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詰みかけ転生領主の改革(旧:詰みかけ転生領主の奮闘記)  作者: 氷純
第二章 子爵領次年の毒騒動

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第十話  囚人のジレンマ

 囚人のジレンマとは、自己の利益を優先する者が複数いた場合に、個々が最終的に不利益を被るように設定したゲーム理論である。

 ソラは、よく引き合いに出される囚人に対しての司法取引を、チャフ達に説明した。


「なんだか良く分からんな」


 ゼズが困惑顔で唸る。ゴージュやコルも同様だ。

 チャフは諦めずに腕を組み、難しい顔をしていた。

 対して、リュリュは理解したらしい。


「なるほど、囚人達に餌を見せて疑心暗鬼に陥らせ、口を割らせるのか」

「流石、リュリュは理解が早いな」


 ──時々、俺と同じ転生者かと思うぞ。

 ソラは内心で呆れつつも、賞賛を送る。


「囚人とは町官吏の連中だ。不正が発覚している者も多いから、毒麦を混入した犯人に仕立て上げる」


 町官吏をスケープゴートにして、ベルツェ侯爵領に向かう矛先を逸らす。

 それがソラの計画だ。

 未だに考え込むチャフを気にしつつ、サニアが挙手して注目を集めた。


「証拠はどうするの? ソラ様は教会に目を付けられてるから、証拠が自白だけだと、町官吏の側に付くかもしれないよ」


 サニアが懸念を口にすると、ラゼットとゴージュが同意するように頷いた。

 教会は、魔法使い派と懇意にしているソラを敵視している。

 しかし、ソラは善政を敷いているため、信者以外からの人気が高い。

 目立った失敗もなく、信者の不満は未だくすぶっているにすぎなかった。

 問題は、官吏に罪を擦り付けたことが発覚すると、ソラを批判する大義名分を教会が得てしまう事だ。

 くすぶっていた火種に、ガソリンを注ぎ込む結果となりかねない。


「だから、囚人のジレンマを使うんだよ」


 ソラは囚人のジレンマを応用して、教会の動きを止めるつもりでいた。

 意味を理解しているリュリュだけが、納得顔で頷いている。

 眉間にしわを刻んで唸っているチャフを後目に、構想は進んでいく。


「子爵領における教会の権力を弱め、町官吏に首輪をかける。同時に町官吏からスケープゴートを選出する」


 既に手段を考えてあるソラは、チャフに顔を向けた。


「チャフ、お前はどうする?」


 ソラの問いかけに、チャフは不愉快そうに眉を寄せる。


「……不正を働く悪人相手とはいえ、罠にはめる手伝いをオレがすると思うのか?」


 チャフは視線でソラを咎めた。

 真っ向から受け止めながら、ソラは口を開く。


「領民を救うためならするだろう」

「領民を一時的であっても見殺しにする決断を下しておいて、綺麗事を口にするな!」


 チャフが怒声を張り上げる。

 目つきを鋭くしたリュリュが動こうとするが、ソラに視線で制され、不満そうにそっぽを向いた。

 ソラは聞き分けが悪い子供を見るような目で、チャフを見つめ返す。


「お前の言うことは正義だな。確かに、俺は間違っている。だが、これが最善手である事実は覆らない」


 正論を容易く切って捨てたソラをチャフは睨む。

 微動だにせず受け止めるソラを見て、問答は無用と察したチャフは、苦々しく溜め息を吐き出した。


「……今回だけは、目を瞑ろう」


 代案があるわけでもなく、ただ否定し続けるだけでは駄々をこねている子供と変わらない。

 チャフは見過ごす事を約束して、ゆっくりと拳をソラに向けて突き出した。


「だが、クラインセルト子爵の間違いを正すのは、相談役であるオレの役割だ。必ず、貴様が切って捨てた正義の政策で、貴様より大きな成果を出してやる!」


 チャフの宣戦布告が部屋に響き渡った。

 ほう、とソラは小さく吐息を漏らした。

 不意に挑戦的に笑んだソラが、部屋の面々を見回した。


「全員、今の言葉を聞いたな?」


 突如、真剣な顔で立ち上がったソラは、宣言する。


「チャフとの件に関しては、各々の裁量で以って動け。俺への報告義務はない。……意味は分かるな?」


 突然、自由裁量を許したソラに、チャフは怪訝な顔をする。

 しかし、家臣団の反応は違った。

 仕方ないなと苦笑するラゼットとゼズ、面白くなさそうに盛大なため息をつくリュリュ、困り顔ながらも「そうこなくっちゃ」と独り言を呟くサニア。

 ゴージュは何故か張り切っているし、コルは自分に何が出来るか考えている様子だった。

 だが、意味を理解していない者は誰一人して存在しない。

 ソラは静かに握った拳をチャフの拳にぶつけた。


「やってみろ」


 ソラが受けて立つと、チャフは拳を引き、無言のまま部屋を出ていった。

 閉まった扉を見つめたまま、ラゼットがソラに声を掛ける。


「当てが外れましたね」

「特効薬の事か? そこまで期待してはいなかったさ。それに、これはこれで良かった」


 主語が抜けたラゼットの台詞に、ソラは的確な答えを返した。

 魔法がある世界ならではの治療法があるかもしれないと、ソラは期待していた。

 チャフの態度を見れば、魔法治療などという都合の良い物はないと分かる。

 ソラは場の面々を見回して、指示を開始する。


「ゼズは近隣の村や町を回り、麦角病の発症者の分布を調べろ。疫病調査の名目で隔離も検討する」

「了解。船を一隻と自警団から何人か借りて行くぞ」

「あぁ、持ってけ。くれぐれも、麦が原因だと悟られるなよ」


 ラゼットから地図を渡されたゼズが、部屋を出ていく。

 ソラはコルに視線を移した。


「料理コンテストを開催する。麦の類を使わない主食がテーマだ。宿料亭組合を使って伝達しろ。開催期間中はテーマに沿った料理を作る場合に限り、食材の購入費を俺が一部負担する」


 麦角病の原因である小麦やライ麦の消費を抑える案だ。

 しかし、子爵領の財政は厳しく、長期の開催は難しい。

 延命処置の範囲を超えていなかった。

 コルが緊張の面持ちで部屋の扉に手をかける。

 知らぬ事とはいえ、ソラに麦角を食べさせていたのだ。責任を感じているのだろう。


「コル、まだ誰も死んでいない。やるべき事は何だと思う?」


 ソラは静かに、コルの背中へ問いかける。


「分かっています。この仕事は僕の領分です」


 いつもの気弱な様子が微塵も感じられない、しっかりとした声が返って来た。


「よし、仕事してこい」


 ソラは笑顔でコルを送り出した。

 残った者を見回して、ソラはベッドから腰を上げる。


「領主館を建てる際に使った職人達に会いに行く。計画に必要な物を既に作ってあるからな」


 先回りして準備されていたらしい。

 サニアが不思議そうに首を傾げた。


「何で、もう完成してるの?」

「……元々、官吏達を捕まえるつもりだったからな」


 視線を逸らしたソラの言葉に、サニアは納得した。

 だが、ラゼットはソラの口調に違和感を覚えた。

 何か隠していそうだと思いつつ、ラゼットは追及しない。

 ──面白そうだから、後でつついてみよう。

 どんな状況でも、ラゼットだけはマイペースだった。


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