3.ガディミリタ(領地護民武官)ナイアス・ヴェルウントの1日 ~夜~
キャスとの話が長引いたお陰ですっかり予定が狂い、俺がサラキトアの家に着いたのは、とうに20時を過ぎた頃だった。駅広場にあったはずの露店の姿も全く見えなくなっている。ただし駅広場の伝馬車駅には、一台の大型の幌馬車が留まっており、馬止めには9頭のサラッドが繋がれていて、ブルブルブルと鼻息を鳴らしながら、真っ黒な大きな瞳でこちらを見つめていた。
俺はサラッドを伝馬車駅の水桶の近くにまで寄せると、サッと鞍から降りた。そのまま手綱を引いてサラッドを水桶へと導く、サラッドは、すぐに水桶へ口を突っ込み、バジャバジャと音を立てながら水を飲みだす。そんなサラッドの首筋をポンポンと軽く叩くと、次は腹帯を解いて鞍を外してやる。その外した重い鞍をズサッと肩に担ぐ、鞍って云うのは意外に重いもんだ。鞍を外したサラッドの背中からは、ゆらゆらと湯気が上がっている。そりゃ3アワ以上、速歩(はやあし:時速13キロ)をしていたんだから仕方ないな。俺は懐から麻布を取り出すと優しくサラッドの背中を拭いてやる。
「ガダスシアプ、ナイ様。おかえりなさいませ。ソルメタル様がお待ちかねです。サラッドは、カリファがお預かりいたしますので、家にお戻りください」
「ガ、ガダスシアプ。カリファ」
うおっ 驚いた! いつの間に背後を盗ったんだカリファっ! ほんとにいつもながらだが、マジ驚くな……。まぁお前が本気になったら、たぶん俺の“戦域”でも背後を盗られるからな……。
「ああ わかったよ。じゃぁあとは頼むな」
俺はゆっくりと振り向くと背後で静かに佇むカリファに、じっとりと湿って俺の体温で生暖かくなった皮の手綱を手渡す。そんな手綱を一切躊躇することもなく、その可愛い小さな手で受け取ると、ピョコンと頭を下げるカリファ。ほんと、お前外面はいいよな。それにその外向き言葉、そんな風にしてるとマジ上品で可愛い猫娘って感じだよ。ううぅ、女ってのは怖いな……。俺はそのままカリファを残し、窓から灯りの漏れる我が家に向かって進み出した。
“ガタガタ”とちょっと建て付けが悪い、我が家の木の扉をいつもの手際でサッと開けると、ムッとするような外よりはかなり暖かい家の空気に包まれる。この暖かさは居間で大きな声で笑い声を上げる男達の体温によるものだろう。それに辺りに漂う料理の香りが、俺の気分をホッとさせてくれる。うん、我が家の匂いだ。
「ガダスシアプ! よおぉっ、ナイっ、久しぶりだな! お勤めご苦労様っ、こっちはもうやらせてもらってるぜ!」
居間の長テーブルの本来俺の座る位置、つまり一番の上座に既に武具を解いたのだろう、白っぽいゆったりした腰下までのチェニックに、こちらもゆったり気味な脛までの茶色のズボンを履いた姿で座る男。そしていつもながらの大声。ちっ、寛ぎ過ぎだっ。そのなりは自分の家で着る服だろう!
すでにかなり赤くなった顔をこちらに向けているのが、アズナイル・ソルメタル、短く刈り込んだ金髪に、広い額、ほほ骨がちょい出ていて、スッとした高い鼻、そして青い瞳。所謂セラワルド人のお手本みたいな奴だ。しかしちょっと目尻が下がっていて、唇が厚く、顎が少し、いやかなりしゃくれている、そんなこんなでなんか全体的にアンバランスさを醸しだしていて、セラワルド人特有の冷たさや冷酷さが感じられない顔つきの男。それがアズナイル・ソルメタルだ。
「ぷっはぁぁぁ うおぉぉぉ マジにキトアのエールはいい味だよなぁ~。いやほんとほんと。サリアのエールも上手いが、ちょっと味が薄いんだよなぁ~」
右手に我がヴェルウント家に数個しかない陶器製のおおぶりなジョッキを持ち、そのジョッキに並々と濃い焦茶色のエールを、木製の樽から注いでいる。そしてそのエールをグイッと一気に飲み干すと陽気な大声を上げるアズナル。お前ほんとに全くいい気なもんだな。
「ガダスシアプ。ああ、久しぶりだな。アズナル、ちょっとまってろ。今着替えてくる」
俺は、ちょっと冷たい目をアズナルにむけ、長テーブルの他の席に座っている、奴の部下と思われる鎧姿の連中に軽く目礼すると足早に奥の寝室に向かう。
くそっ、なにがガダスシアプだ! あいつらリリュの料理を先に食いやがったな。いい気になりやがって、普通家の主人が帰ってくるまで客は大人しく待ってるもんだ……。さっきちらっとテーブルの上を見たが、あれは間違いなく、ピグゥのリブのエール煮だ……。あれは俺の大好物なのにもうほとんど残っていなかかったぞ……。ピグゥのリブのエール煮ってのは、いろいろな香味野菜と、近所でとれるハーブとビノロソを入れたソースにピグゥのリブを一晩漬けて、それを翌日、エールに黒砂糖と唐辛子を加えた汁で、季節の野菜と一緒に煮込むんだ。骨付きの肉を手づかみで食べるんだが、その肉の旨味と甘辛に煮込まれた煮汁の味が相俟って、マジにエールにあうんだ……。特に骨回りに付いてる肉が美味い!
そして残った煮汁は、ちょいと煮詰めて、翌朝のパンにつけて食べると堪らない……。くそっピグゥは、集落で協同飼育している共有財産だから、そう簡単に食卓に登ることはないんだぞ。それを家の主人が戻る前に、あらかた食べ尽くすとは、一体どういう了見なんだ……。
それにあのエールだって、俺が首長に頼んで特別に回して貰った奴だぞ。サラキトアにはエールを作ってる家は2軒しかないんだ、基本エールってのは、州都リシュトへ出荷されていて、集落の貴重な収入のひとつなんだ。だから集落ではお祭りとか、そーいう時にしか飲めないもんなんだ。それを遠慮会釈なしにガバガバ飲みやがって……。感謝の言葉のひとつもないもんかよ。
ぶちぶちと呟きながら、寝室に戻ると素早く身につけていた武具を解く、黒いハードレーザーアーマを丸テーブルの上に広げる。リリュが用意して呉れたのだろう、ベットの上に置いてあった厚手の麻布で身体を拭き、同じくベッドの上に畳まれていた薄青色で膝下まである、ゆったりとしたチェニックを頭から被る。腰の部分に紐がついているので、それで腰回りを締める。これはなんでも最近王都で流行の形らしい。この腰紐は、リリュのお手製だ。うん、間違いなくさっきのアズナルの服よりも格好がいい。
着替えも終わり、一刻も早く居間に戻り、俺もリリュお手製のご馳走にありつきたいが、騎士たるもの武具の手入れを怠る事などできやしない。これが王都なら従卒がいて、武具の手入れ等は任せられるのだが、ここではそうも行かない。全てを自分の手でやらなくては……。
“はぁ~”
思わず溜息が漏れるが、これは騎士の義務であり、騎士の矜持ってもんだ! 気を取り直すと、サッとベッドの下から小物入れを取り出し、武具の手入れを開始する。まずは乾いた布でレーザーアーマの汚れと、付着した汗を拭き取り始める。
“コンコン コンコン”
不意に寝室の扉をノックする乾いた音が響く。
「誰だっ」
自分でも驚く程、不機嫌な声が喉から出た。うわっ! きっと俺って今、相当表情悪くなってるな……。
「ガダスシアプ。ギルです」
ギルの声だ。それもかなり強張った感じの声だな。
「ガダスシアプ。ギルか、なんだ? 入りなさい」
ううう、声が相変わらずちょ~不機嫌な感じだ。不味い不味い、昨夜の事もあるし、ここはもう少し明るく優しく接しないと、ギルに嫌われてしまう……。
“ギギギ”
寝室の扉がゆっくりと開き、うなだれ気味のギルが入ってくる。俺の髪よりももっと黒い頭髪に隠れて顔の表情が見えないが、ん? もしかして肩がちょっと震えているか? その様子からギルの緊張具合がひしひしと、こちらに伝わってくる。
「なんだ? どうした?」
うわぁぁぁぁ、もっと別のいい様があるだろう~~! 俺の馬鹿馬鹿。
「昨日のことをきちんと謝りたくて……。それで……」
おおおお、なんていい子なんだ。ギルよ、もういい!父さんはもう充分だ! 突然なんか熱いものが胸に込み上げてくる。我が子と心が通じている実感が湧いてくる。まずいっ、このままではマジ泣き出しそうだ。
「昨日の事は、もういい。お前が父の言葉を理解してくれるなら、もう何も言うことはない」
声が震えそうなるのをグッと抑え込んで、今までと同じ口調でしゃべり続ける。そして何事も無いかのように、無言のままレーザーアーマを拭き続ける。そうそうこれこそが父親の威厳ってもんだ。
「父さま、ほんとにごめんなさいでした」
そう云いながらピョコンと頭を下げる我が子。そんな姿を見て感動しない父親がこの世界にいるんだろうか……。思わずギルを抱きしめたくなるが、そこをグッと我慢する俺。うううっ、ここはなんとか威厳ある父親像を維持しないと……。ここで声を出せば、感動で上ずった声が出るのは間違いない。そう無言だ、無言、ここは無言で耐えるんだ……。
俺が無言なもんで、ふたりの間に気詰まりな沈黙の間が続く、俺がレーザーアーマを拭く、キュキュっという音だけがやけに響く。そして居間から伝わってくるアズナイル・ソルメタルの大きな無神経な笑い声。ひぃぃぃ、この沈黙は堪らんよぉ~、どうしたらいいんだぁ~。このままだと俺はギルを抱きしめて泣き出す事確実だぁぁぁぁ。
「父さま、よろしいですか?」
その沈黙を唐突に破るギルの声に、思わず飛び上がりそうなる俺。ああああ、びっくりしたぁぁぁぁ。
「ん? ああ、なんだ?」
俺の両手は、己の思いや感情から完全に独立して平静を装いつつレーザーアーマを吹き続ける。偉いぞ俺の両手……。
「ソルメタル様は、すいぶん長く、父さまをお待ちです。宜しければ、武具のお手入れは、僕がしますけど?」
ほんとにギルは、賢い子供だ。まず記憶力が凄い、一度会ったヒト(ヒトに限らないが)の顔と名前は決して忘れないようだ。それに気の回し方も5歳の子供とは思えない程だ。それにこの落ち着き具合はどうだ! 俺が5歳の時なんかは、単なる餓鬼だったような気がする……。リリュの血を引いたのか、それとも“賢者”と言われたリシン爺さんの覚醒遺伝なのか? そして一方の俺は、このままでは厳格な父親像を維持するはムズい! ここは渡りに船だな。
「そうか? ならば父の武具をお前に任せよう。これで昨日の事は全て許そう」
なんとか声が上ずることはなかった。おお、これならいいだろう。
「道具は全てここにある。ギルよ、頼んだぞ!」
そそくさと立ち上がって、部屋の扉を抜け居間に向かう。うぉぉぉ、ほんとに出来た子だぁぁ。ギル愛してるぞぉぉぉ。俺の心は熱く熱く熱く感動していた。
~ギルナス・ヴェルウントからの視線~
親父殿が帰って来たようだ。寝室の扉が心持ち乱暴に閉められた音が響いて来る。めずらしいな、あんな音は……。もしかしてご機嫌斜めか……。タイミング悪しかな? しかし今を逃せば謝るのを、ズルズルと先伸ばしにしてしまいそうだ。わだかまりは早く解消するに限る! うん、そうだ、ここは行動あるのみだな。
“コンコン コンコン”
両親の寝室の扉を恐る恐るノックする。思ったよりノックの音が響いて、心臓がバクバクしてるのが判る。
「誰だっ」
なんかかなり不機嫌で鋭い声が寝室から響いてくる。うわっ! なんかマジ機嫌悪そうだ。これはまずったかな……。
「ガダスシアプ。ギルです」
ちょっと声が震えたか? ほんとにこの身体の感情コントロールは難しいな。
「ガダスシアプ。ギルか、なんだ? 入りなさい」
寝室からの親父殿の声は、相変わらず不機嫌な響きだ。でもでも、ここまで来たらもう後には引けない。
“ギギギ”
寝室の扉を押すと、扉が嫌な音を立てる。うぅ、なんか嫌な感じだぁ。思わず項垂れちゃって、どうしても親父殿を直視できない。自分でも極度に緊張しているのが判る。握った拳が冷たいです……。
「なんだ? どうした?」
かなり冷たい親父殿の声。うわぁぁ、やっぱ明日の朝にしておけばよかったぁぁぁ。後悔先に立たずだぁ~、でもでも……。
「昨日のことをきちんと謝りたくて……。それで……」
うがっ、言葉に詰まってしまったぁぁぁぁ。続く言葉が出て来ない。これじゃなんにも伝わらない~。
「昨日の事は、もういい。お前が父の言葉を理解してくれるなら、もう何も言うことはない」
レーザーアーマを拭き続けながら親父殿が答えてくれた。どうかな? これで気持ちは解ってもらえたのか? でも声の調子はまだ冷たいままだぞ? もう一押しが必要か?
「父さま、ほんとにごめんなさいでした」
そこでピョコンと頭を下げてみる。これでどうだ? きちんと伝わったかな?
うう、親父殿は無言のままだ。不味い外したか~。ふたりの間に気詰まりな沈黙の間が続く、親父殿がレーザーアーマを拭く、キュキュっという音だけがやけに響く、そして居間から伝わってくる大きな無神経な笑い声。うあぁぁぁぁ、駄目ですか? これでも伝わりませんかぁ~。この沈黙は堪りません。うぉぉぉ、どうしたらいいんだぁ~。自分このままだと泣き出して逃げ出しちゃいそうですよ~。いや、いや駄目だ駄目だ。勇気を出せ自分! ギルナス!
「父さま、よろしいですか?」
なんとか喉の奥から声を絞り出す。
「ん? ああ、なんだ?」
全く動じていないのか、平静なままレーザーアーマを吹き続ける親父殿。さすが親父殿凄いです……。
「ソルメタル様は、すいぶん長く、父さまをお待ちです。宜しければ、武具のお手入れは、僕がしますけど?」
これが今思いついた最後の手段だ! これを拒絶されたなら、マジに泣き出します。もう限界ギリギリです……。
「そうか? ならば父の武具をお前に任せよう。これで昨日の事は全て許そう」
やった、やった、自分の気持ちがなんとか伝わったようだ! これで昨日の事はなしだ! マジよかったぁぁ。
「道具は全てここにある。ギルよ、頼んだぞ!」
何事もなかった様に立ち去る親父殿。尊厳に満ち溢れたその後ろ姿。さすがです親父殿、正に理想の父親像です。尊敬します……。
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