慌てて冗談だと云ったが、まったく不思議な事じゃ。
まっ、それよりどうしても気になるのはあの坊主じゃな。今まで何千人もの小僧共を見てきたが、あんな感じなのは初めてじゃ。間違いなく以前に読んだ、“リジェット・エレリーパティック秘伝”とか“創始王セキニア・アグヴェント外伝”などにある、彼らの子供時分の記述に似ておるのぉ。彼のふたりは、我らが預かり知らない様な魔化不思議な知識を幼少の頃から披露したと云う……。
もしかするとこの先、あの坊主にもそういう事があるやも知れんの。リジェット・エレリーパティックが世に現われて早2000年、創始王セキニア・アグヴェントが生まれてから、1000年。噂によると初代エスタリオン教皇のロキシア・エスタ・ヴォツェックもまた異能な者であったそうじゃ。彼女が生まれたのが3000年前じゃ。うむ、そろそろ新たな異能者、異世者、隔世者とも呼ばれる者が現れてもいい頃じゃ。
ロキシア・エスタ・ヴォツェックは、死に絶える寸前であったアニウラワルドの諸族を、このセラワルドの地に導いた者。リジェット・エレリーパティックは魔道を確立し、世界を啓いた者。セキニア・アグヴェントは1000年前の大魔禍で諸族を結集し、セラワルドを破滅から救った者。そうじゃ、その最後の魔禍から1000年、恐らくは三度目の魔禍も近いじゃろう。
だが今やセラワルドの各国は、魔禍の脅威を忘れ去り堕落腐敗し正道を唱える者は忌み嫌われる始末じゃ。この王国にしても建国時の気概は既に失われ、セキニアの強武豊農幸民も過去へと消え去り、諸族は差別され分断されつつある。3世の禁すらも怪しい昨今、ほんに世の立て直しが必要な時代じゃな。
さてあの小僧に希望があるかは、まだまだ判らぬが、勝手に希望を持っても誰にも迷惑はかけんじゃろうて……。もしかするとキトアの地に他の逸材が埋もれておるかも知れんしの。まぁわしの残りの余生を捧げるに、値する仕事であることを祈るばかりじゃ。
うむ、わしも寝るとするかのぅ、しかしこのベッドはちと大き過ぎじゃ。今作っておる、集会所だか塾所だかには、もちっと小さ目のベッドを作って貰わんといかんな……。それにこのラストンは、完全に消せんのが不便じゃな。わしは真っ暗な方が眠り易いんじゃ。おお、そうじゃった、王都には確か光りの漏れないラストン蓋(遮光蓋)があるそうじゃ。このサラキトアにも行商人は来るじゃろうから、ひとつ頼んでみるかの。瞳を閉じて、一切の光を追い出すと、直ぐにウトウトと意識が跳び始め………。うううう、なんじゃ? 不思議な一節が、頭を過りおったぞ……。
“種伝者顕われしなら、世は乱れる”
はて…なんの……誰の………言葉……じゃろう…か……………。
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