2.ガディミリタ(領地護民武官)ナイアス・ヴェルウントの1日 ~昼~
ウルガムの首長への挨拶は恙無く終わり、その後集落の家長連中からの陳情を受けた。やっぱいくつかの場所で崩れているウルガム支道の修復依頼が圧倒的に多かったな。確かに畑までの移動が困難になったら、それこそ命取りだからな。でも家長連中のほとんどが同じ意見なのは、首長が集落をよく纏めてる証拠だな。
キトアの様な田舎の集落ってのは、単なる農民の集まりじゃない。完全な共同集合体なんだ。確かに表向きには、農地は個々の農民へ王国が貸し出す形になってはいるが、実際には、土地は集落で共同利用されている。そうじゃなきゃ、土地を交代で休ませたりできやしない。それに、もしある土地が不作になったら、その土地を持ってた家は餓死しちまう。だから集落単位で農産を行い共に助け合わないと、生きちゃいけない。
それは農産だけの事じゃない。男手の多い家は、それこそ農作業に集中する一方で、例えば脱穀作業なんかは、女子供の多い家が行うし、パン焼きだって個々の家でやっていたんじゃ、手間が掛かり過ぎるから、数軒の家が交代で、パンを焼いたりしている。そうそう粉挽なんかも子供の仕事だな。エールを作る家は大抵は専門なんだが、原料は集落が提供してるから、その利益は集落に還元されている。農具なんかは個人で買わずに、そーいった集落の利益で購入している。
もちろん家族の多い家には、当然多めに食料が割与えられ、子供が居る家には優先的に牛乳が配られる。そう集落ってのは大きな家族であり運命共同体みたいなもんだ。そういう意味で首長の采配は重大だし、首長と各家の家長との関係が上手くいってるかは、集落にとって最大の重要事項だ。そしてウルガムはよい首長に恵まれているようだ。でもこんな事を理解できる迄に、俺は数年も掛かったもんだった。
ああ、そうだな。確かにここ1年、支道の修復は滞ってるな、今度こそドメンスルの野郎にきっちり云い聞かせならんとな。だが問題は臣民会議の方か……。
「いちぃ~、にぃ~、さん~」
ウルガムの駅広場でソフト・レザー・アーマーを身に纏った20人ほどの若者が、大きな掛け声と共に3mはあるロング・スピアを何度も何度も、突き出したり、打ち下ろしたりしている。そんな彼らの様子を遠巻きに集落の大人達が、草の上に腰を降ろしながら、やんやと囃し立てながら眺めている。
ロング・スピアを振るう若者達が着ているのは、王国がミニトンの防具として制式採用しているソフト・レザー・アーマーで、肩から胴体、両肘、膝上までを覆う革鎧である。しかも両肩部分には鉄製のガード、腰から膝までのスカート部分にも小さな鱗が巻かれた皮のガードが付いている。更に胸部には、薄い金属プレートによる防護までが施されていた。
スーツ・アーマー(可動部も含めてすべてを板金によって保護した鎧)、プレート・アーマー(全身を薄い板状の金属で覆う鎧)、スケイル・アーマー(鱗状の鉄片によって防御効果を得た金属鎧)等の、完全金属製のアーマーに比べるなら、レザー・アーマーは確かに防御力で見劣りはするが、各部に施された強化策と、その軽量さに拠る動き易すさを考えるならば、戦場に置いては必要十分なものであった。
しかも多量に数を準備することを考えるなら、金属製アーマーに比べレザー・アーマーの製造費用が格段に安い事は非常に重要であった。そう数は力なのだ。ひとりの重歩兵よりも10名の軽歩兵の方が強い事は明白である。更にはこれらの装備を一人一人に与える姿勢こそが、王国の、ミニトンに対する心遣い・重視の姿勢を示すものでもあった。
そんな装備を身に纏った20人程のウルガム自警団が、突き出すロング・スピアの槍先で、腕組みをしながら時々若者達に鋭い激を飛ばすナイアス。このロング・スピアの突き出し訓練は、もうかなりの時間が経っている。ナイアスは彼らから見えないように指を折っては、突き出しの数を数えていた。ロング・スピアを突き出す若者達の顔は、もう汗でびっしょりとなっており、顎先からは汗がポタポタと滴っている。そして息もかなり荒い。しかしその突き出された鋭く光る穂先の揺れはそれほど大きくはない。突き出し速度もそれほど鈍ってはいない。集団で突き出す槍衾こそは軽歩兵にとっての最大の攻撃であり、最大の防御なのだ。
よし、これで500回だな。うんうん なかなかいい感じだ。これなら戦場でも充分使えるな。
「どうした。どうした。おらぁぁ~しっかりしろぉ~」
若者の1人が少し蹌踉めいたのを、周りで見ていた大人達が囃し立てる。ふん、まるで 父兄参観だな……、その大人達の声と表情をみていると思わず苦笑しちまうな。では、ちょっといい所を見せてやるか。
「よしっ。そこまでっ! 次だっ! 抜刀! 構えろ!」
そんな周りの大人達の囃し声をかき消す様な大声を、腹から出して突然の命令を下す。そんな突然な俺の命令にも連中は即座に対応が出来ていた。命令を受けた若者たちは直ちにドサッドサッとロング・スピアを自分の足元に投げ落とす。そして一切の躊躇なく背中に装備していた、ラウンドシールド(円形の中型盾。いくつか種類があって、中心にむかって盛り上がっている丸みを帯びたものや、平らなもの、中心にお椀をかぶせたような盾心が備えられたものなどがある)を片手で構えると、続いて空いているもう一方の手で腰に吊るしたショートソードをシャッと鞘から抜き去る。このラウンドシールドは基本木製なんだが、盾の縁と真ん中に十字の鉄枠が付いている奴で、これもまずまずな防具だ。
20人全員が中腰でラウンドシールドを身体の前に突き出し、ショートソードを肩の上で構える姿勢となった。20人の動作がほぼ一緒で、それはなかなか様になっていった。周りで囃し立てていた大人達も、思わず沈黙する。
うんうん、これも漸くだが、合格ラインに達したな。自警団の連中が示した命令への素早い対応ぶりに、思わず口許が綻んでくるのが判る。
これなら、黒虎騎士団の正規軽歩兵ともタメはれるかな? 嫌それは少し褒めすぎかな……。それでもかなりのもんなのは事実だ。20人全員がほぼ同じ姿勢でシールドを突き出し、ギラギラと太陽光線を反射させながら鉄製のショートソードを構ええている。この集団としての迫力こそが戦場では大きな武器になる。相手に与える威圧感は大事なもんだ。うんうん、俺がキトアに来てほぼ6年やっと形ができて来た感じだ。
キトアは俺が来るまでは、(護民官)無任領地だったからな……。キトアの10を超える集落の中で、正式な自警団を持つ集落は今4つ、そしてその4つの自警団の中でもこのウルガム自警団は、かなり優秀な方だ。だが残りの自警団はまだまだだよな。特に俺の住んでるサラキトアの自警団が、今一歩なのはなんでだ? マジ頭痛くなるぜ……。
できれば、こいつらを死なせたくはないが、もし何かあれば有効な戦力になるのは間違いない。6年間の成果ここにありだな~。そしてこいつらの戦いを見てみてぇのも事実だ。くくく、死なせたくはないが、戦う様は見てみたいか……、こりゃ矛盾だな。
ナイアスは若者達の前でひとり苦笑を浮かべていた。
「もっと早くだっ! 重歩兵の横に回り込まないと、お前らあっと云う間に踏み潰されるぞ!」
ショートソードを構えた体勢で、いくつかの方陣形を取りながら走り回る、戦術移動訓練をその後みっちり行った。なんと云っても、軽歩兵は軽快な移動力こそが大きな武器なんだからな。騎兵から逃げるにしろ、重歩兵の隙を突くにしろ、集団での移動力が全てなんだ。
「おら、おら、生き残りたいなら動け動け、なんだっ、方陣を崩すな」
ついに、ひとりふたりが移動に従いてこれなくなって来た。方陣も崩れ気味になってきてる。
ここらが限界か? 数人が、移動中に膝をついたまま肩で息をしている。まっこんなもんか。
「よしっ。今日はここまでだ。以上!」
“うがぁぁぁぁぁ”、“ぶはっぁぁぁぁ”、“うおぉぉぉぉ”
とか様々な声を上げながら、若者達が、その場その場にへたり込んでいく。そんな中なんとか両膝に手を当てながらも、地面にへたりこまずに肩で息をする若者がいた。キャスレット・ウォールド、14歳。ちょっと女子みたいな名前だが、立派な男子。ウルガム自警団で最も若く、そして俺が今最も期待している若者の1人だ。
自警団の連中は、何も云われないままでも一息付くと、それぞれ自分たちの武具を解いて、その場に座り込みながら武具の手入れを始める。そんな連中の周りをゆっくりと歩きながら、云い聴かせるように、口を開く。
「わかるか? これも訓練も一環なんだぞ。自分の命を任せる武具を無碍に扱う者は長生きなんぞできやしない。これは戦場の鉄則だ。そうだ、皮のレザー・アーマーは、綺麗に汚れを落とすんだ。特に汗は禁物だ。汗が残っているといっぺんでカビるぞ。そしてカビて硬くなったレザーは、罅割れてくる。そうなったらもう防具じゃないからな。そうそう汚れを落としたら獣脂を薄く塗り込み、乾いた布で薄く延ばす。どうだ渋い感じがでて来るだろう? 愛着湧くだろ? 確かに配られた武具は、みんなおんなじ物だが、手入れ次第で差が出る来るんだぞ。隣の奴のと較べて見ろ」
俺の声に従い必死で武具の手入れをしてる、そんな連中の様子を見ていると、知らぬ間に顔の表情が緩んで来るな。そうだマジ武具ってのは可愛いよな。(ナイアスには武具マニア的な部分が大いにあった)
「ソードも綺麗に汚れを落とす事。特に湿気が最大の敵だ。1日1回は鞘から出して乾いた布で綺麗に拭くんだぞ。もし錆びたソードなんぞを見つけたら、許さねぇからな」
手近な所でショート・ソードを磨いている若者から、無言でそのソードを手に取ると、ソードの両面を陽に翳しながらしげしげと見詰める。
「合格だっ」
よし。こいつらは技術だけでなく、心構えもできていているな。そのソードをサッと手渡すと、なにやら雑談を交わしてる集落の大人連中を見渡す。
やはりこいつらは、郡を抜いてる。やっぱ他の集落の自警団と交流させて、キトア全体の自警団の底上げをしたいな……。それはここ1~2年考え続けて来た事だ。いい計画だと思うんだが、こんな事先例が無いしな。キトアの集落っての必ずしも他の集落との仲がいい訳でもないし。あそこ居るキトアの大人連中が、あっさりと両手を上げて賛成するとは思えないな……。さて、どうしたもんか……。
家長連中を一度集めて相談するか……。いやっ、その前に各個撃破が先だな。それならまずは、首長からだよな。頭の中で様々な説得・籠絡の思案を重ねていると、ひとりの若者が話かけて来た。
“ドウッ、ドウッ”
ゆるやかな丘が重なる広大な草原、青地のキャンパスにすっと描かれた様に一筋に伸びていく赤茶色のウルガム支道、その道を一騎のサラッドに騎乗して黒い騎士が進んでいた。
まだ陽は暮れていないが、少しずつ夕暮れが迫って来ている。あと僅かでこの一面の青い草原が、赤い夕暮れに照らされて、幻想的な光景を描き出そうとしていた。ナイアスはこの光景が大好きだった。いつもなら心を無にしてこの光景を眺め、そして間も無く訪れるだろう、夕暮れの光が織りなす赤と青の競演に目を奪われるものだった。だが、今のナイアスは珍しく考え事に夢中で、そんな風景に注意を払う心の余裕に欠けていた。
まさか、キャスがあんな事を考えていたとは……。
「ガダスシアプ、団長様! おらよ、なんとしても騎士団にはいりてぇんだ。なんとかならんかね」
いち早く武具の手入れを終わらせた、キャスレット・ウォールドが、まだ頬を紅潮させたままに、訛り丸出しでストレートにそんな事を云ってきたのだ。
「お、おう、ガダスシアプ、キャス。騎士団だと? どこの傭兵団の事だ?」
なんて思わず答えちまったが、あれはちょい考えなしだったな……。
「ちがわい! 傭兵団とかじゃなくってよ、団長様とおなんじ、王国騎士団だっ。セキニア聖騎士団にはいりてぇんだ」
そんな少し憤慨した表情を浮かべたキャスレット・ウォールドの顔を思い出す。
まぁ俺も、できればセキニア聖騎士団には入りたいが、キャスよ、そりゃ無理な相談だぜ。あれは王族とか貴族とか、大将軍とかだけが入団できる特別な騎士団なんだからな。
「キャスよ。俺と同じなら、黒虎騎士団だな」
「お、おう、そんでもいいぞ。こ、こくこ騎士団」
少し戸惑っていたな……。ってかよ、王国騎士団に入りたいなら、王国の騎士団の名前くらい覚えておけよ。まぁセニキア聖騎士団がちょい有名過ぎってとこは、確かに認めるがな……。思わず自嘲気味な表情が浮かんでくる。
「騎士団にはいるには、剣術の腕もいんし、それに内功術もいんだろ? おいらの魔力を調べてくんなよ」
「な、内功術? キャスそんな言葉よく知っているな?」
確かにあれには正直ちょっと驚いたな。
「魔剣士ってのは、内功術を遣うんだぜ? 団長様そんなこともしんねぇか?」
「ま、魔剣士だと? そんな事も知ってるのか?」
こんな田舎で、しかもこんな子供からあんな言葉を聞くとは思いもしなかったな……。俺が餓鬼の頃には、そんな言葉全然知らなかったぞ? あれ? それってただ俺に友達がいなかったからなのか?
「おら、どんしても魔剣士になりてぇだ。そんで騎士団にはるべよ。そんでな、騎士団にはいるには、ちっとは頭も動かんと駄目らっしいから。そっちも教えてくんねぇべか?」
「おい、キャス。つまり“騎士”に成るって事か? 兵士じゃなくて?」
「騎士? 兵士?」
そうか、そこら辺はまだあんまり理解してないか……。瞳をキラキラと輝かせながら必死にしゃべるキャスの姿を思い出す。確かに、キャスくらいの才能があれば、そんな願望を持つこともあり得るな。まぁ普通、田舎の農家の3男坊には、あまり明るい将来は望めないからな……。
そもそも俺だって、似たようなもんだしな。うんキャスの気持ちはわかる。黒虎騎士団は、常に優れた戦士を求めているし、そして黒虎騎士団の入団試験は、他の騎士団の入団試験に比べて珍しい位家柄や、金、権力が関係ないものだしな。うん、兵士としてならキャスは間違いなく合格するな。だがもしキャスが“騎士”として入団できたら、それこそ郷土の誇りだろうな……。
だがなキャスよ。騎士団に“騎士”として入団するには、たんに強いだけじゃ駄目なんだ。お前の言う通り、最低でも読み書きに簡単な算学が出来ないとな。それにあと正道だな。なんと云っても面接試験もあるからな。そうだキャスよ、兵士と騎士とじゃ求めらる資質が違うんだぞ。騎士の入団試験はちょいレベルが違うんだ。まっ、兵士での入団試験ならキャス以外でも、今のウルガム自警団からなら、充分に合格いそうのは数人いるけどな。
そうなんと云っても俺の自慢の自警団だ、かなり優秀に育って来ているからそれは間違いな。しかしそれでも、都市部の修道場とかで修練してる連中に比べると、どうしても見劣りする事は間違いないな。やぱり正式な剣術の流派から段位を賜授されたり、読み書きやら、いろいろな世間の知識があるって事は、かなり有利な条件になるからな。
そう、つまりついにあの計画を始めるべき時がきたのかもしれない。確かに成果が出るまで時間は掛かるだろう。それに上手くいくかも確実じゃない。だが“遙かなる神導の旅も始まりはたったの一歩”(千里の道も一歩から、と同意)だからな。
そもそも、自警団の訓練で、あんな槍衾とか、方陣訓練なんか普通しやしない。基本あれは軍事訓練だからな。普通は個人の剣とか槍の訓練とかが中心だ。そりゃそうだ、自警団ってのは野獣とか盗賊への備えが第一義なんだからな。だが、あの計画の為には、こっちの方が絶対良いって訳だ。
それにガディミリタの任務のひとつに“優秀な王国騎士たる者の育成・選抜・勧誘”があるんだから、これってガディミリタの任務達成にも叶う事だしな。
ふと気がつくと、陽はすっかりと落ち周りは、ほとんど暗闇に囲まれていた。あ~ぁ、夕暮れ見逃しちまったな……。
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