表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/100

1.ガディミリタ(領地護民武官)ナイアス・ヴェルウントの1日 ~朝~

 

 

 まだ完全に夜は明けきっておらず、朝靄けぶる薄暗い中、サラキトア駅広場の伝馬車駅のポールに赤旗を揚げる1人の男がいた。その男の身長は180cmを軽く超える位で、鍛えあげた鞭のように引き締まった細身の身体をしていた。その引き締まった身体を腰の下まである黒い革製の“ハードレーザーアーマ”( オイルやワックスなどで、に固めた革で加工した鎧)で包み、更にその上から丈の短目のチェーンメイルをベストよろしく被っている。そして背中にはぶ厚く使い込まれた鈍い光沢を放つこれまた黒の革製のマントを纏っていた。


 そんな防具で身を包み腰には細身で長め、緩やかな反りのある黒い皮の鞘に収まった、この地方ではとても珍しい“カナタ(日本刀)”を佩いている。そうその“カナタ(日本刀)”こそは彼の実家ヴェルウント家に伝わる伝家の宝刀“黒疾斬”である。そして右腋にはこれまた鈍い黒色の“スケルレーザー・ヘルム”(頭部から首までを覆う鱗のある皮製のヘルム、ただしその一部に鋼鉄製の輪が縫い込まれている)が、挟まれていた。ハードレーザーアーマの肩口から伸びる逞しい腕には幾つかの傷跡があり、正に歴戦の戦士の雰囲気を漂わせていた。


 全身黒ずくめのその男こそが、セニキア王国リシュール州キトア郡のガディミリタ(領地護民武官)であり、ギルナス・ヴェルウントの父親であるナイアス・ヴェルウントその人だった。



~ナイアス・ヴェルウントからの視点~

 昨夜は怒り過ぎただろうか? しかもだ、初めてあの可愛いギルの柔らかい頬を、思わず張ってしまった……。あの時の手に残った感触と心に受けた衝撃がまだありありと感じられる。今までに人を殴ったことなんかは、何千回もあったのに、昨夜の全く力を入れてないちょっとだけのビンタの衝撃は、驚く程のものだったぞ。きっとこれは一生忘れられないな。そしてあのリリュの冷たい視線にも参ったな。昨夜のベッドではずっと俺に背を向けていたし、一言も話してくれなかった。ああ、心が痛い……。


 しかもだ。勢いに任せて今日1日の自宅謹慎をギルに命じてしまった。今日は月に1度の公伝馬車がサラキトアに着く日だ。15時には公伝馬車が集落に着いて、夕方には駅広場に幾つもの露店が立つはずだ。ギルにとっても間違いなく楽しい1日になるハズだった……。正直昨夜、ギルに謹慎を命じた時には、完全に今日の事を忘れていたんだ。今、そう伝馬駅に赤旗を揚げた今、ようやく思い出したよ。だがだが駄目だ、もう取り消す事なんか出来るはずもない。ゴメンよギル、この血も涙もない父を恨んでくれてもいい。だがなこれもあれも全てお前の為なんだよ。わかっておくれ……。




 ナイアスは、その堂々とした背中に、少し物悲しいなにかを漂よわせながら、伝馬駅の青旗を降ろして、赤旗を揚げると、次にエスタ暦台に近寄る。まだ陽が弱く日時計の影は確認できない。ナイアスは、まず自分の腰に巻いている、黒の細身の皮ベルトから吊るしている鉄製のペンチに似た道具を手に取る。そして黙々と、エスタ暦台の外側円周上の窪みに捩じ込まれている赤い日石を、そのペンチを使って窪みから外し、今度はひとつ右の窪みに捩じ込んだ。この旗の揚げ降ろしと、日石の移動はナイアスの重要な朝の業務のひとつだった。






 ナイアスが拝命しているガディミリタ(領地護民武官)とは、非常に広い権限を持つ王直属の武官である。セキニア王国では、王の直轄領である各州に、ドメンスル(領地執政官)が派遣されて、領地(州)全体の執政を行っている。ドメンスル(領地執政官)はその領地(州)の行政・立法・軍事(司法)を全て統括する者だが、地方領主ではない。あくまで行政府(司府)の長たる司府から、任命・派遣された1行政官である。そしてこのドメンスル(領地執政官)の執政状況を監視するのが、王直轄の護民府から各地区に派遣された武官である、ガディミリタ(領地護民武官)の役目であった。この一種の二重行政制度は、王家が直轄地経営を行政府(司府)に代行させてはいるが、その領地経営を監視している事の意思表明であった。


 なお、ガディミリタ(領地護民武官)の任務には、ドメンスル(領地執政官)の監視以外に、直轄地の領民の護民、担当地域の治安維持、担当地域の兵力(農民兵:ミニトン)の維持等があり、その職務は多岐に渡っていた。




【セキニア王国国家組織図参照】挿絵(By みてみん)

 さてこの様にセキニア王国の政治体制は、単純な絶対王政ではない。これはセキニアの初代の王、創始王の異名を持つセキニア・アグヴェントが創作したもので、非常にユニークなものであった。


 まず国家の最終意思決定機関は【王儀】である。これは所謂御前会議で、王府長、臣府長、そして“王の4府長”、“臣の3府長”が出席する。この【王儀】では自由な討論が許されており、王への反対表明も許容されていた。もちろん【王儀】における最終決定権は王にあるが、王の決定に大きな影響を与えることは当然だった。


 その【王儀】における決定手順は、9名の参加者の意志表明(事実上の多数決)後に、王による裁可が下るのだが、ほとんどの場合、参加者の多数意見が採用されていた。もし王が多数意見を退ける場合には、慣例としてその正当な理由の説明が必要とされていた。


 この【王儀】の出席者たる、王府長、臣府長、王の4府長、臣の3府長、の9府長が王国における一種の政権体と捉える事が可能だった。なお序列としては、No1が王府長、No2が臣府長となっている。


 この政権を構成する王府長、臣府長の任命権者は王ただ一人である。王の4府長は王府長が任命し、臣の3府長は、臣府長が任命する。これら9府長には明確な在任期限は存在しない。(実際過去には50年以上に渡り在任していた者も存在する)王府長、臣府長の去就については、あくまでも自らによる辞任に拠る事が慣習となっている。一方王の4府長と臣の3府長の去就ついては、それぞれの任命者により適宜交代が行われるのが通例だった。(所謂、内閣改造)


 ただし制度としては、王府長と臣府長の罷免は【王儀】で可能であり、また王の4府長、臣の3府長の罷免も、臣の申卓で可能であった。これは政権に対する無言の圧力としての制度であった。そして王府長が交代した場合は、残り8府長も交代する事が、慣習となっていた。(所謂、内閣解散)




 この【王儀】の下部組織として大きく【王府】と【臣府】のふたつが存在している。


【王府】とは、王、行政の暴走を抑える為の組織であり、国の良心とも云える組織である。具体的には王のシンクタンク機能に、監査機能を併せ持つ組織であった。【王府】は、諌言府、監査府、司検府、護民府の4府から構成されており、これらは“王の4府”と云われている。


 諌言府は、王と王室を監視し、その言動によろしく無き事あれば、命を懸けて諫言すると云われているが、実際にはシンクタンクとしての王への助言を行う事が主要な務めとなっている。具体的には【王儀】に提示される各種議案の分析、解説、対応方法について王へ助言する事が最大の使命であった。


 監査府は15貴氏及び貴民の監視を行い、問題ある貴氏・貴民に対する廃絶の申告を行う。これは創始王セキニア・アグヴェントの“流れ澱めば腐敗する”に従った組織であった。現在15貴氏のうち創国時から続く家は僅か7家のみである。8家が既に廃絶し、その内5家が廃絶後に新たに立嫡されている。ちなみに創国時から続く7家を“祖家”と云い、それ以外は“新家”と云われている。


 司検府は、行政権・立法権に対する司法機能を有する組織である。具体的には行政組織の臣の3府の不正・過ち・暴走に対する監視と防止、更には立法機関たる臣の申卓からの【王儀】への申告内容、特に予算案とその執行状況の監査を行っている。


 そして護民府とは、セキニア国家の臣民を護民する事を目的とした組織である。臣府、王府両方を護民と云う視点から監視している。この護民府は、王国の良心、民の砦と云われていて、セキニア王国独特な組織だった。そしてガディミリタ(領地護民武官)の任命権は、この護民府にあった。


 これら王の4府は、基本的には決定権を持っていない。あくまでも王への監査・監視が中心で申言や、王の決断へのサポートを行う組織である。王はこれら王の4府の申言に従って、様々な決定・決断を行うのである。これが“王府は決めず申言するのみなり”と云われる所以であった。ただし当然ながら王とは万能者ではないので、それらの申言の多くがそのまま採用されるのも当たり前の事であった。


【王府】に対する【臣府】とは、実質的な国家運営組織(行政機関)である。この【臣府】には、実行組織として司府、軍府、儀府が存在する。これらは“臣の3府”と云われている。


 司府は、領部、産部、作部、商部、奉部、税部、蔵部から構成されており、王国の一般行政を担っている。


 軍府は、白虎騎士団、黒虎騎士団、軍計部、民兵部から構成され、軍事・一般司法・警察権を管轄している。


 儀府は、外務部、儀典部・教務部から構成され、外交・儀式宗教・教育を管轄している。なお儀典部は、貴氏と貴民の立嫡申告権を有していた。




 また【王府】と【臣府】以外に臣の申卓と云われる会議が存在していた。この臣の申卓では、王国の予算、法令、規則、賞罰などが決定され、【王儀】へと申告される。臣の申卓からの申告は司検府によって監査され、内容に不正・不法がなければ、【王儀】によって微調整をされる事はあるが、そのほとんどは認可されるのだった。セキニア王国では臣下の意見の総意たる臣の申卓からの申告は、かなり尊重される傾向にあった。したがって、この臣の申卓が立法機能を有していると云えるだろう。この臣の申卓への出席者は、臣府長と臣の3府長、15貴氏と各地の臣民会議議長であった。


 臣の申卓の下部組織が、王都と各都市に設置された臣民会議だった。臣民会議とは各地域に密着した地方の臣下からの意見具申を取り纏める機関と位置付けられていた。この臣民会議の議長が、臣の申卓にて各地方の意見具申を訴えると云う図式であった。なおこの臣民会議に出席する者は、その地域の貴民達だった。




 セキニアは王国である。王国である以上、当然王が全ての権力を握ってはいたが、その独特な国家組織に依って、国家の運営はかなり分権的かつ民主的に行われていた。各組織は非常に権力の分化が成され、更に相互監視化が進んでおり、これは一種の民主的独裁体制と云えるかもしれなかった。しかし民主的ではあるが、選挙による代表者の選出は一切行われていない。創始王セキニア・アグヴェントは選挙に対して一切の信頼を置いていなかった様であった。


 ただし一方で諸族全てに対して政治参加への門戸は開かれており、文官としての【王府】、【臣府】の府官(役人)の多くは、公開試験制度の“臣下の問”を合格する事で採用された者達で構成されていた。また武官の全ては、各騎士団の入団試験合格者である。これらの試験制度は当然ながら身分・種族に関係なく挑戦可能であった。ただし15貴氏、貴民に政治的な多くの特権が在ることも事実であり、縁故採用も堂々と実施されている事も事実だった。この様な開明的・進歩的な政治体制と旧態依然たる貴族体制が混在しているのが、セキニアの政治体制の特徴だった。




 この様な複雑な政治体制の中で生まれたのが、ガディミリタ(領地護民武官)と云う役職である。ガディミリタ(領地護民武官)は、セキニア王国特有な制度であり、他国には見受けられないユニークな制度である。この役職は、そもそも王府による臣府の監視と云う政治的要求から生まれた物であり、地域の民草の立場から、地方行政を見上げる事こそが真の目的であった。しかしガディミリタ(領地護民武官)とは、武官とは云え実際には、地方の現場(最小行政単位の地区)に駐在する府官(役人)的存在であり、ある意味、王国中央と地方の臣民を直接的に結ぶ接点であった。このことから、非常に便利な存在であるガディミリタ(領地護民武官)は、様々な役割を坦務させられる事となった。今やその実態は地域の保安官に地域の陳情窓口、ミニトン(民兵)監督官、徴税監督官等々の役割を兼任しており、地方行政の監察官と云うよりも、地方行政そのものの一部として取り込まれつつあった。


 ちなみに武官であるガディミリタ(領地護民武官)に対して、文官たるカディシビア(領地護民文官)という役職も存在するが、こちらは主に、ドメンスル(領地執政官)の財政面の監査が中心であり、ドメンスル(領地執政官)が執政を執り行う地に共に在任する事が多かった。リシュール州のカディシビア(領地護民文官)も、ドメンスル(領地執政官)と共にリシュール州の、州都リシュールに在任していた。






 そんな複雑な役職であるガディミリタ(領地護民武官)を拝命しているナイアス・ヴェルウントは、ササッとエスタ暦台の日石を嵌め込むと、早速重要な次の仕事に取り掛かった。




“ガタガタ”

ちょっと建て付けが悪い木の扉をいつもの要領でサット開け、外よりは随分と暖かな家の中に入る。この暖かさは厨房の火によるものだろう。さっきベッドから起きた時には、俺に背中を向けたまま寝息を立てていたリリュが、俺がサラッド(家馬)の支度やら旗の揚げ降ろしをしている間に、朝食の準備をして呉れたんだ。いつもありがとう、感謝しているよリリュ。そんな厨房からは、何種類かの香料が混ざった、なんとも云えない香りが漂ってきている。腋に抱えていたスケルレーザー・ヘルムを長テーブルの上に、そっと静かに置いた。乱暴に置いてテーブルに傷でもつけたりしたら、リリュのご機嫌が一片で悪くなるからな……。そうでなくいても昨夜のギルの件もあるしな。ここは慎重さが必要だ。そして俺は長テーブルの端、一番の上座にどかっと腰を降ろした。


「ガダスシアプ。ナイ様。おはようございます」

するとまるでタイミングを計ったかのように、ほのかな湯気を立ち昇らせる木製の深皿と、褐色の黒パンを乗せた木製の皿等が並んでる大ぶりなお盆を、両手で持ちながら運んでくるカリファが厨房から姿を表した。


 カリファの姿は、いつもと同様に綿の黒の膝丈チェニックに、お気に入りの白灰色の麻製の前開き丈長チョッキを着込んだ奴だ。おい、お前それ何着持ってるんだ? いつも同様に大きな瞳を下目使いにしたポーカーファイス。でもよ、お前の薄い茶髪の頭髪の中から覗く、リリュと同じ銀に近い金色の毛に覆われたその猫耳がよ、その存在を主張する様になんかクルクル動いてるのは、俺とリリュの様子を両方同時に伺ってるからだろう? お前よ、俺達がちょっと仲違いすると必ず探ってくるよな。シレっと“ナイ様”とか云ってるが、お前ほんと抜け目ない奴だよな……。


「ああカリファ。ガダスシアプ」

俺がそう答えると、カリファは軽くお辞儀をする。ん、チラっと俺の顔を見やがったな。まぁいい完無視で行こう。カリファは無言で、大ぶりなお盆を長テーブルの俺の目の前に静かに置いた。お盆の上の今日の朝食は、毎度お馴染みの、湯気といい匂いを漂わせるジキン()のスープと、ほんのりと焦げた黒パンだ。


 簡素って云えば簡素だが、贅沢って云えば贅沢だ。例えば今朝のスープには、春キャベツの巻物が入っている。そしてキラキラと澄んだスープからは独特な香辛料の香りが漂ってくる。ジキン()のスープと云えば、キトアのどこの家庭でも食堂でも出される定番のスープだが、香辛料と中に入れる具材で、その味は千差万別、全く飽きる事のないスープだ。そして俺の大好物でもある。


 木のスプーンでスープを一口。うおっ、うまい! リリュのジキン()スープは、いつ食べても絶品だな。そしてこのキャベツの巻物の中に入ってるアンチョビ入りの具が絶品だ。キトアは王国のアニウラ(最西)で海もあるので、結構海産物も手に入る方だ。でも海からは結構あるんで当然そのほとんどは、干物やら塩漬けにされた保存食や加工品が多い。その中で最も代表的な塩漬けが、このアンチョビだ。さすが、有名なウラサヘル(西海岸)のアンチョビだけあるな。なかなか深い味だぜ。でもやはりリリュの料理のセンスがいいって事だ。


 舌にピリっとくる香辛料の刺激と、適度の塩味、そしてジキン()のあっさりとしながらも、しっかりと主張する出汁と何種類かの野菜の味が溶け合った旨味に満ちたスープ。からっぽの腹に染み渡る様に広がっていく熱いスープ。気がつけばいつものようにガツガツとスープを食べてた。行儀なんか気にできん位、美味い地味豊かなスープだ!


 そして軽く炙ってある褐色の黒パンに小瓶の蜂蜜をかけると、一気にムシャムシャと頬張る。カリッとした焦げたパンの表面、それにちょい固めのパン耳の食感、それに柔らかいパンの食感が堪らない。うん、いつもながら絶妙な炙り加減だ。そしてスープをまた一口含む。美味い! 美味い! 毎朝の事なのにいつも感激を覚えるのは、俺が単純だからか? いやっ この朝食のレベルが高いんだ! 毎朝の感激を感じながら、一心不乱に一気に朝食を片付けていく。やっぱこれは贅沢な朝食だぜ!


 その傍らでじっと先ほどと変わらないポーカーフェイスのままで、ナイアスの食べっぷりを見詰めるカリファ。それは毎朝のいつもの変わらぬ情景だった。ただし今朝は、ナイアスの出発がいつもより早いので、その隣でいつも父親と同じ様に熱心に朝食を食べるギルナスの姿がないだけだった。




 一日の中で、最も重要な仕事のひとつである朝食を食べ終えると、全ての準備が完了した。俺は勢いよく、長テーブルから立ち上がり、傍らで控えるカリファと厨房にいるだろうリリュにも聞こえる様に大声を上げる。


「ご馳走さま! いつもありがとう! 美味しかったぞ。それではこれから行ってくる! ガダスシアプ」

長テーブルの上に置いた、スケルレーザー・ヘルムを片手で掴むと、ブーツの鋲が床を打つ音を響かせながら、玄関の扉へと向かう。チラっと厨房に続く通路を見るが、結局リリュが姿を現わす事はなかった。どうやら、まだ昨夜の事を怒っているらしいな……。大声で泣くギルを抱きかかえながら、俺をキッとした眼つきで睨んだリリュ。


 うんうん、あ~いう表情のリリュも堪らないな……。いやいや違う……。やっぱり叩いたのは不味かったな。そうだな今夜戻ったらリリュには一言謝ろう……。それに今夜は客人も来るからな。きっとリリュも気分転換が出来ているだろうから、これは仲直りのグッドチャンスだ。


「「いってらっしゃいませ。ガダスシアプ」」

玄関扉を占める時に、中から声が聞こえた。カリファに……、そしてリリュの声だ! よかった、そんなには怒ってはいないようだ。



 一気に気分が軽くなった俺はまだ肌寒い外へ出ると、家の横にある馬小屋からサラッド(家馬)を引き出し、鞍の腹帯をグイッと引張り確認すると、鐙に左の爪先を掛けて、右脚で地を蹴ってサッと鞍上にまたがる。


“ブルブルブル”

サラッド(家馬)が首を激しく左右に振る。まだ冷たい空気の中にサラッド(家馬)の真っ白な鼻息がブワっと漏れ出す。

“ドウッ、ドウッ”

俺は手綱を軽く引き、そんなサラッド(家馬)に出発を促す。


“ブハァ、バフゥ”

俺の声に鼻を大きく鳴らしながら太い首を上下に揺らすサラッド(家馬)、いつもより早い時間だからか、まだちょっと落ち着きがないな。首の付根付近を優しく2~3回ポンポンと叩くと、サラッド(家馬)がたちまち落ち着いてくる。うん、このサラッド(家馬)とももう6年近い付き合いだからな。まぁ、お互い気心は通じ合って来ている。こいつはいいサラ()だ。戦場でもきっと安心して騎乗できるだろうな。


“ホウホウ、ウオック、ウオック”

そう声を掛け、2~3度鞍の上で腰を上下させる、するとサラッド(家馬)が、蹄の音をさせながら速歩(はやあし:時速13キロ)を始めた。手綱を使ってサラッド(家馬)の頭をウルガム支道に向かわせる。サラッド(家馬)の背で揺られていると、あっと云う間にサラキトアの門を出て、最初の丘の頂上に到着する。その頂上に着いた時、ちょうど朝日が昇ってきて、優しい朝日が周りの草原を照らしだした。うん、なかなか気持ちいい朝だな。緩い風が吹いてきて、朝日でキラキラしてる様な冷たい空気が、俺の頬を撫でていった。平和、そして愛する家庭に安定した仕事、こーいうのが幸せって事なのかな。




 サラキトアを出発したのが、朝日が登ってきた頃だから6時位、ウルガムにつくのは10時前後だ。ウルガムに着いたら、まずは伝馬駅の状態を確認し、集落の首長に挨拶をする。その後集落の家長連中との会談というか陳情を聞く会を開く、そしてその後に自警団の訓練を行うんだ。まぁ毎月の定例(おきまり)だな。


 ウルガムはサラキトアとほぼ同程度の規模の集落で人口は300人程度、そこで集められた10歳から25歳位までの次男坊、三男坊を中心とした20人程度でウルガム自警団が、結成されている。自警団の団長は当然、ガディミリタ(領地護民武官)たる俺で、副団長が、集落の首長の跡取り息子が務めている。他の自警団メンバの連中はみんな次男坊、三男坊だが、副団長は長男だ。こういう部分は、責任ある役職者の辛いところだろう。


 まぁ自警団としても首長の跡取り息子がまとめ役だと、そう簡単に混乱やら暴発することもないし。一種の権威付けにもなるしな。自警団ってのはその名の通り、普段は集落を自衛する集団だ。キトアには国境があるので、野獣の類の他に、国外から時々野盗、盗賊や、傭兵崩れの強盗団みたいな連中が紛れ込んで来る事がある。こういう連中から自分達を守るのが自警団の務めだ。


 まっ、ホントは、そ~いう連中への対応は黒虎騎士団の担当なんだが、実際は州が広すぎて目が行き届かない。特にキトアなんかは田舎なもんで、いつも後回しにされている。まぁそりゃ、州都周辺とかセラ周道やリシェット王道の警備が重要な事は判ってるんだがな。そんでもやっぱ後回しにされるってのは、嫌なもんだ。だからこそ自警団が重要となってくるんだ。昔は野盗連中に襲われた集落が全滅したとか、集落ごと全員が攫われたとか、そーいう話が良くあったもんだ……。


 ど田舎の集落での一番の財宝って云えば、ヒトだからな。攫って他の国へ連れていって外民(犯罪者・奴隷)として売り払うんだ。全く酷い話だ……。


 だがこのキトアでは、最近そこまで酷い事件は起こった事はないな。いや俺が許さんけどな。確かにキトアに赴任した最初の数年は、かなり酷い状況だった。俺とリリュにカリファ、それに雇った傭兵連中とで、根こそぎ殺ったからな……。そして今では幾つもの自警団が結成されたから、野盗、盗賊の類は近づきもしないだろう。


 それにキトアは、幸いオズグムルツ(昏き闇の大森林)からは遥かに遠いので、亜人族やら魔獣が出ることはほとんどあり得ない。まぁ草原にもバソン(バイソン)ブデュ(野牛)クュマ(ピューマ)ボォル()サラニム(野馬)等の危険な野獣は数多い。実際一度ヒトの味を覚えた野獣は始末が悪い。亜人族やら魔獣は確かに恐ろしいが、頭のいい野獣もかなり恐ろしいもんだ。キトアは農産地域だから、狩猟を生業とする者は多くは居ない。実際野獣の王国と云ってもいい位だ。だから最近では自警団の出動は大抵が、この野獣狩りがほとんどだ。まぁ、悪い事ではないな。




 そしてもし王国に何かがあった時には、即座にミニトン(農民兵)が招集され、各集落から自警団+αが集められてキトアミニトン(農民兵)として、500名程度の集団が結成されるだろう。確かにここ数百年、国同士の戦争は起こっていない。だが大規模な紛争は何度も起こっているのも事実だ。そう、いつ何が起こるかが判らないのが実態だ。


 もしキトアミニトン(農民兵)が結成されれば、その指揮を取るのは、たぶん俺になるはずだ。そしてキトアミニトン(農民兵)の中核戦力となるのが、奴ら、そう自警団の連中だ。だからこそ自警団の日々の訓練で手を抜く事などあり得ない。それに自警団員には僅かながら、王国から奉給(給料)が出ているのだ、これは子供の遊びでも、単なる酔狂でもない。地域の治安維持と、予備戦力の育成。まぁ俺から見てもなかなか良く練られた仕組みだと思うな。






 俺は毎月1回あちこちの集落で今日と同じ様な事をする。そして10日間以上を費やしてキトア全域の巡回をして、なにか異常がないかを調べる、そして月に1回、州都のリシュールに行って、報告やら指示やら、情報交換やらを行ってる。このリシュール行きには5日はかかるんだ。


 そしてこれ以外に必ず月に、ひとつやふたつはなんかが起るもんだ。確かに規則上王国の府官(役人)には、1ラウド(10日週)に一度の休みが認められてるんだが、それが実際に適用できるのは、王都の連中か、文官達の話であり、そもそも初めから休日なんかない農民たちと共に暮らす、ガディミリタ(領地護民武官)たる俺にも休日なんて、夢のまた夢だ。だがそれはそれで、全く不満はないけどな。






 俺は手綱を軽く上下に操り、身体を鞍の上でリズム良く上下しながらサラッド(家馬)を速歩(はやあし:時速13キロ)させ、ウルガム支道を進んでいる。そんな鞍の上で、無意識に身体の安定を取りながら、今日1日のスケジュールを整理を頭の中で始める。


 後ちょい少しでウルガムに着く。頭の上の太陽の位置からみて、10時の少し前には到着だ。首長への挨拶と家長達との打ち合わせで2時間、自警団の訓練に3時間……、何時も通りに順調に熟していけば、全てが終るのが、15時にはなるな。それからサラキトアに向かえば、18時か19時には戻れるはずだ。


 そして多分その頃にはサラキトアの駅広場には、数店の露店が立っているだろうな。月1回のちっちゃなお祭りみたいなもんだからな。まぁ田舎のキトアじゃなかなか手に入らないもんが並ぶしな。みんないっつもすっげぇ楽しみにしてるもんな……。ああ、ごめん! ギル! 俺も今日は我慢するからな。





小説家になろう 勝手にランキングに登録してみました~。

応援のつもりで、カチッとクリックしてみてね~。


感想・誤字指摘・要望・意見・応援は随時受け付け中です。宜しく!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ