表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/243

第六話  早指し

 七歳の少年と共に、異様な集団が町を駆け抜ける。

 ギョッとした顔で道の端に飛び退く老いた男、悲鳴を抑えようと口元に手を持って行く若い女、泣きじゃくる子供。

 一切に頓着せず、ソラは火炎隊と共に走っていた。

 後ろからはチャフと護衛が追いかけてくる。

 道の向こうから手を振る火傷顔の男がやってきて、ソラ達と合流した。

 先行させて備蓄倉庫周辺の様子を探らせていた火炎隊士の一人だ。


「ソラ様、更にやばい事になってるっす」


 併走しながら投げかけられる言葉に、ソラは顔をしかめる。


「これ以上どうやったら悪くなるんだよ」

「行商人が護衛を七人ほど引き連れて備蓄倉庫に来てるんすよ。中を検めたいとか言ってるっす」

「あの髭面、たわしにしてやろうか」


 道端の水たまりを飛び越えて、ソラは悪態を吐く。

 その時、チャフがソラに追いついた。


「たわしにするのは後回しだ。それより、現場に着いたらどう収拾をつける気だ?」

「たわし化は決定なんすね……」

「対応は双方の戦力差による。現場判断だ」


 火炎隊士の呟きは貴族の少年二人にあっさりと無視された。

 道の先に備蓄倉庫が姿を表した。

 町に複数ある倉庫の中で最も大きい。火災に備えて頑丈に建てられているようだ。

 周囲を威圧するような重厚感が、立て籠もるには打ってつけだと、妙な説得力を保持していた。

 備蓄倉庫の前に十人ほどが鉈や銛を構え、入り口を塞ぐように立っている様子が見えた。中にも何人か居るのがわかる。

 彼らの対面には七人の荒事慣れしていそうな男達がメイスや斧を構えており、その後ろに隠れて何かを騒いでいる行商人の姿があった。

 一触即発、といった空気である。

 チャフが思わず速度を緩める。

 ──どちらにつけばいいんだ……?

 臆した訳ではなく、どちらに味方して事態を収めるべきか、分からなかったのだ。

 数が多いが素人ばかりの住民側。彼らのしている事は犯罪行為だが、止むに止まれぬ事情があることも知っている。

 一方で数は少ないが玄人ばかりの行商人側。彼らは契約書を持っており罰せない行為だが、それが住民の生活を脅かしている。

 どちらにも言い分があるため悪人と断ずる事が出来ず、チャフはとっさの判断が下せなかった。

 そんなチャフに見向きもせず、ソラはむしろ速度を上げた。


「──火炎隊、後ろ頼んだ」

「了解」


 ソラの短すぎる指示に一切の疑問を挟まず、火炎隊が応じる。

 もはや完全に足を止めたチャフの目の前で、ソラは事態に楔を打ち込む最善手を放つ。

 先頭を進むソラが両手を横に突き出す。進路を塞がれた火炎隊は速度を落とし、ソラの後ろを走る。

 肩越しに振り返って火炎隊との距離を測ったソラは、進行方向に視線を戻して声を張り上げた。


「総員、抜剣!」


 場違いな少年の声が示す内容に驚き、備蓄倉庫の前で睨み合っていた全員がソラへと視線を転じる。

 人々は視界に飛び込んできた光景を認識するや否や、かすれた悲鳴を漏らした。

 場に向かって駆けてくるのは可愛らしい少年一人と、十三人の化け物達。燃え盛る業火から身を乗り出した悪霊を連想させる恐ろしい男達だ。

 化け物顔の十三人が全く同じタイミングで整然と木製の長剣を抜き放った。

 顔の横に構えた長剣の群れは、歯を剥き出して嘲笑う悪魔の顔を連想させる。

 火炎隊が迫って来る恐怖は並みではなかっただろう。

 それでも誰一人逃げ出さなかった。

 向かってくる強烈な人相の集団が、自分側か、相手側か、判断が付かなかったのだ。

 ソラ達は正確に双方の中央に向けて、走り込んでいた。

 睨み合いの中央に割って入ったソラは、速度を殺すのもそこそこに住民側へと身体を向ける。

 集団の統率者であるソラが向かい合った事で、化け物達が敵だと考えた住民側は浮き足立つが、続いた火炎隊の動きに困惑した。

 やや遅れて睨み合いのただ中に入ったゴージュ達が、獲物を炙る火炎のように獰猛かつ流麗な動きでソラに背中を向け立ち並んだのだ。

 それに泡を食ったのは行商人側である。

 火炎隊の流れるような連携は、行商人に雇われた護衛達の抗う気力を奪う程に十分な実力差を見せつけた。

 流転する状況についていくのに精一杯な人々を、ソラはたった二言で引き離す。


「総員、納剣!」

「了解」


 ソラの言葉にゴージュが短く応じ、火炎隊は一糸乱れぬ動きで木製の長剣を鞘に納めた。

 どちらにも敵対しないと言外に示すその行動に住民側も行商人側も困惑を深め、思考が追いつかないでいる。

 そんな事には構わず、ソラは一歩踏み出して注目を集めると、住民側に向けて口を開いた。


「武器は構えたままでいい。この俺、ソラ・クラインセルトが許す。お前達の代表者と話がしたい。倉庫の窓から顔を出せ」


 ソラの言葉を聞いて住民側がどよめいた。

 着任初日の領主が直々に、武器を突きつけていて構わないと言ったのだ。発言が与える衝撃は計り知れない。

 その上、直接に会うのではなく倉庫の窓からで構わない、と住民側に配慮した大幅な譲歩をしている。

 クラインセルト伯爵家の悪政に堪えてきた住民達には、何が起こっているのか分からなかった。


「準備が必要なら整うまで待とう。こちらも片付けておかないといけない事があるからな」


 あまりの事態に対応出来ずにいる住民側に言いおいて、ソラは行商人を振り返る。

 火炎隊が放つ途方もない圧力を受け、身動きできずにいた行商人は、ソラと目が合うや否や懐から契約書を出して掲げた。


「こちらは正式な契約を結んでいます。この扱いは不当です!」

「ほう、取引相手の立会もなく受け渡し前の商品を検分するのは、不当ではないのか?」


 ソラが冷ややかな視線で射抜きながら指摘すると、行商人は言葉を詰まらせた。

 つまらなそうにため息を吐き出したソラは、行商人に言い訳する暇を与えず続ける。


「おおかた、備蓄倉庫が占拠されたと聞いて居ても立ってもいられなくなったのだろうから、今回は目を瞑ってやろう。とりあえず、この場から消えてくれ」


 追い払うような手つきを交えてソラが促す。

 行商人は渋々といった表情で従った。

 流石に火炎隊の面々に見送られると安心できないらしい。行商人は恐々と振り返っては怯えた顔をしていた。


「……ギリギリで、衝突だけは避けられたか」


 行商人の後ろ姿が路地に消えた事を見届けて、ソラはようやく安堵の息を吐いた。



8月27日修正

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ