4. マディミリタ(無任地護民武官)アズナイル・ソルメタル
武具の手入れをギルに任せると、最愛の息子との会話で胸が熱くなったまま、そそくさと居間に舞い戻る。すかさず長テーブルの上座に座っていたアズナルの席を、シッシッと奪い取ると、俺も久しぶりに陶器のジョッキで、冷たいエールをゴクゴクと喉に流し込む。
“クっぅぅ、ブッハァ~”
ああ、最高の気分だ。可愛い息子、そして最愛の妻の料理に冷たいエール。もう他にはなんにもいらないぜ。俺は、俺は、なんて幸せなんだーー!
「おい、ナイよ、なんか良い事でもあったのか? もしかして俺との再会がそんなに嬉しいのか?」
「はぁ? そんなんじゃねぇ。残念ながらお前には判らんことさ」
俺の隣で赤い顔をしながら、こちらもかなり上機嫌にエールを喉に流し込んでいる男、それがアズナイル・ソルメタル。そう俺の10年来の戦友だ。俺と同じ黒虎騎士団の騎士で、マディミリタを拝命している。マディミリタとは名前の示す通り、任地のない護民武官で、その任務ってのが、ガディミリタの監視と来たもんだ。
なんでそんな役職が生まれたかと言うと、そもそもドメンスルが行う執政からの護民を目的としているのがガディミリタなんだが、どうしてもドメンスルとガディミリタってのは癒着・馴れ合い易いんだな。そしてこの癒着・馴れ合いが酷くて、護民の目的が達成できない事態が頻発した時期があったんだ……。
そこで考えられた役職がマディミリタで、今アズナルは部下4名の騎士を引き連れて、王国の各郡を定期巡察をしている。今回は伝馬車の護衛も兼ねてのキトア巡察って訳だ。つまりアズナルの仕事は、この俺を監視する事って訳だ。そんな奴が、エール片手にこんなに寛いでていいのかよっ。まっ、それだけ俺を信頼してるって事なんだろうけど、部下の目の前でここまで……。マジ大丈夫なのか?
まぁそんな細かい事はど~でもいいか。こっちも巡回の疲れも手伝ってか、冷たいエールが空腹の胃に染み渡ってきてる。それにさっきのギルとの会話の余韻もあって、なんかすっげ~気持ち良くなって来た。テンションがガンガン上がって来たぞぉ。
「アズナル! お前も早く、嫁を貰えっ! いいぞぉぉ子供は! おお、息子ってのは最高だぞ!」
アズナイルの首に腕を回し、グイグイと揺さぶりながら、もう一方の片手に持ったジョッキに口を付け、何杯目なのかもう判らん冷たいエールを喉の中へと流し込む。
「あああ わかった。わかった。さっきからしつこいなお前も~~~」
さっきから同じ事を繰り返えされて、さすがにちょっと閉口気味なアズナイル・ソルメタル。
「俺だってな、嫁は欲しいんだよ。でもよ、こればっかりは相手が居る話しだからな……。ってかナイ! お前、俺の話し聞いてるか?」
「うはははは。エールが美味い。ギルは可愛い。料理が美味い~」
「もう暑苦しいな~。この手を、 はっ なっ せっ」
首に巻き付けられた腕を外そうと格闘を続けるが、酔っぱらうとしつこさ天下一品の、ナイアスの腕がそう簡単に離れる事はなかった。
「はい。ソルメタル様。お待たせしました。山菜のテンペロですよ」
そう云いながらリリュが大皿に、山盛りの山菜のテンペロを持ってきた。そこには、フキノトウ、ワラビ、ゼンマイ、ノビル、ヨモギなどがちょっと薄茶の衣に包まれて湯気を上げている。そして質素な麻の前掛け姿で微笑むリリュ。ああ、リリュ綺麗だぁ~。愛してるぞぉ~。
「うおっ~~~。リリュ様のテンペロまってましたぁ~」
その料理を見た瞬間に、俺の腕を振り払って、山菜のテンペロにかぶりつくアズナル。
「どうだ! リリュの料理は天下一品だろう? だっ! かっ! らっ! おまえも早く嫁を……うぐっ」
「五月蝿い! 五月蝿い! 黙ってリリュ様のテンペロを食え!」
アズナルが、俺の口の中にフキノトウのテンペロを突っ込みやがった……。あっつ! 火傷すんじゃねぇか、それにな、もともとテンペロ料理は、リシンの爺さんがヴェルウント家に伝えたもんだぞ。それを母上がリリュに教えたんだ。更にリリュは衣になんか入れたりして工夫してる。だからなのか、リリュのテンペロは絶品だ、間違いなく母上よりも美味い気がする。あの頃にそれが云えていたなら……。
まぁこうして、久しぶりのアズナルとの邂逅は夜更けまで続いっていった。
~翌朝~
長テーブルの上は、既に昨夜の酒盛りの後は綺麗さっぱりと片付けられていて、昨夜とは違う真っ白なテーブルクロスが敷かれ、そのテーブルクロスの上に朝食の準備が整っていた。俺とアズナルの前には深皿に盛られた、ジキンのスープで煮こまれたオートーミール粥が湯気を上げている。アズナルの部下の連中は、既に出発の準備の為に出て行った後だ。さすがに若いだけあって、昨日のエールの影響など一切ないんだろう。元気なもんだ……。俺もエールだけなら問題ないんだが、あの後のビノロソが効いたな。さすがにちょっと胃もたれが……。
「アズナイル様、粗末なものですが、どうぞお召し上がりください」
いつもは着けない白いエプロンを纏ったカリファがこちらに向かってお辞儀をする。うん、カリファ凄く上品な感じだな、でもその耳の動きだけいつも通りだぞ。文字通り聞き耳を立てるなっ。
まぁいいか……。木のスプーンで一口、目の前の熱々のオートーミール粥を啜ってみる。普通オートーミール粥なんて美味いはずがないんだが、このリリュ特製のオートーミール粥は、もともとのジキンスープが美味しい事と、多分昨夜のピグゥリブの切れ端を使ったと思われる、香草入りのミートボールに、山菜のアサヅキとノビルがふんだんに入っていて……。うおっ、ミートボールの深い肉の味に山菜の香りと食感が、二日酔いには絶好で最高の料理になってる。うう、ほんとにリリュの工夫には何時も驚かされる……。
そのリリュ特製のオートーミール粥を2~3口、口に運ぶと、一瞬俺と同じく驚きの表情を受かべ、更に一口食べると、今度はなにか複雑な表情を浮かべ出すアズナル。
「どうだ? アズナル、各郡の巡回の様子は?」
俺のその真剣な問い掛けに戻ってきた答えは……。
「俺、マジに結婚考えようかな……。どうだナイ、リリュ様に若い妹さんは居ないのか? なんなら年近の姉さんでもいいぞ? それにだ、もしお前がいいなら……、俺はリリュ様で大歓迎だぞ」
「リリュに姉妹はいない! それに俺にリリュを譲る気は、これっぽちもないわ」
実はリリュには3歳年上の姉がいるらしく、しかもなんでも今は独り身らしいが……。しかしこんな奴を義兄と呼ぶつもりは俺には一切ない。
クスクスと笑いながら、いくつかの小皿をテーブルに並べるカリファ。その小皿の中には、これもリシン爺さんがヴェルウント家に伝えた、“コウモノ”が盛られている。母上が、リリュに直伝したヴェルウント家秘伝の“コウモノ”、それは野菜に塩をして軽く揉んでから、ちょっとの間壺で寝かせたものだ。
「で、どうなんだ? 各郡の様子は?」
アズナルの馬鹿話は即座に却下して、重ねて尋ねる。だが一方俺の話なんか完全に上の空で、出された“コウモノ”を恐る恐る口に入れたアズナルは、正に驚天動地の表情を浮かべる。
「あああ これはなんだ?」
凄い目付きで次々と別の小皿の“コウモノ”を口に運んでは、オートーミール粥を一口喰らうアズナル。う~んマジ心ここに在らずだな。
「おい! いい加減にしろっ」
ついつい語気が荒くなる。常々この短気な所は、治さないといかんとは思っているんだが……。どうしても思わずこうなってしまうな。まっ今日の場合は、完全にアズナルが悪いがな。
「ああ、すまん、すまん。そうだな~。こことか幾つかの場所を除いく、ほとんどの地域はどうも上手くないな」
「上手くないって、それをなんとかするのがお前の仕事だろう?」
「なんか巧妙なんだよ……。表面上は誰も国法は破っていないんだ。いいか、お前みたくドメンスルに噛み付く様な骨のあるガディミリタってのは、今や貴重な骨董品並でさ、もうほとんどいやしないんだよ。みんなドメンスルと裏で手を結んでいるのさ。ガディミリタをやってる連中のほとんどはよ、自分の役職を名誉職か蓄財職だと思ってやがる。お前知ってるか? なんでもよ最近じゃ。ガディミリタをファトタム(1任期:ガディミリタの1任期は、10年)やれば蔵が立つらしいぜ」
アズナルはオートーミール粥と“コウモノ”を交互に口に入れながらポツポツと言葉を漏らす。その苦々しい表情をみるとこれ以上は、つっこむのは苦しくなるが……。
「蔵が立つだと? 事態はそんなに悪化しているのか?」
「ああ、間違いなく王税を誤魔化してるのは確実なんだな。だがその手口が巧妙で、どんな手を使ってるのか、まだよくわからのだ。今別の方向から調査をしてるんだが、どうも尻尾を掴めん! ただよドメンスルにガディミリタやカディシビア、それに王税に係る食料商ギルド連中と集落の首長までが裏で手を握ったら、もうどうしようもないんだ」
「確かにそれじゃ、どんな制度でも駄目だろうな。だがそこまで……。もしそれが本当なら、そいつらは王国を食い荒らす白蟻じゃないか」
マジ気分が悪くなるよう話だな……
「“我”しかない連中だよ。そん中に俺たちと同じ騎士が居るかと思うとよ、こっちは思わず泣けてくるよ。ガディミリタさえしっかりして呉れれば、なんとかなるんだ……」
アズナルが思わず肩を竦め、天を見上げる。脳天気を絵に書いた様なこいつがこんな表情をするなんて、どうやら事態は想像以上に悪いようだな……。
「まっ、この件については、調査が進展したらお前にも知らせるよ。なんか知恵を出してもらえるかもしれんからな」
お、あっさりと話題を切り替えたな。さすがMr脳天気と呼ばれた男だ。
「ああ、そうだな、手口さえ判れば、それへの対処療法はきっと考えられるな」
こっちも笑顔で答えてみせる。まぁなんでも暗い顔をすればいいってもんじゃない。では本題に入るとするか。
「それでだ。まっ対処療法は後で考えるとしてだな。根治療法としては、やはりまずは足許から初めないと駄目かな?」
「そうだな。ガディミリタ制度ってのは悪くない制度なんだ。問題は制度じゃなくてヒトさ、みんなが、お前みたいなガディミリタであれば、問題ないんだ。つまりは、ほとんどのガディミリタの出身母体である、黒虎騎士団の連中を、黒虎の誓い通りの“王国を守り諸族七民を守る、真の護民の盾たる騎士”に鍛え直さなきゃならんって事さ」
「ああ、確かに時間はかかりそうだが、それが結局一番の早道だろうな。“迂をもって直となす”だな」
そうだ情けない話だが、俺達の黒虎騎士団の堕落こそが、王国の危機の最大の原因の一つなんだ。まずは、それをなんとかしないとだ。
「“迂をもって直となす”? なんだよ、それは?」
「ソンジ派軍略の言葉だよ。“迂をもって直となす”つまり、きちんとした戦略さえあれば、迂回する事が、結局早道な場合もあるって事だな」
どうだ、いい言葉だろう。ソンジ派軍略こそが最高の軍略なんだぞ。アズナル、お前わかってるか?
「ああ、ソンジ派の言葉なのか、そいつは当然知らんな。俺はヴォルグ派だからな」
「お前、いい加減ソンジ派に宗旨変えしろよ。ヴォルグ派は戦術ばっかじゃないか」
「小をもって大を斃す。これこそがヴォルグ派の真髄だからな。正に男のロマンだ、堪らんよ」
「邪道だなソレ。“我少なければ、則ちこれを逃れ”だぞ。これこそが本筋だ」
「だから、セキニア派もソンジ派も詰まらんのだ」
「勝つ為の方法が軍略だ。詰まるとか詰まらんとかじゃない」
思わず熱くなったが、これは本筋じゃない。話を戻そう。
「ナイよ。それで具体的な方法はなにかあるのか?」
「ああ、ひとつの方法は上からの改革だな。これは上手くいけば、かなりてっとり早いぞ」
「具案申告か?」
「具案申告? それじゃ話にならんだろうな」
具案申告とは、いろいろな意見を自由に上申できるいい制度なんだが、正直に云って簡単に握り潰される事も多い制度だ。まぁ、いいっぱなしって感じだな。
「それなら騎士建白書か? う~ん、やっぱそれもどうかな?」
アズナル、自分で云いながら、自分で否定するなよ。騎士建白書ってのは、騎士の名誉を掛けた上申書みたいなもんだ。確かに具案申告に比べると影響力はあるだろう。だが俺もそれでは上は変わらないと思う。騎士建白書でもやっぱり単に握り潰されるか、表面的な改革で終わるだろう。実質は変わらないのだ。
「いや、それはよりは身名告発だろうな」
「身名告発? それは、ちょっと穏やかじゃないな」
アズナルが少し驚いた表情を浮かべる。
「ガディミリタの身名告発なら少なくとも司検府が動くし、ある程度の証拠さえあれば、神前決闘に持って行ける」
「そりゃ、わかってるが……、ハイリスク・ハイリターンだぞ」
身名告発とは、騎士の名誉と身命を賭して、上官の不正を告発する事だ。その告発が受理されたなら、告発された相手は職を辞する事となる。だが告発が却下された場合は、告発者は死罪か騎士の名誉を剥奪された上で免職となる。
告発内容の成否の判断が着かないグレーな場合は、告発者と告発された者が、話合う事となるが、その場合は大抵、神前決闘で決着を着けるケースが大半となる。つまりそれほど、身名告発とは重大な告発であり、互いに引く事が難しいもんなんだ。
ちなみにこの神前決闘では告発を受けた者は、代理人を立てる事ができる。当然だが、告発者は代理人を立てる事はできない。まっ、じゃないと嫌な上官は決闘で倒せばいいって話しになるからな。
「まぁ、最後の手段だよ。それにまだ、告発できるだけの材料も証拠ないし、そもそも告発すべき相手が?だよ」
「ああ、だなだな」
アズナルがホッとしたような表情となったな。こいつ意外に小心者だな。
「あとは、信頼出来るキソチフとかアシキソチフはいないのか? そいつを盛り上げて上からの改革を行うんだ」
「う~ん、アシキソチフ以上となると、これと云った奴はな……。退役間近な老人連中の仲には、肝の座ったのもいるんだがな」
黒虎騎士団の中央上層部の事については、間違いなく俺より詳しいハズの、アズナルがため息を漏らしている……。
「そうか……。仕方ないな。では、中堅所の連中でなんとかネットワークを作って置きたいな」
「そうだな、黒虎の中央にはデュカス(デュカリス・ロンオード)が居る。あとナリアのガディミリタもかなり信頼できる。奴も現状についてお前と同じく苦々しく思ってるな」
そしてアズナルがニヤっと笑いながら、言葉を続ける。
「お前も知ってると思うが、当然だがマディミリタってのは、ドメンスルとガディミリタの両方から受けが悪い、それでここ数十年に渡って人数が減らされてるんだ。当初1州につき1名いたマディミリタだが、今じゃ王国でたったの2名だ。まぁそのお陰で、俺は2州に渡っていろいろな奴に会えるんだがな……」
2州7郡、そんな広大な領域をたったひとりで巡察して、どんな不正が暴けると云うんだ……。そんな事ができる位なら、そもそも現地巡察なんかしなくても、なんとかできるって話だ。正にアズナルの苦労がひしひしと伝わってくるな。
「ああ、デュカスなら間違いなく信頼できる。そして他の同士を集めるのが、まずは肝心だな。申し訳ないがそれはお前に託すしかない」
「それは、任せろ。俺だってラフチェスカ巡視隊生き残りのひとりだぜ」
アズナルにいつもの不敵な表情が戻って来た、そして親指を俺に向かって立てて見せる。ああ、こいつは一見軽そうでいい加減に視える男だが、ほんとは信頼に値する戦友だ。だからあの話もこいつになら託す事ができる……。
「そこでだアズナル、もうひとつアイディアがあるんだがな。こういうのはどうだ?」
俺はアズナルの耳に、例のあのアイディアを囁く。だがその話を聞くと、アズナルはちょっと呆れ顔になる。
「そりゃ、また気の長い話だな」
「いやいや、そうでもないぞ、ここ一箇所だけじゃなくて、各地でやれば、必ず地力固めにはなる」
俺がずっと暖めていたアイディアだ、そんなに悪手なハズがないんだ。
「まぁ、確かに一手としては有りかな?」
「ああ、有りに決まっている。この俺が考えた手だぞ、いい手に決まってるさ」
俺はここで、いつも女を口説く時に見せる、取って置きの笑顔をアズナルに見せてやった。だが俺のその顔をみて凄く嫌~な表情を見せるアズナル。そっか、そっか、やっぱこれは女向きの顔なんだな。確かに今まで男に見せて受けたことが一度もないものな……。気をつけよう。
「それこそ正に“迂をもって直となす”って奴だな」
「ああ、そうだな。そこでだ、アズナルこのアイディをそのナリアのガディミリタにも伝えて欲しいんだ」
「ああ、委細承知だ」
俺もアズナルが云った様に、これが長い厳しい道だって事は判っているさ。だが、リリュの夫として、ギルの父として、誇りある黒虎騎士として、名誉あるガディミリタとして、決して現実からは目を背ける訳にはいかない。そしてそれは、死んだラフチェスカハソチフとの約束でもあるのだから……。ああ、そうだ! なんとしても必ず黒虎騎士団を立て直してやる。
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