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詰みかけ転生領主の改革(旧:詰みかけ転生領主の奮闘記)  作者: 氷純
第二章 子爵領次年の毒騒動

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第十一話 違和感のある鏡

 深夜、職人達が滂沱の涙を流しながら、作業をしている。

 過密なスケジュールの中で、持てる技術の全てを費やして完成させた領主館。

 芸術とすら呼べるその館の一室の壁に穴を空ける作業が、職人達の心を苛んでいる──訳ではない。


「泣くな、お前達! 子爵様を見習うんだ。一番辛いのは子爵様なんだぞ!」

「心中、お察し致します! オラは、オラは……っ」

「馬鹿者! 泣くんじゃない!」


 職人達は訳の分からない言葉を交わしながら、涙を堪えようと無駄な努力をしている。

 サニアが胡乱な目つきで職人達を見ていた。


「……気持ち悪い」


 サニアは職人達に抱いた正直な感想を呟く。

 職人達の作業は佳境を迎え、大きな一枚鏡を壁の穴にはめ込み始めた。

 ソラが事前に用意していたというこの鏡が、職人達の涙を誘発させているらしい。

 先ほど近付いて注視してみたが、サニアは妙な感覚に苛まれた。


「それにしても、おかしな鏡ですな」


 言葉に出来ない感覚だが、ゴージュも同じ違和感があるらしい。

 隣にいたラゼットとリュリュが首を傾げる。


「特に感じないけど?」

「ウチも特になんとも」


 のんびり屋で怠惰なラゼットと、容姿に一切の気を使わないリュリュには、感じ取れないらしい。

 サニアは益々不思議そうに首を捻る。

 ソラに説明を求めても、はぐらかされた。職人達も知っていそうだが、男の尊厳に関わると、口を閉ざして黙秘されてしまった。

 ソラと職人達が共有する奇妙な連帯感に、眉を顰めるサニアだった。


「ところで、ソラ様は何処に行ったの?」


 ソラは職人達に指示した後、チャフを伴って出掛けた。

 真冬の深夜、息も凍るような気温でも、ソラの足を止めるには力不足だった。

 それほどに重要な案件なのだろう。


「教会に向かったわ。お忍びだから、朝日が昇る前には帰ってくるそうよ」

「また悪巧みだね。ガイストさんも大変だ」


 気遣うような言葉だが、サニアはリュリュと顔を見合わせて笑い合った。


「ざまあみろ、だね」

「ソラ様を敵に回したガイストが悪い」


 意地悪に笑い合う少女達に、ラゼットは苦笑する。

 ゴージュが不思議そうな顔をした。


「ガイストという男は何者なのですかな?」


 サニアとリュリュに嫌われる人物像が浮かばなかったらしい。

 ラゼットが顎に手を当てて、思い出す。


「六年前、ウッドドーラ商会と結託して薪不足を引き起こした教会の司教よ。五年前には、サニア達が復興させた村を手中に収めて、オガライトの販売利権を奪っていったの。ソラ様の罠にかかった今は犬同然だけど」

「ラゼット殿にまで嫌われるとは、相当ですな……」


 さらりと酷い喩えで締めるラゼットに、ゴージュは頬を引き釣らせた。



 町に降りたソラとチャフ、護衛のフェリクスは、教会を目指して歩いていた。

 フードを目深に被り、マフラーで口元を隠している。

 刃物で出来ているような鋭い寒風が吹き付けていた。


「……クラインセルト子爵、体調は大丈夫なのか?」

「なんだ、心配してくれてるのか?」

「──ち、違う! 途中で倒れられでもしたら、面倒だからだッ!」


 慌てた様子で言い返してくるチャフに、ソラは肩を竦める。

 ──根は良い奴なんだが、頑固なんだよな。

 チャフが聞けば怒り出しそうな事を考えながら、ソラはフェリクスに視線を向ける。

 護衛にゴージュを連れて来なかったのは、目立つことを嫌ったためだ。

 火炎隊は良くも悪くも目立つ。対して、チャフの護衛達は強面なだけだ。

 フェリクスは道の隅々にまで注意を向けて、ソラの視線を無視していた。

 ソラは声を掛けずに道の先を見た。

 雪より白いと思える壁が、夜闇に浮かんでいる。

 二、三人の司祭が冷たい水に浸した布で壁を磨いていた。

 丁度、深夜の掃除に出くわしたらしい。

 司祭達は向かってくるソラ達を見て、眉を顰めた。

 ソラ達はフードやマフラーで顔を隠しているため、正体が分からないのだ。


「シャリナはいるか?」


 ソラの目配せを受けたフェリクスが、かすかにため息を吐いた後、司祭に問いかける。


「シャリナ嬢さんに用事か。何者だ?」

「おそらく“村”と言えばわかる」

「……ちょっと待っていろ」


 ソラから事前に聞いていた言葉を出すと、司祭は釈然としないと言いたげな顔をしつつも、教会に入っていった。

 しばらくすると、血相を変えたシャリナとガイストが出てきた。

 ソラ達の顔も確認せず、教会の一室に通す。


「……予想以上の効果だったな」


 部屋に入ったソラは呟きながら、フードとマフラーを脱いだ。

 シャリナとガイストが目を丸くする。


「ソラ様……?」


 かつての村の者達が訪ねて来た、と思っていたのだろう。

 正体に気付くや否や、ガイストはすぐさま立ち上がり、折り目正しく礼をした。


「申し訳ありません。まさか、ソラ様だとは思いもよらず」

「気にするな。事前に連絡を入れたわけではないからな。こちらこそ、騙すような真似をして済まなかった」


 言葉だけで謝罪して、ソラは足を組む。

 双方の態度を見れば、上下関係がはっきりしていた。


「緊急の用事でな。明日、子爵領内の町官吏数人に、ここを訪問させたい」

「当教会に、ですか?」


 官吏達の評判はすこぶる悪い。

 しかも、今や官吏を束ねるソラに至っては、教会に敵視されている始末だ。

 わざわざ、敵地に乗り込んでくるのだから、企みがないとは思えない。


「そうだ。俺とガイストの繋がりを匂わせたくてな。それと、この教会の影響力も見せておきたい。不自然にならない程度に信者を集めておいてくれ」


 さらりと嘘を交えつつ、ソラは命令する。

 弱り顔のガイストに、ソラは笑っていない笑顔を向けて、問いかける。


「文句はないだろ?」

「……ありません」


 あると言ったところで、ソラは平気で計画を実行に移す。

 その上、信者の前でガイストを罠に掛けるだろう。

 三歳のソラにすら、してやられたのだ。今となっては、逆らうだけ無駄だと悟っている。

 ガイストは諦めたようにため息を吐いた。


「しかし、我々教会の不利益になるような事は、謹んで頂きたく思います」

「安心しろ。教会信者も大事な領民だからな」


 ソラは平然と言葉を換える。

 以前よりも狡猾さが増している気がして、ガイストは胃を捻り上げられるような錯覚を覚えた。


「まぁ、本当に安心していい。教会の理念はともかく、互助組織としての機能は評価しているんだ。無闇に潰すことはしない」


 目に見えて具合が悪そうなガイストを見かねて、ソラは心労を軽減してやった。


5/19修正

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[一言] 痩せて見える鏡か何か?
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