40.待ち受ける者達
これが胎動編の最終話と成ります。100話、60万文字にて完結しました。最終話にして最長話だと思われます。
~ナイアス・ヴェルウントからの視線~
その日の夜、俺はご老人と武士殿の3人で話しをしていた。そう、それは今後の事についての現状確認だった。
「さて、判っておるとは思うんじゃが、今回の件にはモートス伯爵家が大きく関わって来るんじゃ」
「ええ、それは判っています。間違いなく隠蔽工作の中心人物はモートス伯爵です」
「うむ、その通りじゃ。しかもモートス伯爵の長男ランダント・グル・モートスは、王太子選出にも確実に絡んで来るはずじゃ。つまりわしらはこのサラッド騒動に加えて、王太子選出の動きにも巻き込まれるのも必定と云う事じゃ」
「そうですね……」
「長い手殿は、多分王太子擁立においてモートス伯爵家とは対立する構図なのである。つまり我らは王都で繰り広げられる最大の陰謀劇に参戦する事になるのである。実はそれがしは陰謀・謀略はチト苦手である」
武士殿、それは誰が見ても一目瞭然です……。
「それは間違いないじゃろう。なんと云っても司府長なんじゃからな。ただ、彼のご仁の事じゃから、単に立場と云うだけでなくもっと何か別の考えもあるんじゃろう」
「昨日まで王太子選出とかには全く無関係だったし興味もありませんでした。でも今日からは違います。その覚悟はした積りです」
そうなんだ、今王都では次期セキニア王たる王太子を選出する儀式が間近に迫っているはずだ。モートス伯爵家がここまでサラッド強奪事件を隠蔽したのは、確かに伯爵家の存続問題もあるだろうが、長男のランダント・グル・モートスが王太子選出候補者のひとりと目されている事も関係しているはずだ。本当ならこんな事件には関わらずにひっそりとすべき処を、逆に打って出たのがその証拠だろう。ピンチを逆手に、各所に貸しを作ったその手腕には驚きだ。あの長い手殿でも全てを見破る事は出来なかったのだから、王都でこのカラクリに気づいた者はいないだろう。そんな相手と俺達は真っ向勝負しないと行けない訳だ。
「護民官殿。長い手殿がサラッドを受け取らないと云った事を、どの様にみておられるのであるか?」
「そうですね。単純に考えれば危険回避ですか?」
「武器は持ちたいであるが、自らは戦わないであるか?」
「そんな処でしょうね」
俺達はモートス伯爵家への切り札。しかも遠隔操作できる便利な切り札って処だろうな。
「当り前な話しじゃが、あの司府長は一切信用できんのじゃぞ? 多分わしらを標的のコマかなにか程度にしか考えておらんじゃろう」
「ええ、それも判っています」
「しかし、長い手殿はわれらをどの様に使うつもりでるかな? 確かにサラッドの件が表面化した場合に、矢面にされる事は間違いないであるが……」
「ええ、そこですね。自分の考えでは多分、司府長殿はサラッドの件を公にする積りはないと思うんです。多分モートス伯爵家との裏取引の材料にするんでしょうね」
「うむ、確かにそんな処じゃな」
「で、あるか? その場合モートス伯爵家は全力を持ってサラッドを奪うか、関係者の口封じに動くであるな」
「ええ、その時の生贄役こそが私達の役処なのかと……。それとも防波堤なのか……。どちらにせよ……」
「我らは長い手殿の身代わりであるか……」
裏取引をしてモートス伯爵から王太子選出候補者からの辞退を引き出す。その変わりサラッドとそれを知る証人を引き渡す。これでモートス伯爵家は安泰だ。そして司府長もまた目的を達成できる。まぁ、そんな処が一番妥当な処なんだろう。こっちにすると全く堪らん話しだがな……。
「うむ、それはどうかの……。あの司府長の事だわしらを上手く利用する腹積もりである事は毎違いないじゃろうが、たぶんそんな単純な話しではあるまい」
「で、あるか?」
「そうじゃよ。もし、そうなら、なにもわざわざお主を王都へ招く必要はないんじゃ。誰ぞ者を寄越してサラッドを確認して、あとは放置して置けば良いだけじゃな。その方が、モートス伯爵家に贄としてわしらを渡した場合にも、王都で騒ぎを起こすよりも一田舎での事件として処置できるから、その方がよっぽど便利じゃろうて……」
「で、あるな……」
「なるほど……、確かにそうですね。では司府長殿には一体どんな目論見があるのでしょう?」
ご老人の云う通りだ。確かに俺達が単なる贄なら王都へ呼ぶ必要はないな……。
「よいか。あのサラッドが裏取引の材料に成るのは間違いないんじゃ。じゃが、わしらが単なる贄とも思えんのじゃ。しかしそれ以上、あの司府長の考えを読むことは今はまだ難しいのぉ……。ただしひとつだけ云える事があるんじゃ」
「イジュマー老。それはなんであるか?」
「つまりはじゃ。今回の公特措の適用停止の条件とは、サラッドの秘密に非ずじゃ」
「サラッドではない?」
「そうじゃよ。その条件とはお主そのものじゃな」
「私ですか?」
「ああ、その真意はわからぬがな。間違いなくお主こそが、あの司府長の狙いなんじゃよ」
俺をご指名って事ですか? 確かに云われてみればそうなのかな? でもなんでだ? まっ、ご老人にもその先は見えないんだから俺の単純な頭で見えるハズがないか……。
「お主生き残る勝算はあるんじゃろな?」
「いえ、これと云って特にないですね」
あの陰謀・謀略渦巻く王都で上手く立ち振る舞う自信なんかこれっぽちもありゃしない。ああ、これが嘘偽り無いほんとの正直な気持ちだ。
「でも、最後になったらギルとリリュを担いで王都から逃げ出す自信はあります。それにもし万が一俺が斃れてもカリファがいるからそこは大丈夫でしょう」
「で、あるか。最後はその護民官殿の腕に物を云わすのであるな。相判ったである。その時にはそれがしも助太刀致すのである」
「アドバン殿のご助力があればこれはもう百人力ですね。王都で俺達を何が、何者が待ち受けているかは知りませんが、俺はここで引く積りはありません。これにはキグトアの未来、引いては王国の未来が賭かっているんです」
「うむ、ならばもう何事もいうまい。我らもまたお主の未来に賭けてみようぞ」
「で、ある」
うん。これで覚悟は定まったって事だな。よしっ、待ってろよ王都、そして長い手ダイタス・ギュント・ホルミアにエタンダント・グル・モートス伯爵よ。俺は一歩も引かんぞ。
~ダイタス・ギュント・ホルミアからの視線~
ナイアス・ヴェルウント、32歳、既婚、一妻一男。ハソチフ、黒虎騎士団、中央軍略団指揮部智見局に所属、現在は護民府護民部へ暫属中、現役職はリシュール州キトア郡キグトア地区のガディミリタ。受勲歴:精勤勲賞、勇猛騎士勲賞、銅馬護民騎士賞、金馬護民騎士賞、一等護民官勲章。
父親は元王府府員で貴民のジェイアス・リシン・ヴェルウント。
エスタ暦2988年セキア州クルシュのヴェルウント家の2男として生まれる。
エスタ暦2999年11歳、家を出て首都セキトにある分家のシンゲキ流リシン派に指南。
エスタ暦3003年15歳、シンゲキ流リシン派の皆伝を賜授。
エスタ暦3004年16歳、黒虎騎士団に“騎士”として入団、アシチフ(騎士補:准尉)に任官、翌年精勤勲賞を受勲しアシテソチフ(十士長補:少尉)に昇進。
エスタ暦3006年18歳、黒虎騎士団武闘競技会で優勝、勇猛騎士勲賞を受勲しテソチフ(十士長:中尉)に昇進、トファルナ州へ移動。
エスタ暦3007年19歳、森賊討伐の功賞により銅馬護民騎士賞を受勲しレテソチフ(正十士長:大尉)に昇進。同年、ラフチェスカ巡視隊へ所属。
エスタ暦3008年20歳、トファルナの戦いの功賞により、金馬護民騎士賞を受勲しハソチフに昇進。
エスタ暦3009年25歳、マディミリタに抜擢される。同年現夫人のリリュシカ・ロガデルナと結婚。
エスタ3010年26歳、キグトア地区の盗賊団を征伐。その功賞により、一等護民官勲章を受勲。同年長男のギルナス・ヴェルウントが誕生。
黒いカナタを操り魔獣殺しのヴェルの異名を持つ。なお管轄地域であるキグトア地区は近年若年者の人口増と、農産物の収穫量増加により活況を呈しており、各地方からの新規開梱者が急増している。一部ではキグトアの光明と呼ばれている模様。
マナリから上がってきたキトアのガディミリタの経歴書に目を通す。こうしてみると黒虎騎士団で立身出世をする者と云うのは似通った経歴を残すものなのだな。しかし、魔獣殺しのヴェルとは凄い異名だの。一体どのうな化け物じみた男なのであろう。これは楽しみだのう……。そしてキグトアの光明か……。確かにそんな噂を以前小耳に挟んだ事はあったが、この数字を改めて見ると確かに驚きだの。一体どんな魔法を使ったのだ? 地域の振興と魔獣殺し……。このふたつのイメージがどうも繋がらんな。まぁ、単純な男ではないと云う事か……。うむ、確かにそうであろうな、公特措の適用を止める為に、サラッド強奪の件を取引材料にするのだからな……。しかし条件が公特措の適用停止とはのう……。州都リシュトでの動向からそうであろうかとカマを賭けてみたが、正に図星であったの。つまり己の利だけでは動かぬ男のようだの。もしこれが金品狙いの単純な男なら、モートス伯爵家に脅しを掛けたのであろうな。まぁ、その場合は多分あのエタンダント伯の事だ、伯爵家の全力を持って封殺し、この件は闇から闇へと葬られたであろう。
だが、そなたはわしの処へ参ったのだ。これは真に面白い事になったの。多分そなたも承知しているはずだ、この王都にそなたが赴くと云う事は自らの首をわしに差し出すと同意である事を……。確かにサラッド強奪の証拠を握っている意味は大きいのう。じゃが、わしはそれを受け取らなかった。つまりそれはわしに対する武器にはならんと云う事だ。そうじゃよ。公特措の適用停止の条件はそなたその物と云う事なのだ。これより半年の間、王都は魑魅魍魎の世と化すであろう。確かにわしには耳も目もある。それにこの長い手もある。だが、ひとつ足りない物があるのだ。それは我が手に握る大刀じゃ。なにものをも断ち切る事が出来る大刀……。今まではナルスだけで充分であった。だがこれからは15貴氏に加えて、白虎とも争う事になろう。懐刀だけでは刃が届かぬやも知れぬ。だからこれからのわしには大刀が必要なのだ。それも大きければ大きいほど良い、可能な限り大きく目立つ大刀がな……。しかも使い捨てる事も出来る刀がな。トファルナの英雄、魔獣殺しのヴェル……、そなた以上の適任者はまずいないだろうて……。うむ、楽しみに待っておるぞナイアス・ヴェルウントよ。
~ミリナルア・ギュント・ホルミアからの視線~
「サーシェ、それは真の事なのですか?」
「姫様。このサーシェスは姫様にこの命を捧げた身です。姫様に決して嘘偽りなど申しません」
巨大としか云いようのない天蓋付きベッドがある寝室。そこあるしっかりした布生地製のソファに座るふたりの女。それは豪華なドレス姿の30代の女性と20代のメイド服のふたりだった。
「はい。王国のいかなる法典、王令集、王儀規約書のどこにも三世の禁について書かれてはおりません。三世の禁は単なる噂、伝説・口伝の類なのです」
「あたくしは、今の今まで三世の禁は、王国最高法典に書かれた王国の理だと信じていました。これはジョルに取って大変大事な事実になります。サーシェ、感謝します。本当に感謝しますね」
「姫様、お礼など持っての他です。姫様の喜びこそが、このサーシェスの喜びなのですから」
三世の禁が実は単なる幻だったなんてほんとに驚きだわ。一体今まであたくしに教えを説いた様々な先生方はなんだったのかしら? 皆口をそろえて三世の禁は王国最高の決まりだと云っていたのに……。そうよ特にここに嫁いで来てから、あたくしに付いた儀府の儀典部や教務部の教師達はそれこそ三世の禁を不磨の大典の如くあたくしに教えてくれたわ。あれはつまり……。そうね、陰謀だったのね。そうよあたくしの愛するジョルに対する陰謀だったのね。サーシェのお陰で今それを初めて理解できたわ。
「姫様、その証拠に王国には三世の王たる王様がふたりもいらっしゃいます」
「サーシェそれは、本当なのですか?」
「はい。スティヴァ王にコンステキン王でございます」
「スティヴァ王にコンステキン王ですか?」
あら? でもそのお名前は正直あまり記憶にございませんね。あたくしがセキニア王家に嫁いだ時に受けた、所謂妃教育の中には当然歴代の王についての教育がありました。それこぞ創始王に始まり愛臣王や復興王等、歴代のセキニア王について習いましたけど、そのおふたりのお名前は覚えにありませんわ。
「おふたりとも三世の王として、平民の間では特に有名でございます」
「そ、そうなのですか?」
「はい。平民の中では、愛臣王や復興王に並び立つ程の人気でございます」
「愛臣王や復興王程の人気……」
なぜ、それほどの人気のある王の名をあたくしは知らないのかしら? それにほんとにそれほどの人気のある王なら、あたくしの友達や知り合いがその名を出さない事も不思議な事ですね……。
「姫様、ほんとにスティヴァ王とコンステキン王をご存知ありませんか?」
「ええ、ほんとに知らないのよ。嘘ではないわ」
「では……、噂は本当の事なのですね」
「噂ですか?」
「ええ、ある程度格式高い家柄の家庭においては、その娘に三世の王の知識を与える事は忌避とされているって……」
「な、なんて事を……」
「ああ、今の今まで単なる噂と思っておりました……」
なんて事! それが事実ならば、つまりそれは王国全体であたくしの様な環境の娘達を陥れていたと云う事なの? あたくしは生まれてからずっと周りの全ての者から騙されていたと云うの? お兄さまやネリア(アマネリア)もあたくしを? それではあたくしは一体誰を信じればいいと云うの? 今握っているサーシェの手の暖かみがなんだか凄く大事に思えて来たわ。
「姫様、なんてお労しい……。このサーシェスは決して姫様に隠し事など致しません。信用なさって下さいまし」
「ほ、ほんと? サーシェ? 信用していいの?」
「はい。儀府の先生方が話さない事、アマネリア様もが秘している事、その全てをこのサーシェスが姫様にお伝え致します」
「本当にお願いしてもいいの?」
「ご信頼下さいませ。姫様の望みこそが、このサーシェスの望みですから」
「そんな事してサーシェは大丈夫なの?」
「この命は、既に姫様に捧げております。姫様にはなんのご心配もいりません」
「サーシェ感謝しますよ。でももし何か困った事があったらなら直ぐに云うのですよ。判りましたね」
「承知致しました」
ああ、ほんとにサーシェが居てくれて良かったわ。そうでなかったらあたくし、きっと皆に騙されて愛するジョルを王太子とする事を諦めていたと思うわ。ほんとに良かったわ。それにスティヴァ王とコンステキン王についてもっと知ったのなら、直ぐにもお兄様の処に直談判に行かねばなりませんね。だからお願い力を貸して頂戴ねサーシェ……。思わずサーシェの肩をギュッと抱き寄せました。するとサーシェがあたくしの耳許で囁くように言葉を漏らしましたの。
「あの姫様、誠に申しあげにくいのですが、明日宮殿を下がるご許可を頂戴したいのでが……」
「ああ、そうですね。もうでしたか……。今月もまたエスタの教所に参るのですか?」
「はい。それはわたしとエスタの神様との聖なる契約ですので……」
「あたくしは、サーシェ程敬虔なエスタ教徒を知りませんよ。毎月教所に出向き懺悔をしているのでしょう?」
「はい。その通りでございます。この身は汚れに満ちていますから、毎月エスタの神様に悔い改めてお許しを頂いております」
「しかも奉給のほとんどを寄付しているとか……」
「あたくしが、今この様に恵まれた生活が出来ているのも、全てはエスタの神様と、枢機卿様のお陰で御座います。奉給を布施る事など何様でもありません。そしてわたしのこの命は姫様に捧げておりますが、心はエスタの神様と、枢機卿様に捧げております」
心はあの枢機卿に捧げているのね……。それはちょっと妬けるわね。
「ええ、そのお話しは何度も聞きましたよ。それに毎月の教所参りもリシュリュー司教枢機卿様との、そもそもからのお約束ですからね。なんの気兼ねもいりませんからね」
「姫様、ありがとうございます」
ほんとに良い娘ね。サーシェは元々は吟遊詩人を目指していたらしいけど、夢破れて王都で苦しい生活を送っていた処を、枢機卿が救いあげたらしいわ。ほんとになんてエスタの神は慈悲深くて優しいのかしら。そしてこのサーシェをあたくしに紹介下さった枢機卿にはやはり感謝しなくてはならないわね。
「そうそう、もしリシュリュー司教枢機卿様に会う事があれば、ストファ・ブラゾ(セキニア宮殿)内に、エスタの教所を作る件にはあたくしも賛同しますと伝えて頂戴ね」
「姫様……」
サーシェが感激で声を詰まらしているわ。ほんとに可愛い娘ね。この可愛いサーシェをあたくしに引き合わせたお礼なのだから、それくらいはいいでしょう。そうサーシェが居たからこそあたくしは事の真実に気が付き、愛するジョルの道を拓く事が出来るのだから……。
~リシュリュー・アルムント司教枢機卿からの視点~
「サーシェス殿からの使いの者が参りました」
「ああ、ありがとう」
セキト大教所の貴賓室付きの助教士が、敬々しくお辞儀をしながら入室してきた。その助教士の姿を見ながら昨日あの下賤な娘と懺悔室の中で交わした会話を思い出した。
「サーシェスさん最近はどうですか? 宮殿で虐められたりしていませんか? 枢機卿猊下も大変に心配なご様子ですよ」
「そんな事はありません。姫様はこんなわたしにとても目を掛けて下さいます。最近では良く寝所にまでお招き頂いております」
「ほう、寝所ですかそれは良かったですね……」
この娘は懺悔室の懺悔窓(座った横の壁にある3cm四方の小さな窓、この小窓は更に薄い白い布(真実の布)で覆われていて相手を見る事は不可能)のこちら側に座っているのが、この私だとは一切勘付いていない……。まぁ、それは当然であろう。エスタの司教枢機卿がこんな市中の教所の懺悔室等に居るハズがないのだから……。
しかしこの下賤な娘を第二夫人……、あの頭の悪い中年女の処に送り込んでもう半年となり、そろそろ良い知らせもあろうかとは思っておったが……。そうか、ついにあの第二夫人の懐に入る事に成功したか……。元々は流れの吟遊詩人崩れの色女……。男も女も相手にするような輩じゃからな、ヒトの心を擽る技には長けておろうて。あの世間知らずの頭の悪い中年女を騙す等お手のものよの。しかしこの娘、誠に安い買い物であったの。僅かなパンにピノを半杯、許しの言葉、それと我輩の夢をほんの少し与えただけであるからな。
「それは良かったですね。ミリナルア様には感謝しなくていけませんね。ではそのミリナルア様のご様子は如何ですか?」
「姫様はジョルジア様の事を大変心配しておいでです」
「そうですか……」
「まさか、姫様が三世の禁についてあんな間違った事を信じられているとは思いもしませんでした。それにあの噂がほんとだった事にも驚きました」
ふっ、そうであろう。王国が格式高い家柄の娘に三世の禁についてどう教えているかとか、三世の王の事を忌避としている事等は一般には知れておらんからな。王家に嫁ぐ可能性のある様な娘共は、所謂隔離された狭い世界の事しか知らんし、逆に外からもその隔離された世界の中は伺い知れんものだからな……。これは王国の為政者にしてみれば真に都合の良い仕組みであろうの。だからこそその世界に異物たるお前を投げ込んのだよ。どうやらその意図は頭に当ったようだの……。
「姫様はスティヴァ王とコンステキン王についてもっと詳しく知りたいと仰せです。でもわたしもそれほど詳しくないので困っております」
「そうですか、それならば私から枢機卿猊下にお頼みしてなにか用意して頂きましょう。今度使いの者を大教所の枢機卿猊下の処にまで寄越して下さい」
「枢機卿様にそんな事お頼みして宜しいのでしょうか?」
「枢機卿猊下は、あなたの事を大変心配しておられるのです。そんな事を気にする必要はありませんよ」
ふむ、そうかスティヴァ王とコンステキン王に大いに興味を持ったと云う事だな。それはそれは大変宜しい事だの。ではそれに王国が高い家柄の娘に三世の王の事を忌避としている事情の資料もつけてやろう。私の解説書付きでな。なるほど、これは思った以上に順調に行きそうであるの。ふむ、そうだ、あの頭の悪い中年女でさえも、読んだら我が子可愛さと義憤に燃え上がる様な完璧な資料を、直ぐに準備致そうぞ……。なんと云っても枢機卿猊下は、そなたの事を大変心配している様だからの……。
そうだ、なんと云ってもあの頭の悪い中年女は重要な鍵たる存在なのだ。妻として王に繋がり、妹として司府長の長い手殿に繋がっておる。そしてあの女の息子こそが、セキニアの第一王子たるジョルジア・セキト・アグヴェント、かの有名なセキニアの馬鹿王子様だからな。今の時点では誰から見ても王太子候補としては最下位の評価であろう。それどことか王太子候補として見られていないと云うのが正しい認識であろうな。だがあの中年女が狂奔すれば事態は変わる。公式にはなんらの権限も持たない第二夫人であるが、影の影響力は周りの誰もが、そう本人すらも気が付かない程に大きいのだ。一種の盲点でありセキニアのアキレス腱かも知れんの。我輩はどうやらそのアキレス腱に刃を突き付ける事に成功したのかも知れぬのだ。そしてその刃こそが色女上がりのこんな娘だとは皮肉な事だの。
「それと姫様が、枢機卿様にストファ・ブラゾ(セキニア宮殿)内に、エスタの教所を作る件に賛同するとお伝え下さいとの事でした」
「おおっ! それは真に喜ばしいお言葉ですね。これにはきっとエスタの神もお喜びになりますよ。私から枢機卿猊下にお伝えしましょう。きっと枢機卿猊下もサーシェスさんに感謝する事でしょう」
「そんな。枢機卿様があたしなんかに……とんでもない事です……。あたしは枢機卿様とエスタの神様に救われた身なんですから、あたしは枢機卿様の為ならどんな事でもします……」
懺悔室では相手の顔は見えないが、その声調から多分この娘が瞳から涙を流している事は容易に伝わってくる。なんとも馬鹿で単純な娘だ。
「それにストファ・ブラゾ(セキニア宮殿)内に、エスタの教所を作る事はあたしの夢でもあるんです」
「そうですね。それはサーシェスさんの夢でもあり枢機卿猊下の長年の夢でもありますね。それに畏れ多くもエスタ教皇院の夢でもあるんですよ。なんと云ってもセラワルド10カ国で、皇宮、王宮、宮殿にエスタの教所がない国は、このセキニアと魔導国だけですからね。これは本当に素晴らしい事なのですよ」
「はい、このサーシェス・グライストンはこの身の全てを枢機卿様の夢の実現に捧げる積りです。どうかこの汚れた身に許しのお言葉を……」
「サーシェスさん、この身も枢機卿猊下も全ての者はエスタの神の前では、あなたと同じ1教徒に過ぎないのです。枢機卿猊下でなくあなたを助け許し導いたエスタの神に心を委ねるのです。そして枢機卿猊下と共にエスタの神の為に進みましょう。あなたにフォギネの恩寵がありますように……。そしてイエメンよ。全てはエスタの御心のままに」
「ありがとうございます。イエメンよ。全てはエスタの御心のままに」
うむ、月に一度の信心の重ね書きの効果は上々のようだの。どうやらこの娘はすでに熱狂者、殉教者の予備軍であるの。1年前まではいかがわしい夜の町で毎夜罪を犯し続けていた下賤の色女……。たまたまあの夜の魂の救済で拾った色女が、今ではまるで聖女の様な振る舞いであるの……。ふむ、ほんにエスタ聖文書庫に秘蔵されたロキシア秘伝書にある“マグダラのマリアの一考察”の教えの正しさがここに在るようだの。“罪を犯し、その罪を自覚している者こそが、最も敬虔な熱狂者、殉教者と足り得る。その代貨は僅かな施しに、過去の罪からの開放、そして具体的な目標を示す事で足りる。教えに殉じる事で全てが許され、自らの命に意味があると確信した時、その者は自らを聖女と成す事が可能となる…………”心とはどんな大金でも買う事は出来んが、神ならば、いや神の教えならばそれは容易に買う事が出来る。そこにはヒトの心の動きが実に判り易く解析されておったわ。まるでなにかのカラクリの様に……。
初代教皇ロキシア・エスタ・ヴォツェックか、今や神とも見なされる存在であるが……。我輩は若い頃にロキシアを調べた。結論か云えば我輩が見た処あれは正しくヒト中のヒトであった。ヒトの心を知りヒトを操りし者なのだ。悲しむべくはロキシアは自らを操る事が出来なかった事だの。あれは多分弱いヒトであったのだろう。自らの引き起こした事態に心が耐えれらなかったのだろう。だが我輩は違う、ロキシアの知識、思想を吸収しその全てを我輩の望みを達成する為に使う事に一切の躊躇はない。その為の第一歩として我輩はこのサーシェスを神に捧げるになんらの迷いはないの。
「では、サーシェス殿からの使いの者にこれを渡して下され」
「はっ。司教枢機卿猊下の御心のままに」
セキト大教所の貴賓室付きの助教士が、頭を伏せたままに我輩が指さした机の上の木製の書簡箱を敬々しく持ち去っていく。さぁ、これからが本番だの。神の赤子共には、エスタの神の為、引いては教団の為、そしてついでに我輩の夢の為にせいぜい踊ってもらおうの。マキャリよ、力を与え賜らん事を……。
~ワルド・ネルトリングからの視点~
「なにミリナルア妃姫様の様子がおかしい?」
「はい。なんでも最近ミリナルア妃姫様は新しい側女を大変にご寵愛の様子です。ただこの側女は出自がとても卑しく、ほんらい宮殿に上がる事などできない者なのです」
「ふむ、どのような者なのか?」
「サーシェス・グライストン。吟遊詩人崩れの様ですが、1年前までは王都の夜の町で色女を営んでいた様です」
「色女が、第二夫人の側女だと? ありえん話しではないか?」
「どうもリシュリュー枢機卿猊下によって、魂の救済をなされた女らしいのです」
「枢機卿猊下の魂の救済?」
「はい」
魂の救済だと? よく云うわ……。あれは単なる狂信者候補の採用活動であろう……。しかしつまりは、あの生臭坊主の狂信者が第二夫人の懐に入ったと云う事か……。うむ、それはそれで面白いの。
「よいか手の者に確りとその側女を見張らせておけ」
「はっ。なにかご指示はございますか?」
「手出し口出しは一切不要。ただただ目と耳を使わせろ」
「承りました」
どうやら、あの生臭坊主も第二夫人に目をつけた様だな。それではエスタの暗闇とも云われるリシュリュー・アルムント司教枢機卿のお手並み拝見と行こうではないか。
~エタンダント・グル・モートス伯爵からの視点~
あの日から既に1月が経ったのか……。ビタ(ビタダント・グル・モートス=エタンダントの三男、元スピシエデフルド・サラ独立守備隊隊長)も、この鎮守府に馴染み落ち着いて来たようだ。しかし今回の事は相当ショックであったようだ。あれがあそこまで落ち込んでいるの見たのは始めてだな。そうだな、何か役職を与えて仕事をさせるか。うむ、その方が良かろう。何があるかな……。あれは真っ直ぐな男だからな、あまり込み入った部署は向くまい。それに変に問題を起こされても堪らんからな……。となるとセキト夜警隊辺りがよいか。まぁ、あの副官がおればそうそう問題は起こさないだろう。あの副官……、ライダ・ナフォルガとか云ったか……。あれは一見なんでもなさそうな者にみえるが、実は中々しぶとい男の様だ。ラン(ランダント・グル・モートス=タンダントの長男、セキア巡検士隊隊長)からもあの男は使えると云う報告を受けている。ただし同時に監視も厳とすべきともあったな。うむ、確かに面白い男の様だ。もしかするとビタに取っては大きな良い拾いものかもしれんな。
結局今回のスピシエデフルド・サラの件は、ランの思惑通りに決着した。正直云ってサラ管理局局長とスピシエデフルド・サラ独立守備隊副長の不正をあそこで利用したのは勿体なかった。あれはビタがスピシエデフルド・サラに赴任した時の周辺調査でランが見つけ出した格好の好材料だった。この先色々な場面でどうとでも料理できる最高の隠し球だったのだが……。確かに今回それを使ってしまった事だけは残念だ。更に問題なのは白虎騎士団の団長のイリアとの関係だな。今回のスピシエデフルド・サラ独立守備隊副長の不正の指摘は奴にして見れば身内からの背信に見えたのかも知れんからな。できればイリアとは敵対したくない処だ……。うむ、この件については、もう少しランと話さなければならないか……。
それに司府長とはこれで完全に敵対してしまった。まぁ、司府長とはいずれ敵対するのだからそこは良いのだが、ちと時が早かった気はする。そうそう、司府長と云えば、昨日偶然王宮で会ったロッシェが司府長との面会を突然キャンセルされて“どうやら司府長殿に置かれては、没落した元15貴氏との約束等、どうでも宜しいようですな”とボヤいていたな。ふむ、司府長と云えば妙に義理堅い男で、面会の約束をしたらよっぽどの事がない限りは、キャンセルしないと聞いていたのだがな。昨日は王宮でも特にこれと云った事はなかったはずだ。ちと気になるな。ふむ、確かめてみるか。
司府長に付けてある者からによると、どうやらロッシェの面会時間には、司府長は別の男に会っていた様だ。マディミリタ? なんだこれは誰だ? 一体司府長との関係はなんだ? それになにやら前日にも同じマディミリタと面会しているらしい。2日に渡って面会だと? しかも2回目の面会はロッシェとの予定をキャンセルした上で会っている。なんだか判らんが、これはなにやら気になる。マディミリタ、アズナイル・ソルメルタか……。これは改めて調べて見る必要があるようだな。
~ジョルジア・セキト・アグヴェントからの視線~
今日でついに我は18となった。これで我は最後の資格を手にしたのだ。そう王太子候補たるオプチパソの資格を得たのだ。だが我の周りの者は、我がオプチパソに立つ事はないと思っておるようだ。うむ、我が擬態は誰にも見破られてはおらんと云う事だ。そうだ、我は生まれたその日からオプチパソであったのだぞ。それが何故判らんのだろう……。我の近習3人とは幼い時から我が王となる為の方策を練って来たものだった。だがその近習のふたりが相次いで不慮の事故で命を失った時、それが実は危険な夢であった事を初めて知ったのだ。あの夜……、葬儀の夜……、最後の近習となったラグとこの夢は秘すると堅く誓ったのだ。そうだ我はラグまでを失いたくは無かったのだ。新たに近習と成った者は一切信用できなかったし、王宮そのもの全てが敵に見えた。いや、それは紛れも無い事実だったのだ。あれより我は表情を知識を言葉の全てを偽った。無邪気な馬鹿な裸の王子を演じたのだ。それはまるで長い長い長い夜の様だった。我は夜の闇に紛れ生き残ったのだ。だが遂に時は来た。夜は明け遂に朝日が登ったのだ。今や我には我を護る砦もある。信用できる最高の友もまた成長した。権力の一部もこの手に握った。最早この王宮の中で無邪気に振る舞う裸の子供の振りをする必要は無いのだ。この偽りの仮面を外し真の我を陽の下に現す時が来たのだ。死んだふたりの友に誓おう、我は王となる。このセキニアの王となる。そうだ、我の前に立ちはだかる者は、それが誰でもあってもこのセキニア第一王子たるジョルジア・セキト・アグヴェントが必ず打ち倒してみせようぞ。
第Ⅴ章「運命の邂逅」 完
~Another World 【胎動編】 完~
内容的には、王都編のプロローグ的内容になりました。
9月27日から約4カ月に渡りありがとうございました。
これで一旦アナワルはお休みします。王都編が半分位できたら再開しますね。
ちなみに、新作を準備中です。こちらはま~~たく世界が違う新挑戦になります。あとちょっとだけお待ちくださいね。
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