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第一話  改革は進む。

 ソラ・クラインセルト子爵領の設立から三年が経つ。

 改革は目まぐるしく進行した。

 ベルツェ侯爵領との貿易が軌道に乗り、薫製木材を造っている内陸部の村が潤うと共にベルツェ侯爵領産の野菜類が出回って栄養状態が改善した。

 薫製木材を造っている村には木材搬出に用いる川が必ずあるため、海辺の漁村から持ってきた生魚を薫製にして備蓄するなど飢饉や不漁に備えている。

 蒸留酒を殺菌用に用いるなどで疫病も減少傾向にある。

 海に近い土地に建つソラ・クラインセルト子爵館はソラの財源となる技術を用いた商品が生産されている。

 高圧密木材は製造法を秘匿され、サニアとゴージュ達火炎隊によって生産されている。

 同様にリュリュが真珠の養殖を行ってソラの財産を着々と増やしている。

 新技術だけでもこの数だ。

 他にも制限されていた大型船舶の製造を解禁奨励し、廃れかけていた網漁を高齢化した網元達の技術指導で復活させたり、各地の宿屋や料理屋をそのまま利用した郵便屋を起こしたり、実に慌ただしかった。

 相談役であるチャフが処理能力を遙かに超える仕事量により過労で倒れようと、元々過酷な生活を強いられていたサニアやリュリュなどは平気で働いていた。


「クラインセルト領から嫁は貰わない。絶対に尻に敷かれる」


 チャフはベッドの上でうなされながら呟いたという。

 大規模で性急な改革に反発する者も当然いた。

 例えば、地方管理を行っていた者達。

 クラインセルト伯爵の息がかかっていた彼らは当然のようにボイコットした。

 彼らは叙爵直後で政治に詳しい人材がいないソラは泣き寝入りするしかないと思っていたのだ。


「素直に働いていればしばらくは目を瞑ったのにな」


 だからソラがつまらなそうにそう言えば困惑するしかない。

 端的に言って、彼らは即逮捕された。

 彼らが完璧に隠蔽したと思っていた不正の証拠を山のように積み上げたソラはにこやかに言う。


「ベルツェ侯爵から数人借りた。お前らは用済みだ。取り敢えず、罪を償って貰おうか」


 彼らは生きた心地がしなかった。曲がりなりにもソラはあのクラインセルト伯爵の子供である。


「許して下さい。処刑だけは、どうか!」


 泣きながら懇願する彼らに対してソラはやはり微笑みを崩さない。


「処刑なんかしないさ。死体は何の役にも立たないからな」


 取り敢えず殺されることはないらしいと安堵した彼らは復讐を誓いつつソラを隠れ見てぞっとする。

 何故なら、ソラの顔には罪を許す慈悲をたたえた笑顔ではなく、命令を聞かない獣に鞭をくれてやる飼い主のような表情が浮かんでいたからだ。


「刑は強制労働に決定。子爵領の川底を浚ってこい」


 ソラはとびきりの笑顔で続ける。


「一生、な」


 彼らは二年経った今でも強制労働を続けている。

 他にも、魔法使い派貴族、ベルツェ領との貿易に反発した教会信者の怒りの矛先を頼りない教会に逸らしたり、好景気に沸く子爵領の噂を聞きつけてクラインセルト伯爵領から逃げてきた難民に住む場所や仕事を紹介するなど、問題は多岐に及んだ。

 しかし、急速に改善されていく生活を子爵領の住民は実感していたし、それが新しい領主の手腕によるのだと認めない者はいなかった。

 協力的な住民は加速度的に増えていく。

 何時しかソラの館がある街は教会の隣に魔法使いの工房があっても誰一人違和感を覚えない不思議な空間になっていた。

 互助組織としての役割がある教会がなくては困る。かといって魔法使いがいなくては商品の生産に影響が出る。住民達はそれを理解しているからこそ、どちらに対しても文句を言えなくなった。

 拮抗した混沌は次第に日常へと取って代わり、教会信者の魔法使い等が出てくる始末。

 誰にも収拾がつけられないものを文化と言うのだ、とソラは開き直った。

 そんな混沌が常態化した街にあるソラの館は落ち着いた雰囲気を醸し出す木造の建物。

 木材を利用して造られたソラの館は天を突く巨大なミズナラの木が庭にあることから“大樹館”と呼ばれている。

 その大樹館の会議室にソラと仲間達が揃っていた。

 到着が遅れているゼズを除いた仲間達と幾つかの噂の真偽について話し合うのが目的だ。


「──それで、例のクラインセルト伯爵領の殺人事件は実際にあったのか?」


 ソラが会議机に頬杖を突く。

 十歳とは思えないほど違和感なく上座に座っていた。

 チャフが頷く。


「おかしな点はあるものの、ここ二年半の間クラインセルト伯爵の領主館に出入りした人物が殺害されるか、失踪しているのは間違いない」

「おかしな点?」


 リュリュが目を細めて復唱する。


「同時期からクラインセルト伯爵夫人の目撃例がない。頻発していた領主館の使用人の処刑もしばらく行われていない」


 チャフはトライネン伯爵家を経由して入手した情報を開示する。

 情報戦に弱かった彼だが、ソラの指示により訓練がてら情報収集を行っていた。


「ベルツェ侯爵からの情報にも同様のものがあった。領主館に向かった行商人が二人失踪している」


 ソラが情報を照らし合わせてみると、どうもきな臭い。


「何か隠してるね」


 サニアが結論づけると全員が頷いた。


「問題は何を隠しているのか、だな」


 情報が足りないため引き続き調査を継続することを指示してソラは次の噂に移る。


「火事場盗賊団について。コル、報告を」


 緊張で挙動不審になっていたコルが名前を呼ばれて硬直する。ソラが再度促せば、おずおずと立ち上がった。


「や、宿料亭組合の情報では火事場盗賊団はこの一年間活動を休止していまして、犯行は昨年冬のシドルバー大火災が最後です」

「シドルバーって何処だっけ?」


 聞き慣れない地名にサニアが首を傾げるとゴージュが答えた。


「ベルツェ侯爵領から見れば東、トライネン伯爵領からなら北に位置するシドルバー伯爵領の大都市ですな。ここからだと馬で一カ月は掛かる。しっかし、デカいところを狙ったもんですな」


 同意するようにコルが頷く。


「実際、シドルバー伯爵が領主軍で迎撃し賊を数名討ち取っています」

「それでほとぼりが冷めるまで活動を休止しているのか」

「今までの活動頻度を見る限り、そろそろ次の犯行に及ぶのではないかと噂されています。クラインセルト子爵領内で不審な集団の目撃例はありません」


 報告が終わったコルは胸に手を置いて息をつく。

 彼はソラの専属料理人から街の宿と料理屋を管理する宿料亭組合の組合長に抜擢されていた。

 宿や料理屋は行商人が利用する。行商人にとって各地の情報は儲けや自身の命に関わるため、頻繁な交換が行われる。

 必然的に宿や料理屋には情報が集まるのだ。

 コルの仕事はそれらの情報を集め、まとめ、各店に分配し、情報の正確度を高めて行商人が多く利用するよう便宜を図ることだ。

 情勢を知りたいならばクラインセルト子爵領へ行け、と行商人の間では言われ始めている。

 おかげでコルの仕事は増える一方だ。


「よし、今日のところはこれで終わりだな。各自、仕事に戻れ。ゼズにはラゼットからまとめて報告しろ」


 ソラが会議の終了を告げようとした時、慌ただしい足音が聞こえたかと思うと会議室の一際重厚な扉が押し開けられ、ゼズが飛び込んできた。


「遅くなっちまった。すまん!」

「ゼズ、会議なら終わったぞ」


 肩で息をするゼズにソラが呆れて言い返す。


「やっぱり終わっちまったか。一つ報告があるんだ。それだけ聞いてくれ」


 会議室にいた面々は仕方がないなと苦笑して、先を促す。

 ゼズはほっとした様子で口を開いた。


「また赤潮が出たんだ」


1月16日修正

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[気になる点] >クラインセルト領から嫁は貰わない。絶対に尻に敷かれる 今さらだがコレってフラグだったのか………www
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