第六話 贅沢な悩み。
翌朝、余った木材を売ってきたラゼットが難しい顔をしてソラの部屋に入ってきた。
「どうした、あまり高く売れなかったのか?」
てっきり、ボーナスで買った髪飾りでも身につけて機嫌良くやってくると思っていたソラは不思議に思って訊ねる。
「逆です。買い取り価格が少し高すぎる気がしたんですよ」
贅沢な悩みを明かしたラゼットにソラは冷たい目を向ける。未だに資金は潤沢とは言えない中、是非とも頭を悩ませてみたい事柄だった。
「冬に向けて薪用の木材を確保しようと各商会が躍起になっているからな。一種類の木材だけをやり取りしたとはいえ、他の木材も値上がりしたままだ。宝くじの札が木製だったことが広まれば少し値下がりするはずだよ」
ソラの説明にラゼットは頷いた。
まだ少し気にかかって彼女はチラリと窓の外を見たが、気を取り直してソラに向き直る。
「ところで、ソラ様は何をしてるんです?」
彼女はソラの横に立つと手元をのぞき込んでくる。
「アイスプラントの水耕栽培を始めている」
一年中凍った草ことアイスプラントは今、ソラが厨房から貰ってきた古びた鍋に入っている。
先日、苦手な料理を裏切りメイドのミナンに食べさせた不器用な料理人から貰った物だ。塩水も手に入れた。
ソラは塩水を鍋に注ぎ込む。後はしばらく様子を見るだけだ。
「こんなやり方で育つんですか?」
ラゼットが不思議そうにアイスプラントを指でつつく。
異世界だから外見がよく似た全く別の草という可能性もあるがソラはわざわざ教えるつもりがない。
とはいえ、特徴から考えても塩分に強いのは確かなので、ソラ個人は当たりだと考えている。
「もし、塩水で育たなければ別の利用法があるから問題ない」
アイスプラントを指先でつつきまくるラゼットを注意し、引き離す。
肉体年齢二歳のソラより子供じみた行動だが、ラゼットはこれでも十五歳の娘である。
後ろ髪を引かれた様子でアイスプラントから離れたラゼットはクローゼットを開いて腕を組んだ。
「今日はどんな服にします?」
「それを決めるのがラゼットの仕事だろ」
このメイドは油断するとすぐにサボる。命じた仕事はテキパキこなすのだが、それも早く終わらせて休憩するためだと聞いたときはソラですら呆れて言葉もなかった。
ただし、ソラ自身も夏休みの宿題を初日に片づけるタイプの人間なので、馬が合っている。
「こんな服がありましたけど、ソラ様の物にしては大きすぎませんか?」
そう言ってラゼットが取り出したのは一般男性が三人くらい入りそうな腹囲の服だった。上等な生地が多く使われている。
「それはお父様の古着だ」
「うげぇ……。」
乙女の口から出すべきでない台詞をこぼしながら、ラゼットは持っていた服をクローゼットに押し込んだ。「ばっちい」と言いながら手を払っている。
「ちゃんと洗ってあるぞ」
「ならいいです」
あっさりと手のひらを返したラゼットは豚親父の古着に触って感触を確かめだす。現実的な娘である。
「でも、何だってこんな古着がここにあるんです?」
「浮浪児に配るためだ。丁度良いからその古着を子供用に仕立て直せ。ただし、誰にもバレないようにこっそりとな」
「うわぁ、また仕事が増えた」
ラゼットが肩を落とす。バレないようにする理由を聞く気はないらしい。
「まぁ、ソラ様の悪巧みに付き合ってボーナスが出るならいいか」
ラゼットはそう言って自己完結した。さり気なくソラにボーナスをねだっている点はしたたかだ。
ラゼットが選んだ子供服に着替え、ソラ達は食堂へと向かう。
豚親父達が居ない上に宝くじも終わったので屋敷内の雰囲気も落ち着きを取り戻している。
食堂に入るとコックが腰を屈めてソラを出迎えた。
「おはようございます。ソラ様」
「うん、おはよう」
豚親父達が滞在していた十日の内に、幼児の演技をしていた化けの皮は剥がれたので、ソラは今、素の自分で接している。
「昨日、ソラ様が下さった……アイスプラントと言いましたか? あれをサラダにしてみました」
席に座ったソラは食卓の上を見回す。コックの言う通り、サラダの小皿にはアイスプラントが入っていた。
早速サラダを口に運んでみる。塩の味と共に妙な苦味が広がった。品種改良しないと商品にするのが難しい味だ。
「アイスプラントはともかく、他の野菜には少し味を付けた方がいいな」
塩味を感じる物と感じない物が混在するサラダを食べつつ感想を告げる。
「畏まりました。そうだ。ソラ様も厨房に入ってみてはいかがでしょう?」
名案とばかりにコックの顔がほころぶ。
「子供が居ては邪魔だろ」
「邪魔だなんてとんでもない! 料理に興味を持つ方ならば大歓迎です。僕だって十歳に満たない頃から修業しておりました。懐かしいですなぁ、ソラ様にお渡しした鍋は僕が修業時代に使っていた大切な思い出の品でして、あれを使えば上達は間違いなしです。ソラ様もどうぞ」
ニコニコとするコックとは対称的にソラは気まずそうに顔を背けた。
「あぁ、その、なんだ……。その大切な思い出の品とやらは鉢植え代わりにしている」
「は、鉢植えっ!?」
コックが顎を思い切り開いて喉の奥を晒したまま固まる。ラゼットが「悪魔っ子」などと言ってるのを聞き流し、朝食を食べきってソラは食堂から逃げ出した。
コックは床に膝を突いて天井を見上げたまま声を殺して泣いていた。
「あの涙でアイスプラントを育てられますね」
「苦みが増すからやめろ」
部屋に戻り、ラゼットに服の仕立て直しを言いつける。
豚親父が無駄に肥え太っているお陰で浮浪児の服が作れるのだから皮肉なものだ。
「浮浪児に服を配ってどうするんですか?」
ラゼットは裁縫道具を準備しながら聞く。
そんな彼女にソラは今後の計画を教えた。
浮浪児を集めて海辺の廃村に住まわせ、漁業を教えつつアイスプラントの生産と品種改良を行わせる。
ラゼットはソラの話に耳を傾けながら器用に服を裁断し、布としての大きさ別に小分けし始めた。
「穴だらけな計画ですね」
ラゼットが不意に口を挟んだ。
「漁業を教えてもそう簡単には真似できません。そもそも、船はどこから調達しますか? 漁業を覚えるまでの食料はどうします? それに廃村の利用とはいえ修繕にもお金が掛かりますよ?」
問題点を的確に列挙するラゼット。頭の回転が早く、有能ではあるのだが、
「失敗する前にやめましょうよ」
「その怠け癖さえなければな」
ラゼットはいつの間にか手を止め、話は終わりとばかりに裁縫道具を片づけだす。
「船は後回しだ。漁業を覚えるまでの食料は宝くじ騒動での利益で用意する。村の修繕費は付近の森から薪を作り、街で売らせる事を考えている。宝くじの影響で薪が不足するから、例年より高く売れるだろう」
ミナンが宝くじを行えば行うほど薪が不足する。期を見計らって木材を持ち込めば高く買い取ってもらえる。
ついでに前回と同じく先物取引で地道に稼いでやろうと腹黒く計画しているソラであった。
怠け者な側付きメイドが挙げた問題点には全て対策を立ててある。
「抜かりはなしですか。見落としがあってもソラ様ならすぐに対処しちゃいそうですし、私の仕事は増えるばかりですよ」
計画に破綻の兆しが見えない事をラゼットは心の底から残念がる。
かくしてその後の三日間、彼女はほぼ不眠不休で子供服を縫いあげ、ソラから五日間の休日を勝ち取っていった。
何故か休みの方が長い。